『恐れのない組織』の「解説」を公開します。
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『恐れのない組織』の「解説」を公開します。

近年、ビジネスや組織論の文脈で注目を集める「心理的安全性」。このコンセプトの提唱者であり、『チームが機能するとはどういうことか』の著者でもあるエイミー・C・エドモンドソン(ハーバード・ビジネススクール教授)の著書『恐れのない組織──「心理的安全性」が学習・イノベーション・成長をもたらす』を2月3日に発売しました。今回は日本語版に収録した村瀬俊朗さん(早稲田大学商学部准教授)による「解説」を公開します。


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これは、エイミー・エドモンドソン教授の論文と書籍が引用された総回数である。また彼女が、1999年に米国経営学界で最も権威ある雑誌Administrative Science Quarterlyで、心理的安全性を初めて提唱した論文[1]の引用回数は8810回にものぼる[2]。

論文の価値は引用数で決まるとも言われる。引用数は、学術界の注目度や発見の貢献度を意味するからだ。すごい学者と太鼓判を押すための明確な数字があるわけではないが、この数字を得られる経営学者は世界中を探してもごくわずかだろう。彼女の学術界への影響は計り知れない。

私は1997年に渡米し、10年以上にわたって米国でチームとリーダーシップの研究を行い、現在は早稲田大学で研究を続けている。博士課程に在籍していた2000年代後半には、心理的安全性という概念はすでに定着し、彼女の論文はチームワーク研究者の必読の一本となっていた。

しかし、当時の私は心理的安全性に関する論文を眺めてみたものの、実は、その真の価値をすぐには理解できなかった。考え方に変化が起きたのは博士号取得後に、企業の相談を受けるようになってからであり、今では心理的安全性の重要性を確信している。

本稿では、産業組織心理学と経営学をベースに、「チームワークとは何か?」を追求してきた私が考える、「心理的安全性を考える上での注意点」、「定量研究で明らかにされているイノベーションとの関係」、そして「実践への示唆」を中心にお伝えしたい。

村瀬俊朗(むらせ・としお)
早稲田大学商学部准教授。1997年に高校を卒業後、渡米。2011年、University of Central Floridaで博士号取得(産業組織心理学)。Northwestern UniversityおよびGeorgia Institute of Technologyで博士研究員(ポスドク)をつとめた後、シカゴにあるRoosevelt Universityで教鞭を執る。2017年9月から現職。専門はリーダーシップとチームワーク研究。英治出版オンラインで「チームで新しい発想は生まれるか」を連載中。

個人の問題か、チームの問題か

先ほど、初めて心理的安全性というコンセプトを知った際、その価値がすぐには理解できなかったと述べた。なぜ理解ができなかったのか、そして、なぜその重要性に気づくようになったのかを説明したい。

当初、このコンセプトの意義が理解できなかったのは、「信頼」との違いが分からなかったからだ。なぜ敢えて心理的安全性という新たなコンセプトを打ち出す必要があるのか、当時の私には理解ができなかった。

しかし、本書で著者が注意を促しているように、心理的安全性と信頼は同じではない。この違いを理解することは実践上とても重要である。

研究の知見を実際のビジネスに役立てるため、企業に対するコンサルなどを行っていると、部下の創造性の欠如やチャレンジ精神のなさを嘆く声を聞くことが多い。

当初、私は、それらの問題を漠然と「個人の問題」として考えてしまっていた。しかし、現場の声を聞く中で、個人の意識の変容だけではどうにもならない問題を実感した。

上司やリーダーが言葉では「チャレンジしよう」と伝えても、普段の言動などから「失敗するな」というメッセージをメンバーが受け取り、その解釈が自然とチームに共有されていたのだ。

この現実を目の当たりにし、当然、個人にも責任はあるが、問題の本質は個人だけに帰属できるものではなく、「チームや組織の問題」なのだと納得するに至った。

チームワーク研究では当たり前の、「職場の雰囲気が個人の行動に多大な影響を与える」という前提を頭では分かっているつもりであったが、実際のビジネスを知ることを通じて、個人の問題に帰結しない、チーム・組織の問題があることを理解したのだ。

心理的安全性という概念はこの違いに焦点を当てている。では、具体的に、「信頼」と「心理的安全性」の違いとは何か。

エドモンドソン教授によると、「信頼」は個人が特定の対象者に抱く認知的・感情的態度であり、「心理的安全性」とは集団の大多数が共有すると生まれる職場に対する態度だ。

例えば、会議の出席者の大多数が「周りと違う意見を言っても嫌な顔をされない」と感じられるなら、そこには心理的安全性が存在する。一方、AさんがBさんに対して、「Bさんの意見に同意せずに違う考えを提示しても大丈夫」と思えるなら、それは信頼である。

私たちがカジュアルに使う「文化」や「雰囲気」とは、職場の大多数が行う一定の行動からその妥当性を感じ取り、その感覚が集団全体で共有されることで生まれる心理的現象である。しかし、この感覚が個人特有であり他者と独立している場合は、それは個人の心理現象となる。

この違いは単なる言葉遊びではない。個人間に存在する信頼の影響は、あくまでも信頼を抱く個人と信頼される対象者のやり取りに限定されるが、集団で共有される心理的安全性は集団全体の行動に影響を与える。

職場に異なる意見を受け容れる雰囲気があれば、メンバーは率直な提案が可能となる。周りはそれに耳を傾け、チーム全体で建設的な議論を交わす。他のメンバーはそのやり取りを見ることで「違う意見や率直な考えが許される」と感じとり、その結果、全体の活発な議論へと発展する。

一方で、個人間の信頼のままであれば、会議中は各自が自身の思いを胸の内に留め、後に信頼する相手にのみ考えを共有するので、チーム全体の活発な議論にはつながらない。これでは組織のポテンシャルを最大限引き出し、創発を生み出すことが難しくなる。

やはり、個人間の信頼に留めるのではなく、それを集団で共有することが重要であると認識する上で、心理的安全性という概念はとても有効なのだ。

ちなみに、心理的安全性と信頼は別物であるという考えは、90年代以降に起きた学術界の流れを汲んでいる。それまで社会心理学で活発に行われてきた集団の研究は経営学や組織心理学へと引き継がれ、「チームワーク」が改めて企業や業績の観点から検証されるようになった。

そして、チームワーク研究者は「チームは単なる個人の寄せ集めではないので、分解せずにチームとして現象を捉えるべき」と唱え、個人間と集団で起こる心理的現象の区別をより意識的に行うようになった。

エドモンドソン教授も、心理的安全性が単なる個人間の安心感ではなく、集団にしか起きない特殊な心理現象であることを示したのだ。

効果の検証から促進要因の探究へ

エドモンドソン教授による心理的安全性の提唱から約20年が経過するが、研究の領域では、心理的安全性の効果検証から、その促進要因の探究へと関心が移っている。

本書の中でも分析されているように、経営の分野において、研究者たちはデータを集め、心理的安全性の効果を示してきた。

また、看護や医療業界の研究者は、医師以外の専門家が声を上げやすい組織の土壌を心理的安全性と位置づけ、いかにチームの心理的安全性を発達させて医療事故を防げるかを盛んに研究している。

さらに、役所、警察、軍隊や宇宙飛行士など多岐にわたる職種を対象にした研究や、米国のみならず、南米、ヨーロッパ、アジア、アフリカ圏の研究者が自国でデータを収集して、世界中で心理的安全性の効果検証を行ってきた。

近年では、心理的安全性がチームワークを向上させ、失敗の共有を促進するなど、その効果に対する認識は学界で確立した。そのため、「心理的安全性を作るにはどうしたらよいか」という促進要因へと研究者の興味関心は変化している。

例えば、イスラエルの研究者・カストロ氏が率いる研究チームは、心理的安全性に対する上司の傾聴行動の影響を検証した[3]。この研究の重要な点は、高等なファシリテーション技術を用いずとも、「単純に耳を傾ける」という行為が心理的安全性を促進させることを発見したことだ。

このような研究に代表されるように、今後ますます心理的安全性に関する面白い研究が出てくることは間違いないだろう。

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心理的安全性を高める具体的な取り組み

さて、研究の枠を超えて実務の世界に視野を広げてみよう。組織は心理的安全性に関してどのような取り組みをしているのだろうか。私は、米国の病院や医療機関が実践方法の工夫に長けた業界であると考えている。

様々な医療従事者の協働が質の高い医療の絶対条件であるため、医療業界はコミュニケーションやチームワークの重要性をいち早く認識して、トレーニングの提供に力を入れてきた。

特に、米国の医療研究・品質調査機構(Agency for Healthcare Research and Quality)とアメリカ国防総省は医療従事者の専門を越えた連携の公益性が高いと考え、チームワークの研究者に依頼して25年以上にわたる科学的な研究結果をもとにTeamSTEPPSというトレーニング・プログラムを開発した[4]。

参加者は、リーダーシップ、コミュニケーション、状況観察、相互支援、チームワーク設計の五大要素を学習し、心理的安全性を含むチームの認知、感情、行動に変化を促す。

例えば、「振り返り行動」は、リーダーシップの一部として設計されている。過去の共同作業で何を学習したか、支援の必要性を訴えることができたか、どうチームワークを改善すべきかなど、リーダーはチーム運営上において様々な注意点を意識しなければならない。リーダーとメンバーは過去の作業を共に振り返り、自由な意見交換ができる雰囲気を築くことで専門性を越えた連携の向上を試みる。

また、相互支援のセクションは、フォローや支援をお願いしやすい雰囲気づくりを参加者にトレーニングすることで、心理的安全性を高める。したがってTeamSTEPPSは、参加者が五大要素を現場で実践するとチームの心理的安全性が生まれ、その結果、専門性の異なる医療従事者の連携が高まる設計となっている。

全米の様々な医療機関がTeamSTEPPSを積極的に取り入れてきた。例えば、ある大学病院内では手術室を模したシュミレーション・トレーニングルームで、様々な手術シナリオをチームで実践する。

その際の活動は映像で記録されるため、実践後に参加者は振り返りのセッションで互いの行動をTeamSTEPPSをもとに確認できる。そして、どのように各々の振る舞いを改善すればチームワークが高まるかを共に考え議論する。

トレーニングの結果、「問題に対して声を上げやすくなった」、「風通しの良い環境に変化した」などの多くのポジティブな声が上がっており、まさに心理的安全性がチームに浸透したことを表している[5]。このような体系化された振り返りは心理的安全性を高める上で、とても有効となるだろう。

定量研究で明らかになっていること

前項で述べた医療の事例からも分かる通り、ミスや失敗を共有することで学習を促し、大きなリスクを防ぐという観点から、心理的安全性は語られることが多い。しかし、心理的安全性の真骨頂はイノベーションの創出過程であると私は考えている。

もちろん、イノベーションは計画的に生み出せるものではない。しかし、様々な研究からイノベーションが起こりやすい条件は明らかになっている。私は「多様性の活用」と「失敗を恐れず挑戦すること」の2つが重要だと考えており、心理的安全性は、この二つの要素の「触媒」なのである。

本書の中でもイノベーティブな企業としてピクサーなどのケーススタディが紹介され、その創造性の背後に心理的安全性が存在すると指摘されている。しかし、「それはピクサーだから可能だったのでは?」と感じる読者もいるかもしれない。

そこで、私の専門とする経営学の研究から、イノベーションを指標化し、同じ条件でチームを分析した研究を紹介することで、本書の議論を別の角度から考えてみたい。

イノベーションとは何か?

まず、イノベーションのメカニズムを見てみよう。イノベーションは、今まで出合ったことのなかった情報や要素の組み合わせを発見することから始まる。

スーツケースを想像してほしい。今でこそスーツケースに車輪がついているのは当たり前だが、1970年代までは車輪が付いておらず、手で運ぶことが当たり前だった。

この当たり前を一変させたのが、近代のスーツケースを発明したバーナード・サドウだ[6]。サドウは、カリブ海で家族とバカンスを楽しんだ後、帰りの飛行機に乗るため、家族のためにスーツケースを必死に運んだ。空港でチケットを受け取った後、荷物を置き、一休みしていた。その時、空港の従業員が大量の荷物を車輪のついたパレットに載せ、悠々と運んでいる姿を見て、閃きが起こった。

「バレットに車輪がついていて、なぜスーツケースには車輪がついていないんだ」

今となってはスーツケースと車輪の組み合わせは当たり前だ。しかし、当時はそこに驚きがあった。これまでにない組み合わせには新規性があり、大きな価値を生む[7]。

つまりイノベーションとは、様々な考え方、情報、技術を組み合わせて新しいパターンを見つける試行プロセスなのだ。

イノベーションと多様性

新たな組み合わせを発見するには、チームが有する知識の多様性が重要となる。様々な知識を有するメンバーが協働すると、今まで見聞きしたことのない発想や意見に触れられるため、新しい組み合わせが見つけやすい。

この仕組みを大量の特許データを用いて検証したのが、カリフォルニア大学バークレー校のリー・フレミング教授率いる研究チームだ[8]。

彼らが特許データに着目した利点は2つある。1つは、発明に携わったすべての関係者の名前や所属が明らかであること。もう1つは、米国特許庁が作成する10万以上のテクノロジー区分に基づき、各特許の内容がどの区分に分類されるかが分かることだ。

これらの情報に基づき、申請された特許以前に各関係者が過去にどの特許に携わり、どのテクノロジーを熟知しているかを判断できる。

各特許には複数のテクノロジー区分が紐づいている。イノベーションの定義である「斬新な組み合わせ」をもとにすると、各特許に用いられたテクノロジー区分の組み合わせが過去の特許で使用されていなければ、新奇性が高いと考えることができる。フレミングの研究チームは、この指標を用いて、多様性とイノベーションの関係を紐解いた。

分析の結果から、特許取得に至ったプロジェクトチームが有する知識が多様であると、その特許は過去に用いられなかったテクノロジー区分の組み合わせを使用する傾向が高まることが分かった。つまり、知識の専門性が多様なチームほど様々な情報が共有されるため、新奇性のある組み合わせにたどり着きやすい、ということだ。

多様性を活かすために必要なこと

しかし、多様性が高ければ新しい組み合わせを発見できる、とは必ずしも言えない。多様性の高いチームは、メンバー間のモノの見方や価値観が異なるため、意見の衝突が起こりやすく、説得の難度も高まる。

したがって、多様性のみではイノベーションの創発にたどり着きづらい。多様な意見や価値観が存在するとき、意見の違いや衝突が起きても思い切って考えを共有できる雰囲気、つまり心理的安全性が必要不可欠なのだ。

イノベーションの過程における心理的安全性の重要性を示すために、ギリシャにあるピレウス大学のコストポウラス教授とフランスのEMリヨン・ビジネススクールのボジオネロス教授は、情報産業や製薬業界所属の新規開発プロジェクトチームを対象に調査を行った[9]。

結果は、意見の衝突が起こる場合、心理的安全性が高ければ、チームメンバーは互いの意見に耳を傾けて、意見の相違から新しい価値を学習できたが、心理的安全性が低い場合に学習はあまり起きていなかった。

したがって、多様な知識や価値観はチームの創造性に対する潜在能力を高めはするが、これまでにない発想の創出には心理的安全性が必要不可欠だったのである。

失敗を恐れず挑戦すること

心理的安全性がイノベーションの創発過程に欠かせない理由がもう一つある。新しい組み合わせを発見する過程は非常に不透明であり、ほとんどの組み合わせは利益を生まずに終わってしまう。したがって、イノベーションを起こすために、チームは失敗から学ぶ姿勢を持つ必要がある。この流れを作るためにも心理的安全性が欠かせない。

失敗の連続から成功を見出した顕著な例として、1970年代にユニリーバが行った粉末洗剤の開発がある[10]。粉末洗剤は、液状の洗剤原料を超高圧噴射させ、それを瞬く間に乾燥させることで生成する。しかし、高圧噴射を行うノズルに洗剤粒子の目詰まりという問題が生じた。

これを解決すべく、ユニリーバのチームはノズルの穴や溝が微妙に調整された10のノズルの製作を行った。テストを行うと、そのうちの1つが1.2パーセント、他のノズルと比較して改善されていた。次の段階ではこのノズルを起点として、更に10のノズルを製作した。

このような失敗を何度も繰り返し、45世代のモデルと449回の失敗を経て、初期モデルとは比べ物にならない効率の良いノズルの作成に至ったのである。

失敗を犯すことでどこに改善の余地があるかが分かる。失敗の共有とその後の学びが組み合わさることで新たな改善点に気付くことができるのだ。

しかし失敗は必ずしも学びを促すものばかりではない。エドモンドソン教授も、不十分な失敗検証や原因特定の困難が学習抑制を引き起こすと指摘している[11]。では、学習を促進する失敗とはどのようなものなのだろうか。

学習を促進する失敗とは?

まさにこの問題に取り組むため、米国チュレーン大学のカンナ教授率いる研究チームは、アメリカにおける製薬業界の特許データを用いて、学習を促進させる失敗の分析を行った[12]。彼らが製薬業界の特許データに目を向けたのは、失敗の検証にまさに理想的だったからだ。

まず、医薬開発においては知的財産がすべてであるため、製薬会社はできるだけ多くの開発に早い段階で特許を取得しなければならない。次に、製薬会社は最終的な医薬品に対して特許を取るわけではなく、製品化に漕ぎつけるか確証のない研究アイデアに対して特許を取得する。そのためほとんどが失敗に終わる。

例えば、様々な化合物が特定の症状を緩和することが判明したので特許を取得しても、ほとんどが予備安全試験をパスできない。具体的には、この段階で5000〜1万の化合物がテストされ、そのうち250ぐらいしか予備臨床試験へと進めない。仮に進んでも、1〜5ぐらいの化合物しか実際の臨床試験に残らないのである。

したがって、非常にレベルの高い知識を持つ科学者が、失敗を前提とした長い模索作業に従事するのが医薬開発なのである。

カンナ教授らは、医薬開発には学習を促進させる小さな失敗と、小さな失敗を早い段階で起こすことが重要と考えた。

小さな失敗を経験することで探索プロセスをより深く理解し、細かな調整を繰り返す。小さな失敗であれば心理的脅威を感じないため、方向転換や改善に対して前向きになれる。そして小さな失敗を早めに起こすことで、1つの方向にコミットし過ぎる前に学習できるため、方向転換も可能であり、成功の確率を高めることができる。

特許の申請が通ると知的財産権は20年付与されるが、4、8、12年目ごとに維持費を支払わなければならない。利益をもたらさない特許は早めに撤回しなければならないため、早めに撤回された特許は組織が失敗を認めたことを意味する。

そして、20年の満期前のいつ撤回したかが失敗を認めた早さとして扱うことができる。最後に、イノベーションの指標データとして、20年の満期を迎えることができた特許の数と、それらの特許が後続の特許に引用された数を用いて、失敗とイノベーションの関係の調査を行った。

検証の結果、小さい失敗が多いほど、任期を満了した特許数と引用数が高まり、小さい失敗を四年以内に認めた方が引用数を高める結果となった。つまり、イノベーションの過程において失敗を多く経験することが重要であり、更にはなるべく早く経験すると学習につながりやすいのだ。

ピクサーとの共通点

カンナ教授たちの発見こそまさに、ピクサーが最も大事にしていることであった。ピクサー創設者のエドウィン・キャットムルは、「どのヒット映画の原案も問題だらけであるため、問題の特定と究明を行い、改善することが重要」という主旨のことを述べている[13]。

本書でも紹介されている、ストーリー製作経験者で構成される「ブレイン・トラスト」は、まさにその実践であろう。より良い映画を作りこむために、なるべく制作の早い段階で多くのミスをする。そして、そこから学びを得て改善を繰り返す。

ここで最も重要なポイントは、非難や叱責ではなく、様々な意見や失敗を議論できる場の雰囲気を維持することにある。心理的安全性がなければ、部外者との議論も活発化せず、問題の指摘に対して製作サイドも自衛に入ってしまうだろう。

ブレイン・トラストなどピクサーの実践は、特異なものというよりも、以上のような定量的研究の結果から考えても非常に合理的である。イノベーションにおいては失敗が必然であるが、失敗を学習につなげる心理的安全性がセットで存在することによって、新たな価値を生み出すことができるのだ。

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実践への示唆──リーダーのパラドックス

最後に実践への示唆、心理的安全性を高めていく上での注意点をお伝えしたい。ここでも重要なのは、個人の問題と組織・チームの問題を区別して実践を行うことだ。

私たちは読み書きそろばんなどの知的能力を高める公的教育は受けるが、人間関係を巧みに作り上げる方法を公式な授業として学校では学ばない。その結果、感情のやり取り、チームビルディング、リーダーシップ等に関する技術や知識が不十分なため、組織を効果的にマネジメントすることが難しい。

特に、心理的安全性を高める難しさは、それが集団に共有された雰囲気であることにある。信頼など個人間で起こる心理的現象と比べ、集団に存在する現象は、個人一人が頑張っても変化を起こすことが難しい。各自が互いに協力し行動すること、つまり、他者の協力なしでは成しえないため、チームとしての意識的行動が鍵となる。

さらに、心理的安全性は、仮に高まったとしても、メンバーの特定の振る舞いによって簡単に崩れてしまう脆い心理状態でもある。

よって、組織は心理的に安全な状態を生みだし、そして、それを維持し続けなければならない。静的な状態というよりも、常に変化するダイナミックなものなのだ。

リーダーのパラドックスとは?

特に、組織の心理的安全性に最も影響を与えているのがリーダーである。組織の雰囲気づくりにおいてリーダーの影響は多大だ。メンバーはリーダーの行動を通して考え方や価値観を読み取り、自らの行動に反映させる。また時には、リーダーの行動1つで組織の雰囲気が一変してしまうこともある。

そういう意味で、心理的安全性を形成する過程でリーダーの力は欠かせない。しかし同時に、リーダーとメンバーの感覚にはズレが生じやすいという「構造的問題」がある。

社会的地位が高まると、周りの要求に応えずとも自分の考えが実現しやすくなるため、周りの反応に疎くなる。そして、規範から生じる集団圧力にも抵抗しやすくなるため、全体から逸脱した行動も可能となる。

一方、ダートマス大学のダナルズ氏らの研究によれば、社会的地位が低いメンバーは、空気を読み、周りと歩調を合わせることで社内に居場所を築く。そのため、周りの言動や職場の動向に自然と目が向き注意して観察するため、結果としてリーダーと比べてより正確に職場の雰囲気を把握できる[14]。

リーダーとそれ以外のメンバーではこのズレが自然に生じるため問題となる。メンバーたちは職場が心理的に安全ではないと感じても、リーダーと感覚が異なるため、共通の認識を持つことが難しい。

しかし、心理的安全性の改善はリーダーのサポートなしでは不可能だ。感覚にズレが生じる構造的な傾向がある一方で、リーダーが動かなければ心理的安全性は高まらない。これが心理的安全性におけるリーダーのパラドックスである。

リーダーがこの問題に取り組むには、自分の感覚のズレは自然と生じてしまうことを自覚し、自らの努力のみでは解消できないことを認識する必要がある。意識する努力は当然重要だが、加えて意識すべき点は、周りの声が届くような職場の構造を形成することだ。

つまり、このパラドックスをリーダー個人の問題として捉えるのではなく、チーム・組織の問題として捉え、対処する必要がある。

パラドックスを打ち破るために必要なこと

それでは声を届ける人物を誰にすべきか。リーダーの側近と思うかもしれないが、それは妥当ではない。リーダーの側近になればなるほど社会的地位も高くなり、リーダーと同じパラドックスの罠に陥っている可能性が高い。

また、リーダーと側近は日々のやり取りが多いため、互いの価値観や考え方が自然と近くなり、彼らのやり取りは共有された価値観を強化する傾向にある。

むしろリーダーは組織階層の中間に位置する部下の意見を参考にしなければならない。中間に位置する部下は、現場のメンバーとも接点が多いため、組織に漂う雰囲気を機敏に察することができる。また上層部とも日々の業務で接点があるため、その接点を利用して無理なく声を届けることができる。

日々の具体的な仕事を通じて関係は形成されているため、リーダーはこの「仕事上の関係」を「組織の役割を越えた人間関係」に作り替えることが重要だ。

つまり、「このリーダーであれば真実を伝えても怒らない」「このリーダーを助けるために実際の状態を伝えたい」と思わせる、信頼関係を形成する必要がある。

つまり、組織階層の中間に位置する人物と1対1の信頼関係をつくることを通して、集団としての心理的安全性の変化に気づくきっかけを構造的に得ること、それが、リーダーのパラドックスを打ち破るきっかけとなるはずだ。

おわりに

間違いを伝える。失敗する。助けを求める。エドモンドソン教授は、これらの行動こそが組織の力の源泉であり、これらの行動なくして組織の学習力や創造力は高まらないと語ってきた。

しかし、それを実践することは難しい。その本質は、個人の弱さにあるのではないだろうか。私たちは弱く、周りの雰囲気に非常に敏感であるため、個人の心がけのみでは組織の空気に流されずに行動することは困難だ。

エドモンドソン教授は心理的安全性を通して、人間の弱さを見つめ直し、弱さに打ち勝つための本質的な努力を「組織改革」に向けるべきことを示してくれた。個人はなかなか変わらない。ただし、組織文化を変えることで、そこにいる個人は大きく変わる。それゆえ、心理的安全性は非常に重要なのだ。

(注)ウェブ掲載にあたり、可読性向上のため、改行を加えています。

解説注

[1] Edmondson, A. C. (1999). Psychological Safety and Learning Behavior in Work Teams. Administrative Science Quarterly, 44(2), 350-383.
[2] 冒頭の総引用数ともに、解説執筆時(2021年1月4日)のグーグル・スカラーより。
[3] Castro, D. R., Anseel, F., Kluger, A. N., Lloyd, K. J., & Turjeman-Levi, Y. (2018). Mere listening effect on creativity and the mediating role of psychological safety. Psychology of Aesthetics, Creativity, and the Arts, 12(4), 489-502.
[4] https://www.ahrq.gov/teamstepps/instructor/index.html
[5] Baik, D., & Zierler, B. (2019). Clinical nurses’ experiences and perceptions after the implementation of an interprofessional team intervention: A qualitative study. Journal of Clinical Nursing, 28(3-4), 430-443.
[6] Sharkey, J. (2010, October). Reinventing the Suitcase by Adding the Wheel, The New York Times.
[7] Fleming, L. (2001). Recombinant uncertainty in technological search. Management Science, 47(1), 117-132.
[8] Fleming, L., Mingo, S., & Chen, D. (2007). Collaborative brokerage, generative creativity, and creative success. Administrative Science Quarterly, 52(3), 443-475.
[9] Kostopoulos, K. C., & Bozionelos, N. (2011). Team exploratory and exploitative learning: Psychological safety, task conflict, and team performance. Group & Organization Management, 36(3), 385-415.
[10] マシュー・サイド著、有枝春訳『失敗の科学―失敗から学習する組織、学習できない組織』(ディスカヴァー・トゥエンティワン、2016年)
[11] Cannon, M. D., & Edmondson, A. C. (2005). Failing to learn and learning to fail (intelligently): How great organizations put failure to work to innovate and improve. Long Range Planning, 38(3), 299-319.
[12] Khanna, R., Guler, I., & Nerkar, A. (2016). Fail often, fail big, and fail fast? Learning from small failures and R&D performance in the pharmaceutical industry. Academy of Management Journal, 59(2), 436-459.
[13] エド・キャットマル著、 小西未来訳『ピクサー流マネジメント術 天才集団はいかにしてヒットを生み出してきたか 』(武田ランダムハウスジャパン、 2009年)
[14] Dannals, J. E., Reit, E. S., & Miller, D. T. (2020). From whom do we learn group norms? Low-ranking group members are perceived as the best sources. Organizational Behavior and Human Decision Processes, 161, 213-227.

恐れのない組織──「心理的安全性」が学習・イノベーション・成長をもたらす
エイミー・C・エドモンドソン著、野津智子訳、村瀬俊朗解説

Googleの研究で注目を集める心理的安全性。
このコンセプトの生みの親であるハーバード大教授が、ピクサー、フォルクスワーゲン、福島原発など様々な事例を分析し、対人関係の不安がいかに組織を蝕むか、そして、それを乗り越えた組織のあり方を描く。

篠田真貴子氏(エール株式会社取締役)推薦!
「心理的安全性ってそういうことだったのか!
心理的安全性の解釈が人によって違うことが気になっていた。しかし、本家本元による本書を読んで、すっきりと整理ができた。心理的安全性とは個人の資質ではなく集団の規範、ぬるい環境というよりもむしろ成果志向の環境なのだ。失敗と成功の事例を通して、このコンセプトへの理解が深まり、実践への示唆が得られるだろう。「恐れ」から解き放たれれば、私たちはもっと大胆に行動できる。」

【目次】
はじめに
第1部 心理的安全性のパワー
第1章 土台
第2章 研究の軌跡
第2部 職場の心理的安全性
第3章 回避できる失敗
第4章 危険な沈黙
第5章 フィアレスな職場
第6章 無事に
第3部 フィアレスな組織をつくる
第7章 実現させる
第8章 次に何が起きるのか
解説 村瀬俊朗

<なぜ「心理的安全性」が必要なのか>の過去の記事のご紹介
第1回:『恐れのない組織』「はじめに」全文公開

恐れのない組織_連載1

第2回:『恐れのない組織』第1章「土台」(冒頭一部)公開

恐れのない組織_連載2

第3回:<普通の仕事>にこそ、心理的安全性:篠田真貴子(エール株式会社取締役)

恐れのない組織_連載3


解説の執筆者、村瀬さんの連載「チームで新しい発想は生まれるか」はこちら

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