占部まり「死を想う」

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『カランコエの花』を知っていますか?(占部まり)

「あなたを守る」
「おおらかな心」
「たくさんの小さな思い出」
「幸福を告げる」

こんな花言葉を持つ"カランコエ"にちなんだ映画が、いま静かなブームとなっています。

ある高校のクラスで、ある日唐突に「LGBTについて」の授業が行われた。しかし他のクラスではその授業は行われておらず、生徒たちに疑念が生じる。「うちのクラスにLGBTの人がいるんじゃないか?」生徒らの日常に波紋が広がっていき…思春期

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人はいつ死ぬのでしょうか?(占部まり)

日本の法律には、「死亡」の明確な定義はありません。

医療の現場では、「死の三兆候」である自発呼吸の停止、心拍の停止、瞳孔の散大をもって死の宣告をしています。そして医師が死亡診断書に記入された死亡時刻が死の瞬間とされています。

しかし、生と死の境目は、実はかなり曖昧なのではないでしょうか。

古くは息が止まることが死を意味していましたが、医療の発展とともに、呼吸や心臓が止まっても治療できる病気が

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「対話」を選んだ医師たちの話(占部まり)

「私の話を聞いて、あなたの安楽死やPASに対する考えが変わるとは思えません。
それでも私たちの国で起こったことを聞いてほしいのです。
今ではないかもしれませんし、少し先のことかもしれません。
それでも、近い将来かならず向き合わなくてはならない問題だと考えています」

これは先日、「医療倫理を考えるカンファレンス」での、カナダ医師会副会長ジェフ・ブラックマー氏の言葉です。彼の報告を聞いて、私は衝撃を

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高瀬舟考(占部まり)

多くの人が天寿を全うする時代、誰もが前向きに人生の幕を下ろせるようになるには? 「死を想う」をテーマに日本メメント・モリ協会を設立した著者が、その人らしい生き方と最後の時間を考える。
連載:死を想う――その人らしい最期とは

森鴎外の『高瀬舟』という短い小説があります。これはおそらく、近代文学で初めて安楽死を取り上げた作品です。あらすじをご紹介します。

京都の罪人を遠島に送る高瀬舟に乗せられた弟

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「塩の芸術家」から死を想う(占部まり)

多くの人が天寿を全うする時代、誰もが前向きに人生の幕を下ろせるようになるには? 「死を想う」をテーマに日本メメント・モリ協会を設立した著者が、その人らしい生き方と最後の時間を考える。
連載:死を想う――その人らしい最期とは

内なる記憶と対話する

もう一度、大切な人に会いたい、思い出に触れたい、という強い願望のもとに創作活動をされている山本基さんの作品を見に金沢まで行ってきました。作品が展示され

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死期を告げることに、どんな意味があるのだろうか?(占部まり)

連載:死を想う――その人らしい最期とは
医療の発達に伴い、多くの人が天寿を全うする時代。誰もが前向きに人生の幕を下ろせるようになるには。「死を想う」をテーマに日本メメント・モリ協会を設立した著者が、その人らしい生き方と最後の時間を考える。

医師が告げる余命はどのくらい当たる?

命を脅かす病を宣告された際、多くの患者さんがご自身の余命について質問されます。これから人生とどのように向き合っていくか

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「在宅ひとり死」という生き方(占部まり)

連載:死を想う――その人らしい最期とは
医療の発達に伴い、多くの人が天寿を全うする時代。誰もが前向きに人生の幕を下ろせるようになるには。「死を想う」をテーマに日本メメント・モリ協会を設立した著者が、その人らしい生き方と最後の時間を考える。

「生まれ変わってもおひとりさま人生」を望む社会

人生の最終段階をご一緒していると、人は亡くなるタイミングを選べるのではないか、人はこの世を去る時を自分で決め

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答えは与えられるものではなく、自分自身の中にある。(占部まり)

連載:死を想う――その人らしい最期とは
医療の発達に伴い、多くの人が天寿を全うする時代。誰もが前向きに人生の幕を下ろせるようになるには。「死を想う」をテーマに日本メメント・モリ協会を設立した著者が、その人らしい生き方と最後の時間を考える。

誰しも「死のものがたり」をもっている

私が主宰する日本メメント・モリ協会では、様々な分野の方にお越しいただき、「死を想う」場を提供しています。昨年の10月か

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私たちは「痛み」と向き合えているか(占部まり)

連載:死を想う――その人らしい最期とは
医療の発達に伴い、多くの人が天寿を全うする時代。誰もが前向きに人生の幕を下ろせるようになるには。「死を想う」をテーマに日本メメント・モリ協会を設立した著者が、その人らしい生き方と最後の時間を考える。

痛みと戦う自分を、もう一人の自分が見下ろしている感覚

先日、これまで感じたことのない歯痛に襲われました。その痛みは半端なく、ちょっとの距離を歩いて帰宅するこ

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「医療の本質」を教えてくれた二人の患者さんとの出会い

日本メメント・モリ協会を設立し、「死を想うことで生が豊かになる」ことについて考える場を提供している著者。自身にとって、医療の本質を考えさせられた出会い、そしてその本質を体現する人との出会いを語る。

「何があっても先生について行く」

私がまだ研修医だったころ、いまでも思い出す二人の患者さんとの出会いがありました。そのお二人から私は、医者として絶対に忘れてはいけないこと、いわば「医療の本質」を学び

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