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高瀬舟考(占部まり)

多くの人が天寿を全うする時代、誰もが前向きに人生の幕を下ろせるようになるには? 「死を想う」をテーマに日本メメント・モリ協会を設立した著者が、その人らしい生き方と最後の時間を考える。
連載:死を想う――その人らしい最期とは

森鴎外の『高瀬舟』という短い小説があります。これはおそらく、近代文学で初めて安楽死を取り上げた作品です。あらすじをご紹介します。

京都の罪人を遠島に送る高瀬舟に乗せられた弟殺しの喜助。これから島流しされるというのに晴れやかな顔をしていることに不審に思った護送役の庄兵衛は、その理由を尋ねる。

喜助の弟は病に倒れ、長く伏せっていた。このままでは兄に負担がかかる。将来への希望も無い。もはやこれまでと自死しようとするが死に切れなかった。兄の喜助は、とどめを刺してくれと懇願する弟に負けて、首に刺さった剃刀を抜いたところを近所の人に見られ、殺人の罪で遠島が言い渡される。

喜助は苦しむ弟を楽にしてやれたことで後悔の念はなく、さらには遠島の支度金として今まで手にしたことのない大金を手にし、新天地で生活を始められることに清々しさを覚える。それを見た庄兵衛はこう思う。

「苦から救ってやろうと思って命を絶った。それが罪であろうか。殺したのは罪に相違ない。しかしそれが苦から救うためであったと思うと、そこに疑いが生じてどうしても解けぬのである」

安楽死は、今も昔も、これが正しいという結論を出すのは難しいようです。

ユウタナジイ、それがひどくおもしろい。

『高瀬舟』執筆の背景を記した『高瀬舟縁起』という森鴎外の短文があります。ここで鴎外はこんな問いかけをしています。

もう長くはないとわかっている人に向き合ったとき、早く死なせてやりたいという情が必ず起こる。そのとき致死量ではないにせよ、多少死期を早くするかもしれない行為「ユウタナジイ(Euthanasia, 安楽死)」をどう考えるか、と。

歴史をさかのぼると、日本には切腹という風習があり、そこには介錯人がいました。腹を切ってもすぐに死ねるわけではありません。死ぬまでの苦しみを軽くしてやろうという、いわば慈悲による殺人が当然のものとして存在していた時代でした。人を殺める、自ら命を絶つことは、時代と文化によって変化していくもの。死をめぐる文化というものも、変遷していく可能性を感じます。

また鴎外は、ユウタナジイを高瀬舟の科人に重ねて、「それがひどくおもしろい」と言って『高瀬舟縁起』を締めくくっています。

この「おもしろい」という表現に、心が動きました。というのも、森鴎外は娘の茉莉(まり)の安楽死を考えたことがあるのです。茉莉とその弟は、流行りの百日咳にかかっていました。弟は亡くなり、当時5歳であった茉莉も主治医からあと1日程度であろうと診断が下ります。

そして、鴎外はモルヒネを投与し安楽死させることを決意します。ところが、母方の祖父に、そんなことはするものではないと止められます。その後、茉莉は奇跡的に回復するのですが、自分の娘の死期を早めるという決断はきっと鴎外にとって重く、それは現代であっても変わることはないと思います。

茉莉の状態からは、その死期が迫っているのを感じ、苦しむ様子から早く楽にしてやりたいという気持ちを抑えられず薬剤を用意した。こういう経験があったからこそ、鴎外は『高瀬舟』の題材と言われる『翁草』に興味を持ったのです。

『翁草』とは江戸時代の後期、京都町奉行の与力、神沢杜口(貞幹)が書いた随筆です。池辺義象氏が校訂した活字本を読んだときのことを、鴎外は『高瀬舟縁起』でこう綴っています。教えのない民であるから犯した殺人だと『翁草』の作者は断罪していたが、そんな単純なものではないだろうと思って『高瀬舟』を書いた、と。

学のあるなしに関わらず、苦しむ人を目の前にして湧き上がる情を、道徳や法は縛れない。さらには、何が正解であるか、正解であったかを測る術はないということを鴎外は伝えたかったのではないでしょうか。

「言葉にできない」「しなくても良い」瞬間が訪れる

ちなみに、「まり」という私の名前は、森茉莉にちなんでつけられています。当時、茉莉は人名漢字ではなかったので平仮名ですが、森鴎外が英語表記で「Marie」とeをつけているのも踏襲して、米国で生まれた私の出生証明書の表記もMarieになっています。そんなわけで、私には森茉莉に対して強く親近感があり、この鴎外と茉莉の話は身近に感じるのです。

私が娘の立場だったら。医師となった自分の娘がそのような状況になったとしたら。さらには、自分が医師であり娘でもあったら。それぞれの場合にどのような決断を下すのか。考えても考えても、答えは見つかりません。その時にならないと答えは出せないものなのでしょう。

言葉を尽くして対話をしていく段階を超えると、「言葉にはできない」「しなくても良い」――そう思える時が訪れることがあるのですが、『高瀬舟』の最後の一文はその状況を表しているような気がします。

次第にふけてゆく、おぼろ夜に、
沈黙のひと二人を乗せた高瀬舟は、
黒い水の面をすべって行った。

占部まり(うらべ・まり)
日本メメント・モリ協会 代表理事。東京慈恵会医科大学卒業。米国メイヨークリニックのポストドクトラル リサーチフェロー(1992~1994年)などを経て、現在は地域医療の充実を目指し内科医として勤務。宇沢弘文死去に伴い、2014年に宇沢国際学館・取締役に就任。2017年に日本メメント・モリ協会設立。(noteアカウント:占部まり

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