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私たちは「痛み」と向き合えているか(占部まり)

連載:死を想う――その人らしい最期とは
医療の発達に伴い、多くの人が天寿を全うする時代。誰もが前向きに人生の幕を下ろせるようになるには。「死を想う」をテーマに日本メメント・モリ協会を設立した著者が、その人らしい生き方と最後の時間を考える。

痛みと戦う自分を、もう一人の自分が見下ろしている感覚

先日、これまで感じたことのない歯痛に襲われました。その痛みは半端なく、ちょっとの距離を歩いて帰宅することもままなりませんでした。

タクシーに乗ったものの行き先を告げるのがやっと。座席に頭を突っ伏して丸まり、なんとか痛みをやり過ごしていました。1分、1秒でも早く……。もう、あまりの痛さに気持ちが抑えられなくなり、いますぐタクシーから降りてこの辛さを叫びたい、そんな衝動に駆られました。

でもその瞬間、不思議なことに、車の外に飛び出して叫んでいる自分を、通行人たちが遠巻きに不審げに見ている映像が頭に浮かびました。激しい痛みの最中でも、思考や感覚が鈍っているわけではなかったのです。

叫びたくなる衝動に駆られても、それをやったところで痛みは軽減されないと冷静に判断することができました。さらには、運転手さんが道を間違えそうになったのも感知して訂正することができました。

それはまるで、もう一人の自分が、痛みと戦う自分を見下ろしている。そんな感覚でした。みなさんにも同じような経験があるのではないでしょうか。

どんなに痛くても、痛さを言葉で伝えられるとは限らない

私は今回の歯痛を通して、絶望するような痛みの中でも、人間は置かれている状況を冷静に把握できてしまうことを肌で感じました。さらに、その痛みを伝えることができない、もどかしさ、辛さは筆舌にしがたいものである、と。痛みの極期には、孤立感と無力感が加わることを実感したのです。

例えば、がん患者の方が、このような激しい痛みと戦わなければならないとしたら、それをめぐる環境はどうあるべきなのでしょうか。がんの痛みは適正に治療されれば、日常生活に支障が出ないレベルに改善できます。

そのため医療界では、痛みは我慢せずに早めに相談するようにと啓蒙活動が行われています。それでも患者さんの3分の1が、自分の痛みを伝えにくいと感じている、という調査結果があるそうです。

この痛みから解放されるためには死をも厭わない。そんな感情が芽生えてしまう状況に追い詰めてられている患者さんが、穏やかな気持ちで死と向き合えるために、私たちには何ができるのでしょうか。

やはり、「痛みを伝えやすい」環境づくりは重要です。さらには、医療者や患者さんのご家族の方々が、激しい痛みを感じている人は言葉で伝えたくても伝えられないかもしれないと、常に念頭に置きながら接する必要があるのだと思います。

当事者全員が、痛みに対して最善を尽くすこと

かつて患者さんに、「先生にこの痛みはわからない」と言われたことがありました。確かに、相手の痛みを100%理解することは不可能かもしれません。

でも、専門家として、痛みを取り除くことは可能です。適正な痛み止めを処方していくことこそが、患者さんに寄り添う第一歩。痛みを取ること、軽減することによって、患者さんは「生きることを考える力」を取り戻すことができるのだと思います。

世の中には、緩和ケア、ペインクリニック、痛みの専門家もいます。専門家からすれば、9割の痛みは対応可能だそうです。日進月歩で発展している医療において、痛み止めもその例外ではありません。様々な痛み止めが開発されています。鎮痛剤でないもので痛みが改善することもあります。痛みの専門家がいることを、頭の片隅に置いておくのも重要かもしれません。

私が専門領域として関わっている地域医療においても、人生の最終段階における堪え難い痛みに対して、まったく為す術がないことはほとんどありません。だからこそ、痛みを感じ、苦悩している人を適切な医療者に引き継ぐタイミングを逃さないようにしなければなりません。

今回の私の歯痛は、幸いなことに時間が痛みを解決してくれました。しかし、その痛みと戦っている最中は最善の注意を払いましたが、判断力に変化があったことは否めません。これが長期に、もしくは痛みが軽度でも持続していったら、生活の質は著しく低下します。

痛みに最善を尽くす。この重要性を強烈に実感した経験でした。

7/17(火)トークイベントのご案内
英治出版オンライン連載「死を想う」著者の占部まりさんと、「終末医療×在宅診療ネットワーク」で注目の佐々木淳さん(医療法人社団悠翔会)をゲストにお迎えし、「医者と患者が”人生最期の信頼関係”を築くには」をテーマに語り合うイベントです。ご関心ありましたら、ぜひ一緒に考え、話しましょう。

占部まり(うらべ・まり)
日本メメント・モリ協会 代表理事。東京慈恵会医科大学卒業。米国メイヨークリニックのポストドクトラル リサーチフェロー(1992~1994年)などを経て、現在は地域医療の充実を目指し内科医として勤務。宇沢弘文死去に伴い、2014年に宇沢国際学館・取締役に就任。2017年に日本メメント・モリ協会設立。(noteアカウント:占部まり
ありがとうございます!著者登壇イベントへのご参加もお待ちしてます。
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占部まり「死を想う」

医療の発達に伴い、多くの人が天寿を全うする時代。誰もが前向きに人生の幕を下ろせるようになるには。「死を想う」をテーマに日本メメント・モリ協会を設立した著者が、その人らしい生き方と最後の時間を考える。
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