まず、大人が学び、変化しよう。子どもの「話す力」とインクルーシブな未来のために(木村泰子さん、竹内明日香さん対談イベントレポート)
『すべての子どもに「話す力」を──1人ひとりの未来をひらく「イイタイコト」の見つけ方』は、子どもたちの「話す力」を育むことの大切さ、そのために必要な社会・学校・教室の変化、そして大人がなすべきことが綴られた本です。
本書の出版を記念し、著者の竹内明日香さんと、大阪市立大空小学校の初代校長・木村泰子さんによるオンライン対談イベントが行われました。
竹内さんは一般社団法人アルバ・エデュ代表理事として、「話す力」を育む授業を公教育の場に届ける活動を続けてこられました。授業を届けた子どもの数は40,000人を超え、今では全国で10以上の自治体がアルバ・エデュのプログラムを導入しています。
木村さんは2006年の大空小学校開校以来、「すべての子どもの学習権を保障する学校をつくる」という理念のもと、他の学校で不登校だった子どもや障害のある子どもも一緒に学ぶ環境をつくってこられました。その様子は映画『みんなの学校』で紹介され、大きな反響を呼びました。現在は45年間の教員経験を活かし、各地で精力的に講演活動をなさっています。
そんなお二人の対談は、子どもたちが本来持っている力への信頼と、教育や子育てに関わる大人たちへのエールにあふれたものでした。(文:やつづかえり)
大人に都合の良い子どもを「製造」する学校と社会の現状
木村さんは竹内さんの著書を読まれて、竹内さんの教育に対する考え方に強く共感をしていました。対談では本の内容に触れながら、大人の都合で子どもを管理しようとする学校や家庭、社会のあり方を次のように憂います。
「『インクルーシブ』と言いながら、一部の教員や一部の管理職、一部の大人に都合の良い子どもを製造する規律をどんどん作って。その規律に入らなかったらどんどん『発達障害』というレッテルを貼って。
(“普通の子”と“特別な子”とに)子ども同士が分断されていている状態で、本当に相手を尊重して言いたいことが言える、多様性が保証された環境なんてできないですよ」(木村さん)
一方で竹内さんは、効率重視の学校の状況について、決して先生個人を責めるべき問題ではないという考えを語りました。
学習指導要領には多くの内容が盛り込まれ、先生は「ここまで終わらせなければいけない」というカリキュラムのプレッシャーに晒されながら授業をしている。──そんな状況で、計画通りに進めるためには子どもたちに自由な発言をさせられない、と考えるのも仕方ないのではないか、問題にすべきは教育制度の方ではないか、というのが竹内さんの主張です。
しかし木村さんは、制度が変わるのを待っていてはいけないと断言します。そして、ご自身が「指導要領は最低限のライン」と捉えて一生懸命に教えてきた過去を振り返りながら、「そうやって先生が一生懸命に働いてきた結果、今の子どもの状況はどうか?」と問いかけました。
「子どもの自殺、不登校、いじめは過去最多です。戦後70年教育をしてきて、今の状況ですよ? 私たちはこれまで、一生懸命に子どもたちを育ててきました。親も、教員も、地域社会も。でも、これが現実です」(木村さん)
木村さんは、「制度が改革されるのを待っていたり、制度が変わらないから私たちは困るんだ、なんて言っていたら、どんどん子どもは死んでいきますよ」と訴え、同調圧力やヒエラルキーや前例踏襲のプレッシャーに負けてはいけないと強調しました。
「聞く力」よりも先に、「話す力」を育むべき理由
木村さんも竹内さんも、子どもが「話す力」を育むことを重視しています。
その理由のひとつは、話して伝える、ということを試行錯誤する過程で、子どもたちは自分とは異なる他者の存在を知り、認めることができるようになるからです。
相手を認めるには、自分が話す力よりも相手の話を聞く力の方が重要だと考える方もいるでしょう。しかし木村さんは、「黙って聞くこと」だけを教えるのは、それこそ大人にとって都合の良い子どもを育てることになる、と指摘します。また、話すことを教えるにしても、大人が「正解」を教えるのでは意味がないとも。
「『お前のこと嫌いや』とか『うざい』とか、それはその時のその子が持っている、当たり前の言葉です。そこで大人の私たちが『嫌いなんて言うたらあかん』と言ったら、その子は一生言いたいことが言えません」(木村さん)
言いたいことを言った結果、相手を傷つけたりトラブルになったりする──その経験こそが子どもの成長には必要なのだと、木村さん。そのような言葉を発していた子どもも、「どうしてそう思うの?」と聞いてもらえる経験を通じ、他の人のことも尊重しなければいけないと学んでいった、そんな大空小学校での経験を話してくださいました。
竹内さんも、「聞く力」の重要性は認めつつ、「自分が話す側になってみないと、聞いているだけでは一向に聞く力は育たない」と指摘します。
「自分が話し手になって初めて『そうか、こうやって頷いてあげないと、話す人が辛いんだな』とか、『ここで拍手をすると、話す人は嬉しいんだな』とか、そんなことも分かるんじゃないかと思っているんです」(竹内さん)
研究指定校において中学1年から3年にかけて竹内さんの授業を受けた子どもたちは、言いたいことを人に伝えるにはどうしたらよいかを繰り返し考えてプレゼンの力を磨いた結果、「人の言っていることが分かるようになった」「聞く力が身についた」という実感を口々に語ったそうです。
教室が真にインクルーシブな場になるには
子どもたちに「話す力」を身につけてほしいという木村さんと竹内さんの思いの根本には、真にインクルーシブな社会の担い手となってほしいという、子どもたちへの期待があります。
今は、過去の積み上げではなくゼロベースで新しいものを生み出すことが求められている時代。それなのに、自分の言葉で語ると排除されてしまう、そんな閉塞感や生きづらさを誰もが感じているのでは? と木村さん。こんな社会のあり方を、そのまま子どもたちに引き継ぐのはやめよう、と呼びかけました。
「子どもたちが10年、20年後に大人になってつくる社会は、『あなたはそう思ってるの?』『私はこう思ってるの』『へえ、じゃあこんなことやってみようか』と話せる社会であってほしい。これが話す力のベース、対話じゃないですか。優劣や良し悪しではなく違いを認め、人と人とが対等な関係としてつながれば、安心して自分の言葉を話すことができると思うんですよ」(木村さん)
竹内さんは、発達に凹凸のある子どもや周囲とうまく調和する力が身についていない子どもだけでなく、優秀で偏差値の高い子どものことも心配しています。正解を探ることに一生懸命になるあまり、「自分が何が好きなのか」が分からなくなっているのではないかと。
「お勉強はとても良くできているけれども、正解を一生懸命探るばかりで、自分の“好き”が見当たらないというお子さんもいらっしゃるんじゃないでしょうか」(竹内さん)
そういう子どもも、「何がしたいの?」「社会課題の中で何が嫌? どうしたい?」などと繰り返し自分に問うことで、本当に追求したいことが見えてきます。その機会を提供するのが、竹内さんらが学校に届けている「話す力」の授業なのです。
竹内さんは、優秀な頭脳を持っている子どもたちが、受験競争に勝ち抜くことにばかり集中させられる状況を憂慮しています。
「そういう子どもたちが『世の中をもっと良くするために』という、他の人を助ける考えや気持ちをもてるようになるだけで、みんながうまくいく好循環に入るんじゃないかと思っています。
もちろん、『学校の勉強なんて嫌い』という子たちも、自分の“好き”を見つけてエネルギーを爆発させたら、これまたすごいことになるでしょう。
そういう子たちのエネルギーが荒削りで、そのまま発揮されたら困るというのであれば、“好き”がなんだか分からないとモヤモヤしているけれどもテストはめちゃくちゃできる人たちとセットにしたら、もう鬼に金棒です。
いまは両方の子たちが、とても辛い状況にいるんです。その子たちが一緒に学び合えるようになったら、それこそがインクルーシブです」(竹内さん)
竹内さんの考えに、木村さんも大いに賛同。大空小学校では、じっと座って授業を受けられる子どもも、教室を飛び出していってしまう子どもも、同じクラスで過ごしています。木村さんは、飛び出していく子どもたちに大人たちがどう接するかを見て、他の子どもたちも関わり方を学び、もし自分が“困った子”になっても大人たちが受け止めてくれるという安心感も生まれていたと、当時を振り返りました。
「話す力」は「他者評価」でなく「自己評価」の学び
竹内さんらが届ける「話す力」の授業に、子どもたちは楽しんで生き生きと取り組んでいます。木村さんはその理由を、「自分が学んでいるから。教えてもらっているのではないから」だと見ています。
「教えてもらって、自分の言葉なんて出てきませんから。自分が作って、発信して、自己評価する、これがプレゼンですから。他者評価ではないわけですよね」(木村さん)
大人が「あなたはあなたのままで、あなたの言葉を存分に発信して」という姿勢でいれば、子どもたちが自分で話す力を磨いていける。そうやって自分主体で動けるようになると、勉強にも主体的に取り組めるようになる──これが、木村さんの考える教育のあるべき姿なのです。
竹内さんのプレゼンの授業では、「プレゼンとはこうすべき」という“正解”を教えることはしません。「あなたが好きなことはなんですか?」とか、「あなたがモヤモヤして、これをなんとかしたいと思っていること、そんなことを話せばいいのよ」と言うと、普段、正解を言わなければと緊張している子どもたちの顔が和らいでいくのだそうです。
いま、先生や保護者がすべきことは
お二人のお話から気付かされるのは、子どもには本来、自分で学んでいく力があるということ。大人は何かを教え込むことよりも、子どもたちが持っている力を引き出すための安心な環境づくりに力を入れるべきなのだ、ということです。
しかし、学校や家庭で、そのように振る舞える大人はまだまだ少ないのではないでしょうか。私たちには、これまで積み上げてきた制度や価値観があるからです。
今回のイベントの参加者、特に教員の立場にいると思われる方からも、旧態依然とした学校のあり方に疑問を持ちつつ、それを変化させることの難しさを指摘する声が寄せられました。
そうした発言に対して木村さんは繰り返し「制度のせいにしてはいけない」「子どもを変えようとせず、大人が変わることだ」と語りかけました。
「まず大人の自分が、周りに合わせていくのではなく、自分の考えを持ってどう行動するのか。人のせいにしないで自分が変わる、それが学びの原点です。そんな大人の姿を見たら、それが何より子どもの学びの源になるんじゃないかと思います」(木村さん)
木村さんはまた、「一人で変わろうとしなくて良い」というアドバイスも送りました。一人で完璧になんでもできるものではないのだから、できない部分については「周りの人の力を、存分に借りたらいい」というのです。
「今一番必要な力は自律です。自律の最終目標は、人に迷惑をかけないで一人で行動することではなくて、他者と適度に依存し合える力をもつことです。それが社会を作るということです。この力を、まずは先生たちが身につけなければなりません。
校長の評価とか教育委員会の学習スタンダードとか、どんなものが降りてきても、目の前の困っている子どものために、『まず私は、どこをどう変えたらいいんやろ』と、そのことを優先順位の一番上におく。そうしたら、周りの評価も気にならなくなるし、結果的に保護者のクレームなんてきません。暴れていたような子が、『なあ、先生、大丈夫?』って言ってくれるようになります」(木村さん)
竹内さんは、学校が変わらないのであれば、保護者が子どもの学びをサポートすることもできる、と助言しました。
「『子どもが先生に提案したいことがあってプレゼンをしたけれど、前例がないといって取り合ってもらえなかった』というようなお話がありました。少数意見を拾わないというのは、民主主義の社会としてはまずい状況にあると思います。でも、学校が変わらないのだったら、おうちで子どもの話を聞いてあげて認めてあげられたら、それが子どもの成功体験になると思います」(竹内さん)
また、自身のPTA活動の経験を振り返り、アンケートなどで子どもたちや保護者の意見を可視化して学校に働きかけることもできる。それぞれの立場で子どもを取り巻く社会を変えていく活動をすること、それこそが大人ができることであり、その姿を見る子どもにとっての学びにもなる。そう竹内さんは力強く語りかけました。