「対話」を選んだ医師たちの話(占部まり)

「私の話を聞いて、あなたの安楽死やPASに対する考えが変わるとは思えません。
それでも私たちの国で起こったことを聞いてほしいのです。
今ではないかもしれませんし、少し先のことかもしれません。
それでも、近い将来かならず向き合わなくてはならない問題だと考えています」

これは先日、「医療倫理を考えるカンファレンス」での、カナダ医師会副会長ジェフ・ブラックマー氏の言葉です。彼の報告を聞いて、私は衝撃を受けました。

カナダでは、2015年2月6日に最高裁判所がPAS(医師による自殺幇助)を合法化する判決を下し、12か月以内に判決に基づいた法を整備するよう連邦政府と州政府に命じました。

これでスイス、オランダに続いてカナダも“安楽死”が合法化されたことになります。カナダ国民は合法化に好意的で、州にもよりますが、7割から9割の住民が多かれ少なかれこの法案を支持しています。

国民の要請をうけ法制化されたともいえますが、現場の医師たちにとっては寝耳に水。医師たちは安楽死やPASの前に、もっとやるべきことがあると感じていました。それは、緩和ケアを充実させ、身体的・精神的・社会的な痛みに対するアクセスを充実させることです。

ケベック州では、がんなどの病気によって緩和ケアを受けたいと思っても、3割の人しか受診できない。ところが今回の法制化によって、PASは望めばだれでもできるという状況になったのです。

緩和ケアを受けられないとは、例えば、がんによる疼痛(とうつう:うずくような痛み)を適正に緩和できない可能性が高いということ。痛みの辛さから逃れるためにPASを望まざるをえない状況も十分考えられます。

私がカナダ医師会の話を聞いて衝撃、そして感銘を受けたのは、こうした状況に直面した彼らが、国民の健康に寄り添うために、「医師として何をするべきなのか」という究極の問いに向き合ったことでした。何よりも大切なのは「知識の共有と対話」であると彼らは考え、活動を開始したのです。

医療関係者と地域住民が一緒に考える。あえて医師会長は登壇せず、会場で聴講する。賛否を付けずに自由に討論を続けていく。そんなイベントを全国で開催しました。少しでも、医療ができることを伝え、希望をつなぐために。

最初は、安楽死の是非を問うアンケートを送るのもはばかられるような雰囲気であったにもかかわらず、次第に考えを言い合える関係が構築されていきました。地域住民の率直な意見を聞くことで、医療関係者の意識も変わっていきました。

PASを行う医師は医師全体の数%。多くの医師が安楽死に抵抗感を示している。それでも、PASを行う医師たちを尊重する動きが形成されていったそうです。PASに対する考えは違っても、同じ医療者として目指すものは変わらない。お互いを尊重しサポートし合うことが、国民の幸福につながる。そういう意識を共有する努力が続けられています。

私はこの話を聴いて、二つのことを思いました。ひとつは、日本では、対話の環境がまだまだ充実しているとは言えないということ。患者さんやご家族の想い、医療看護の現状、様々な角度から対話を繰り返したうえで、安楽死やPASについての方向性を考えていく必要があると感じています。

もうひとつは、対話の可能性です。医療者と市民が対話を繰り返すことで、お互いの理解を深め、言いたいことを言えるようになった。そして医療者同士も同じ目的を共有する仲間であると認識を新たにした。これぞ対話が持つ力です。

それぞれが、どのような人生の最終段階を過ごしたいのか。その気持ちを支えるために対話を繰り返していく。もし法が必要ならば整備していく。そういう自然な流れを支えるのは、“死を想う”ことに他ならない。そう強く思わされた出来事でした。

連載:死を想う――その人らしい最期とは
多くの人が天寿を全うする時代、誰もが前向きに人生の幕を下ろせるようになるには? 「死を想う」をテーマに日本メメント・モリ協会を設立した著者が、その人らしい生き方と最後の時間を考える。

占部まり(うらべ・まり)
日本メメント・モリ協会 代表理事。東京慈恵会医科大学卒業。米国メイヨークリニックのポストドクトラル リサーチフェロー(1992~1994年)などを経て、現在は地域医療の充実を目指し内科医として勤務。宇沢弘文死去に伴い、2014年に宇沢国際学館・取締役に就任。2017年に日本メメント・モリ協会設立。(noteアカウント:占部まり
連載:死を想う
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占部まり「死を想う」

医療の発達に伴い、多くの人が天寿を全うする時代。誰もが前向きに人生の幕を下ろせるようになるには。「死を想う」をテーマに日本メメント・モリ協会を設立した著者が、その人らしい生き方と最後の時間を考える。
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