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エドガー・シャインの世界 ①『人を助けるとはどういうことか』監訳者序文(金井壽宏)

人と組織の研究に多大な影響を与えてきた伝説的研究者、エドガー・シャイン。半世紀にわたる研究の集大成『謙虚なリーダーシップ』の出版に合わせて、弊社から出版している過去作品をご紹介します。最新作はエッセンスを凝縮したコンパクトな著作となっており、過去作と合わせて読むことで、実践に向けてのより豊かな示唆が得られると思います。今回は2009年出版の『人を助けるとはどういうことか』に収録された、エドガー・シャインの弟子でもある監訳者金井壽宏さん(当時:神戸大学大学院経営学研究科教授)による序文です。

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本書は、類い稀な「支援学」への平易な入門書である。ヘルピング──人の助けになる行為が、原著の書名だ。ヘルプは「支援」、ヘルピングは「支援行為」と本書では訳しているが、いちばんいい日常語は、「相手の役に立つこと」。そして相手にそう思ってもらえる行為がヘルピングである。

相手(クライアント)のイニシアティブや自律性を尊重しつつ、相手がうまく問題解決するプロセスを支えることが、本書では重視されている。そのため、専門書では「援助」と訳されることが多いが、「支援」という訳語を選ばせてもらった。

これがうまくできるようにするためには、どんな原理・原則を知る必要があるのか。本書は多数の日常的な例示を活用しながら、支援の基盤にある考え方を整理している。

著者は、MITの名誉教授であり、組織心理学という分野の創始者でもあるエドガー・H・シャイン教授。その名前は、経営学を知る者にとっては、とりわけ組織の中の人間行動を扱う分野──組織行動論(organizational behavior, OBと略称される)と呼ばれる──では、もはやレジェンダリーな存在である。

本書の成り立ちと著者の紹介もかねて、本書を読み進む一助となるまえがきを、監訳者であり、同分野の研究者であり、著者の弟子でもある立場から、ここに記しておきたい。

エドガー・H・シャイン Edgar H. Schein
ⅯITスローン経営大学院名誉教授。シカゴ大学を経て、スタンフォード大学で心理学の修士号、ハーバード大学で社会心理学の博士号を取得。ウォルター・リード陸軍研究所に4年間勤務したのち、ⅯITで2005年まで教鞭を執った。組織文化、組織開発、プロセス・コンサルテーション、キャリア・ダイナミクスに関するコンサルティングを行い、アップル、P&G、ヒューレット・パッカード、シンガポール経済開発庁などの企業・公的機関をクライアントとしてきた。また、組織文化&リーダーシップ研究所(OCLI.org)のさまざまなプロジェクトに、息子ピーターとともに取り組んでいる。『人を助けるとはどういうことか』、『問いかける技術』、『謙虚なコンサルティング』(いずれも英治出版)など著書多数。『謙虚なリーダーシップ』(原題は"Humble Leadership")は、Strategy+Business誌が選ぶ2018年ベストビジネスブック賞(マネジメント部門)を受賞。

ともに生きている、働いている、ということは、支え合うということに密着している。周りの人を支援するのがうまい人とそうでない人、支援をもらい生かすのがうまい人とそうでない人がいる。

できれば深い叡智に依拠して、支援の達人になりたいものだ。それを正面切って取り上げた学問分野がないわけではない。たとえば臨床心理学を思い浮かべてもらったらいい。

しかし、誰かを支援することが求められる関係は、普遍的に存在する。親子、友人同士、恋人同士、夫婦などプライベートライフでも、先生と生徒、先輩と後輩、上司と部下、コンサルタントとクライアントなど、学校でも、会社での仕事の世界でも、支援を伴う関係は存在する。

組織行動論の発展のために50年以上も取り組んで来た著者、エドガー・H・シャイン先生の究極のテーマが、この支援学となってきた展開は、非常に興味深い。先生のすべての研究と実践がここに流れ込んでいくように思われるからである。

人となりと業績については解説に譲るが、シャイン先生は、この分野にオリンピックがあれば、メダリストであろう碩学でありながら、いつもにこにこと、文字どおりヘルプフルに接してくれる人物だ。大部の研究書であっても、読みやすさ、わかりやすさをいつも大事にしておられるが、本書は、身近な問題をコンパクトにわかりやすく、語りかけるように論じている。


さて、本書を読み始める前のウォームアップのために、思考実験として次の二つの例を考えてみよう。エクササイズのように記したけれども、誰にも日常生活の中で経験がありそうな支援場面について尋ねている。自分ならどういう言葉をかけるのか考え、本書を読み始める前に、頭に思い浮かべてほしい。

● エクササイズ①──「○○にはどのように行けばいいのですか」と、自分になじみの場所で、見知らぬ人に尋ねられたとき。あなたならどう答えますか。
● エクササイズ②──「一緒に行くパーティだけど、どの服を着ていけばいいかしら」と、親しい人(たとえば、娘か、配偶者か恋人)に聞かれたとき。あなたならどう答えますか。

本書を読み進めば、一見こんなに簡単な支援の場面でも、どのようにふるまうのが相手にとって最もヘルプフルか、という観点において学ぶべきことがたくさんある。その基盤にある原理・原則を、シャイン先生がどのように提示していくかは、これから中身を読んでのお楽しみだが、次の点にすぐ気づく人は、非常に勘がいい。

場所を尋ねられたときには、その人の目的地、行きたい先を聞かなければならない。○○は、目的地とは限らない。ほんとうはダウンタウン・ボストンに行きたくて迷っている人が、MITスローン経営大学院の近くで、「マサチューセッツ通りはどこですか」と尋ねると、何も聞き返さずに、「ここからメモリアル・ドライブを川沿いに、500メーターほど、西方向に戻ってください」と答えてしまう。それでは遠回りになってしまい、よくない。そんなときには、「どちらにいらっしゃりたいのですか」とまず質問することが大事である。

世の中には、相手に役立っていない一人よがりの支援(unhelpful help)があまりに多い。たいていの場合は、支援する側が、親しいクライアントについてさえ知らないことがいっぱいあるのに、ましてや見知らぬ人の質問に、いきなり「答え」──つまり、内容面でのアドバイス──を勧告してしまう。

内容(コンテント)に入る前に、まず、クライアントが何を求めているのかを知る、場合によってはともに考えるための過程(プロセス)のほうが大事である、という発想が、シャイン先生の考えと実践の土台にある。これがプロセス・コンサルテーションの考え方であり、今日に至るまで、なんと50年以上も暖めてきたものだ。

最大の教訓は、クライアントのことを知らずに支援はできないということだ。われわれは、この無知の自覚からプロセスを開始しないといけない。親しい人なら、もっとうまく助けになれるか、といえば、そうとは限らない。

たとえば、「何を着ていったらいい」という質問で、娘は、「私もそのパーティに連れていってね」と言いたいのかもしれないし、配偶者は、「そろそろ、またドレスがほしいわ」と頼みたいのかもしれない。恋人なら、「この服似合うかしら」と言いながら、「変わらず、愛してくれているの」と確認したいのかもしれない。

よく知っているつもりの相手でも、部分的には知らないことがある。だから、いきなり内容面で答えめいたもの、助言めいたものを偉そうに勧告してしまう前に、「おまえも行きたいのかい」とか、「次のボーナスまで待って、新調しよう──何色がいいかなぁ」とか、一緒に考えるプロセスを大事にするのがいい。真の支援とは、相手が何を求めているかも知らないままの援助とは異なるのである。

シャイン先生は、本書を、奥さんのメアリーに捧げておられる。先生がメアリーと結婚されたのは、1956年7月だから、支援する姿そのものを最も身近な人から、これもまた50年間学び続けてきたことになる。

そうした二重の意味での、50年という熟成期間が本書にはある。

読者の皆さんは、ビジネス上の関係の中で、プライベートの交友関係の中で、身近な家族との関係の中で、そのほか、あらゆる日常の場面で、誰かが誰かを助けようとしている場面には、事欠かないはずだ。しかしながら、「この厳しい時代に支援学かよ」と思われた方は、本書を読むことによって、「こんな厳しい時代だからこそ、支援学だよ」と感じるようにぜひなってほしい。

人は一人で生きているのではないし、一人で働いているのでもない。誰かに生かされ、誰かに支えられ、誰かと一緒に働いているのである。厳しくない時代でさえ、長い人生の中では、個人ごとに厳しい時期があったりする。そういうときも、厳しい時期こそ、相手の自律に役立つ実践的な支援学で助け合っていきたい。

このような考えが個人主義的と言われる米国の文脈でシャイン先生が早くから提唱されている点は非常に興味深いが、本書を手にして、ひょっとしたら支援学は、元々、われわれ日本人、またわれわれが住む日本社会が得意だったところではないかと思われるかもしれない(この点については、また解説でも触れることにしたい)。また残念なことに、そのよさが、日本の社会、とりわけ産業社会からは、ここ十数年(編集部注:出版は2009年)、失われつつあるとも思われる。

だとしたら、厳しい時代だからこそ、お互いに相手を自律的にする支援学が大事なだけでなく、日本に一層なじむはずの支援学だからこそ、この国で今、なおのことそういう発想を大切にしたい。そんな考えに基づいた読み方も推奨されるべきだろう。

いうまでもなく、気晴らしに本を読むのとは違って、読書が生き方、働き方を少し変えることにつながるような実践的な読み方が、われわれ読者に求められることとなる。面倒なことだと思われずに、ぜひ実践につなげるように、ご自分に引き寄せて本書を読んでいただきたい。

また薄い書籍なので、支援学入門中、あるいは再入門中の間は、読み終えてもバッグに入れて持ち歩き、マーカーやポストイットのある箇所を、何度でも読み返していただきたい。そうお願いして、では、本文へ。

(注)ウェブ掲載にあたり、可読性向上のため、本文にはない改行を加え、漢数字はアラビア数字に改めています。

エドガー・シャインの最新著作『謙虚なリーダーシップ』(2020年4月発売)

金井壽宏(かない・としひろ)
1954年生まれ。立命館大学 食マネジメント学部教授、神戸大学名誉教授。1978年京都大学教育学部卒業、1980年神戸大学大学院経営学研究科博士前期課程修了、 1989 年マサチューセッツ工科大学でPh.D.、1992年神戸大学で博士(経営学)を取得。1999年に神戸大学大学院経営学研究科教授就任。モティベーション、リーダーシップ、キャリアなど、働く人の生涯にわたる発達や、組織における人間行動の心理学的・社会学的側面を研究している。最近はクリニカルアプローチによる組織変革や組織開発の実践的研究も行っている。『変革型ミドルの探求』(白桃書房)、『ニューウェーブ・マネジメント』(創元社)、『経営組織』(日経文庫)、『働くひとのためのキャリア・ デザイン』(PHP新書)、『リーダーシップ入門』(日経文庫)など著書多数。

連載のご案内

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エドガー・シャインの世界
人と組織の研究に多大な影響を与えてきた伝説的研究者、エドガー・シャイン。半世紀にわたる研究の集大成『謙虚なリーダーシップ』の出版に合わせて、弊社から出版している過去作品のご紹介と、『謙虚なリーダーシップ』の本文を一部公開します。

第1回:『人を助けるとはどういうことか』監訳者序文(金井壽宏)
第2回:『人を助けるとはどういうことか』監訳者解説(金井壽宏)
第3回:『問いかける技術』監訳者序文(金井壽宏)
第4回:『問いかける技術』監訳者解説(金井壽宏)
第5回:『謙虚なコンサルティング』監訳者序文(金井壽宏)
第6回:『謙虚なリーダーシップ』はじめに全文公開
第7回:『謙虚なリーダーシップ』第9章 読書ガイド
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コメント (2)
……♡♡♡
とても好きな本です!出版当時、まるで外が晴れてることに気付かずに「曇りは気分が出ない」とぼやいてる人みたいな気持ちになりました。偽善者な自分、無力な自分、独善的な自分、考えない自分、高慢になりたくない自分、奪われたくない自分、、この本で出会えた沢山の自分との対話を通して、今の私がいます。掘り起こしてくれて嬉しいです。ありがとうございます!更新、楽しみにしています!!
コメントありがとうございます!
本書が「今の私」に繋がっているとのこと、とても嬉しいです。この本を大切に活かしていただき、本当にありがとうございます。
全7回の更新予定ですので、どうぞお楽しみください。
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