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エドガー・シャインの世界 ⑥『謙虚なリーダーシップ』──「はじめに」全文公開

人と組織の研究に多大な影響を与えてきた伝説的研究者、エドガー・シャイン。半世紀にわたる研究の集大成『謙虚なリーダーシップ』の出版に合わせて、これまで弊社から出版している過去作品をご紹介してきました。今回は最新作『謙虚なリーダーシップ』の「はじめに」を全文公開いたします。

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本書のテーマ

リーダーは常に「スーパースター」として、英雄のように、大胆かつ非凡なことをしなければならない。そんな考え方をする個人主義的・競争的な経営文化に、あなたはいつの間にか囚われてしまっていないだろうか。

リーダーシップとは、なんらかの「決まった手順」を踏んで発揮すべきものではなく、新たな、よりよいことを成し遂げようとするグループ内で共有されるエネルギーである──そのように考えるわけにはいかないだろうか。

本書では、リーダーシップを、他との関係性のなかで存在するものとして捉えている。つまり、今日の組織の特徴になりつつあるダイナミックな対人関係およびグループ・プロセスにおいて、新たな、よりよいことを学び、共有し、促すプロセスだと考えている。

そのようなリーダーシップは、どんなレベルでも、どんなチーム(作業グループ、ミーティング)でも、生まれる可能性がある。管理されたネットワークでも、ひらかれたネットワークでも、あるいは、一箇所に集まるワークユニットでも、広く分散するワークユニットでも、さらには、あらゆる文化的境界をも越えて、生まれる可能性がある。

リーダーシップは、指名・任命されたリーダーだけでなく、グループ・メンバーが発揮する場合も少なくない。加速度的に激しく変動する市場においては、グループの果たすべき仕事が変わるのに伴い、それまでとは別の人が不意にリーダーになることもある。

私たちは、このように考えている──リーダーシップとは、関係性にほかならない。そして、真に成功しているリーダーシップは、きわめて率直に話をし、心から信頼し合うグループの文化のなかで成果をあげている、と。

リーダーシップと文化はいわば表裏一体であり、文化はまぎれもなく、一つのグループ現象である。本書は、リーダーシップの新しいモデルにスポットライトを当てているが、文化とグループ・ダイナミクスについての本でもあるのだ。

20世紀の伝統的な経営文化は、決められた役割と役割の間にできる、単なる業務上の一連の関係と言える。そのような関係では、率直に話すことも信頼し合うこともあまりできない状態が意図せず生み出され、それゆえ、本当に効果的なリーダーシップを実践するのが困難になってしまう。

このような単なる業務上の関係を、私たちは「レベル1」と呼んでいる(「関係のレベル」は、『謙虚なコンサルティング──クライアントにとって「本当の支援」とは何か』[英治出版]で初めて触れた概念である)。

一方、グループ内およびグループ間のより個人的な関係の上に築かれる、もっと個人的で、信頼し合い、率直に話をする文化と深く関連するモデルを、私たちは「謙虚なリーダーシップ」として提案している。このような関係が、「レベル2」である。

強調しておきたいのは、レベル2のリーダーシップのプロセスが、昔ながらのヒエラルキーや、個人として「英雄のような」業績をあげることとは異なると思われる、という点だ。

会社や軍隊を率いる、芸術を監督する、社会的・政治的グループを招集・組織する、プロスポーツチームを監督する、新しい組織を創設する──。これらすべてに共通するのは、そうしたリーダーシップがグループのなかで生じること、そして、生じるか否かは、グループ内に率直に話し、信頼し合う関係があるかどうかだということ、である。

グループのなかにレベル2の関係があって初めて、メンバーの誰もが、最高の力を出そうと鼓舞されるのである。

本書を通して、あらためて言いたい──組織がいつまで存続できるかは、社会生活を営み、感情を持ち、協力し合う個々の人間が、互いにさまざまな関係を持ち、相互作用するなかで決まる、と。

謙虚なリーダーシップに決まった形はなく、グループを招集し、グループの力をうまく引き出し、その後はふたたび必要とされるまで姿を消す。このモデルは、サーバント・リーダーシップや、変革型(トランスフォーメーショナル)リーダーシップや、インクルーシブ・リーダーシップのような他のモデルの代わりにはならない。

だが、それらのモデルが成功するための、不可欠なプロセスであり、動的な要素だと言える。謙虚なリーダーシップは、仕事の世界が複雑になっていくなかで、絶えず意義深い前進を続ける文化をつくり出すことに関係しているのである。

本書を読んでほしい人

本書は、組織を変える意欲と、機会と、柔軟性を持つ、あらゆるマネジャーとリーダーに読んでもらいたい。

また、謙虚なリーダーシップが最も必要とされるのは企業だが、医療や芸術、政治機関、非営利団体、スポーツチーム、地方のコミュニティ組織など他の領域にも、やはり関わりがある。いや、実を言えば、謙虚なリーダーシップというモデルの模範がしばしば見られるのは、そうしたコミュニティ組織や、スポーツや、舞台芸術なのだ。

このモデルはリーダーのためのものだが、それに特化しているわけではない。リーダーシップは、あらゆる組織のあらゆる場所、あらゆるレベルに存在すると思うのだ。

リーダーシップとは、ヒエラルキーにおける二次元(トップダウン)の関係でもなければ、「高い潜在能力」を持つ個人の並外れた才能でもなく、人とのつながりが複雑に組み合わさったものだ、とも思っている。

リーダーシップに対するこのような考え方は、人事部や組織開発に携わる読者に特に関係があるはずだ。なぜなら、謙虚なリーダーシップには、技術、戦略、権威、統制などと同じくらい、「ソフトスキル」が大きく関わっているからである。

私たちはリーダーシップを、一つの役割以上のものだと考えている。つまり、これまでとは違う、新たな、よりよいことをするための協力関係であり、ゆえに、プロダクト・マネジャー、財務・運営トップ、CFO(最高財務責任者)、取締役や理事、投資家、医師、弁護士など「支援する」仕事に就いている人々に、直接的に関係があるはずだ、と。

本書を、企業活動のあらゆる段階の人に読んでもらいたい。そして、最適な形で情報を共有し、率直に話し、信頼し合う関係をデザインするとどんな効果が得られるかを理解してもらいたい。

そういう関係があれば、グループはよりよい結果を生み出せるようになる。グループとして、もっとうまく、活気のない役割ベースの組織デザインをよみがえらせ、最高の「アンサンブル」演奏をめざすメンバーの意欲を高められるようになるのである。

本書を読むことによって得られるもの

リーダーシップを説く本には、読むべきものがたくさんある。そこには、出世したり、素晴らしい新製品を考案したり、世界を変えたりするのに役立つ、必須のスキル、成功の秘訣、望ましい性質が書かれているのだ。

そうしたリーダーシップの素晴らしい処方箋が、1980年代初めから今(2018年初め)に至る35年の特徴というべき、イノベーションの爆発的な広がりやグローバルな展開や経済的成功に貢献してきたことは、私たちとしても疑う余地はほとんどない。

私たちが懸念するのは、然るべき個人的な価値観やビジョンを持つ英雄あるいは「創造的破壊者」にそのように注目していても、今後の35年に直面するだろう仕事上の大変動に私たち一人ひとりが覚悟するにあたっては、限界が目に見えている、という点である。

リーダーシップ・スキルを磨くという個人的な挑戦を、グループの行動の仕方を向上させるという集団での挑戦として捉え直すことが可能だとしたらどうだろう。本書を、何もかも自分が引き受けなければ、というプレッシャーを取り払うきっかけと考えてほしい。

自分ひとりで問題を解決しなければと思いながら職場に向かうのではなく、パートナー、グループ、あるいは大小の作業チームがともに解決に臨んでくれる職場に向かうのだとしたらどうだろう。

問題を解決したり、高い価値をめざしたり、世界を変えたりする責任は、あなた一人が負うべきものではない。だが、学習する環境をつくり出して、あなたとあなたのグループが協力し、問題解決プロセスを突きとめ、決定し、その後世界を変えられるようにするのは、あなたの責任である。

新たな問い方、これまでと違う学び方、つまり、人々が変化を起こし、成長するのを助けてきた「謙虚なリーダーシップ」のいくつかの例を、本書を通じて、みなさんに伝えられたら幸いである。

簡単な歴史的考察

いつも困惑させられるのは、この質問だ。

「リーダーが文化をつくるのか、それとも、文化がリーダーを生み出すのか」。

私たちは、どちらの例もたくさん見てきたし、両者の違いを大切に考えてもきた。しかしながら、この75年の間に、グループ・ダイナミクスの分野が発展し、グループというコンテクストでの「体験学習」が開発され、おかげで、グループの影響力(文化)と個人のイニシアティブ(導くこと)が絶えず作用し合っていることを、観察・活用できるようになった。

リーダーは常に文化を生み出しているが、文化は、リーダーシップの意味と、一人ひとりのチェンジ・エージェントが許される行動を、絶えず制限する。この点については、『Organizational Culture and Leadership(5th ed.)』(シャイン&シャイン、2017年)〔邦訳は、『組織文化とリーダーシップ』があるが、第5版ではない〕で述べた。

社会生活を営む私たちは、文化の外へ出ることはできないが、自分たちの文化を知ることと、他者と関係する活動としてのリーダーシップが、どのように文化によって形づくられ、文化を形づくっているかを理解することは可能になってきている。眼前に迫った環境、社会、政治、経済、技術の変化に適うには、経営文化がどの方向に進化する必要があるかも、わかってきている。

謙虚なリーダーシップという概念は、まさにその必要性から生まれており、相互作用する性質にスポットを当てている。既存の文化が受け容れるだろう範囲のなかで、新たな、よりよいことをしたい。範囲があまりに限定的である場合は、そうした文化的側面をまず変えたい。そう願って。

後述するとおり、このプロセスで最も困難なのは、既存の経営文化の要素を変えることだ。既存の経営文化は、時代遅れではないとしても、凝り固まっていると思われるからである。

協調的なリーダーシップという新たなモデルが、個人主義で競争的、かつ単なる業務上の関係が優勢な文化のなかで基盤を築くのは、困難の極みかもしれない。そのため、自然に生まれる謙虚なリーダーの最初のチャレンジは、そうした文化を変えることになるだろう。

従来の経営文化でも、チームやグループは、(中心ではなくても)重要なものとして論じられてきた。ただ、チームのインセンティブより個人のインセンティブが優先されることからも明らかなように、チームは個人を中心にして展開されている。また、インセンティブはチームのリーダーに与えられる傾向もある。

だが、過去75年以上にわたって行われてきた重要な研究によれば、リーダーによって有能なチームが生み出されるのと同様に、有能なグループあるいはチームによってリーダーシップの条件が生み出されることが、明らかになっているのだ。

また、透明性や従業員エンゲージメントも広く支持されているが、経営者は会社の経済状況に関する重要な情報を、従業員にほとんど知らせずにいる。この状況は、「するべきことを従業員に指示する神権」(シャイン、1989年)が経営者にはあるという説が、経営者の文化に意図せず、しかし頑なに信じられていることを、強力に示唆している。

謙虚なリーダーシップは、本質的に、他者とのつながりに基づくプロセス―効果的なグループ・プロセスと切っても切れない関係にあるプロセス―と定義されるものであり、一人の英雄が持つビジョンや目的に基づく他のモデルの代わりにはならない。

変革型リーダーシップやサーバント・リーダーシップのモデルは、たしかに、今日の組織に非常に適している。だが、それらすべてのモデルに、基本的なグループ・プロセスとして、謙虚なリーダーシップが不可欠だと、私たちは思うのだ。

今のあらゆるリーダーシップ・モデルが、もし現代の自然に生まれるリーダーたちに適うものであるなら、もっと個人的なつながりに重点が置かれることによって、それらのモデルは補完されるだろう。そのために、私たちは、レベル2の謙虚なリーダーシップの本質を際立たせる概念、「パーソニゼーション〔personization, 56頁で詳述〕」を取り入れている。


本書の構成

第1章および第2章では、謙虚なリーダーシップに対する私たちの考えと、土台となる人間関係論について述べる。第3〜6章では、いくつかのストーリーを示して、謙虚なリーダーシップの成功例だと私たちが考えるものと、謙虚なリーダーシップが育たなかったり、行き詰まったり、成功しなかったりした事例を紹介する。

続く第7章では、謙虚さ、「パーソニゼーション」、グループ・センスメーキング、チーム学習、つまり謙虚なリーダーシップの主要な全要素を、今まさに推し進め、強化している、いくつかの傾向にスポットを当てる。第8章では、謙虚なリーダーシップ、および関連するグループ・ダイナミクス理論によって、より広範な経営文化についての考えを推し進められるかもしれないことを示す。

そして第9章では、さらなる読書、自己分析、スキルの習得を通して、あなた自身の謙虚なリーダーシップにいっそう磨きをかけることによって、どんなことが可能になるかをお話しする。

(注)ウェブ掲載にあたり、可読性向上のため、本文にはない改行を加え、漢数字はアラビア数字に改めています。

エドガー・シャインの最新著作『謙虚なリーダーシップ』(2020年4月発売)

エドガー・H・シャイン Edgar H. Schein
ⅯITスローン経営大学院名誉教授。シカゴ大学を経て、スタンフォード大学で心理学の修士号、ハーバード大学で社会心理学の博士号を取得。ウォルター・リード陸軍研究所に4年間勤務したのち、ⅯITで2005年まで教鞭を執った。組織文化、組織開発、プロセス・コンサルテーション、キャリア・ダイナミクスに関するコンサルティングを行い、アップル、P&G、ヒューレット・パッカード、シンガポール経済開発庁などの企業・公的機関をクライアントとしてきた。また、組織文化&リーダーシップ研究所(OCLI.org)のさまざまなプロジェクトに、息子ピーターとともに取り組んでいる。『人を助けるとはどういうことか』、『問いかける技術』、『謙虚なコンサルティング』(いずれも英治出版)など著書多数。『謙虚なリーダーシップ』(原題は"Humble Leadership")は、Strategy+Business誌が選ぶ2018年ベストビジネスブック賞(マネジメント部門)を受賞。

連載のご案内

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エドガー・シャインの世界
人と組織の研究に多大な影響を与えてきた伝説的研究者、エドガー・シャイン。半世紀にわたる研究の集大成『謙虚なリーダーシップ』の出版に合わせて、弊社から出版している過去作品のご紹介と、『謙虚なリーダーシップ』の本文を一部公開します。

第1回:『人を助けるとはどういうことか』監訳者序文(金井壽宏)
第2回:『人を助けるとはどういうことか』監訳者解説(金井壽宏)
第3回:『問いかける技術』監訳者序文(金井壽宏)
第4回:『問いかける技術』監訳者解説(金井壽宏)
第5回:『謙虚なコンサルティング』監訳者序文(金井壽宏)
第6回:『謙虚なリーダーシップ』はじめに
第7回:『謙虚なリーダーシップ』第9章 読書ガイド

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