対立の声を聞く〜「違い」が浮き彫りになる時代に求められる「エルダーシップ」とは何か【『対立の炎にとどまる』対談イベントレポート】
「対立をしっかり立てる」勇気
松村:では簡単に自己紹介からいきましょうか。僕はバランスト・グロース・コンサルティング株式会社という、組織開発やコーチングの提供を行う会社で取締役をしつつ、日本プロセスワークセンターの教員としても活動しています。
プロセスワーク(※)との付き合いは長く、『対立の炎にとどまる』の著者、アーノルド・ミンデルさんにアメリカで師事していたこともあります。また、書籍の翻訳を担当させていただきました。よろしくお願いします。
櫻本:もともとは外資の証券会社で株式のアナリストをしていましたが、自分自身が睡眠障害になったのを機にcotreeというオンラインカウンセリングの会社を立ち上げました。
そのなかで、メンタル不調の方々の背景には、親や上司、先生など周りのパワーが強く関係していると気づき、リーダーがコーチングを学ぶコーチェットという会社を立ち上げました。
土屋:土屋恵子といいますが、よかったら「けいちゃん」と呼んでください(笑)。アデコの取締役で、企業の組織やチームにおいて、一人ひとりが自分の個性を発揮できて生き生きといられるような環境づくりのお手伝いをしています。
「組織開発」って、組織全体を俯瞰した大がかりなものというイメージがあります。でもその中には人の感情や思いとか、大事なことがあるよねともずっと感じていて。その扱い方を学びたいと思っていたときに、プロセスワークに出会いました。
対立って「小さくして収める」やり方に私たちは慣れている。でもそうじゃなくて、そこにある思いを解きほぐして、その中にある可能性を見ていこうよという考え方が、素晴らしいな!と思ってます。
櫻本:そもそも日本人は、「対立」というキーワードを使うことがあまりないですよね。潜在的な見えづらい対立はあっても、それを顕在化させる機会自体は多くないというか。
松村:対立をしっかり立てるって、とても勇気がいりますよね。対立を立てるとは、明らかにするということ。アメリカでプロセスワークのトレーニングを受けたときに何度も練習したのが、最初に「自分の立場を表明すること」でした。苦手な相手に対して、「あなたのこういうところが嫌いです」とは怖くてなかなか言い切れない。
土屋:気がついたら「とにかく腹が立つ!」状態になって、自分がどの立場なのかわからなくなることもありますよね。プロセスワークを学ぶと、「いま、ちょっと自分がざわざわしているけれど、自分の中で何が起こっているんだろう」と、俯瞰的に見られるようになると思うんです。自分自身をファシリテーションしてみるというか。
その場で起こっていることも大事にしながら、少し距離をおいて俯瞰的に見る。「いま自分は何を感じて、どんなふうにこの場に関わろうとするのだろう」と内省してみるだけでも、対立への向き合い方が変わると実感しています。
櫻本:俯瞰してみる姿勢は必要ですよね。
土屋:対立には世界の紛争から家庭のケンカまでいろいろありますが、どれもエネルギーのぶつかり合いだと思うんですよ。近寄ってのぞき込むだけでも、怖い。でも、エネルギーが渦巻いているところっていうのは、実はイノベーションが起こるタイミングでもあるから。
無理に近寄らなくてもいいけれど、エネルギーのぶつかり合いを少しでもほぐすようなファシリテーションができれば、何かが起こる。それは大きなイノベーションかもしれないし、自分の中の気づきみたいな、繊細なイノベーションかもしれないけれど。だから対立ってやっぱり、可能性の宝庫なんじゃないかなって思うんですよね。
「エルダーさん」って、どんな人?
櫻本:いまの社会では対立の場をファシリテートできる人が多くないし、難易度も高いなと感じます。そこで助けになるのが結局、一人ひとりの中にあるエルダーシップ(※)なのではないでしょうか。
「常にエルダーシップを発揮している人」がいるというよりも、「たくさんある人格のひとつとしてエルダーシップを持っている人」が増えるとどうでしょう。そうすれば、対立の場でも「もうちょっと話を聞いてみようよ」といった働きかけがもう少し、生まれてくる可能性があるんじゃないかなって。
松村:人格のひとつとしてのエルダーシップ、おもしろいですね。
櫻本:私は普段から、自分の中には複数の人格があるなと認識していて。以前から「金融戦士人格」、「人間っていいな人格」、「ギャル人格」というのがいて、最近新たに「きんに君人格」っていうのをインストールしたんです(笑)。
松村:きんに君!
土屋:おもしろい(笑)
櫻本:皆さんも場によって、いくつかの人格を使い分けていると思うんですよ。エルダーシップも、そういう人格のひとつとしてインストールする話なんじゃないかと思って。「社会の中にエルダーが増える」とは、「エルダー人格をインストールして、それをときどき登場させられる人の比率が、全体として底上げされていく」イメージがあります。
今日、おふたりに聞いてみたいことがあって。仮に「エルダーさん」が存在するとしたら、どんな人だと思います? 人格をインストールするには、まずその人格が具体的にイメージできたほうがやりやすいなと思って。
松村:僕はネイティブ・アメリカンの長老のイメージですね。もともとエルダーシップの考え方も、ネイティブ・アメリカンの考え方に基づいています。セブン・ジェネレーションという「7世代先のことまで考えて行動せよ」という教えがあるんですが、その感覚を自分の中で呼び起こせると、慈愛に満ちた気持ちになります。それが極限まで達すると、ケンカの中に入っていっても、愛で返せそうな気がするんです。
土屋:エルダーって、いろんなスタイルがあるんじゃないかなと思って。ネイティブ・アメリカンの長老もいれば、『スター・ウォーズ』のヨーダみたいなエルダーもいると思うし。あとは童話の『裸の王様』で「王様、裸だ!」って言っちゃう子どもとか、瞬間的に場を変えるようなエルダーのあり方もあるかもしれない。
私のイメージは、修行タイプというよりは、肩の力が抜けていて、その場をいつもちょっと遠くからにこにこ見守っているような人。日本でいうと、一休さんみたいな人ですかね(笑)。エルダーの種族はいっぱいいて、いろんな個性があるかもしれない、なんて思います。
「場」に立ち上がるエルダーシップ
櫻本:「自分はこんなときにエルダーシップを発揮できた」など、印象的だった出来事はありますか?
土屋:いまそう聞かれて、反省とともに思い出したことがあります。あるチームで組織開発に取り組んでいたときのこと。私は「ここでもプロセスワークのファシリテーションを活かせるんじゃないかな」といつも思い浮かべながら、何年も実行せずにいたんですよ。「いやいや、この組織にそんなの合わないよ、無理!」と思って。
でもあるとき、思い切ってやってみたんです。参加者のロール(役割)を入れ替えて、「大嫌いだと思う人になってみましょう」とか、「社長になってみましょう」とか……。社長はそこにいるんですけども(笑)。そしたら、ものすごく盛り上がったんですよ!
結局、「この組織じゃ無理」「忙しいから無理」と周囲のせいにして、ダメだと思っていたのは自分自身だったんだなと気づいて。自分がもっとしなやかに向き合えていたらよかったんだと。それは反面教師的に、「エルダーじゃなかった自分に気づいた体験」でしたね。
櫻本:エルダーじゃなかった自分に気づく。確かに!と思いました。
土屋:しょっちゅう気がついてますよ(笑)。ちなみにいまお話しした例だと、私が「どうしよう、どうしよう」と思いながらもぽんっと飛び込んでみたとき、支えてくれたのはその「場」だったんですよね。
それまではチームメンバーが、組織内の役職という責任ある仕事を背負った人たちだと見えていて、うまくできないのではないかと思っていたんですが、予想外におもしろがってくれた。生まれてくる場の変化にみんなで乗ってみようという空気が生まれて、いろんな笑いが、その場にぽんぽんと起こって。
それはまさに、その場にいた人たちそれぞれの中にあったエルダーシップが立ち上がったのかなと思いました。みんなの中にあるエルダーシップが、何かの刺激でぽんっと顔を出すことは、あると思います。
櫻本:連鎖するものでもあるんですかね。
松村:そうですね、連鎖すると思います。
会場から:「場」にエルダーシップが生まれるという話、新鮮でおもしろいなと思いました。他にもそのエピソードがあれば、ぜひお聞きしたいです。
松村:『対立の炎にとどまる』には、緊迫した状態の対立を扱うストーリーがいろいろと登場しますが、僕もプロセスワークのトレーニング中に、近いものを経験していまして。あるとき、500人規模のワールドワーク(※)で、人種差別や世界の格差などのテーマを扱ったんです。
そこでわぁっと緊張が高まって、対立まで発展したときがありました。その場を、ミンデルさんなどのプロセスワーカーがファシリテートしていく。張り詰めた空気のなかにひょいひょい入っていって「いまの瞬間大事だね」とか「ちょっとみんな、彼の声を聞いていいかい」などと、強度はありつつも安心感をもたらすようなファシリテーションをしてくれたんです。
すると、一人ひとりの奥底にある深い願いや悲しみが出てきました。張り詰めた「対立の炎」のなかにとどまっていることで、それが語られることがある。一緒に泣き出す人もいるし、自分でも気づいていなかった深い感情が引き出されていく感覚になるんですよ。
土屋:なるほど。
松村:また、他にはこんなこともありました。6年くらい前に、中南米の社会情勢をテーマにしたワールドワークをギリシャで行ったんです。そのときも、親族を亡くされた方の話などがたくさん出てきて、場の緊張感が極限まで高まっていました。するとそのとき、誰かが歌を歌い始めたんです。それが少しずつ広がって、「場」全体のハーモニーになっていった。
皆で手をつないでいつまでも歌っているうちに、「つらい現実はあるけれど、私たちは仲間でもある」という感覚が参加者のあいだに生まれたのを感じました。その余韻に包まれたままワークが終わったんです。
あれはまさに「場にエルダーシップが現れた瞬間」でしたね。ミンデルさん自身も、「起こるべきことが起きれば、エルダーシップのようなものが立ち上がる」という、場への信頼があるように思います。
自分の中のエルダーシップを、どう育むか?
会場から:登壇者の方々はエルダーシップを育むにあたって、日頃からどうされていますか? 自分や場への信頼感をどのように育んでいるのか、聞いてみたいです。
松村:すごくいい問いですね。
櫻本:個人的にはさきほど話した「人格」の影響力が大きいです。「自分はこういう状態になるとこの人格が出てきちゃうんだな」ということにアウェアネス(気づき※)を持って、いつどの人格を出すのか、受け身ではなく意識的に選択することが、役に立っているなと思います。
松村:櫻本さんのおっしゃっていた「インストール」は楽しくていいなと思います。それに比べると、今から僕が話すことはちょっと修行っぽく聞こえてしまうかもしれないんですが、まさに書籍の通り「対立の渦中にとどまること」なのではと思っていて。
例えば戦争などは、誰もがおかしいよねと思っていても「No」というのはすごく勇気がいる。でもそういう危機的な状況で、どこでどういうふうに声を出すか。そういう局面でアウェアネスを発揮して自分を動かすものは、皆さんの中にあるエルダーシップなんじゃないかな、と思います。
櫻本:とはいえ、火に飛び込んで、一緒に焼けちゃっても困るから、難しいですよね。
松村:対立の炎にとどまって、こう、焼けそうなんだけど「うぅ……」と耐えるなかで、少しずつその対立の本質が見えてきて、向かうべき方向が明らかになっていくような。とどまるなかで現れてくるものはあると思います。
櫻本:ただ、両者がそこにとどまるのが難しいというか、こちらが「対話しましょう」とお願いしても、相手が受け入れないこともありますよね。逆に私も「対話したい」と言われたときに「いや、今はできません」と言うときもやっぱりあって。だから、なかなか両者でとどまることは難しいと思ってしまう。
それでも一方で、自分のなかで「エルダー性を持つ」ことは役に立つだろうなと思っていて。アウェアネスを持つための基礎って、やっぱりセルフケアだと思うんですよね。自分自身を整えておくというか。むしろそのあたりは私も聞きたいです(笑)。どうですか?
土屋:そうですね、大事なのは、「今、生まれてこようとしているこの瞬間にある可能性を大切にする」「その場を信じて、可能性が少しでも生まれやすいようにゆらぎを起こす」みたいなことかなと思っています。ただ、いつもそんな状態になれるかというと、やはり難しい(笑)。
もちろん、知識としての理解も場数を踏むのも重要でしょう。他の方法として私は、そういう状態でいられるように「自然の力を借りる」ことをしています。自然のなかにいると、体がゆるんで、すごく気持ちよくなるじゃないですか。深呼吸をしたりしながら。その状況を、どの場所にいても、想像してみる。すると自然と身体の姿勢が変わってきたりするんですよ。
私は清里が好きなので、そこにいる自分を想像します。向こうに富士山が見えて、周りにも山々が見えて、森があって、牧場があって……そこに自分が立っていると思うだけでも、スッ、と心が変わる。自然の力を借りてアウェアネスを持つことは、どの瞬間でもできるんじゃないかな。
松村:自然の流れを感じる、はありますよね。プロセスワークやエルダーシップはよく「タオイズム(※)」とセットで語られるんですが、「タオ」って道や流れのこと。僕というひとりの人間も、タオが流れているという感じなんですね。「ご縁」のようなものと捉えていただくといいかもしれません。
一見すると良いことも悪いこともたくさん起こりますが、実はそれが後でどんな結果を引き起こすのかはわからない。自分が「最悪だ」と思う出来事に直面したときも、その「流れ」を信頼することは、エルダーにつながるひとつの練習かなとは思います。もちろん、すべてを信頼するのは難しいですよね。それでも、きっと運ばれるところはあるだろう、と考えるようにしています。
土屋:なるほど。今日この場を通して、お互いに学びあうような豊かな時間の流れを持てたことも、まさにエルダーシップに通じるなと思いました。ありがとうございました。
櫻本:ありがとうございました。最後にまた「きんに君」人格の話ですが(笑)、「強いパワーがあるけれど絶対に人を殴らない、むしろ笑いに変えられる」って、最強だと思うんですよ。今日この場におられる方も、いろいろな場でパワーを持っておられる方だと思うので、ぜひそうした人格をインストールしていただくといいんじゃないでしょうか。
松村:翻訳した側からすると、この本が世に出て、それを受けとってくれる方々がいること、こうして新たな対話が生まれることを、本当にうれしく思っています。ありがとうございました。
---
今回のイベントはリアルとオンラインのハイブリッド形式で行いました。
後半には、参加者同士でもいくつかのグループに分かれて対話を行う時間も。対話後のセッションでは、会場のあちこちから活発に質問や感想が飛び出すなど、熱量のある展開となりました。
最後に、書籍内でも紹介されている、アーノルド・ミンデル氏が記したリーダーとエルダーの違いについてご紹介したいと思います。
よりよい対話のため、エルダーやエルダーシップについて理解を深めてみたいと思われた方は、ぜひ書籍もお手にとってみてください。
※『対立の炎にとどまる』の訳者まえがきは英治出版オンラインで全文公開されています。
登壇者プロフィール
櫻本 真理 Mari Sakuramoto
株式会社コーチェット代表取締役
広島県福山市出身。2005年に京都大学教育学部を卒業後、モルガン・スタンレー証券、ゴールドマン・サックス証券(株式アナリスト)を経て、2010年より複数のスタートアップの立ち上げを支援。2012年よりカウンセラー・コーチとしても活動。2014年にオンラインカウンセリングサービスを提供する株式会社cotree、2020年にリーダー育成事業を提供する株式会社コーチェットを設立。2022年日経ウーマン・オブ・ザ・イヤー受賞。産業カウンセラー、システムコーチ、エグゼクティブコーチ。
土屋 恵子 Keiko Tsuchiya
アデコ株式会社取締役
2015年より現職。ジョンソン・エンド・ジョンソン、GEなど 、主にグローバルカンパニーで20年以上にわたり、統括人事・ 人材育成部門の統括責任者として日本およびアジアの人材育成、 組織開発の実務に携わる。一人ひとりの個性や強みが生きる、 多様で自律的なチーム・組織創りをテーマに、 リーダーシップ開発、 企業の社会的使命の共有による全社横断の組織改革、 バリューに基づく個人の意識や行動変革の支援、組織診断・ 制度浸透などを手がける。
ケース・ウェスタン・ リザーブ大学経営大学院組織開発修士課程修了。
松村 憲 Ken Matsumura
バランスト・グロース・コンサルティング株式会社 取締役
臨床心理士、認定プロセスワーカー、一般社団法人 日本プロセスワークセンター教員
プロセスワークという、ユングの深層心理学をベースにしつつ、個人、関係性、組織まで扱うことのできる心理学を専門としている。バランスト・グロースでは組織開発コンサルティングをプロセスワーク理論の側面からサポートし、組織文化や組織における人間関係、葛藤解決などを扱っている。またマインドフルネス瞑想の専門家として各種研修に取り組んでいる。著書に『日本一わかりやすいマインドフルネス瞑想──“今この瞬間”に心と身体をつなぐ』(BABジャパン)、共訳書に『対立を歓迎するリーダーシップ──組織のあらゆる困難・葛藤を力に変える』(日本能率協会マネジメントセンター)、『プロセスマインド──プロセスワークのホリスティック&多次元的アプローチ』(春秋社)などがある。