そもそも、なぜ「せっけん」だったのか?
震災をきっかけに無縁だった東北に移り住み、石鹸屋を立ち上げた著者。さまざまな選択肢がある中で、なぜ石鹸でビジネスをしようと思ったのか。決断の背景、スタートから3年が経った現在の気づきを語る。
起業して3年、最も多くの人から聞かれたこと
女川町にある石鹸工房KURIYAは、立ち上げから3年が経ち、宮城県内では少しずつお馴染みになってきました。初対面の方でも挨拶をすると、「ああ、せっけんの!」と言われることもあり、そんなときはうれしい気分になります。
しかし、せっけんというと女性のイメージが強いのか、「なぜせっけんを作ろうと思ったの?」とよく聞かれます。先日、英治出版オンラインのトークイベントを行ったときも起業のきっかけを聞いてくださる参加者の方がいらっしゃいました。
確かにこのご時世、ITで起業する人はいても、「せっけんで起業する人」はかなり珍しいのかもしれません。そこで今回は、起業して以来、最も多くの人に聞かれた「なぜ、せっけん?」についてお話したいと思います。
せっけんって、そんなに人気なの!?
連載初回にも書かせていただきましたが、せっけんを作ることを初めて意識したのは、2012年6月のこと。気仙沼の本吉にある仮設住宅での「ハーブ石鹸を作る」ワークショップをふらっとのぞいてみると、その場のエネルギーに圧倒されてしまいました。
「このハーブも入れていいですか?」「先生、こっちも見て〜」
それはもう、ものすごい集中力と熱気。先生は会場内を右往左往、引っ張りだこ。
「女性にとって石鹸は、こんなに気になることなんだ!」
そのワークショップは僕にとって、ちょっとした衝撃だったのです。せっけんのポテンシャルを初めて感じた瞬間。でもまだこの時は、せっけんを「事業」としては考えていませんでした。
わかめ石鹸ってどうだ?
時は過ぎて2013年の春。創業支援という名のもと、南三陸町で漁師のバーベキュー小屋の企画や、海藻のオンライン販売をお手伝いしたりと、そのときの僕はいわゆる「なんでも屋」でした。
そんなある日、出荷されるワカメを見ていると、質は同じでも色によって等級が低くなったり、切れ端の部分が捨てられていることを知りました。果物などでもよく聞く話ではありますが、その光景を目撃した僕は妙に気になり「せっけんと海産物」について調べてみることに。すると、北海道や長崎の漁協が特産の昆布やナマコで石鹸を作っており、それぞれ1億円以上を売り上げていることを知りました。
「三陸のワカメでもいけるんじゃないか?」
「漁師の奥さんが作るわかめ石鹸って、めっちゃ体に良さそう!」
さらに、南三陸町の漁協の婦人部が震災前、廃油を石鹸にして販売していたという話を聞きつけました。なんでも当時の婦人部は、相当な人数が参加して石鹸作りを行っていたというのです。
それはつまり、ここ三陸でも十分に石鹸を製造できるということ。加えて、捨てられしまうワカメの切れ端を活用できるかもしれない。ここでようやく、僕はせっけんを「事業」として考えるようになりました。
それは果たして売れるのか?
地域の未利用の資源を活かせること、そして地域の人材でも製造できることが分かってきました。しかし、まだ最後にして最大の問題が残っています。「それは果たして売れるのか?」
商品が飛ぶように売れれば、万々歳でみんなハッピー。
しかし、今はモノ余りの時代。ただ作ればいいというものでもありません。
果たして、石鹸という商品は有望なのか?
まずは周辺の女性に聞き込みをしました。
「洗顔石鹸に何を使っていますか?」
「なぜ、その石鹸にしたのですか?」
インタビューから分かったことは、まず洗顔用品を選ぶ時には口コミを重視すること。気に入れば何年も使う場合があり、周りにも勧めること。そしてなんと、洗顔石鹸の価格は最大で8,000円! 回答の中で一番多かった価格帯は2,000円〜3,000円。これは魅力的! そして女性はプレゼントにも石鹸をよく使う!
許可を得て見せてもらった洗面台の中には5~6個の石鹸があることはザラで、多い時には10個以上。家に石鹸のストックがあっても、旅先で良いものを見つけると買ってきてしまうそうです。そう、一人一個じゃない!
しかし忘れてはいけないのが、マクロでの分析。「木も見て、森も見よ」です。調べてみると、石鹸の市場は298億円、ボディケア市場は1,536億円と、意外と大きい。そして国内にある「手作り石鹸」の最大手企業はラッシュで、年商150億円であることがわかりました。
年商150億円ならば、その100分の1でも1億5000万円。
これは、北海道や長崎の漁協が販売している特産石鹸とほぼ同じ数字。
「頑張れば、そのくらいいけるんじゃないか?」
石鹸という商品が有望だと思えてきました。
起業から3年経った、いま思うこと
そして、あのワークショップから2年後。考えに考え抜いた末に「石鹸で起業する」ことを決意しました。
起業から3年が経ち、いま思うのは「実際に事業を動かしてみないと分からないことばかりだった」ということです。例えば、石鹸のカタチ。当初は一般に販売されている大きさのものを作っていました。しかし偶然の発見から、2.5センチ四方のキューブ型になり、それが大反響。まさか、見た目がカワイイことがここまで重要だとは思っていませんでした。
石鹸だろうと何だろうと、大切なのは「いかに予測するか」ではなく、「いかに即興できるか」。つまり、その状況に適応し、早く失敗して上手に学ぶことなのかもしれません。
現実は想定外のことだらけ。実際にやってみないと分からないばかり……。でも、僕は東北で起業してまだ日の浅い人間ですが、地方で起業される方に「ぜひこれは考えておいてほしい」と思うことがあります。
それは、「いかに地域の役に立つか」よりも「いかに事業を継続させるか」のほうが圧倒的に大事!ということ。
僕の場合、震災をきっかけに東北に移り住み、創業支援をする中で「今度は自分がやるべきじゃないのか」という想いもあって起業しました。なので、どうすれば自分はこの地域に貢献できるだろうと日々考えていました。しかし、継続して取引や雇用があることが、何よりの地域貢献なのです。
地域の産物を活かして、共生する。
地域の人を雇用して、一緒に製品を作る。
周辺の企業や一次生産者の方々と良いパートナーシップを築く。
それらはすべて、「事業の継続」によって実現できるもの。当然といえば当然。でも、「いかに地域の役に立つか」に目がいきがちなのは、僕だけではないのではないでしょうか。
ようやく事業的にも安定感が出てきた今日この頃。「いかに地域の役に立つか」という想いはもちろん大切にしつつも、経営者として「いかに事業を継続させるか」について、これからも試行錯誤をしていきたいと思います。
厨勝義(くりや・かつよし)
三陸石鹸工房KURIYA代表、株式会社アイローカル代表取締役。1978年久留米市出身。工作機械メーカー、国際教育NPO(アメリカ)、DREAM GATEプロジェクトを経て翻訳事業会社を経営。東日本大震災後に宮城に移住し、南三陸町戸倉地区を拠点に復興支援活動を開始。起業家創出・育成支援、民間企業の力を活用した震災復興事業の企画などに注力した後、2014年に株式会社アイローカル設立。2015年に南三陸石けん工房(現・三陸石鹸工房KURIYA)をオープン。女川町女川浜在住。