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伝説のファシリテーターが体験から導き出した理論とは(小田理一郎:チェンジ・エージェント代表取締役)━━『共に変容するファシリテーション』訳者による序文全文公開

場をまとめようとして、予定調和になってしまう。一方で、個を尊重しすぎると、なにも決まらない……。組織で、様々な人との協働の場で、こんな体験をしたことはないでしょうか。こうした行き詰まりを突破する方法を説いた『共に変容するファシリテーション━━5つの在り方で場を見極め、10の行動で流れを促す』(アダム・カヘン著、小田理一郎訳・日本語版序文、2023年1月発行)。本書を翻訳した小田理一郎さんによる序文を全文公開します。


本書が、こうして日本で出版されることはとてもタイムリーだと考えます。日本は、今転換期のまっただ中にあるからです。

デジタル・トランスフォーメーションや人材の多様化などによる働き方や組織の在り方の見直しや、気候変動や人口減少などの環境、社会、経済の問題によって社会システムそのもののトランスフォーメーションが求められる時代、従来の経済的発展を支えてきたマネジメントの三種の神器「計画、組織化、コントロール」はその有用性を弱め、より探索と学習に満ちた新たなパラダイムが求められています。

そこで欠かせないのが、組織の境界を越え、他の職種、産業、セクターなどの異質な人たちと交流し、そこから生まれたアイデアを具現化すること、つまり、コラボレーションです。

コラボレーションは、ニーズがあれば自然と起こるものではありません。潜在的なメリットは認識できたとしても、短期的には時間やコストがかかります。一方で、単独で行動する選択肢はたとえ将来限界を迎えるにしても、当面の時間やコストを抑えられます。何よりも、現状維持は自分の考えや行動を何ら変えなくてよいという短期的な見返りを人々に与えます。

いわゆる企業連携、官民学連携、企業−NPOパートナーシップなどのコラボレーションが、形式的に始まっても、情報交換にとどまり、目立った成果が出ないままに立ち往生や頓挫して行き詰まることも少なくないでしょう。

このような行き詰まりに満ちた状況において、私たちはどのようにコラボレーションを活かし、よりよい未来を切り拓いていけるのでしょうか? それこそが本書の主題です。

著者のアダム・カヘンは、行き詰まりにフラストレーションを感じる人たちと共に、「フロー」と呼ばれる流動的なコラボレーションを実現してきました。フローの発動には条件がありますが、その条件が整うタイミングが訪れたとき、それまでは賛同できなかった、好きでなかった、信頼できなかった人たちの間であっても、コラボレーションをすること、そして、よりよい未来へと前進することが可能であることを本書は多数の事例をもって示してい
ます。そして、コラボレーションを有効に機能させるために必要なのがファシリテーションです。

本書は、人々の間にある障害を取り除き、これまでの制約を突破する(ブレイクスルーを起こす)アプローチをまとめています。カヘンはファシリテーションには従来、場をまとめようとする垂直型ファシリテーションと、個を尊重する水平型ファシリテーションの2種類があるとし、そのどちらでもないこのアプローチを、変容型ファシリテーションと名付けました。

ファシリテーションとは何か

そもそも「ファシリテーション」とは何でしょうか? 簡潔な一つの定義は、「グループによる知的相互作用を促進する働き」です。グループによる問題解決、知識創造や合意形成を促進する技術として、会議の効率化から組織開発、イノベーション創造、学習、社会変革まで、グループが共に話し合うさまざまな場面で活用されています。

日本ではこの20〜30年間、よく耳にする言葉となっていますが、まだ誤解があるようです。例えば、会議や討論などで、司会進行する人が、論点を提示したり、誰が発言するかを仕切ったり、結論をまとめたりする場面を見ることがありますが、これ自体はファシリテーションではなく、「モデレーション」と呼ばれる方法形態です。

モデレーションは、主に「コンテント」と呼ばれる議論の内容に焦点をあてて、論理的な結論を引き出すことを目的として行われます。しかし、コンテントばかりに焦点を当てているとメンバー間の相互作用が弱体化します。

よく見られる振る舞いは、「議論の過程で突っ込んだ発言を避ける」、「わからないのに質問をしない」、「腑に落ちていないのに発言できない」、「声の大きい人の意見や全体の場の雰囲気に流される」、「その場がまとまるように議論を終わらせる」などです。結論や合意に関しても、論理的には正しくとも共感や納得、コミットメントが築けていないために、「総論賛成各論反対」でメンバーのほとんどは主体的には動かない状況に陥りがちです。これがモデレーション、あるいはコンテントに焦点を当てるアプローチ一般に見られる限界です。

一方で、本来のファシリテーションは、コンテントだけでなく、メンバーたちの間で起こるグループ内の「プロセス」、すなわちコンテクスト、関係性、場の質に焦点を当て、それをもってメンバーたちの新たな理解、関係性、意図を生み出すことを目指します。論理的には正しくとも協力が得られないのは、たいていメンバー間のコンテクストや関係性がないがしろにされているからです。

プロセスにも注意を払うことで、メンバーたちの場への参画、納得やコミットメントが得られ、行動の変容が生まれる条件が整えられていきます。

ファシリテーターとして何を学べるか


ファシリテーションの実践者の間では、アダム・カヘンはこの20年以上にわたって注目され、進化し続けてきたファシリテーターです。

キャリア初期から、南アフリカのネルソン・マンデラ元大統領、コロンビアのフアン・マヌエル・サントス元大統領などのノーベル平和賞受賞者たちを支援するなど、多くの国や地域で、紛争後の国の統合、民族融和、気候危機、医療改革などさまざまな課題に向き合う場でのファシリテーションに従事してきました。

2022年には、世界経済フォーラムでも存在感を持つシュワブ財団の「ソーシャル・イノベーション思想的指導者2022」に選ばれるなど、ファシリテーターの達人の域にある人物と言って過言ではありません。

その達人がたどり着いた境地において、ファシリテーターのなすべきことは、垂直型と水平型を両極に持つ、たったの5対の動きに集約されます。ファシリテーターは、その個性や経験、能力開発の結果、自身の得意な極と、その反対側に不得意な極を持つことがよくあります。

カヘンは、自分の強い極を抑えることよりも、弱い極を強めよと提唱します。カヘンの教えでより重要なことは、そうした動き(Doing)を支えるのは、ファシリテーターの在り方(Being)であることです。

心の在り方、注意の払い方について、カヘンは5つの内面のシフトとして、「オープンになる」「見極める」「適応する」「奉仕する」「パートナー
となる」ことを示します。

伝説のファシリテーターがその体験から導き出した理論は、ファシリテーションの実践をデザインする上での海図と、瞬間瞬間に求められる判断をする
上でのコンパスを提供してくれます。

リーダーとして何が学べるか


本書は、ファシリテーターを目指す人だけでなく、組織内や地域内、あるいはより広く経済や社会の中で、変化を創り出そうとするリーダーにとっても有用なものです。

最近日本でも、「ファシリテーション型リーダーシップ」という言葉を耳にするようになってきました。これは、過去見られたようなカリスマや先見性による強い牽引型、マネジメントによる管理型のリーダーシップスタイルにかわって、メンバーたち相互および組織との間のエンゲージメントを高め、それぞれの主体性や潜在可能性を引き出すようなリーダーシップが求められるようになってきたことに呼応しているのでしょう。

本書で示される垂直型(トップダウンの指揮命令)、水平型(ボトムアップの民主的合意制)のプラス面、マイナス面は組織デザインにも援用できます。日本の大多数の組織は、トップダウンとボトムアップの中間域にあり、またその営みは両方の種類の動きが組み合わされていることがほとんどです。

ここで、変容型ファシリテーションのアプローチが、組織開発、組織プロセスのデザインや運営に大きなヒントを与えてくれます。垂直型の組織は既定として垂直型の慣行を、水平型の組織は既定として水平型の慣行を多く持つものです。しかし、激しく変化する時代には、組織を流動的に動かしていくことがしばしば求められます。

その際に有効なのは、今の既定の型とは反対の極へ向けた動きをすることです。組織の経営にあたって、本書で示される「私たちの状況をどのようにとらえるか(6章)」「成功をどのように定義するか(7章)」「現在地から目的地までどのような道筋をとるか(8章)」は組織の長期戦略を考える上で、「誰が何をするかをどのように決めるか(9章)」はガバナンスについて、そして「自分の役割をどのように理解するか(10章)」は主体性や当事者意識について、重要な問いを投げかけます。

これらの問いに対して、メンバーたちがどのように動くか、そして、その率先垂範としてリーダーがどのように振る舞うかについて、垂直型か水平型かいずれかに固着すると膠着や分断を招くことになります。

一見対立する2種類の極を、それぞれの状況の中で見極めてタイムリーに循環することが求められます。こうした場にインパクトを与えるタイムリーな行動の見極めは容易ではありません。ここでもやはり本書の示す5つの内面のシフトが有用となります。

そして、リーダーとして重要なことは、それを一人でやろうとこだわらないことです。もしあなたが本書を読んで、ファシリテーションは必要だが自分自身で実践することが難しいと感じる場合、チームの中にファシリテーションに長けた人を見つけ出し、任せるとよいでしょう。

本書でも、ファシリテーターや主催者たちがチームを組んで取り組む事例が紹介されています。これからのリーダーシップは、一人ではなくチームで行うファシリテーション型リーダーシップが主流となっていくでしょう。



力と愛、貢献とつながり、水平と垂直の2極の間を交互に行き来しながら、正義、平等、変容へと向かうこの変容型ファシリテーションの理論と実践を読んで、私自身目から鱗が落ちる感覚を覚えました。

ファシリテーションの現場での悩みや課題を的確に言い表しているだけでなく、カヘンの示す指針が、これまでに学んできた内面や在り方の変容こそ肝要だというリーダーシップ開発の実践と合致し、統合できるものだったからです。

カヘンは、注意の払い方こそが鍵であると語ります。自らの内面に対して意識的であると共に、それをより有効にするために、周囲に対して共感と俯瞰をもってきめ細かに観察し、メンバーと場の奥底にある神聖な声と可能性の兆しに耳を傾けることが、私たちの実践を高めてくれることでしょう。

ファシリテーションの達人であるアダム・カヘンの、洞察と先見性に満ちた理論、そして惜しみなく提供された実践と学習のストーリーと極意を読み進めてください。

本書が、人と人のコラボレーションを通じて、よりよい未来を築こうとするすべての人たちに役立つことを願っています。

(注)ウェブ掲載にあたり、可読性向上のため、改行を加えています。

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[著者]アダム・カヘン
レオス・パートナーズ社パートナー。オックスフォード大学経営大学院「科学・イノベーション・社会研究所」特別研究員。パシフィック・ガス・アンド・エレクトリック社、OECD(経済協力開発機構)、応用システム分析国際研究所、日本エネルギー経済研究所、ブリティッシュ・コロンビア大学、カリフォルニア大学、トロント大学、ウェスタン・ケープ大学で戦略立案や調査研究に従事した後、ロイヤル・ダッチ・シェル社にて社会・政治・経済・技術に関するシナリオチームの代表を務める。1991~92年には南アフリカの民族和解を推進するモン・フルー・シナリオ・プロジェクトに参画。以来、企業や政府などの問題解決プロセスのオーガナイザー兼ファシリテーターとして、これまで50カ国以上で活躍している。アスペン研究所ビジネス・リーダーズ・ダイアローグ、組織学習協会(SoL)のメンバー。カリフォルニア大学バークレー校エネルギー・資源経済学修士、バスティア大学応用行動科学修士。著書に『未来を変えるためにほんとうに必要なこと』『社会変革のシナリオ・プランニング』『敵とのコラボレーション』(以上、英治出版)『手ごわい問題は、対話で解決する』(英治出版より復刊予定)がある。

[翻訳・日本語版序文]小田 理一郎(おだ・りいちろう)
チェンジ・エージェント代表取締役。オレゴン大学経営学修士(MBA)修了。多国籍企業経営を専攻し、米国企業で10年間、製品責任者・経営企画室長として組織横断での業務改革・組織変革に取り組む。2005年チェンジ・エージェント社を設立、経営者・リーダー研修、組織開発、CSR 経営などのコンサルティングに従事し、システム横断で社会課題を解決するプロセスデザインやファシリテーションを展開する。デニス・メドウズ、ピーター・センゲら第一人者たちの薫陶を受け、組織学習協会(SoL)ジャパン理事長、グローバルSoL 理事などを務め、「学習する組織」、システム思考、ダイアログなどの普及推進を図っている。著書に『「学習する組織」入門』(英治出版)、『なぜあの人の解決策はいつもうまくいくのか?』(東洋経済新報社)など。訳書、解説書にアダム・カヘン著『敵とのコラボレーション』『社会変革のシナリオ・プランニング』、ドネラ・H・メドウズ著『世界はシステムで動く』、ピーター・M・センゲ著『学習する組織』、ビル・トルバート著『行動探求』(以上、英治出版)など。

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