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『仮説行動』の「第8章」の一部を公開します。

12月4日に『仮説行動──マップ・ループ・リープで学びを最大化し、大胆な未来を実現する』を発売します。
ビジネスにおける「仮説」を語る際、「どう作るのか」に注目が集まりがちです。もちろん、仮説の生成も重要ではありますが、「仮説の良し悪しをどう評価するのか」という観点も必要ではないでしょうか。
これまであまり言語化されてこなかった、「仮説の評価」をテーマにした第8章の一部を公開します。

仮説マップを作り、仮説のループを経て、仮説マップ全体を強くしたあとは、どこかのタイミングで決断して実行しなければなりません。つまり、リープしなければならないタイミングが来ます。第3部はこの「リープ」に関する解説です。

リープは、

  • 評価

  • 決断

  • 仮説を現実にする

の3つのステップで構成されます。まずは評価についてお話ししましょう。

その仮説に賭けるべきかどうかを決断する前には、仮説の良し悪しや出来不出来を評価する必要があります。つまり、決断の前には何かしらの評価があります。

仮説の評価は、仮説行動の一連のプロセスの中で、最も〝過小評価〟されているプロセスです。評価自体が一瞬の行為であるせいなのか、あまり注意が払われておらず、多くの人は直感的に評価を行ってしまいます。そして直感で行うため、その評価の方法自体を省察することも少ないようです。

もちろん、直感に頼るのも1つの方法です。しかし、直感が有効なのは一部の判断に限られます。前述したように、直感はしばしば間違えるのです。

そうした重要な評価を、直感的にではなく分析的に行おうというのが本章の試みです。そのために、仮説の「評価」はどのような構造になっているのかを改めて考え、評価をうまく行うための方法を解説していきたいと思います。

実は難しい仮説の評価

評価は仮説行動全体を左右する

評価は仮説行動の中でも様々なタイミングで行われます。たとえば、

  • 仮説生成をした直後に、筋が良いかどうかを判断する「生成後の仮説の評価」

  • 仮説マップの中でどの仮説を検証するかを決める「個別の仮説の重要度の評価」

  • 仮説マップに採択するかどうかを決める「検証後の仮説の評価」

  • 実行に移る前に仮説マップを採択するかどうかを決める「仮説マップ全体の評価」

などです。

評価の巧拙で、個別の仮説/仮説マップのループの効率も大きく変わります。生成直後に仮説をうまく評価して、良い仮説だけを検証のプロセスに進めることができれば、検証もすんなりと進み、すぐに次の仮説に取り組めるでしょう。

また、生成した仮説が悪いものであったとしても、評価さえ適切に行えれば、生成直後に筋の悪い仮説を取り除くことができ、無駄な検証作業に入ることもありません。

しかし、もし評価が下手であれば、悪い仮説ばかりを検証してしまい、進みが遅くなってしまいます。それどころか、変な仮説マップや仮説を作っても、それに気づくことができません。

実際、起業志望者のアイデアを見ていても、仮説の生成よりは評価のほうに問題があるのではないか、と思うこともしばしばあります。その業界の人から見れば悪いアイデアなのに、本人はそのアイデアが良いか悪いかがうまく評価できないため、延々と悪いアイデアの周辺で努力してしまうこともあるのです。

評価は「門番」のようなものです。城壁に囲まれた中世の都市で、城壁の中の警備がどんなに優秀で大人数でも、門番の評価が下手で悪党をどんどんと城壁の中に入れているようであれば、早晩その都市は崩壊してしまいます。

しかしうまく門番が機能していれば、多少城内の警備が緩くても平和が維持されます。評価のスキルはその後のプロセスを大きく左右する重要なものなのです。

直感以上に分析的評価

ただ、私たちは仮説やアイデアの評価を簡単だと考えてしまいがちです。時間的には一瞬に終わってしまう作業だからか、注目されず、解説もあまりありません。

しかし、仮説を評価することは難しいものです。

たとえば突然「審査員が足りないので、フィギュアスケートの演技を評価してほしい」とお願いされたら、多くの方は戸惑うのではないでしょうか。

「審査のための講義が事前にあるので安心してほしい。それに技術点と演技構成点で評価すればよいだけ。ミスをしたら減点するのを意識すれば大丈夫」と評価の方法を教えてもらったとしても、素人には演技ミスがあったかどうかが分かりませんし、演技構成点をどう評価すればよいかも分かりません。

そんな状況でもし審査員の役目を強制的に任されたなら、感覚で評価するしかなく、その評価結果は的外れになってしまいます。

テレビ番組「芸能人格付けチェック」も評価の難しさをエンターテインメント化したものだと言えるでしょう。一流であるはずの芸能人たちが、一流の食事を見分けられなかったり、一流の楽器の音色を聞き分けることに苦労したりする様子を見て、視聴者は楽しみます。ここで、芸能人がしばしば評価を間違うことは、その難しさを物語っていると言えます。

ビジネスでも同様のことは起こっています。たとえば人の採用や評価です。完璧な人の評価というものはおそらく存在せず、企業ごとに必要な人材も違うため、どの企業も評価には苦労しています。

同様に、仮説をうまく評価できる人はそう多くはありません。

たとえば、同じスタートアップのアイデアを評価してもらうときにも、ビジネスに慣れていない学生による評価と、ベンチャーキャピタリストのようなプロの投資家によるアイデアの評価の間には、大きな乖離があります。いわば素人に「とても良い」と評価されたアイデアが、ベンチャーキャピタリストに「とても悪い」と評価されることが、それなりに多くあるのです。

ベンチャーキャピタリストは多くのビジネスの成功例、失敗例を見てきている一方で、学生の皆さんはビジネスの事例をさほど知らず、評価が甘くなってしまうのでしょう。もちろん、歴戦のベンチャーキャピタリストの評価が必ず合っているわけではありませんが、その評価のヒット率は、初心者よりも経験者のほうが優れている傾向にあるように思います。

フィギュアスケートの審査をうまくこなすためには、様々な演技のことを知らなければならないように、仮説の評価をするためにも、知識と修練が必要です。そして誰もが最初はそのどちらも足りていないので、評価はなお難しいのです。

もちろん、希望もあります。たとえば、デザイナーによるバッグの真贋を評価する実験を見てみると、専門知識がある人の直感は当たりやすかったものの、専門知識がない人の直感はあまり当たりませんでした。しかし分析的なアプローチを取れば、過去の経験の差によらず、ほとんど同じ結果に辿り着くことができていました[1]。

採用面接でも同様の傾向が出ており、採用の判断をするときには直感よりも分析をしたほうが良い結果が得られるようです[2]。つまり、評価を分析的に行うことによって、良い結果を得られる可能性が高まるということです。

そこで本章では、「仮説」の評価の基本と、評価をある程度分析的に行うための知識とスキルを紹介できればと思います。

前作『解像度を上げる』との連続性を意識した装丁になっています。

評価軸を考える

仮説を評価するためには、

  • 評価軸の設定を行う

  • それぞれの評価軸で仮説を評価する

  • 評価軸を統合する

という3つの大きなステップがあります。

評価軸によって何が「良い」仮説かも変わる

仮説を評価するときに最も重要なのは評価軸をどう設定するかです。評価軸は「ものさし」です。「ものさし」によって、仮説の評価方法は変わり、そして「良い」仮説とは何か、も変わってきます。まずは「今回の目的や状況に適した評価軸は何か」を意識することが、優れた評価をするための第一歩です。

たとえば冷蔵庫などの大きめの製品を買うときを思い出してみてください。私たちは自分の用途にあった機能やスペック、サイズ、価格などを比較し、さらに店ごとの価格やそのお店が信用できるかどうかまで考えて購入する製品と店を決めます。

これらの比較項目1つ1つが評価軸であり、私たちは様々な評価軸を参照しながら、自分のニーズと照らし合わせて、最終的に1つの冷蔵庫を購入しています。

しかも、この評価軸は人と状況によって変わります。普通の人は「コスト」という評価軸を持ちますが、お金持ちの人はコストを意識しないかもしれません。

代わりに、他の家具や家電との調和を考えて、「色」や「大きさ」を大事にする場合もあるでしょう。急に必要になったときには、色や大きさは評価軸として無視してしまうかもしれません。

一方、冷蔵庫などを選ぶときに比べると機能やスペックなどの分かりやすい評価軸がないせいもあるでしょうが、ビジネスの仮説を評価するときには、評価軸が曖昧なまま、仮説の選択が行われることもしばしばです。特に自分の仮説の場合は、評価が甘くなってしまいがちです。

そのため、評価のときはまず、今のこの状況ではどのような評価軸で仮説を判断するべきかを意識的に考えてみましょう。ただし、毎回評価軸を考えていては非効率なので、ここからはビジネスで汎用的に使える評価軸を紹介していきます。

原注

[1] Erik Dane, Kevin W. Rockmann, Michael G. Pratt, "When should I trust my gut? Linking domain expertise to intuitive decision-making effectiveness", Organizational Behavior and Human Decision Processes, Volume119, Issue2, November 2012, p.187-194. doi.org/10.1016/j.obhdp.2012.07.009
[2] Vinod U. Vincent, Rebecca M. Guidice, Neal P. Mero, "Should you follow your gut? The impact of expertise on intuitive hiring decisions for complex jobs", Journal of Management & Organization, First View, p. 1-21. doi.org/10.1017/jmo.2021.9

(注)ウェブ掲載にあたり、可読性向上のため、改行を加えています。

著者プロフィール
馬田隆明 Takaaki Umada
東京大学 FoundX ディレクター。
日本マイクロソフトを経て、2016年から東京大学。東京大学では本郷テックガレージの立ち上げと運営を行い、2019年からFoundXディレクターとしてスタートアップの支援とアントレプレナーシップ教育に従事する。様々な起業志望者、起業家からの相談にアドバイスをするほか、スタートアップ向けのスライド、ブログなどで情報提供を行っている。著書に『逆説のスタートアップ思考』(中央公論新社)『成功する起業家は居場所を選ぶ』(日経BP社)『未来を実装する』『解像度を上げる』(以上、英治出版)がある。

仮説行動──マップ・ループ・リープで学びを最大化し、大胆な未来を実現する
馬田隆明著

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そんなことできっこない、スケールが小さい、とはもう言わせない。

目次
はじめに
1 本書の3つの特長
第1部 仮説行動を理解する
2 なぜ仮説は重要なのか
3 仮説行動の全体像
第2部 仮説を強くする
4 仮説を生成する
5 仮説を検証する
6 仮説マップを生成/統合する
7 ループの停滞を回避する
第3部 仮説を現実にする
8 仮説を評価する
9 決断する
10 仮説を実行する
第4部 大胆な未来を実現する
11 影響度の大きな仮説を目指す

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