「良い組織」とはなにか? どのように「実践」するのか?──『すべては1人から始まる』訳者まえがき全文公開
「良い組織」とはなにか? どのように「実践」するのか?
私自身のこれまでの仕事は、主にこの2つの問いを巡る探求と実践の繰り返しでした。
しかし当たり前の話ですが、どれほど多くの組織に関わろうとも、まったく同じ状況に出合ったことはありません。
たとえば、ある大手メーカーの組織変革プロジェクトでは、かつては「同じ釜の飯を食った仲間」として苦楽を共にした 連帯感が求心力の源泉であったが、時代に合わなくなってい るという声を聞きました。安易な過去の押しつけに陥らずに、 時代や環境に合わせて健全な変化を遂げるにはどうすればよ いかが問われていたのです。
創業期から経営の一翼を担ったスタートアップでは、事業の成長スピードに合わせた組織マネジメントを実現するため、健全な階層構造への移行に向けた試行錯誤を繰り返しました。
コミュニティ的な参加型の運営を志した一般社団法人では、1 人ひとりの熱量をすべての行動の起点にしながらも、一部の人に負荷が偏らずに持続的に運営する方法を模索し続けました。
ビジネスモデルや市場の競争環境。
働いている人の数やその人たちの想い。
組織の辿ってきた歴史や、そこで培われてきた価値観。
顧客や取引先との関係性。
所在地やその地域との関係。
必ずどこかにその組織だけの個性がある以上は、すべてに通じる「良い組織」の絶対的な答えもなければ、それを実現する「万能な方法」も存在しません。
それでも、目の前の現実を少しでも良くするため、組織を扱うフレームワークやその実践例を学び、自分たちなりの「良い組織」の仮説を立て、「大きな構想」と「細部の作り込み」によって具体的に実践し、そこから生まれた変化を捉えて、また改めて考え直す。
私にとって組織に関わるとは、この繰り返しを常に続けることでした。
本書で紹介されるソース原理は、そうやって「良い組織」を考え、実践するうえで、まったく新しい見方を提示してくれたものでした。とてもシンプルで、強力であり、直感的にも納得できるものです。一方で、これまでの自分の組織の捉え方を根本から問い直したり、今までの経験とどう折り合うかがわからず困惑させられたりもしました。
ソース原理と組織はどう関わるのか
ソース原理においては、人の関わるあらゆる創造する活動には、「ソース」という特別な 1 人の人物が存在すると捉えています。
この原理の提唱者であるピーター・カーニックは、30 年以上にわたって「お金」にまつわるシステムや、何よりそれにまつわる「個人の内面の変容」を探求し続けてきた人物です。その探求の過程で形作られたのがソース原理です。
そのため、ピーターは「組織」という言葉を使うことを好みません。「組織とは虚構(イリュージョン)だ」とさえ語っています。個人に向き合ってきた彼は、その人が本当に内面深くから生み出したいと感じている活動に徹底して焦点を当ててきました。
本書の著者であるトム・ニクソンは、ピーターからの教えを授かった1人です。詳細は本編に譲りますが、以前トムが経営していた会社の立て直しに腐心していた際に出合ったのが本書のテーマであるソース原理であり、その提唱者のピーター・カーニックでした。
トムもピーターの思想を色濃く受け継いでいます。そのため本書の中でも、「組織(オーガニゼーション)」という言葉は慎重に扱われ、むしろ「組織化(オーガナイズ)」という動詞的な現象として捉えることを提唱しています。
一方で、トムは起業家であり、またコーチやコンサルタントとしてさまざまな起業家の支援をした経験もあります。1 人で成し遂げられない大きなアイデアを実現するために、複数の人によるコラボレーションが不可欠であることを、当事者としてさまざまな場面で経験してきました。
この本は、トムのその豊富な経験に基づきながら、ピーターが「個人」と向き合う探求の中で生まれたソース原理を、いかにして「複数の人のコラボレーション」へとつなげるかを表現しようとする試みである、ともいえます。
さまざまな状況で活かせるソース原理
冒頭で「良い組織とは?」という問いを掲げながら、「組織という言葉を使わない」と私が言っていることに戸惑うかもしれません。
しかし安心してください。その戸惑いこそ、私自身が体験したことでもあるからです。ソース原理は、旧来的な組織の捉え方に対して、いろいろな角度で問いを投げかけてきます。それらの問いに向き合うことを通じて、ぜひこの新しい捉え方を実感していってほしいと思っています。
では、より具体的には、ソース原理はどんな場面で活用できるのでしょうか?
|新しい組織づくり
まず挙げられるのは、新しい組織の運営にチャレンジしている人やチームでしょう。ヨーロッパを中心とするソース原理の探求コミュニティにも、ティール組織、自主経営(セル フマネジメント)や自己組織化など、新しい組織を模索する人たちが多く参加しています。
新しい組織の考え方では、1人ひとりの個性を尊重し、それぞれの意見に耳を傾けることを大切にしています。しかし、その振る舞いを重視するあまり、いつまでたっても意思決定 ができなかったり、「誰も反対しない」ような特徴のない結論を出してしまったりすることがあります。
ソース原理というレンズを活かすことで、1 人ひとりの意見に耳を傾けるとともに、ソースという存在だからこそ発揮できる「決める力」を無理なく共存させることができるようになります。これが「権力に基づくトップダウン」といかに違うのかは、ぜひ本書を通じて理解を深めてください。
一方で、ソース原理は決して「企業」だけに限ったものではありません。より一般的な活動にも活用できるポテンシャ ルがあります。
|プロジェクトチーム
たとえば、新しいプロジェクトの立ち上げ。どんなに「みんなで立ち上げた」ように感じるプロジェクトであっても、ソース原理のレンズでは必ず「1 人」から始まるのだと捉えます。
ソースを明確にすることは、決してその人に絶対的な権力を与えることを意味しません。あくまでも「そのプロジェクト」におけるビジョンを感じている人だと捉えます。 ソースを特定することで、プロジェクト全体に創造へと向かうエネルギーが流れやすくなることを、私自身も何度も経験してきました。
さらに、ソースが明確であることで、ソース以外の人が実現したいことをそのプロジェクトに含めるのがいいのか、はたまた「別のもの」として分けたほうがいいのかも明確にしやすくなります。変に妥協して「混ぜる」ことなく、1 人ひとりが本当に表現したいことを尊重しながら、互いに良い関わり方を見つけやすくなるのです。
|事業承継
また、より具体的な場面としては、事業承継にも示唆を提供します。ソースという役割は継承することができる、とされています。
それは社長という肩書を引き継ぐことや、株式を譲り受けることではありません。では、ソースが継承されるとはどういうことなのか?継承されないときにはどんな問題が起こるのか?
この問いについても、1 つの章を使って丁寧に描かれています。
本書の翻訳に取り組み始めてからの1年間、日本国内のたくさんの創業者、継承した 2 代目や 3 代目の方とも対話を重ねてきました。
社長という肩書を後継者に引き継ぎ、経営からも完全に離れたつもりが、ソースという役割は引き継いでいなかったことを初めて自覚した創業者。
ソースの継承が起こった瞬間をともに振り返ることで、自分がソースとして持っている自然な影響力を初めて躊躇なく受け入れられるようになった2代目。
創業者の引退後、ずっと会社にソースが不在だったが、自分が社長に就任してから数年後に「創業者から継承された瞬間」があったと語ってくれた3代目。
本書でも触れられますが、ソースの継承はどれもが「個人的な物語」であり、1 つとして同じものは存在しません。しかし、ソースの継承に関わる物語を丁寧に明らかにする(もしくは物語が存在しないことを自覚する)ことが、その組織に関わる人たちに新たな捉え方を提供する場面を何度も目の当たりにしてきました。
事業の承継に関する悩みのある方は、本書を読まれたうえで、ご自身の状況をソースの継承の観点から捉えてみると、新たな発見があるかもしれません。
共に探求し、実践する
「良い組織」とは何か?
どのように「実践」するのか?
冒頭の2つの問いに向き合い続けてきた私にとって、ソース原理というレンズは、探究から実践までをつなげる新しい知見を提示してくれました。
しかし、繰り返しになりますが、この本に書かれていることも決して「絶対の正解」や「万能の答え」ではありません。むしろソース原理に基づいて大人数のチームでコラボレー ションを進める試みは、まだまだ始まったばかりです。
本書の翻訳・監修を手掛けた令三社(れいさんしゃ)というチーム自身も、 ソース原理に基づいた運営を実践していますが、この本を1 年間読み込んだあとでも、いまだに試行錯誤をし続ける日々です。 この本を読むことを通じて、ぜひご自分の持ち場で、どのように活かせるかを実践してみてください。
その1人ひとりの試行錯誤が、日本の中で、ひいては世界の中で、新しい組織や働き方を生み出す本当の意味での原動力になると信じています。
(注)ウェブ掲載にあたり、可読性向上のため、改行を加えています。
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