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『ティール組織』の次本2(嘉村賢州:home’s vi代表理事)

連載「『THE HEART OF BUSINESS』私はこう読んだ。」では各界で活躍する方々が、人とパーパスを本気で大切にするリーダーシップを説く本書の印象に残った箇所について語ります。

今回は『ティール組織──マネジメントの常識を覆す次世代型組織の出現』解説者の嘉村賢州さんに、「近年出版されているパーパス経営書との違い」「『ティール組織』著者との共通点」などを綴っていただきました。(構成:山下智也)

株価の下落、従業員の意欲低下、元CEOのスキャンダル、創業者と取締役会の対立……まさに瀕死の状態から事業再生、そして大きな成長を遂げたアメリカ家電量販店大手のベスト・バイ。

同社のV字回復の原動力となったパーパスを目にしたとき、私は率直に「こんなに広くていいの?」と思いました。

「テクノロジーを通して、人々の暮らしを豊かにする」

この一文だけ読むと、ベスト・バイに限らず、他のさまざまな企業が掲げていてもおかしくないパーパスです。

しかし読み進めていくうちに私は確信しました。ベスト・バイの成功の要因は、パーパスとして定義されている文章そのものではなく、パーパスの周辺にある従業員それぞれの物語にあると。そして、「物語」こそが、パーパス経営の核心であると再認識しました。

特に『ティール組織』を読まれた方は、『THE HEART OF BUSINESS(ハート・オブ・ビジネス)──「人とパーパス」を本気で大切にする新時代のリーダーシップ』を読むと、パーパスフルな人間らしい組織へと変容していく全体像を掴むことができ、実践のヒントが得られるでしょう。

以前「『ティール組織』の次本」という記事で、次に読むとおすすめの本を紹介したのですが、『THE HEART OF BUSINESS』はその次本リストに加えたい一冊です。

まずは、近年さまざまなメディアで紹介され、関連書もたくさん出版されている「パーパス経営」の本と『THE HEART OF BUSINESS』の違いを考えてみたいと思います。

パーパスとは、日本語では「存在意義」と訳される。英語での意味合いは「なぜそれをやるのか?」という問いに対する「答え」である。つまり、その行為(仕事)にはどんな意義があるのかを端的に説明したもの、ということになる。(矢野陽一郎:本書解説P353)

私がこれまで読んできた「パーパス経営書」の傾向


本書のテーマである「パーパス経営」に関する記事や書籍は入手できる限り読んできましたが、その多くは大きく分けて「明文化」「社会貢献のセンター化」「ステークホルダーとの共創」の3つが強調されているように感じます。

1 明文化:会社のパーパス(存在意義)を明確に定義して、社内外に発表する。
2 社会貢献のセンター化:メインビジネスとして社会問題に取り組む。
3 ステークホルダーとの共創:顧客や取引先や他業界など様々なステークホルダーとビジネスモデルを共創する。

これらはとても大切なことではあるのですが、行き過ぎると「会社が大事だと言っているから」「社会の流れがこうだから」という外側の話に焦点が強くあたってしまいます。主語が「わたし」「わたしたち」ではなく、顔の見えない「だれか」になってしまう。

すると、「間違った目的」「手段としての目的」という望まない方向に進んでしまいます。

間違った目的:生存と最大化(マーケットシェア等)が目的になってしまう。どうやったら生き残れるか、いかに市場を独占するかという話ばかり展開される。

手段としての目的:人と組織をコントロールする道具としてパーパスを使ってしまう。かっこいいパーパスを作ればブランドになる。採用活動で人が集まりやすい。

明文化、社会貢献のセンター化、ステークホルダーとの共創、どれも大事です。しかし会社や社会の視点からの「べき論」に支配されると、本来願っていた変化につながらず、かつての「ミッション・ビジョン・バリュー」のように、パーパスも一過性のブームになりかねません。本来のパーパスはそれに触れると一人ひとりのエネルギーが高まり、そして日々の判断基準に使えるものである必要があるのです。

一方で、『THE HEART OF BUSINESS』がユニークなのは、個々人のパーパスを重視している点です。本書には会社のパーパスも登場しますが、より印象が強いのは、従業員が自分のパーパスを物語り、それを同僚やマネジャーが応援する姿です。

チーム全員が夢を叶える手助けをしようという店長(ジェイソン・ルチアーノ)の熱意は並外れたもので、目の当たりにすると凄まじいものだった。彼の貢献はチームにエネルギーを与えており、メンバーたちのスキルと相まって、店の優れた業績の原動力となっていた。テクノロジーを通して顧客の暮らしを豊かにすることで、従業員自身の暮らしも豊かになっていた。

それは、会社のパーパスと各自の夢がどのように結びついているかを認識できるよう店長がサポートしてきたからだった。チームは、「パーパス」と「人同士のつながり」──店長と従業員だけでなく、従業員と仕事仲間、顧客、取引先、コミュニティ、株主とのつながり──こそがハート・オブ・ビジネスであることを理解していたのだ。

『THE HEART OF BUSINESS』P.201

冒頭に述べた通り、ベスト・バイのパーパスが包含している範囲は、めちゃめちゃ広いです。しかし広いからこそ、解釈の幅も広い。いい意味で、なんでもあり。従業員一人ひとりが自分のパーパスと結びつけやすい。だから、「個人のパーパス物語」が次々に生まれてくるのだと思います。

会社のパーパスで人を動かすのではなく、会社のパーパスに根づいた個人のパーパス物語を徹底的に共有する。そうした機会を全社的な会議でも、週次の定例MTGでも設け、従業員のパーパス物語共有のトリガーを仕込んでおく。あとはもう勝手に語られ、共有され、新たな行動が生まれていく。これが当時のベスト・バイで起きていたことだったのではないでしょうか。

私が代表を務めているホームズビーのパーパスもかなり広いです。「未来の当たり前をいまここに」。創業から12年が経ちましたが、このパーパスの広さが働く一人ひとりのパーパス発揮につながっていると感じます。

日々の会議で結論が急ぎ足になりそうな時や一般的な結論になりそうな時は誰かが「それって、未来の当たり前を表現できているのかなあ?」と問いかけます。ホームズビーの独自の後値決めの制度や奨学生枠がある講座群はこの問いかけから生まれました。

『ティール組織』との違いと共通点


パーパス経営の核心は、「個人がパーパスを物語ること」。
そのことを教えてくれたのは、『ティール組織』著者のフレデリック・ラルーでした。

『ティール組織』を読まれた方が本書を読むと「ティール組織の話と似ている」と思われるかもしれません。私の感覚では、『THE HEART OF BUSINESS』著者のユベール・ジョリーさんと『ティール組織』著者のフレデリックの考えは、8割くらいは共通、残りの2割くらいに違い(学びあえる要素)があると感じました。

違いのひとつは、フレデリックは、パーパスの「探求」を重視している点です。パーパスはつくるものでも飾るものでもなく、耳を澄ましつづけるものだと言います。その考え方から、『ティール組織』ではEvolutionary purpose(進化する存在目的)と表現されています。だからティール組織の中には目的を明文化しない場合もあります。

一方で、『THE HEART OF BUSINESS』著者のユベールさんとベスト・バイの人々は、会社のパーパスと個人のパーパスを「共有」し、個々人が体現することで、事業再生とその後の成長を実現しました。ユベールさんたちがより意識していたのは、パーパスの「共有」だったのではないでしょうか。

しかし、ユベールさんとフレデリックのパーパスに対する考え方は明確に異なるわけではありません。むしろ、『ティール組織』ではうまく伝わりきれていない「パーパス経営の実践」を、ユベールさんとベスト・バイが具現化しているように感じます。

『ティール組織』に登場する12社の事例はどれも魅力的ですが、ポイントを絞って書かれているため、残念ながら「変容ストーリーの全体像」は浮かび上がってきません。

『THE HEART OF BUSINESS』は、ベスト・バイのbefore/afterが掘り下げられています。ユベールさんのCEO就任以前の状況、CEO就任直後の経営陣やマネジャーや現場の言動、従業員の行動変容ストーリー、パーパス経営に根ざした新たな事業展開、ダイバーシティ&インクルージョンの仕組みづくり。

また、ユベールさんの視点だけでなく、現場の店舗スタッフが何を考えどう行動したか、マネジャーや経営陣はどのように現場のアクションを支援したか、といった点も詳しく記されています。ティール組織の語り部として約5年にわたり活動してきましたが、こうした「変容ストーリーの全体像」を提示できるかどうかはとても重要です。

本書にはパーパス経営やリーダーシップのフレームワーク、アクションリストといったハウツーが示されているわけではありません。しかし「最良の時も最悪の時も実践する方法を明らかにした」とユベールさん自身が述べているように(P.28)、極めて実践的な本だと思います。

本書を通してベスト・バイの数年にわたる事業と組織の変化を、様々な立場の視点から追っていくと、変容ストーリーの全体像を把握でき、「自分がマネジャー/リーダーだったら」「自分の組織だったら」と想像でき、次の一歩を踏み出しやすくなるでしょう。

この本いちばんのお気に入りエピソード


多くの方は、読書を実践につなげたいと願っているのではないでしょうか。
私もその一人です。そこで数年前から新しい取り組みを始めました。

自分が本当に気に入った本(☆5本と呼んでいます)は、印象に残った数十箇所を「文字起こし(タイピング)」するのです。本を読んでいると、著者の考えを自分に都合よく意味づけてしまいがちですが、一字一句書き起こすことで、著者としっかり向き合える、著者のそのままの言葉を深く味わえる、そんな感覚があります。

もちろん、記憶にも定着します。後で読み返すこともできます。そしてたいていの場合、文字起こししている途中、「これは」と思うものが浮かび、実践の一歩が踏み出しやすくなります。

『THE HEART OF BUSINESS』は、最初の数ページで「これは当たりかも」という予感があり、私の「☆5本」リストに加わりました。

本稿の結びとして、本書の特に印象に残った箇所を紹介したいと思います。

ソースの継承

魅力的なストーリーあふれる本書ですが、特に感銘を受けたのは、ユベールさんがベスト・バイの創業者を訪ねるシーンです。読んでいて、ぞくっとしました。

2012年5月に、ディック・シュルツはベスト・バイの会長職から降りていた。私が新CEOの打診を受ける前の話だ。私が就任した9月ごろ、シュルツは会社を非公開企業にしようと攻撃を仕掛けてきていて、取締役会と対立していた。

創業者と争っている会社なんて、私からすれば狂気の沙汰だった。私はディックが成し遂げてきたことに大きな敬意をいだいており、従業員たちにもそれを伝えた。非公開会社になろうが公開会社になろうが、彼が創業者であり筆頭株主であることに変わりはない。だから私は彼とポジティブな関係を築きたかった。

10月、セントクラウドでの勤務から1か月後、私はディック・シュルツの家族が運営する財団のオフィスに向かった。ベスト・バイの本社から数分のところだ。スーツにネクタイ姿でディックのオフィスに入り、履歴書を渡した。

「通常の状況なら、あなたが私の面接をしていたはずなので。きちんと自己紹介をしようと思って来たんです」と私は言った。のちにディックは、この行動に心を動かされたと教えてくれた。

『THE HEART OF BUSINESS』P.156-157
『THE HEART OF BUSINESS』試読版(書き込みは筆者)

ユベールさんの訪問から約半年後、創業者ディック・シュルツは名誉会長という形で会社に復帰し、ベスト・バイ・ファミリーは再びひとつになって再建へと向かえるようになりました。

私がこの本を読んでいたとき、『すべては1人から始まる──ビッグアイデアに向かって人と組織が動き出す「ソース原理」の力』(トム・ニクソン著、山田裕嗣・青野英明・嘉村賢州訳)の出版が佳境を迎えていました。

『THE HEART OF BUSINESS』は2022年7月、『すべては1人から始まる』は同年10月に発売

本書で語られるソースとは、「アイデアを実現するためにリスクを負って最初の一歩を踏み出した個人」であり、それは必ず1人だと著者は主張しています。

最初の一歩を踏み出した創業者ディック・シュルツは、ベスト・バイのソース。その彼と新CEOユベール・ジョリーの対話はまさに、創造の源である「ソース」継承の一幕だと思いました。直接会って対話を重ねるなかで、ソースとしての創業者の物語が終わり、ソースとしての新CEOユベールさんの新たな物語が始まる。

もしベスト・バイとユベールさんがソースの継承を疎かにしていたら、創業者を慕う従業員や取締役会に反発する人々から、パーパスや事業方針への共感は得られなかったでしょう。画期的な事業展開、人間味あふれる組織、従業員を応援する文化、7年で株価3倍、どれ一つとして実現できなかったかもしれません。

CEO就任を形式的なプロセスで終わらせず、会うべき人に会って、決めるべきことを決める。人とパーパスを大切にするユベールさんらしい行動だと感じ、これが私にとって特にお気に入りの箇所です。

嘉村賢州 Kenshu Kamura
令三社取締役。東京工業大学リーダーシップ教育院特任准教授。場づくりの専門集団NPO法人場とつながりラボhome’s vi代表理事。「未来の当たり前を今ここに」を合言葉に個人・集団・組織の可能性をひらく方法の研究開発・実践をおこなっている。解説書に『ティール組織』(英治出版)、共訳書に『自主経営組織のはじめ方』(英治出版)、共著書に『はじめてのファシリテーション』(昭和堂)などがある。

書籍紹介
THE HEART OF BUSINESS(ハート・オブ・ビジネス)──「人とパーパス」を本気で大切にする新時代のリーダーシップ

ユベール・ジョリー、キャロライン・ランバート(著)
樋口武志(訳)、ビル・ジョージ(序文)、平井一夫(日本語版序文)、矢野陽一朗(解説)

【 目次 】
日本語版序文(平井一夫)
序文(ビル・ジョージ)
イントロダクション

第1部 仕事の意味
1章 アダムの呪い/2章 なぜ働くのか/3章 完璧を求める狂気

第2部 パーパスフルな人間らしい組織
4章 株主価値という絶対権力/5章 ”大聖堂”を築く/6章 ノーブル・パーパス(大いなる存在意義)を実践に活かす/7章 誰にも憎まれずにビジネスを再建する方法

第3部 ヒューマン・マジックを解き放つ
8章 「アメとムチ」を脱却する/9章 第1の材料 個人の夢と会社のパーパスを結びつける/10章 第2の材料 人と人との深いつながりを生む/11章 第3の材料 自律性を育む/12章 第4の材料 マスタリーを追求する/13章 第5の材料 追い風に乗る

第4部 パーパスフル・リーダーになる
14章 リーダーに大切なこと/15章 パーパスフル・リーダーの5つの「あり方」

最後に──行動への呼びかけ
解説(矢野陽一朗)

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