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「あなたは神秘の出現に対する障害を取り除いている!」━━『共に変容するファシリテーション』本文一部公開

世界50カ国以上、企業や官民での協働から民族紛争、アパルトヘイトまで、多様な人々の対話を前進させてきた伝説のファシリテーター、アダム・カヘン氏の新刊『共に変容するファシリテーション━━5つの在り方で場を見極め、10の行動で流れを促す』(アダム・カヘン著、小田理一郎訳・日本語版序文、2023年1月発行)。本書で提唱する「変容型ファシリテーション」に気づくきっかけとなった、コロンビアでのワークショップついて語った、序章の一部を公開します。


変容型ファシリテーションは、変容をもたらすために人々が協働することを支援する今までにない力強いアプローチである。私は何十年もファシリテーターをしてきたが、このアプローチの独自性や重要さの核心が何かに気づいたのは、2017年11月のコロンビアでのワークショップのときだった。本書はそのワークショップで着想を得たものである。

ブレイクスルーとなるワークショップ


陽の降り注ぐ田舎の小さなホテルのレストランで、元ゲリラ軍指揮官と裕福な実業家の女性が互いに名前を呼び合って挨拶をしている。ワークショップの主催者は、2人に面識があることに驚きを示した。

女性実業家は説明する。「ゲリラ軍に誘拐された人質の身代金を持参したのが初対面でした」。元ゲリラ指揮官が付け加える。「私たちがこの会議に出席しているのは、何人たりとも二度とそのようなことをしなくてすむようにするためです」

変容型ファシリテーションは、こうしたブレイクスルーを可能にする。
このワークショップでは、多様なグループのリーダーたちが集まり、自国の変容に貢献するために何ができるかを話し合った。

その17カ月前の2016年7月、コロンビア政府とFARC(コロンビア革命軍のスペイン語頭文字)運動は、52年にわたる戦争を終結させる協定に署名し
た。その戦争では、数千人が誘拐され、数十万人が殺害され、数百万人が住む場所を失った。

2016年10月、フアン・マヌエル・サントス大統領は、この長年の苦闘の成果を認められ、ノーベル平和賞を受賞した。サントス大統領は、協定を履行するために設置された機関の一つである「真実・共存・不再戦を明確化するための委員会」の委員長に、フランシスコ・デ・ルーを任命した。

彼はコロンビアのイエズス会元総長で、平和仲裁人として知られる人物だ。何十年にもわたり、いがみ合ってきたコロンビア人は今や、大きな混乱と不安の中で、より良い未来を築くために打開策を講じ、協働し合おうとしていた。私たちのワークショップもその取り組みの一環であった。

2017年1月、問題を抱える同国南西部で、2人の公共心に富むリーダー、エリート層とつながりのある実業家マヌエル・ホセ・カルバハルと、草の根層とつながりのある教授マヌエル・ラミロ・ムニョスが、南西部地域の社会と経済の再建に貢献するプロジェクトを組織することを決めた。

この地域のすべてのステークホルダーを代表するリーダーたちを集めようという企画だった。ステークホルダーは、地域の未来に利害があるがゆえに、より良い地域にしていくことに関心を持つすべての人たちである。

カルバハルは20年前に私と一緒に仕事をしたことがあって、私の仕事ぶりを知っていた。そして、彼とムニョスは、この新しいプロジェクトをファシリテートするための支援をレオス・パートナーズに依頼したのである。

私たちは、さまざまな分野から40人の有力者を選定し、彼らの参画の調整を支援した。さまざまな政党の政治家、元ゲリラ軍指揮官、実業家、非営利団体の責任者、地域活動家など、協働すればこの地域に真の変化をもたらすことができる人たちだ。

また、1年に及ぶプログラムの準備も支援した。まず、一連のシナリオ、すなわち、将来起こりうることについて、次いで、一連のイニシアチブ、すなわち、より良い未来を築くために何を行うかについて、話し合うプログラムだ(その後数年間で、このグループのメンバーは増え続け、地域に与える影響も大きくなっていった)。

2017年11月、このグループの最初のワークショップが3日間にわたって山間のホテルで開催された。フランシスコ・デ・ルーが姿を見せてくれたことを嬉しく思った。

彼とは以前にも会ったことがあり、精力的で興味深い人だと感じていた。私は彼に、なぜ国の重要な責務から時間を割いて、この地域のイベントに参加したのかと尋ねると、彼は、私たちがどのように多様性をまたがるコラボレーションを可能にしているのか知りたいからだと答えた。

ワークショップ初日の朝、参加者たちは緊張していた。彼らの間には、政治的、思想的、経済的、文化的に大きな違いがあり、この地域で起こったこと、起こるべきであることについても、大きな意見の相違があった。

中には敵対する者同士もいた。多くの人が強い偏見を持っていた。ほとんどの人がそこにいることに身の危険を感じていた。ある政治家は、敵と一緒に
座っていることを知られたくないので、写真は一切撮ってほしくないと主張した。

それでも、全員がその場になんとか集まったのは、この取り組みがより良い未来の構築への貢献となることを願ってやまなかったからである。

私たちのファシリテーション・チームは初日のアジェンダを、構造化した一連のアクティビティの形で設計し、参加者がお互いを知り、何が起きているのか、そして、それについて何ができるのかに関するお互いの視点を理解できるようにした。

最初のアクティビティでは、輪になって座り、タイマーで時間を計りながら各自が1分間の自己紹介をした。その後のアクティビティも、的確でバラエティに富んでいた。全員で集まって行うものもあれば、2人や4人、6人のグループに分かれて行うものもあった。

参加者たちは、付箋紙やフリップチャート、ブロック玩具などを使って、考えを共有し、まとめた。会議室やレストランに集まったり、時にはホテルの敷地内を共に歩いたりした。

ファシリテーション・チームは、ワークショップの場の準備や、ワークの説明、全員が参加できるようにするための支援など、これらのアクティビティをきめ細かにサポートした。

長い初日が終わるころには、参加者たちはリラックスし、何か有意義なことができるのではないかという希望を抱き始めていた。参加者の一人は、「ライオンが子羊と一緒に横たわるのを見て」驚いたと言った。

そして、夕食に行くために全員が立ち上がったとき、デ・ルーが興奮した様子で私のところに駆け寄り、こう言った。

「あなたのやっていることが今わかりました! あなたは神秘の出現に対する障害を取り除いているのですね!」

デ・ルーが何か彼にとって重要なことを言っていることはわかった―カトリック神学では、「神秘(Mystery)」とは不可解な、知りえない神の神秘を指す。

だが、それがワークショップで私たちが行ってきたことに関して何を意味するのか、私には理解できていなかった。私たちは夕食を共にしながら、長い時間会話を続け、彼は根気よく世俗的な説明を試みてくれた。

「すべては神秘の出現なのです。しかし、それを予測したり、誘発したり、計画したりすることはできません。ただ現れてくるものなのです。重要な問題は、私たちがこの神秘の出現を妨げてしまうことです。特に、恐怖心から自分自身を壁で防御しているときには」

私にとってこの会話は興味深くも、困惑するものでもあった。私が「あなたが言うようなことをしている自覚はありません」と言うと、彼は肩をすくめてこう言った。「たぶん、それが一番いいのです」

私はデ・ルーの暗号のような言葉に興味をそそられた。ここでいう神秘(Mystery)とは、アガサ・クリスティーの小説のラストで解かれるようなミステリーを意味するのではなく、大切だけれども、目に見えない、つかめないものという意味で、本質的に神秘的なものだと理解した。

もしかすると、それは重力のように、感じられるけれども目に見えないある種の力であり、障害を取り除くことができれば、私たちを前へと牽引してくれるものなのかもしれないと思った━━渓流で転がってきた岩が流れをせき止め、水を八方へ散らしている状況で、その岩を取り除くことができれば、水はまとまりある、力強い流れとなって自由に下方へと流れ出すように。

障害を取り除く実践


デ・ルーの洞察のおかげで、私は長年のファシリテーターとしての仕事を新しい観点から捉え直すことができた。

それまでの私を含め、ほとんどのファシリテーターは、自分の仕事を、参加者に何かをしてもらうことだという観点で語る。

しかし実際には、私が共に取り組みを行ったほとんどの人たちは、互いの相違にもかかわらず、あるいは相違があるからこそ、協働したい、あるいは協働する必要があると考えていることに気づいたのだ。彼らは、協働が成功すると、大喜びする。

つまり、本書で言う「変容型ファシリテーション」の本質は、参加者に一緒に取り組んでもらうことではなく、彼らが一緒に取り組む上での障害を取り除く支援をすることなのである。

小川の水を掻き出したところで流れをつくることはできないが、障害物を取り除けば、勝手に流れていく。この気づきによって、私のファシリテーションに対する理解は一変した。

デ・ルーの洞察で特に興味深かったのは、神秘についての難解な言及ではなく、神秘の出現の障害を取り除くことに現実的な焦点を当てていたことだった。

夕食後、私は部屋に戻り、この最初のワークショップに至るまでの何カ月もの間(私たちのファシリテーションの仕事は、10 カ月前にプロジェクトを開始し、参加者たちにコンタクトした時から始まっていた)と、ワークショップの初日の間で、この地域の変容のためにリーダーたちが協働する上での障害を取り除くことを狙いとしていたと解釈できるすべての行動をリストアップしてみた。

(注)ウェブ掲載にあたり、可読性向上のため、改行を加えています。

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[著者]アダム・カヘン
レオス・パートナーズ社パートナー。オックスフォード大学経営大学院「科学・イノベーション・社会研究所」特別研究員。パシフィック・ガス・アンド・エレクトリック社、OECD(経済協力開発機構)、応用システム分析国際研究所、日本エネルギー経済研究所、ブリティッシュ・コロンビア大学、カリフォルニア大学、トロント大学、ウェスタン・ケープ大学で戦略立案や調査研究に従事した後、ロイヤル・ダッチ・シェル社にて社会・政治・経済・技術に関するシナリオチームの代表を務める。1991~92年には南アフリカの民族和解を推進するモン・フルー・シナリオ・プロジェクトに参画。以来、企業や政府などの問題解決プロセスのオーガナイザー兼ファシリテーターとして、これまで50カ国以上で活躍している。アスペン研究所ビジネス・リーダーズ・ダイアローグ、組織学習協会(SoL)のメンバー。カリフォルニア大学バークレー校エネルギー・資源経済学修士、バスティア大学応用行動科学修士。著書に『未来を変えるためにほんとうに必要なこと』『社会変革のシナリオ・プランニング』『敵とのコラボレーション』(以上、英治出版)『手ごわい問題は、対話で解決する』(英治出版より復刊予定)がある。

[翻訳・日本語版序文]小田 理一郎(おだ・りいちろう)
チェンジ・エージェント代表取締役。オレゴン大学経営学修士(MBA)修了。多国籍企業経営を専攻し、米国企業で10年間、製品責任者・経営企画室長として組織横断での業務改革・組織変革に取り組む。2005年チェンジ・エージェント社を設立、経営者・リーダー研修、組織開発、CSR 経営などのコンサルティングに従事し、システム横断で社会課題を解決するプロセスデザインやファシリテーションを展開する。デニス・メドウズ、ピーター・センゲら第一人者たちの薫陶を受け、組織学習協会(SoL)ジャパン理事長、グローバルSoL 理事などを務め、「学習する組織」、システム思考、ダイアログなどの普及推進を図っている。著書に『「学習する組織」入門』(英治出版)、『なぜあの人の解決策はいつもうまくいくのか?』(東洋経済新報社)など。訳書、解説書にアダム・カヘン著『敵とのコラボレーション』『社会変革のシナリオ・プランニング』、ドネラ・H・メドウズ著『世界はシステムで動く』、ピーター・M・センゲ著『学習する組織』、ビル・トルバート著『行動探求』(以上、英治出版)など。


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