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「聴き合う」関係でキャリアも家庭も成功させる(『デュアルキャリア・カップル』日本語版序文・篠田真貴子)

英治出版オンライン

子育てや介護がはじまった、海外や地方への転勤が決まった……そんなときに夫婦二人ともが自身のキャリアを大切にしている場合、どんな選択をすればよいでしょうか?  どちらかが収入や生活スタイルが大きく変わるキャリアチェンジをしたくなったら?  子供の自立や退職後の人生は、どうなるでしょうか?
そんな二人ともがキャリア志向のカップル(=デュアルキャリア・カップル)の疑問に答える新刊『デュアルキャリア・カップル——仕事と人生の3つの転換期を対話で乗り越える』(ジェニファー・ペトリリエリ著、高山真由美訳)を3月27日に発売します。INSEAD准教授が日本を含む32ヵ国113組のカップルを調査し、キャリア志向の二人に立ち塞がる3つの転換期と、その乗り越え方を説いた1冊です。
本書の発売を記念して、エール株式会社取締役や『LISTEN——知性豊かで創造力がある人になれる』(日経BP)の監訳者として「聴くこと」を広めるほか、女性活躍についても発信や活動をされてきた篠田真貴子さんによる日本語版序文を公開します。

10年近く前のことだ。かつて職場を共にした先輩からランチに誘われた。先輩とはSNSでつながってはいるが、私がその職場を離れてから長らく会っていなかった。久しぶりの再会で、先輩は最近再婚したと話してくれた。お相手はキャリア志向の女性で、それが良かったから結婚したんだ、と。

「でもさ、家庭運営をどうしたらいいか、オレ全然分からないんだよ。前の奥さんは専業主婦だったから、勝手が違いすぎる。篠田さんちはどうしているのか、聞きたかったんだよね」

私は結婚や出産などのライフイベントにあってもフルタイムで仕事を続けてきた。幸運にも、夫と子供たちとの家庭生活を維持しながら、面白いキャリアを積んできている。先輩には身近にそういう人物がいなかったらしい。それで、十数年ぶりに私に連絡をくれたのだ。

政府の統計によると、日本において、妻が週35時間以上働いているフルタイムの共働き夫婦の世帯数は、1990年代から徐々に減ったのち、2015年から上昇傾向に転じている。このデータから、夫婦二人ともキャリア志向のカップルは、ここ数年増加傾向にあることが示唆される。

私の個人的な経験でも、仕事で初対面の方に「妻が(夫が)篠田さんに○○○の仕事でお世話になっています」と挨拶されることが時々ある。その方のパートナーと私は、別の仕事で偶然会っていたわけだ。しかし、10年前には、そんなケースに遭遇したことはなかった。

30年先をいく「新しい地図」

本書はデュアルキャリア・カップル、つまり二人とも自分の職業生活が人生に大切で、仕事を通じて成長したいと考えているカップルを主題にしている。

著者のジェニファー・ペトリリエリは、フランスのINSEADというビジネススクールの准教授だ。彼女自身もデュアルキャリア・カップルの当事者だが、本書は著者の個人体験に基づくものではない。そうしたカップルが「愛情と仕事の両方で成功するにはどうしたら良いか」を学術的に研究した成果をまとめたものだ。

本書は、日本の私たちにとって「これからの新しい地図」とも言うべき存在だ。どういう意味か、説明していこう。

本書は研究に基づいているので、個人の体験記よりも汎用性がある。研究対象は、世界4大陸32ヵ国113組のデュアルキャリア・カップルだ。同性カップルも、事実婚カップルも含まれている。日本のカップルも対象に入っているようだ。26歳から63歳まで、幅広い年代のカップルをカバーしている(平均44歳)。

結果、特定の国だけに依らない文化的広がりとキャリアの初めから終盤までの時間軸に基づき、デュアルキャリア・カップルが「愛情と仕事の両方で成功する」要諦を導き出している。

日本でもデュアルキャリア・カップルが増えてきたとはいえ、まだ少数派だ。夫婦共にフルタイム勤務の世帯数は、夫婦世帯全体の2割程度である。引退間近の世代のデュアルキャリア・カップルとなれば、その数はさらに少ないだろう。

著者は、欧米ではデュアルキャリア・カップルがすでに夫婦の標準型になっており、その数は増加傾向にあると指摘している。増加しているのは、経済的な理由に加え、「男女が等しく仕事にも家庭にも積極的に関わることで充実した人生を送れる」という価値観が主流になりつつあるからだ。

私は以前、著者とは別の、あるイギリスの心理学者と意見交換をしたことがある。彼女は「日本の女性のキャリアの状況は、30年前のイギリスと同じようだ」と指摘していた。

デュアルキャリア・カップルが生き方を模索するために参照する「地図」があるとするなら、日本の私たちが持っている「地図」は欧米に比べて古い。本書は、これからの生き方に必要な視点で新たにデータを集め、「地図」を描きなおしたようなものだ。

しかも、日本の私たちには未踏の領域から得られたデータに基づいている。私たちは本書を通して、30年先をいっている社会の「地図」を手に入れられるのだ。

3つの転換期を乗り越える

では、「新しい地図」である本書の論点から私が学んだことを紹介しよう。

まず、デュアルキャリア・カップルには3つの転換期がある。
カップルになって第一の転換期は、転勤や転職、初めての子供などがきっかけになる。カップルの一方のキャリアの転機や子育ての開始による場所や時間の大きな変化が、それぞれのキャリアに大きな影響を与えてしまうという事実に直面するのだ。

第二の転換期は、二人のどちらかがこれまでのキャリアや暮らしに疑問を感じ「ほんとうに自分が望んでいることは何か」と自問することから始まる。
そして第三の転換期では、子供が巣立った、あるいは職場で年配者扱いされたことなどをきっかけに、喪失感を覚えることが引き金になる。

どの転換期においてもデュアルキャリア・カップルは、お互いにもがき、関係が不安定になる時期があるが、逃げずに向き合ってこの難所を乗り越えれば、お互いの役割や関係が刷新され、新たな安定を迎える。

次に、こうした転換期を乗り越え、二人とも満足と充実感を感じているデュアルキャリア・カップルには、3つの傾向が見られる。
1つめは、一方のキャリアを優先しもう一方は自分のキャリアを我慢して二番手に回るモデルよりも、「二人とも一番手」であるモデルのカップルが多い、ということだ。

2つめは、お互いがお互いの心理的な安全基地になる関係を築くことで、双方が職業人として成長している、という点だ。そうなるのは、パートナーの個性が自分に内在化し、お互いの成長を糧にしあえるからだ。

デュアルキャリア・カップルには、お互いが妥協し折り合いをつけるようなゼロ・サムではなくて、一緒にいることで双方が人格的にも職業人としても成熟していくポジティブ・サムになる可能性が開かれている。

そして3つめは、転換期という難しい局面においても二人で対話と内省を重ねているということだ。

私なりに解釈をすると、転換期に直面したとき、うまく乗り越えたカップルは、パートナーが自分の期待とは異なる発言や行動をしても、じっくり耳を傾ける時間を設けている(イライラしたり、嫌味を言うこともあるだろうけれど)。こちらの基準に基づいた反射的な判断をいったん保留して、パートナーの言葉の奥にある意図や感情に注意を向けながら「聴く」ことをしているのだ。

「聴く」ことは、パートナーが内省を深めるのを助ける。そして聴き手にとってもパートナーについて新たな発見をし、さらに聴き手自身が自己理解を深める機会になるのだ。

「二人とも一番手」という選択

本書を読み、長期的な視点でデュアルキャリア・カップルの関係の変化をとらえた議論に初めて触れて、私は大いに感銘を受けた。中でも、デュアルキャリア・カップルは、「二人とも一番手」の役割を果たし互いに刺激し合うことを通じて、他のタイプのカップルとは異なる形で、人格的にも職業人としても成熟していける可能性があるという指摘に心が躍った。

デュアルキャリア・カップルの生き方、とくに「二人とも一番手」のあり方は、従来の男女の役割分担意識からかけ離れている。共働きは時間的なゆとりがなく、家事育児の負担感やストレスが高い。メリットは収入と、働くことで得られる(主に妻側の)自己実現だ……というのが、デュアルキャリア・カップルに対する基本的な見方であり、当事者の多くもそのように考えているのではないか。

少なくとも私は、そのようなイメージを持っていた。自分は家事育児に時間を取られるぶんだけ、自己研鑽や仕事を通じた成長機会を逸している、と自分の状況を捉えていた。

「これだけ毎日苦労しているのだから、この経験が自分の成長の糧にならないはずはない。他の人たちとは違う成長をするはずだ」と内心で自分を鼓舞していたけれど、それは根拠のない精神論に過ぎなかった。

そこに、本書は根拠を示してくれたのだ。もし自分らしいキャリアと幸せな家庭の両方を築き、充実した人生を送りたいのなら、どちらかが仕事をセーブするよりも、むしろ二人ともキャリアをフルに頑張り家庭も諦めず、お互いに話を聴き合い支え合う関係を育む努力をしたほうが成功する可能性が高い、という根拠を。

本書は、デュアルキャリア・カップルの当事者にも、その周りの人にも読んでほしい。とくに結婚したばかりのカップルや、キャリアや人生の節目にある人にお勧めしたい。

当然のことながら、本書の提言は研究によって導かれた原則であり、世のカップルに等しく当てはまるわけではない。また、本書はハウツーを説いたものでもない。例えるなら本書はおおまかな「地図」と、3つの転換点というマイルストーンを示しているだけだ。

あなたとパートナーがどのルートを通るべきかは、二人で試行錯誤しながら探さなければならない。それでも、「地図」が大幅にアップデートされ、今まで見えていなかった地形とマイルストーンが示されたことに、大きな意味がある。

本書を読むにあたっては、例に出てくる理想的なカップルと自分を比べて「できていない……」と落ち込んだり、「この転換期は過ぎてしまったし、失敗だった」と後悔したりしないでほしい。実は私も、本書を読みはじめたときはちょっとそのような減点法に傾き、少し悲しい気持ちになったりした。

しかし途中で、著者が伝えたいのはそういうことではない、と気づいた。転換期が3回あるということは、これからもカップルの関係を変えるチャンスがあるのだ、と。そして次の転換期に備えて、質の高いつながりを育む努力、具体的には相手の話を聴く力を少しずつ高める努力を試せば良いのだ、と。

仮にパートナーが全然話を聴かないタイプだとしても、打つ手はあるかもしれない。人は話をじっくり聴いてもらう経験を重ねると、聴けるようになる可能性が上がるから。だから、今までのことは変えられないけど、今後パートナーと自分の関係が良くなっていく可能性が示されたと、加点法で本書の内容を受け取ってほしい。

デュアルキャリア・カップルという生き方は、仕事にも家庭にも1+1=2より大きなものをもたらす。このことが本書を通して、世に幅広く知られていくことを願っている。

(注)ウェブ掲載にあたり、可読性向上のため、改行を加えています。

篠田 真貴子(しのだ・まきこ)

エール株式会社取締役。社外人材によるオンライン 1on1を通じて、組織改革を進める企業を支援。「聴き合う組織」が増えること、「聴くこと」によって一人ひとりがより自分らしくあれる社会に近づくことを目指して経営にあたる。2020年3月のエール参画以前は、日本長期信用銀行、マッキンゼー、ノバルティス、ネスレを経て、2008年〜2018年ほぼ日取締役CFO。退任後「ジョブレス」期間を約1年設けた。慶應義塾大学経済学部卒、米ペンシルバニア大ウォートン校MBA、ジョンズ・ホプキンス大国際関係論修士。人と組織の関係や女性活躍に関心を寄せ続けている。『LISTEN——知性豊かで創造力がある人になれる』(日経BP)、『ALLIANCE アライアンス——人と企業が信頼で結ばれる新しい雇用』(ダイヤモンド社)監訳。

デュアルキャリア・カップル——仕事と人生の3つの転換期を対話で乗り越える
ジェニファー・ペトリリエリ著、高山真由美訳、 篠田真貴子日本語版序文

それぞれのキャリアも、二人で歩む人生も、諦めない。

INSEAD准教授が、26歳から63歳まで、日本を含む32ヵ国113組のカップル(同性カップル、事実婚、再婚含む)を調査。
子育て、転勤、キャリアチェンジ、介護、退職、子どもの自立……
人生100年時代、キャリア志向の二人に立ち塞がる3つの転換期と、その乗り越え方を説く。

「刺激的で示唆深い、デュアルキャリアの道を進むすべての人に向けた、会話のロードマップ」
——『LIFE SHIFT』著者 リンダ・グラットン
「長期的な視点でカップルの関係の変化をとらえた議論に初めて触れて、私は大いに感銘を受けた」

——『LISTEN』監訳 篠田真貴子(本書序文より)

〈目次〉
第1章 デュアルキャリア・カップルの3つの転換期
第一の転換期「どうしたらうまくいく?」
第2章 ハネムーンが終わるとき
第3章 すべてをこなそうという罠
第4章 お互いに相手を頼る関係へ
第二の転換期「ほんとうに望むものは何か?」
第5章 人生の壁にぶつかるとき
第6章 不安と対立がもたらす罠
第7章 新しい道への移行
第三の転換期「いまのわたしたちは何者なのか?」
第8章 喪失と限界が訪れるとき
第9章 広い地平を阻む罠
第10章 うまくいくカップル

<著者>ジェニファー・ペトリリエリ
INSEAD組織行動学・准教授。アイデンティティ、リーダーシップ、キャリアの発展に焦点を当てた研究をしており、身近な人間関係が人をどう形づくるか、不安や危機のときが人のありようにどう影響を与えるかに、とくに興味を持っている。3つの国で働いたあと、現在は夫と子供二人とともにフランスで暮らしており、自身もデュアルキャリア・カップルとしての人生に喜びを見いだしている。

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