「個人の頑張り」や「運」で終わらせない。女性が〈普通に〉リーダーシップを発揮する組織になるために:篠田真貴子(エール株式会社取締役)
20年先を行くアメリカに、「日本も」と希望を持った
──『ガラスの天井を破る戦略人事』を読んで、どんな感想を持たれましたか。
アメリカの話であっても、共感できる部分がたくさんあるものだと感じました。ジェンダーバランスという意味では、アメリカは日本のかなり先を行っています。それでも、「これ、日本で私も経験あります」とか「見たことあります」というエピソードのオンパレードでした。
後半は、「これは女性だけの問題ではなく、みんなの課題なんだ」とジェンダー平等を推進する男性たちの事例が出てきますね。最後のハーバード・ビジネス・スクールのケースなんて、この10年でいかに男性がイニシアチブを取り、大学を動かしていったかがよく分かります。
私の感覚では、日本に比べて20年くらい先を行っているように見えました。20年はかかってほしくないけれど、日本でも少し先の未来にこういう動きが起きるといいなと、希望も持ちました。
──「ここはもうちょっと踏み込んでほしい」と思われた点などは、ありますか?
あえて挙げるとすれば、男性がどうやって問題を理解するようになったのか、という点です。
ビジネスの世界でジェンダー平等を実現するには、女性だけが頑張ってもダメ。マジョリティであった(ある)男性が半ば無意識に作ってきた仕組みがある以上、男性の意識改革と全体の仕組みの変化が必要だ、というのがこの本全体で語ろうとしていることですよね。
その起点となるのが組織で決定権を持つ男性なわけですが、彼らが「これってまずくない?」と気づいたのはどういう経緯だったのか、その点があまり書かれていないな、と思いました。
──確かに。すでにジェンダーの問題に関心のある人たちがどのように行動してきたのかということが、この本の主な内容ですね。
日本ではまだ「女性の活躍は個人の意識に任せれば良い」と思っていたり、場合によってはネガティブに捉えている男性も多くいます。そういう人が「これは大事だ」と心底思うに至るまでには何があったのか、私はそこに関心があるんです。
男性にこそ読んでほしい
──この本の企画の背景には、私が女の子の親になったという個人的ないきさつがあります。数年前、子どもの世話をしているときにテレビを見ていたら、森喜朗元首相が「女性がいる会議は長い」のような発言をしたことがニュースになっていて。
そのニュースを見て、大人の責任として、自分の子どもが社会で働く頃までこんな状況を残しておくわけにはいかないと思いました。それまでもジェンダーの問題には関心があったのですが、やっと自分ごとになった感覚でした。それで、この本を通して日本の読者に、男性のコミットメントの重要性を伝えたいと考えたんです。
素晴らしいですね。
──ただ、篠田さんがおっしゃるとおり、そもそも関心を持ってもらわないと始まらないんですよね。この本にも、娘がいるかどうかで投資の仕方が変わるというような話が出てきましたが、偶然女の子の子どもを育てている人しか関心を持たないという状況ではよくありません。
それ以外の男性たちにも、ジェンダーの問題を自分たちの課題として考えてほしい。だから本のタイトルに「戦略人事」と入れました。「ジェンダーの問題としてだけではなく、人事の課題としても捉えて欲しい」というメッセージを込めました。
そのタイトルの付け方、お見事です。私も、これは男性にこそ読んでほしい。職場における意思決定や環境づくりに影響を持つ管理職は、圧倒的に男性が多いですから。
「女性の意識が問題だ」という話もよく聞きますが、「その女性の意識は環境から作られているのだから、その環境をなんとかしましょうよ」ということを、あらゆる角度から訴えているのがこの本ですよね。
子育て中の部下にも仕事の要求水準を下げなかった上司
──篠田さん自身は、これまでのキャリアの中でジェンダーギャップの問題とはどのように向き合ってこられましたか?
最初に就職したのは日本の銀行で、そのときは完全に「私を女だと思わないでください」という姿勢でしたね。わざと乱暴な言葉づかいをしてみたり、スカートではなくパンツスーツを着てみたり。
当時の銀行というのは性別役割分担が非常に明確で、男性は全員スーツで営業に行き、女性は全員制服で内勤のアシスタント職という世界でした。年功序列でもありましたから、若くて女性の総合職というのは二重のマイノリティなんですよ。
そんな中、当時は半ば無意識に、「私は男性と同じように振る舞えます。だから仕事をください」というシグナルを出していたと思います。
──男性中心の価値観に適応しようとしていたんですね。
そうですね。今活躍されている女性の中にも、そうやってキャリアを積んでこられた方が多いと思います。でも、これからの世の中はそれではいけません。
女性が男性的になることで成功するというのは、ダイバーシティではないしインクルージョンでもない。むしろ真逆ですよね。個人の成功戦略としてそのような努力をされてきたことについては本当に尊敬しますが、それを再生産していては未来はありません。
ダイバーシティというのは、まず違いがあることを認知するところから始まるもので、同化してはダメなんですよね。
──篠田さんはどこかで、男性に同化する戦略を捨てられたのですか?
私の場合とてもラッキーだったのが、30代でマッキンゼー、ノバルティス、ネスレという3社で働いた時、その全てで子どもがいる女性が直属の上司になったことです。
もちろん、男性の上司やお子さんがいらっしゃらない女性が上司になったこともありました。でも、一番長く一緒に仕事した人は、シンガポールに住んでいる双子の男の子のお母さんでした。そのお子さんと私の子どもの年齢が比較的近く、上司と私もほぼ同世代で、とても良い環境で仕事ができました。
外資系とはいえ15年や20年前の話なので、まだまだ女性の管理職が少ない時代です。本当に運が良かったです。
──そういうロールモデルに出会わなかったら、銀行時代の「男性に同化しよう」というマインドをずっと維持し続けていた可能性も?
そう思います。たまたま自分はそうでない世界で過ごすことができたから、極めて女性が少ない日本の大企業で頑張ってこられた方たちの状況などを垣間見たとき、すごく違いを感じます。
──そのような女性上司と一緒に仕事をすることで得たものは、なんですか?
いろいろありますが、皆さんそれぞれに保育園や小学生の子どもがいて、私にとっては上司であり先輩ママでもあるという存在でした。
だから、子どもの話をすることもよくあって。シンガポール人の上司は海外出張が多かったので、「お子さんに『出張』ってどう伝えているの?」と聞いたことがあります。そうすると「ママは飛行機に乗って外国のお友達に会いに行く」って話してるんだ、と教えてくれたりして(笑)。
ネスレのときの上司はフランス人の女性で、夫婦でネスレで働いていました。会社との交渉を頑張って単身赴任になることを避けていて、そのときも二人揃って日本に赴任していました。
お子さんはインターナショナルスクールに通っていたのですが、その女性上司以外の母親は全員「駐在妻」として日本に来ているという状況で。だから、母親は専業主婦だという前提で学校行事が組まれているんですね。お子さんに「今日もママは来なかった」と言われて辛い、みたいな愚痴をこぼしてました(笑)。
──リアルな悩みですね。
そうなんです。だから私が「子どもが熱を出したから早く帰りたい」と言ったりすると「それはすぐに帰りなさい」って、当たり前のように言ってくれました。
それと同時に、子どもがいるからとか女性だからといって、能力的に劣るとは全く思っていないんですよね。だから私が子どもの熱で早く帰っても、仕事の納期は変わらない。もちろん「ちょっとマネージできない状況なので、誰かに代わってもらいたい」と私が言えば、調整してくれます。
でも、上司が勝手に憶測して「篠田さん、お子さんが熱を出して大変そうだから、もう重たい仕事は渡さない」みたいなことは一切ありませんでした。
──子育てしているからといって、要求水準は変わらなかったと。
そう。この本にも出てきますけど、男性に限らず女性の上司でも、性別役割分担意識を無意識のうちにもっていて「女性にはちょっと無理かな」とか「小さい子どもがいると難しいかな」とか、良かれと思ってハードな仕事を渡さないということが起きがちなんですよね。でも、私の経験では、それが本当になかったんです。
──篠田さんがそのように扱われていたら、どう感じていたと思いますか?
もし「無理かな」とか思われて配慮されていたら、私は悲しく思うだろうし怒っていたと思います。反発して「いや、できますから!」って。
アンコンシャス・バイアスに気付けるかどうかを運に任せてはいけない
──今は篠田さんをロールモデルにしている女性も多いのではないかと思います。ご自身がマネジメントする側になって、意識していることはありますか?
ジェンダーの問題に関しては、どういう構造で問題が起きているのかとか、自分がどの程度バイアスに囚われているのかということに、あるときからすごく意識が向くようになったんですよね。自分の経験だけに頼ることのないよう、私なりに勉強を続けています。
そうすると、色々と間違いは犯すんですけど、「自分はこういうバイアスを持っていて、だからこういうことをしてしまったんだ」と早めに気づいて反省できる。それでなんとかやっている、という感じです。
──自分のジェンダーバイアスに意識的である、ということですか。
そうですね。実は最近もやってしまったことがあって……。
同僚が出産予定で、「出産前にこれくらい休んで、この頃から仕事に戻ろうと思う」と話してくれたんです。その復職予定というのが、私の予想より早かったんですよね。
それで本当に何も考えずに「もうちょっと休んだら?」とか「体調が戻るのに意外と時間かかるし」みたいなことを言ってしまって。
後から「あれを篠田さんから言われる筋合いはないです」と、その方がとても丁寧なメッセージを送ってくれました。「おっしゃるとおりです」って、平謝りしましたね。
──篠田さんとしては、「もうちょっと休んだら」というのはある種の優しさとして伝えられたわけですよね。
優しさというか、無意識に「そういうものでしょ?」と思っていたことが出ちゃったという感じでした。だから指摘されてハッとしたんですね。
私はアンコンシャス・バイアス(無意識のバイアス)に関するアセスメントを受けていて、今の会社の他のメンバーと比べても、性別役割分担意識が高い方だという結果が出ていました。
自分でそれが分かっていたから、「これが私の持つアンコンシャス・バイアスの現れか」と分かったんですね。そうじゃなかったら、「良かれと思って言ったのに」と感情的になっていたかもしれません。
──篠田さんがご自身のバイアスを自覚していて、その上で率直に言ってくれる仲間がいたから気づけたということですね。そういうケースは、相当にレアですよね?
そうですね。だから、この本が「戦略人事」と言っていることは大事ですよね。バイアスに気づけるかどうかを運に任せないで、気付けるような職場環境を作れ、という話ですから。
私が自分で「運がいい」と言っているのは、たまたま上司に恵まれ続けていたり、自分が知識を得る機会があったり、仲間とこういう対話をする機会があったりして、気づきやすい状態にあったということなんです。
でも、本来は仕組みとして職場の全員がバイアスについて学び、問題となる発言が出たときに「研修で教わったあれだ」と気づいて伝え合えるような環境をつくるべきなんだと思います。そうやって再現性を高めないと、女性の幹部や取締役なんていつまで経っても現状水準以上には増えません。
それぞれのバイアスにお互いに気づき、伝え合える組織へ
──上司に恵まれたりといった運の善し悪しにかかわらず、自分たちのバイアスに気づけるような経験や学びがある環境を作ることが重要だということですね。
その通りです。そういう意味でも、この本を日本の読者に届けるときに注意が必要なのが、ここに登場する初期の頃の女性リーダーたちって、とても凄い人たちなんですよね。アグレッシブというか……。
──タフにやってこられた人たちですね。
そう。これを読んで、「タフに頑張る女性が必要なんだ」とか「うちの女性たちは『管理職になりたくない』って言ってるからダメだね。以上!」で終わりにされてしまっては困ります。
──そういう反応は、ありそうです。
正直、多くの会社さんでそのような声が聞こえます。
そもそも女性がリーダーになることを期待されていない日本の環境の中で、最初から「リーダーになりたい」という思いを持つ女性は少ないです。人によっては、性別役割分担意識のより強い家庭で育って、その価値観の中で幸せに生きてきた人もいる。
そうすると、急に「管理職にならない?」と言われても戸惑いますよね。それでも、等身大のロールモデルがいて、「あ、リーダーになってもいいかも」と思えるような環境に恵まれたら、変わっていく可能性があるわけです。
──女性の意識の問題にしてはいけないということですね。
これは本当に難しい問題で、いま女性の管理職比率を上げるということに相当真剣に取り組んでいる会社であっても、ジェンダーバイアスを取り除くということには相当苦労されています。
例えば、ある会社の人事部の方から聞いた話では、これから経営層に上がっていくことを期待される中間管理職を対象とした社内研修で、最後に役員に向けてプレゼンをするという課題を課したそうなんです。そうすると、相手が男性か女性かによって、役員からのフィードバックが全然違ったと。
男性に対しては、「役員会で提案されたら」という目線で率直に「これでは全然足りない」というフィードバックをするのに、女性に対しては基本「いいんじゃない」という反応だったそうです。
あとで人事の方が役員に、「あんな提案が役員会に出てきたら、すぐに突き返すでしょう?」と聞いたら「そうだね」という反応だったと。「じゃあ、なんでOKと言ったんですか?」と突っ込んだら、役員たちも初めて矛盾に気づいたそうです。
──それは、ダブルスタンダードだという自覚がなかったということですか。
無意識だったそうですよ。女性を引き上げていこうということは経営目標として合意されていて、女性の中間層を育てることにも具体的にコミットしている役員の皆さんがそうだったという話に、問題の根深さを感じます。役員たち自身もギョッとした出来事だったと。
──驚きですね。
無意識のバイアスって、こういうことなんですね。だからこそ、仕組みが大事なんです。
今の話の場合、矛盾が露わになったのは、会社としての方針があって、育成のプログラムという仕組みがあり、それを人事部の方が意図をもって運営し、役員の振る舞いを観察しているという構造があったからなんです。
さらに言えば、この人事部の方だって、他の場面ではバイアスのかかった見方をしてしまうかもしれません。個々人のレベルで色々な無意識のバイアスがあって、人によって現れ方も異なるでしょう。それをまた別の方が「あれ?」と気づくことができるかどうかですよね。組織としてお互いに気をつけられる状態を作って少しずつ進めていく以外には、変わらないのだと思います。
──やはり環境をどう作っていくかだと。
一人の努力に頼るのではなく、組織のいろいろなレイヤー、組み合わせでやっていくことが大事なんでしょうね。
この本の最後に出てくるハーバード・ビジネス・スクールの事例でも、最初は女性の学生のネットワークがあり、「学生だけでは埒が明かないから」ということで女性教授の支援者を見つけて大学の協力も引き出そうとし、あるときから「マンバサダー」という協働する男性にもネットワークを拡げていったわけです。
企業の場合でも、例えば「30% Club」という女性取締役の比率を30%にすることに経営者が個人的にコミットするというグローバルな運動があります。
そういう企業のトップ同士のネットワークも必要だし、社内のネットワークも必要で、重層的にやっていくことでみんなの無意識のバイアスが少しずつ修正されていくような、そんな構造を作れという話なんだと思います。
──それは、篠田さんが普段から取り組まれている「聴く文化」や心理的安全性のある組織を作るということと、つながっていそうですね。
はい。
無意識バイアスは、自覚すれば、必要に応じてその影響を緩めることは可能です。そこから、一人ひとりの多様性を互いに活かし、力に換えていく組織はどう作られるのか。
私はよく組織のメタファーとして、過去の組織を「ブロック塀」、新しい組織を「石垣」に例えています。ブロック塀のような過去の組織は「一様であること」が価値の源でしたので、完成度が高い上司・先輩が下の人を指導し、鍛えて立派なブロックに仕上げていく。汎用的な規範があり、それを「伝える」というコミュニケーションが中心になります。
しかし、石垣ではそれぞれの石の形の違いを大事にします。多様であるからこそ、石垣は作れる。大きい石もあれば小さい石もある。とがっている石もあれば丸い石もある。多様性を力に換えようという組織は、ブロック塀というより石垣のようなものです。
一人ひとりが自分の個性を自己理解し、自分が他者と違うということを認識できて初めて、アイデアを出し合い、組み合わせられる。コミュニケ―ションとしては、伝えるではなく「聴く」が重要になります。
「聴く」ということは、少しメタに捉えると一人ひとりのセルフアウェアネスが育まれるものなのですね。
そして、お互いに「聴き合う」ことで心理的安全性が生まれ、背景が異なる者どうしの考えの交流が生まれる。多様性を力に換えるとは、具体的にはこうした動きが組織の各所で起きることです。
先ほど、ジェンダーバイアスを解消していこうとする組織では重層的なネットワークという環境が必要だと話しましたが、「聴く」ことから始めなければそうした環境は作れません。
アンコンシャス・バイアスの影響を緩める環境とか、ダイバーシティ、インクルージョンは、「聴く」ことが出発点になると私は考えています。
──なるほど。篠田さんの大事にしていることがあらためてクリアに伝わってきました。今日はありがとうございました。
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