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キュアからケアへの時代に考えたい「その人らしい最期」(占部まり)

自分らしい最期とはどんなものだろうと考えることがあります。

私の理想は、どこかの施設に入り――その頃にはどこの施設も後でご紹介する銀木犀(ぎんもくせい)のようになっていると信じています――、だんだん食事の量が減り、それに伴い眠る時間が長くなり、波の音を聴きながら、お気に入りの毛布と枕に包まれて眠るように終わりを迎える、というものです。

みなさんにとって「自分らしい最期」とはどんなものでしょうか?

医療に対するメンタルモデル

地域包括ケア病棟という高齢者の患者さんが多い環境で働いていると、病院の入院や治療がその人らしさを奪っているのではないかと感じることがあります。それは入院や治療が、患者さん自身ではなく周囲の人々の意思であることが多いからです。

2週間入院すると、約23%の筋量を失うというアメリカの研究結果があります。あるいは認知症がある方が、急に環境が変わったことで、せん妄(意識混濁に加えて奇妙で脅迫的な思考・幻覚・錯覚が見られるような状態。健康な人でも起こる)などの症状が出て薬物を使わなくてはならなくなる場合もあります。そうなると、入院時の病気は治ったけれど今までの生活ができなくなる、ということが起こり得ます。

近年、医療介護現場では「キュアからケアへ」という言葉がよく使われます。

キュアとは、「治す」。病気や怪我を治すための医学的処置のことで、原因となる病気をなくす。その後医療を受ける必要をなくすことです。一方でケアとは、「癒す」。「治療を目指すこと以外の側面にも目を向けましょう」という考え方で、痛みの軽減や悩みの共有により、生きる時間の質を高めることを目指しています。

現代は、これまで死因だった結核や肺炎などの感染症が治る病となり、亡くなる方のほとんどが75歳以上。その要因は様々な病気の複合であり、医療が適切に行われても救えない。つまり多くの人が寿命を全うする時代に変わりつつあります。

「キュアからケアへ」とは、そうした時代における医療の役割は「治す」ではなく「癒す」ではないか、という問題提起が込められています。

しかし、私たちの医療に対するメンタルモデルは、どうもあまり変わっていないように感じます。患者さん本人が、ただ安心したいから入院することも、あるいはご家族がとにかく心配だから入院させるということも珍しくありません。

“何かがあったら困る”という気持ちは、もちろん分かります。でも、「変化があったらすぐ病院」という考え方は、いま一度問い直すべきではないかと思うのです。

何もしないという選択

「キュアからケアへ」の時代では、より多くの方が寿命で亡くなります。例えば老衰により感染症を繰り返されている方は、いつかは治療が奏功せずに亡くなられます。つまり診断を求める高齢者の方に対して「問題はない」とも「問題はなくなる」とも言えない。

それでも、安心を得たいから入院したいと思う気持ちは理解できます。しかし、たとえ病院の治療で病気が治っても、その人の生きる力が削がれてしまうのではないかと思うのです。

医療の現場に立っていると、生活の場が生命力を引き出すことを日々強く感じます。病院では食欲がなく、もう最期が近いかもしれないから自宅に帰ろうと決断をした方が、家では食事が取れるようになったという話をよく耳にします。

生活の場が生命力を引き出す――そうは言っても、多くの人が医療に簡単にアクセスできる今日において、医療的に何もしないと選択することは、患者さんにとっても医者にとってもかなり大変なことです。何かをしてもその人のためにはならない、と判断するのは、病気と診断して治療を開始するよりずっと困難です。

私は仕事柄、病気などをきっかけに今までの生活を継続できなくなった方から、高齢者施設についてアドバイスを求められることがあります。そのときは基本的に、「看取りまでしてくれる施設」について話すようにしています。「看取りまでしてくれる」ということは、その施設が、その人の人生の最後まで向き合いたいと思っているからです。

ただ、看取りをするからといって、医療を受けさせないわけではありません。医療が功を奏する状態なのか、それとも害にすらなってしまう状況なのかを判断できる環境であるということです。

医療福祉の新たなる希望

そしてこの話をするときに心の中で、「こんな施設と巡り会えますように」と祈るところがいくつかあります。その中の一つが、24時間見守りのあるサービス付き高齢者向け住宅「銀木犀(ぎんもくせい)」です。千葉、埼玉、神奈川、東京に12施設を展開。入居者の9割が認知症と診断された方。

高齢者や認知症の方が、安心できて居心地がよくて豊かな時間を過ごせる空間をめざして、建物内には無垢材の床やテーブル、椅子。「施設」ではなく「家」というコンセプトで日中は施錠をせず、また配膳や洗濯や料理などの自分でできることは自分でやる。

そして入居者の「やりたい」という自発的な行動から、地域住民も利用できる駄菓子屋をオープン。はたまた自治体から公園清掃の仕事を正式に請け負い、入居者と一緒にお掃除することも。

「ここで死にたい」と思ってもらうことは重要でありつつも、看取りを推進しているわけではない。あくまで自然なかたちでその人がその人らしく時間を過ごせるようサポートする。その過程の一つとして看取りがある。

管理や監視とはまさに対極。
ここには一人ひとりの「生き甲斐」がある。
そう思わされます。

下河原忠道さんをケーススタディに「その人らしい最期」を語り合う会

そんな銀木犀を運営するシルバーウッド代表の下河原忠道さんをゲストにお迎えし、みなさんと一緒に「その人らしい最期の支えかた」や「本人と支援者と地域の関係」などについてお話する時間をつくりたいと思います。

シルバーウッドは建設事業から介護・福祉事業に参入し、そして最近では認知症の方の理解を深めるためにVR事業もスタート。当事者意識や他者理解を高めるツールとして、認知症のほかにLGBTやがんのVRコンテンツも開発されています。

こうした様々な取り組みを通して下河原さんがめざしているのは、銀木犀が地域に開かれたコミュニティとなること。駄菓子屋があって、居酒屋があって、銭湯があって、さらには外国人や旅行者が宿泊できるスペースもあって、そこではいろんな人がごちゃまぜになっている。そして、高齢者や認知症の方が、ごく自然にとけこんでいる。

「社会課題を解決するためになら、今の常識だって、ひっくり返したほうがいい」というシルバーウッドの採用ページに記されているメッセージを、下河原さんはまさに体現されている方だと思います。

「認知症になって皆に迷惑をかけたくない」
そんな言葉を臨床の現場で聞くことが増えています。でも、本当に迷惑なのでしょうか。

「認知症になったらきっと不幸になる」
そんな言葉も患者さんからよく聞きます。でも、認知症になったら本当に生き生きできないのでしょうか。

先日、一緒に働いている看護師さんが何気なく言った一言が忘れられません。「認知症のある方って、手術後、痛みから解放されるのが早いんですよね」。確かに、がん性疼痛に対する鎮痛剤の使用量は、認知症の方のほうが明らかに少ないという大井玄先生の研究結果があります。

――その人らしく生きぬくとはどういうことか。
――それを支える、支えてもらうとはどういうことか。

社会課題解決の現在進行中ストーリーとして、銀木犀の取り組みをうかがいながら、「その人らしい最期とは何か」という問いについて下河原さんとみなさんと一緒に考えたいと思っています。

「生きている人間に対する正しい接し方さえ覚えておけば、死にゆく人の権利など覚える必要はない」
※精神科医のエリザベス・キューブラー=ロスが弟子デヴィッド・ケスラーに語った言葉(出典:ケスラー『死にゆく人の権利』集英社,1998年)

下河原忠道×占部まりトークイベントの詳細・お申込みはこちらから。

著者紹介

占部まり
日本メメント・モリ協会 代表理事。東京慈恵会医科大学卒業。米国メイヨークリニックのポストドクトラル リサーチフェロー(1992~1994年)などを経て、現在は地域医療の充実を目指し内科医として勤務。宇沢弘文死去に伴い、2014年に宇沢国際学館・取締役に就任。2017年に日本メメント・モリ協会設立。2018年4月から英治出版オンラインで「死を想う」を連載中。

連載「死を想う:その人らしい最期とは」

医療の発達に伴い、多くの人が天寿を全うする時代。誰もが前向きに人生の幕を下ろせるようになるには。「死を想う」をテーマに日本メメント・モリ協会を設立した著者が、その人らしい生き方と最後の時間を考える。

第1回 「死の文化」に疑問を感じたきっかけ
第2回 命の捉え方が変わった、2つの出会い
第3回 「よりよく生きる」とはどういうことか
第4回 「医療の本質」を教えてくれた二人の患者さんとの出会い
第5回 人生の最後に聴きたい音はなんですか?
第6回 私たちは「痛み」と向き合えているか
第7回 答えは与えられるものではなく、自分自身の中にある。
第8回 「在宅ひとり死」という生き方
第9回 死期を告げることに、どんな意味があるのだろうか?
第10回 「塩の芸術家」から死を想う
第11回 高瀬舟考
第12回 「対話」を選んだ医師たちの話
第13回 人はいつ死ぬのでしょうか?
第14回 『カランコエの花』を知っていますか?
第15回 キュアからケアへの時代に考えたい「その人らしい最期」

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