「学習する組織×セルフマネジメント」ファシリテーター対談(福谷彰鴻さん、稲墻聡一郎さん)
企画のきっかけ
わたしのマネジメント、システムのマネジメント
稲墻さん:福谷さんとの出会いは、2年前に、ジェレミー(※)の1日リトリートに参加してくれたのがきっかけでしたね。
それ以来ジェレミーと私と福谷さんの3人で話す機会が何度かあり、こんなことが話題になりました。
自分自身をマネジメントすることで他者との関係性を変えていく「セルフマネジメント」はもちろん大切(人と人)。でも、その先にあるチームや組織のマネジメントも忘れちゃいけない(システム)。ドラッカー・スクールではシステムレベルのクラスがあるけれど、日本にはまだない。個人とシステムの両方をマネジメントするためのプログラムを日本で実施するのはどうだろう?と。
福谷さん:はい、そうでしたね。よく覚えています。
稲墻さん:個人とシステム、両方に着目した実践的なプログラムって、いまだにあまりないですよね。自分自身のマネジメントと組織のマネジメントがうまくつながっていない──これは、ジェレミーと一緒にセルフマネジメントのプログラムを立ち上げる前から感じていたことでした。
気づけば私は人材育成や組織開発の領域に20年以上います。組織としての目的が明確で、エネルギーが適切に注がれていないと組織はうまくいかない。それだけでなく、個人個人が意図を持ち、自分自身をマネジメントしつつエネルギーを適切に注がなければ個人も組織も良い結果を生み出さないということを何度も経験しました。
人材育成や研修と称して様々な情報をつめ込んだり、自分以外の誰か(部下やプロジェクトメンバー)や組織を「管理」する方法を伝えることはあっても、多くの施策は「自分自身」にベクトルが向いていないんです。学校教育も、「暗記」や「正しいことを正しくする」ことに注力されていて、自分自身を知りマネジメントするとはどういうことか?は教えてくれません。
組織や他者へのアプローチだけでは限界があるなあ…と繰り返し体験していたとき、たまたまドラッカー・スクールを見つけて、ジェレミーの存在を知りました。
「マネジメントとは何か?」「リーダーシップとは何か?」を自分なりに深めようと留学を決意し、3年準備して、2015年〜2017年に米西海岸のドラッカー・スクールで学んできました。「The Practice of Self Management」「Executive Mind」「Transition」というジェレミーの授業はまさに目から鱗。人生ががらっと変わる出会いでした。
当時私はロサンゼルスに住み、大学院に通いながら、3か月に一度仕事で日本に戻って人材開発のプロジェクトや管理職研修、新人研修などを実施していました。すると、こんなことに気づいたんです。クライアントのみなさんはとっても優秀。でも日々を楽しんでいるようでも、好きなことに打ち込んでいるわけでもなく、会社から与えられた仕事を毎日忙しく処理している。
エネルギーが停滞していることになかなか気づけず、どうすれば良い状態になれるかがわからない人が多いのではないか。振り返ると、かつての自分もそうだった…。そんなことをジェレミーと話し、ドラッカー・スクールの彼の授業やコンテンツを軸にしたプログラム提供や、コンサルティングを行うTransformを設立することになりました。
福谷さん:2017年に米国バーモンド州のストウで、ピーターやオットーやアラワナ(※)がファシリテーションを務めるキャンプに参加したとき、「ピーターたちのプログラムは、まだまだメインストリームに広がっていない。何か一つピースが足りないんじゃないか」という話になりました。そのとき、セルフマネジメントがヒントになるかもしれないと教えてもらったんです。
その後ジェレミーさんと稲墻さんと出会い、学習する組織やシステム思考の教育において、セルフマネジメントがカギになるかもしれないと感じました。セルフマネジメントと組み合わせることで、日々の中に取り入れていけることや、具体的に何から始めたらいいか?に気づけるからです。
自分の感情を認知して扱うことを学び、他者との関係性をより良いものにする能力として、セルフマネジメントのほかに、SEL(※)がありますよね。以前ダニエル・ゴールマンとピーターが「教育」について対談したとき、ゴールマンが関わってきたSEL(感情と社会性の学び)とシステム思考の教育の相互補完性について言及していました。お互いにお互いを必要としていると。
セルフ・マネジメントは、個人の充足ばかりでなく、私たちが新しい行動を選択することを通じて、よりよい現実を生み出していくためのものだと思っています。そして、システム思考は、〈わたし〉とチーム、組織、そして私たちがその中にいる「より大きなシステム」とをつないでくれるものです。
稲墻さん:『コミュニティ・オーガナイジング』(英治出版)の中で著者の鎌田さんが書かれていましたが、諸外国と比較して「私は社会を変えられる」と思っている日本人は非常に少ないそうです。子ども大人も低い。「わたし」に何かができるとは思えない。システムの中の自分という視点の欠如だと思います。
福谷さん:システム思考は、自分が思っているより大きなシステム(相互に影響し合うつながり)の中に、私たちは常にいるんだと気づかせてくれるレンズ(ものごとを捉える視点)だと私は思っています。
〈わたし〉が良い内面の状態を維持することで、より望ましい行動で他者と関わることで、〈わたしたち〉はどんなチームや職場、あるいは組織をまたいだネットワークを創り出していきたいのでしょうか。さまざまな大きな課題(気候変動、戦争や紛争、環境破壊、エネルギーや食料、富の格差の拡大など)に直面する社会を生きるわたしたちは、この仕事を通じてどんな社会を次の世代に残したいのでしょう。
「学習する組織」の実践は、ただ組織がもっと効率的に利益を生めるように「学習」するだけではありません。わたしたちが本当に大切に思うことが語られて、誰も答えを知らない複雑な環境の中で、意思決定や行動を通じて、より良い現実を創り出していくのが「学習」なのです。
誰のためのプログラムか?
〈わたし〉から始まる。〈わたしたち〉の行動が変わる。
稲墻さん:福谷さんと一緒に「学習する組織×セルフマネジメント」のプログラムをやろうと思ったとき、最初に思い浮かべたのが英治出版の読者でした。
変わろうと思って前に進もうとしているし、課題感も持っている。だけど、うまく進めない、うまくいかないという人にぜひ届けたい。ビジネスでもソーシャルでも。特にステークホルダーを多く抱えていて、うまく前進できない課題感や閉塞感を抱いている人に参加していただきたいと思っています。
福谷さん:『学習する組織』を読まれた方で、「どう実践すれば良いのかわからない」と感じられる方は多いと思います。
ただ、〈わたし〉が〈組織〉を変えるという、〈こちら側〉と〈あちら側〉に分けて考えるのではなく、大切なのは、「わたしがその中にいるシステム」に変化を育もうと思ったら、スタートする場所はいつも〈わたし〉だということです。私や私たち自身の慣れ親しんだ考え方や行動や反応の仕方に気づき、もっと望ましい現実を創り出すために、〈わたし〉や〈わたしたち〉が自ら変わっていくことが必要です。
『学習する組織』にはたくさんのツールが紹介されていますが、重要なのは、「ツールの話ではなく〈わたし〉の話なんですよ」と。私自身も、教員向けワークショップ、国立大学や中高一貫校等でシステム思考教育プログラム設計を支援するなかで、個人としてチームとして、学びの旅の途中です。そして、皆さんにツールや考え方を共有しながら、ともに対話と実践を通じて学んでいきたいと思っています。
私も就職したばかりの頃は、たくさんのビジネス書を読んでいたのですが、振り返ってみればいかにして他人を説得するかとか、問題はあっち側にあって、私はこっち側にいて、誰かの問題をそれを解決しようというスタンスでした。
でも、システム思考を学びながら、親子関係や職場の同僚、上司との関係など僕らのリアルな課題をシステム思考で見たときに、お互いに課題を作り出していることに気づくんです。問題はあっち側にだけあるのではなく、自分と相手の「と」の部分が大切なのだと。私が問題状況に一役買っているからこそ、その解決にも関わっていけるということに気づけることは素晴らしいことだと感じています。
起きてしまったできごとの犯人探しをするのを止めて、それを引き起こしている「自分のいるシステム」に気づく力を高めていくことで、自分から変化していく学びが生まれるコミュニティを育みたいと願っています。
稲墻さん:このプログラムでは「〈わたし〉に気づく」ことを最初のステップにしています。そこがまさに「セルフマネジメント」の領域であり、「学習する組織」を深く学び実践していくために欠かせない第一歩ですよね。
福谷さん:そうですね。『学習する組織』を読んで、「本の内容をよく理解できたから、実践に移そう」というケースを、私はほとんど見たことがありません。大切なのは「コミュニティ」の中で「学び」を繰り返し続けていくことです。その中で、個人の考え方やものごとの捉え方が少しずつ変化していき、その結果としてはじめて「行動の変化」につながる。
稲墻さん:同じ時間を過ごす人たちが、学びを継続するために互いにサポートする。全5回のプログラムとは別に、対話のセッションとか読書会とか、そういう自主的な取り組みが自然に芽生えていくことを願っています。
少し脱線しますが、このプログラムをきっかけに英治出版の方々とご一緒することが増えて、英治出版のグループダイナミクスっていいなと思いました。まず、「なぜやりたいのか?」という企画者の気持ちをみんなで聴く。〈わたし〉から始まっているんですよね。聴き合う中で、やろう!という気持ちになることもあれば、一度立ち止まる機会にもなったり。その繰り返しで、企画者個人にもチーム全体にも学びが起きている。
福谷さん:自分以外の誰かの発言や振る舞いを通して学ぶ時間は、とても大切ですよね。一人ひとりにとって学びがあり、かつその場全体で学びが起きている。そういう場を作っていきたいですね。
今回のプログラムでは、本と実践を橋渡すことも一つのテーマです。その実践には2つのフェーズがあると思っています。1つめの実践は、プログラムのワークの中で実際にツールを使い、〈わたし〉自身の学習の経験を作る。自分の内面で起きる「型」に気づく力を育んでいく。武道に型があるのは、その型を練習することで自分の身体や心の状態に気づけるようになるためだと聞いたことがありますが、ワークショップでの実践はこれに近いと思います。
たとえば、「せかせかした気持ち」「伝わらないもどかしさ!」とかを感じたとき、それを身体感覚として捉えて、「ああ、よくないパターンだ」と気づいて立ち止まり、自分の呼吸に意識を向けてみる。少し深く息をしてみる。自分が伝えたいことや、相手の背景に思考を向けてみる。感情の落ち着きを確認する。いま何にどれだけ時間を使うか、いまやらなくても良いことはあるかを考えてみる。そして、行動を決める。ワークショップでの実践を通じてこうした一連の動き(「振り付け」のようなもの)を習得するのです。
2つめの実践が日常です。自分の状態や変化へのアウェアネス(意識・注意)が高まることで、日常に戻ったときに「あの時ワークをやったときと同じ感覚だ」と気づくことができるようになってきます。つまり、日ごろ無意識にやっていることに気づき、これまでと違う行動や考え方の選択肢を創り出せるようになる。その繰り返しを通じて、チームや組織の中で学習が起きる。
そしてもう一つ大切なのは、「学習」を深める場が安全な「環境」であることです。『学習する組織』ではそのような場のことを「リレーショナルスぺース」(関係性の場、学習が起こりうる場)と呼んでいます。先ほど稲墻さんがおっしゃった「学びを継続するために互いにサポートする」関係性は、まさにリレーショナルスぺースだなと思いました。
稲墻さん:以前開催した「学習する組織×セルフマネジメント」の英治出版社内体験会の参加者インタビューの原稿を読んでいたら、「これってリレーショナルスぺースかも」と思って嬉しくなりました。2022年6月に始まる全5回プログラムでも、みなさんと一緒にリレーショナルスぺースを育んでいきたいですね。