「よりよく生きる」とはどういうことか

日本メメント・モリ協会を設立し、「死を想うことで生が豊かになる」ことについて考える場を提供している著者。生の豊かさを感じづらい終末期や病床においても、「よりよく生きている」と感じられるようになるには。そして、その人らしい最期を支える上で家族や医療従事者ができることは何か。

映画『潜水服は蝶の夢を見る』が教えてくれたこと

よりよく生きるとはどういうことか。そのことを、私は内科医として患者さんたちと向き合う中で、そして日本メメント・モリ協会での活動を通して日々考えています。

よりよく生きるとは、健康で、楽しく、生きがいを感じながら暮らしていることだと思われる方も多いと思います。しかし、亡くなる直前は老いであったり病であったりと、なんらかの手助けが必要な時期があります。そういった時間は、「よりよく生きている」とは言えないのでしょうか?

病を患っていても「よりよく生きられる」ことを私に教えてくれた映画があります。『潜水服は蝶の夢を見る』という、あるファション誌の編集長が40歳代に脳卒中で倒れ、閉じ込め症候群になったという実話を元にした映画です。閉じ込め症候群は、体は全く動かないが、意識は覚醒している状態であり、合図として用いる眼球運動以外に意思を伝達することができないという状況です。

そんな中、彼は言語療法士と二人三脚、まばたきの数で再び言葉を紡ぎ出すことができるようになります。そして、まばたきだけで自分の半生記を書き上げます。その中で、彼が子どもたちに伝えたことがとても印象的でした。

「僕は決して不幸ではない。想像力がどこにでもつれていってくれる。美味しいものも食べることだってできるんだ」

タイトルの「潜水服」は彼の動かない体の象徴で、「蝶」はそれでも自由に飛ぶことができるという気持ちが込められています。閉じ込め症候群という困難な状況でも精神の自由を保つことができることに、私は感銘を受けました。

現在は医療技術の発達に伴い、閉じ込め症候群の方との会話も可能になりました。そして実験に参加した患者さんのほとんどが、自分は幸せであり、生きていることが嬉しいと答えているようです(参考記事:「閉じ込め症候群」患者とのコミュニケーションに成功

制約が想像力を引き出すのかもしれない

生きている実感とは、いわばその人の脳内で組み上げられているもの。どのように感じているのかは本人にしかわからず、他人が外部から評価して決めることは非常に難しいのではないでしょうか。

そして、こうも考えられるかもしれません。閉じ込め症候群のような状況になったとしても、想像する力さえ残っていれば生きている実感を得られる。むしろ肉体の制約がなくなり、より自由に自分自身の世界を作り出せるかもしれない、と。

それは、明晰夢と言われるものに近いのかもしれません。明晰夢とは、自分が夢と自覚していながら見ている夢のことで、夢の状況をある程度自分でコントロールすることができます。

私も何回か明晰夢を見たことがあります。夢だからつねっても痛くないはずと、ほっぺたをつねってみたら本当に痛みを感じなくて、感動した覚えがあります。そして、夢だからできるはずと空を飛んでみました。現実の経験などから私の脳内で合成しているので、プールで泳ぐ感覚に近いものでしたが、自由に飛んでいるというのは非現実的で、不思議な開放感でした。ちなみにアメリカでは、明晰夢を見やすくする装置が販売されているようです。

意思疎通ができなくても、その人の人生は続いている

夢といえば、見ている夢が現実の環境に影響を受けたという経験はありませんか? 夢の中で名前を呼ばれていると思ったら、現実世界でも名前を呼ばれていたという夢オチのようなこと。ディズニー映画の『不思議の国のアリス』のラストシーンのように、誰かが「アリス」と呼んでいて、夢から覚めるとそれがお姉さんの声だったというような経験です。

実際、睡眠状態にあっても、人は外部からの情報を処理していると言われています。また人間の五感の中では、聴覚が最後まで機能するようです。だとすると、眠ったような時間を多く過ごすことになる最期の日々において、周囲の音環境を整えていくことは、とても大切なのかもしれません。

会話ができないからその人と意思疎通ができないように思いがちですが、私はご家族に対して「声は聞こえていらっしゃるから話しかけてくださいね」と言います。また病院関係者には「ベッドサイドでの会話に注意を払うように」と伝えています。

寝ている、昏睡状態、全身麻酔下といった、あたかも活動が停止しているように見える状態でも、頭の中では生き生きした活動がなされています。何をもって「よりよく生きている」とするかは、突き詰めていえば本人以外にはわからない。そのことを踏まえて、私たちができることは何か、その人が求めていることは何かと考え続けることが、「その人らしい最期」を支える上で大切なことなのではないでしょうか。

占部まり(うらべ・まり)
日本メメント・モリ協会 代表理事。東京慈恵会医科大学卒業。米国メイヨークリニックのポストドクトラルフェロー(1992~1994年)などを経て、現在は地域医療の充実を目指し内科医として勤務。宇沢弘文死去に伴い、2014年に宇沢国際学館・取締役に就任。2017年に日本メメント・モリ協会設立。(noteアカウント:占部まり
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占部まり「死を想う」

医療の発達に伴い、多くの人が天寿を全うする時代。誰もが前向きに人生の幕を下ろせるようになるには。「死を想う」をテーマに日本メメント・モリ協会を設立した著者が、その人らしい生き方と最後の時間を考える。
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