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『解像度を上げる』「はじめに」全文公開

ふわっとしている。既視感がある。ピンとこない。そう言われたことはありませんか? もしくは、人の提案を聞いて、そう言いたくなったことはないでしょうか? それはあなたや相手の「解像度が低い」からかもしれません。では、「解像度が高い」人は、どう情報を集め、なにを思考し、いかに行動しているのか。その視点と方法を解き明かした『解像度を上げる──曖昧な思考を明晰にする「深さ・広さ・構造・時間」の4視点と行動法 』(馬田隆明著、2022年11月発行)。本書の「はじめに」を全文公開します。


「提案をつくってみたが、大事な何かが抜けている気がしていて、モヤモヤが晴れない」
「この人の話は地に足がついていなくて、ふわふわしている」
「言いたいことは分かるけれど、説得力が弱いように感じる」

仕事をする中で、こんな経験をしたことはないでしょうか。
議論の見通しが悪いときや、言説の内容が曖昧なとき、論点がはっきりとしないとき、物事を十分に理解できていないと感じたとき……。カメラのピントがあっていなかったり、視力の悪い人が眼鏡なしであたりを見ようとして、世界がぼやけて見えたりするような感覚、とも表現できるでしょうか。

しばしばこうした思考の状態のことを「解像度が低い」と言います。逆に、明晰な思考ができている状態のことを「解像度が高い」と表現します。

優れた起業家が見ている世界

筆者は10年近く起業家支援を行ってきましたが、これまで接してきた中で優秀だと思える起業家はまさに「解像度が高い」人たちでした。彼ら彼女らに取り組んでいる領域のことを聞くと、明確かつ簡潔で分かりやすい答えが返ってきます。

顧客が今困っていることを深く知っていて、顧客は週に何度その課題を体験し、解決のためにどんな競合製品を活用しており、どんな工夫や裏技をほどこして効果的に使っているか、そのときの顧客の感情はどういったものかといった細かいところまで話してくれます。話を聞くうちに一人の顧客像がはっきりと見えてくるかのようです。

単に事実を細かく知っているというだけでなく、そこから導かれる洞察も鋭くユニークです。話を聞くたびに「へえ、実はそうだったんですね!」という驚きを提供してくれるので、話に聞き入ってしまいます。その原因分析も明快で、「なるほど、確かに……」と思わず納得してしまうのです。

顧客についてだけではありません。優れた起業家は、市場、技術、ビジネスモデル、そして将来の事業計画といった、ビジネスで要求される多くの面で高い解像度を持っています。

さらに情報が点としてばらばらに存在するのではなく、それぞれの情報が有機的につながっています。話を聞いているうちに、点在している情報同士が線や面、立体になって見えてきて、はっと気づくような瞬間もあります。そのうえ、情報が綺麗に構造化されているため、理解も容易です。

現象の理解が優れているだけではありません。これからやろうとしていることの布石も見事です。それぞれの打ち手が歯車のように噛み合っていて、目の前の小さな一手を打つことで、小さな歯車が回り出すと、次々と大きな歯車が回り出し、社会全体が変わっていく、そんな予感すら与えてくれます。

優れた起業家は、そうした高い解像度に辿り着くのが早い、つまり、解像度を上げるのが早いことも特徴的です。事業を別の領域に展開しようと思っている、という相談を受けてから少し経ち、次に会ったときに進捗を聞くと、新しい領域でも高い解像度を得ています。

そうした高い解像度を持つ起業家は、顧客を魅了する製品を作り、説得力のある計画を作って投資家を説得し、資金調達に成功しています。

解像度が低いときの症状

一方、まだ何かを始めたばかりの起業志望者の答えは、残念ながら往々にして曖昧な──解像度が低い──ことが多いです。

「学生が進路を考えるときに必要な情報が足りず、適切な判断ができていないから、AIを使って一人一人にあった進路情報を届ける」。これはこの数年しばしば出てくるアイデアの一つです。一見正しいようにも聞こえます。

しかし、このアイデアだけでは、情報はあるのに届いていないだけなのか、それとも情報自体が存在しないのかも分かりません。そもそも本当に学生は十分な情報を持っていないのでしょうか。足りていないのだとしたら、どういった情報が足りていないのでしょうか。特にどんな学生が困っているのでしょうか。いったいどんなAIを作ろうとしているのでしょうか。こんな風に疑問が次々と湧いてきます

詳細を知るために質問をしてみても、まだ解像度の低い起業志望者からは具体的な答えが返ってきません。質問に対する答えに微妙なずれがあって、要領を得なかったり、論理的な飛躍があったりするときもしばしばあります。解像度の高い人の話とは違い、課題に対する解決策であるはずの製品が、ほとんど解決につながっていなかったりもします。

提示される情報がばらばらで、それぞれの情報のつながりや関連性が見えてくる感覚もありません。構造化されていないので、理解が難しいのも特徴として挙げられます。話を聞いていても、まるですりガラスの向こう側にいるような、粗い像しか見えてこないのです。技術的な面を聞いてみても、具体的には何をつくるのか、どう進めるのかも分からず、疑問は募るばかりです。

こうしたアイデアの相談を受けたとき、筆者は過去の優れた起業家の思考と行動の軌跡を思い出しながら、アドバイスをします。アドバイスを繰り返すなかで、解像度の高い起業家の思考と行動にはパターンがあることに気づき、それをまとめたのが本書です。

実際、そのアドバイスの通り行動した起業志望者たちが、みるみると解像度を上げて、良いアイデアに辿り着いていくのを何度も見てきました。

解像度が低いままビジネスをするのは、霧のなかで矢を射るようなもの

起業家は解像度の高さが最も求められる仕事の一つです。誰もが見落としている隠れた重要な課題に気づき、それを解決する新しいビジネスを始める。そのためには、誰よりも高い解像度で物事を見て、事業機会を見つけなければなりません。

また起業家はしばしばアイデアの方針転換をします。そのときには新しい事業領域についての解像度を素早く上げる必要もあります。仮にアイデアがうまくいって成功の兆しが見えたとしても、企業が成長するごとに、組織作りや資金調達など、これまで経験したことのない仕事は常に湧いてきます。そうした未経験の領域でも、短期間で解像度を上げなければならないのが起業家です。

起業家だけではなく、新規事業の担当者にも似たことが言えるでしょう。これまで誰も挑戦していなかった社内外の様々な障害を高い解像度で見据えて、常に学び、進まなければならないからです。

起業家や新規事業担当者に限らずビジネスパーソンなら誰でも、解像度を上げる必要に日々迫られます。製品やサービスを改善して売上を上げたり、業務の生産性を上げたりするには、解決すれば大きな影響のある課題を特定しなくてはなりません。そのためには、現在携わっている顧客や業務の解像度を上げる必要があります。また、解決策を考えるには、高い解像度で最先端の技術や効果的な打ち手を把握していることも必要でしょう。

そうして解像度を上げることで、「この数字を上げればビジネス全体が良くなる」といった勘所をおさえることができるようにもなります。「人材採用で、求める人材像をもっと精緻にしたい」「顧客サポートで、顧客の課題解決をもっと早めたい」というときも、求める人材や顧客の解像度を上げる必要があります。もしあなたがマネジャーなら、部下の仕事の解像度が上がるよう、解像度を上げるための適切なフィードバックをする場面もあるでしょう。

経営層であれば、不確実な環境のなかでも未来の解像度を上げて、経営方針や戦略といった仮説を作り、意思決定する必要があります。同時に、その意思決定の背景を高い解像度で、すべてのステークホルダーに伝えていくことが求められるでしょう。顧客や業界の解像度を上げておくことで、自社の根幹を揺るがすようなリスクにもいち早く気づき、対応することもできます。

このようにどんな仕事であっても、解像度を上げることで現状への理解を深め、時には新しいビジネスや改善の機会を認識し、時には新たな脅威を見つけて、効果的に業務を遂行できるようになります。

逆に、解像度が低い状態で業務や意思決定をするのは、霧のかかった中で射るべき的が見えないまま、当てずっぽうに打ち手という矢を射るようなものです。ビジネスは人・物・金といった資源が不足しているのが常であり、矢をむやみやたらに撃つことはできません。だからこそ、射る前にしっかりと霧を晴らす、つまり実行や意思決定の前に、物事を高い解像度で見ることが重要なのです。

本書は、優れた起業家から見出した、解像度を上げる思考と行動のパターンを、起業家に限らないすべてのビジネスパーソンが使えるようにまとめています。基となったスライドは、スライド共有サイトSpeaker Deck では18万回以上閲覧があり、2021年の中で最も読まれたスライドの一つ[1]となりました。おそらく多くのビジネスパーソンが今求めている内容に合致していたのでしょう。そのスライドを発展させてより詳細にした、解像度を上げるためのコツを、本書を通してお伝えできればと思います。

(注)ウェブ掲載にあたり、可読性向上のため、改行を加えています。

本のなかでは、さまざまな事例とともに、解像度を上げるための4つの視点と、実際に解像度を上げるコツを紹介しています。気になる方はぜひご一読ください。

また、「言語化」することも、解像度を上げるコツの一つです。
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[著者]
馬田隆明(うまだ・たかあき)
東京大学 FoundX ディレクター。
University of Toronto 卒業後、日本マイクロソフトを経て、2016年から東京大学。東京大学では本郷テックガレージの立ち上げと運営を行い、2019年からFoundXディレクターとしてスタートアップの支援とアントレプレナーシップ教育に従事する。スタートアップ向けのスライド、ブログなどで情報提供を行っている。著書に『逆説のスタートアップ思考』『成功する起業家は居場所を選ぶ』『来を実装する』。

〈注〉
[1] 2021 -Most Viewed Decks(SpeakerDeck)での発表によるもの。閲覧数は2022 年10 月現在。
https://blog.speakerdeck.com/2021-most-viewed-presentations/
https://twitter.com/speakerdeck/status/1475998693941813249