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エドガー・シャインの世界 ③『問いかける技術』監訳者序文(金井壽宏)

人と組織の研究に多大な影響を与えてきた伝説的研究者、エドガー・シャイン。半世紀にわたる研究の集大成『謙虚なリーダーシップ』の出版に合わせて、弊社から出版している過去作品をご紹介します。最新作はエッセンスを凝縮したコンパクトな著作となっており、過去作と合わせて読むことで、実践に向けてのより豊かな示唆が得られると思います。今回は2014年出版の『問いかける技術』に収録された、エドガー・シャインの弟子でもある監訳者金井壽宏さん(当時:神戸大学大学院経営学研究科教授)による序文です。

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ともに過ごす時間の多い人とは、よい関係を築きたいものだ。

それが夫婦や親子の関係であれ、友人との関係であれ、相手とのよい関係は日々の生活の基盤となり、長い人生の支えとなる。そして良好な人間関係は、仕事をうまく進め、ビジネスの成果を上げ、優れた組織をつくるうえでも不可欠だ。

しかし、だからこそ、われわれはしばしば人との関係に悩む。思いがうまく伝わらない。言ったことが誤解された。相手の態度がなんとなく気に障る。──人の悩みの大半が人間関係に関わるものだと言われるほど、われわれの日常にはその種の問題がつきまとう。よい関係を築くには、どうすればいいのか。なんらかの原理・原則はあるのか。

本書は、あらゆる人が直面するこのテーマについて、組織心理学で世界的に高名な学者が50年にわたる研究と豊かな人生経験を踏まえて著したものだ。しっかりとした理論と実践に基づいているが、コンパクトに、そして平易に語られており、まさに知を凝縮した一冊といえる。

よい人間関係を築くかぎとして本書で語られるのが、「問いかける」という日常の行為である。コミュニケーションといえば、自分が「話す」ことや単に「聞く」ことに意識が向いてしまいがちだが、「問いかける」という行為は、時としてたった一言で場の空気を変え、人の視点や考え方を変え、相手との関係を変える力をもつ。

よいリーダーもよいコーチも、指示・命令する以上に、いつも相手に問いかけをしているものだ。もっとも、ただやみくもに質問すればいいわけではない。よい人間関係の構築に役立つのは「謙虚に問いかける」ことだ。これが本書全体を通じてのキーワードであり原題(Humble Inquiry)でもある。

「謙虚に」「問いかける」とはどういうことか。それは、対人関係においてなぜ、どのように作用するのか。他の問いかけ方とどう異なるのか。──著者はわれわれの問いに答えるように順を追って明快に説明していく。事例も豊富な本文をお読みいただければ、「謙虚に問いかける」の鮮やかな効果と人間心理の奥深さに、多くの気づきを得られるだろう。

著者のエドガー・H・シャイン先生は、マサチューセッツ工科大学(MIT)の名誉教授であり、経営学における組織心理学および組織開発の第一人者である。心理学の知見を組織のあり方や企業文化、働く人のキャリアなど、さまざまなテーマに活かして独自の研究領域を開拓してきた人物で、経営学の世界ではまさにレジェンダリーな存在といえる。

エドガー・H・シャイン Edgar H. Schein
ⅯITスローン経営大学院名誉教授。シカゴ大学を経て、スタンフォード大学で心理学の修士号、ハーバード大学で社会心理学の博士号を取得。ウォルター・リード陸軍研究所に4年間勤務したのち、ⅯITで2005年まで教鞭を執った。組織文化、組織開発、プロセス・コンサルテーション、キャリア・ダイナミクスに関するコンサルティングを行い、アップル、P&G、ヒューレット・パッカード、シンガポール経済開発庁などの企業・公的機関をクライアントとしてきた。また、組織文化&リーダーシップ研究所(OCLI.org)のさまざまなプロジェクトに、息子ピーターとともに取り組んでいる。『人を助けるとはどういうことか』、『問いかける技術』、『謙虚なコンサルティング』(いずれも英治出版)など著書多数。『謙虚なリーダーシップ』(原題は"Humble Leadership")は、Strategy+Business誌が選ぶ2018年ベストビジネスブック賞(マネジメント部門)を受賞。

私もその研究に魅せられシャイン先生のもとで学んだ一人であり、そのご縁から前作『人を助けるとはどういうことか──本当の協力関係をつくる7つの原則』に続いて本書の監訳・解説を引き受けた。

数々の研究によって世界中のビジネスパーソンに影響を与えてきたシャイン先生が、その集大成として取り組んでいるのが、協力関係や対人関係という、あらゆる人にとって身近なテーマであることは興味深い。

それはシャイン先生が組織開発の手法として編み出したプロセス・コンサルテーション(内容そのものについて助言するのではなく、相手が自ら納得のいく答えを見出せるようにプロセスを設計し支援する方法)や、前作で探求した「支援学」の延長線上にある。

また本書執筆の背景には、よい人間関係を築くスキルが今後ますます重要になるという思いや、にもかかわらず世の中には「自分が動き、自分が話す文化」がはびこっているということへの問題意識があるようだ。

「自分が動き、自分が話す文化」とは、他者との関係を大切にすることよりも、自分が主導権をとって話し、物事を動かすことを重視する文化であり、「謙虚に問いかける」とは真逆といえる。本書内でシャイン先生は、米国社会にこのような文化が蔓延していることを指摘し、危惧しているのだが、日本ではどうだろう。

日本の文化では「謙虚さ」は美徳とされてきたはずだ。だから読者の皆さんの中には、「謙虚に問いかける」は日本人にとってはなじみ深く、習得しやすいものと思われる人もいるかもしれない。

しかし、われわれも、職場の会議や仕事の現場で、あるいは家庭で、相手に問いかけるよりも自分が話すことを優先したり、他者に配慮することの大切さは知りつつ、自分が物事を主導することにこだわったりすることがあるのではないか。ビジネス界では、「自分が話し、自分が動く」ことをむしろポジティブにとらえる傾向が、程度の差はあれ、多くの組織で見られるのではないだろうか。

社会学的な観点からは、自分が話すのはワン・アップ(立場を上げること)、質問をするのはワン・ダウン(立場を下げること)と説明される。階層的な組織では、職位が上の人は自説を強く述べる傾向があり、周囲もそのような行動を期待しがちだ。

そんな組織文化では、謙虚に質問できる人よりも意見を主張できる人が有能とされ、だれもがそうなろうと競い合う。たとえ人間関係がぎくしゃくし、それが組織に不利益をもたらしていても。

だが、複雑化と多様化が進む今日、そのような文化はすでに限界にきている。本当にやるべきことは、謙虚に問いかけ、自分をあえて弱い立場に置くことだ。

本書で著者は、弱い自分を見せることが、関係性を深めるうえで最も重要だとも述べている。それがよい人間関係を築き、風通しのよい、うまく機能する組織をつくるうえで、ますます必要になるのである。

夫婦間や親子間、友人間の関係でも同様だろう。上に立とうとするのではなく、自分をあえて弱い立場に置くことを学べば、よりよい関係が築けるはずだ。

そのためのヒントが本書には満載されている。理論的な解説だけでなく、仕事の話からプライベートな話まで、さまざまなエピソードが語られており、具体的な問いかけの例も豊富にある。どのような場面で、どのような人に、どのような問いかけをするのが適切なのか、状況を思い浮かべながら読んでほしい。


本書は、経営者をはじめリーダー、マネジャーの立場にある方やベテランの方、コンサルタントや弁護士、公認会計士などの方には、自分の振る舞いを前向きに反省する素材となるだろうし、フォロワーの立場にある方や若い世代の方には、「謙虚に問いかける」ことを早くから学び、複雑化する社会をしなやかに生きていく力を身につける素材となるだろう。

またプライベートでも、配偶者や恋人との関係、親子の関係、友人との関係において、「謙虚に問いかける」ことを実践し、よりよい関係づくりに活かしていただければと思う。読了後、さらにご興味のある方は前作『人を助けるとはどういうことか』もお読みになるとよいだろう。

最近のシャイン先生には、いつも驚かされる。組織心理学の分野では頂点を極めたような存在である重鎮が、一般の方のためにと平易な語り口で「人と人との関係性の向上」に関わる著作を意欲的に執筆される姿に、感銘を受けずにはいられない。

思えば30年近く前、私がMITで学んでいた頃、研究室を訪れるとシャイン先生は、いつもニコニコと微笑みながら、私の研究や調子について謙虚に問いかけてくれていた。本書で語られていることを、先生は当時から日々実践されていたのだ。それがどれだけ私の助けになり、よい関係につながったことか。実感として知るからこそ、自信をもって本書『問いかける技術』を皆さんにおすすめしたい。

仕事に活かすもよし、プライベートに活かすもよし。各人各様の読み方、活かし方をしていただきたい。

(注)ウェブ掲載にあたり、可読性向上のため、本文にはない改行を加え、漢数字はアラビア数字に改めています。

エドガー・シャインの最新著作『謙虚なリーダーシップ』(2020年4月発売)

金井壽宏(かない・としひろ)
1954年生まれ。立命館大学 食マネジメント学部教授、神戸大学名誉教授。1978年京都大学教育学部卒業、1980年神戸大学大学院経営学研究科博士前期課程修了、 1989 年マサチューセッツ工科大学でPh.D.、1992年神戸大学で博士(経営学)を取得。1999年に神戸大学大学院経営学研究科教授就任。モティベーション、リーダーシップ、キャリアなど、働く人の生涯にわたる発達や、組織における人間行動の心理学的・社会学的側面を研究している。最近はクリニカルアプローチによる組織変革や組織開発の実践的研究も行っている。『変革型ミドルの探求』(白桃書房)、『ニューウェーブ・マネジメント』(創元社)、『経営組織』(日経文庫)、『働くひとのためのキャリア・ デザイン』(PHP新書)、『リーダーシップ入門』(日経文庫)など著書多数。

連載のご案内

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エドガー・シャインの世界
人と組織の研究に多大な影響を与えてきた伝説的研究者、エドガー・シャイン。半世紀にわたる研究の集大成『謙虚なリーダーシップ』の出版に合わせて、弊社から出版している過去作品のご紹介と、『謙虚なリーダーシップ』の本文を一部公開します。

第1回:『人を助けるとはどういうことか』監訳者序文(金井壽宏)
第2回:『人を助けるとはどういうことか』監訳者解説(金井壽宏)
第3回:『問いかける技術』監訳者序文(金井壽宏)
第4回:『問いかける技術』監訳者解説(金井壽宏)
第5回:『謙虚なコンサルティング』監訳者序文(金井壽宏)
第6回:『謙虚なリーダーシップ』はじめに全文公開
第7回:『謙虚なリーダーシップ』第9章 読書ガイド
気に入っていただけ嬉しいです!引き続き連載をお楽しみください。
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