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『夢中になれる小児病棟』の「はじめに」を公開します。

元気だった過去の思い出、治療の緊張感、未来への不安。そんな長期入院する子どもたちの日常を変えたい。子どもたちが「患者ではない時間」を過ごすためにはどうしたらよいだろうか――。

そんな問いが出発点となり、病院にアートを届ける活動が生まれました。その活動の経緯と思いについて綴った一冊が、6月9日発売の『夢中になれる小児病棟――子どもとアーティストが出会ったら』(松本惠里著)です。なぜ病院にアートを届けようと思ったのか、子どもにはどんな変化が起こったのか。本書の「はじめに」を公開します。

時間を忘れてお絵描きや工作をする子。心から楽しそうに歌い踊る子。力いっぱい身体を動かす子。本を読んだりお話をつくったりするのが好きな子。無心になって冒険や観察をする子……。

子どもたちを見ていると、湧き出る好奇心に駆られ、エネルギーいっぱいに一日いちにちを弾けるように生きていると感じます。それぞれ自分の好きなことがあって、それに取り組んでいるとき、その瞬間に夢中になっています。みなさんも、子どものころを振り返ってみると、そうやって好きなことに夢中になっていた時間が思い出されるのではないでしょうか。

そんな子どもが小児がんなどの難病にかかり、長期の入院や過酷な治療を余儀なくされることがあります。幼い子どもが、命と向き合いながら生活しなくてはならないとは、なんという不条理でしょうか。私は、40歳を過ぎて教員免許を取り院内学級に配属されるまで、病院の子どもたちの生活をよく知りませんでした。

長期入院する子どもの日常は、病棟の中にある病室と診察室とプレイルームの行き来だけ。治療のためにやりたいことも我慢しなくてはなりません。痛みや不安や恐怖、そして孤独、社会からの疎外感。きょうだいや、入院前に通っていた学校の友達に会えない寂しさを抱えながら生活します。

一方で、彼らはただ弱々しく横になっているのではありません。体調の良いときは、病棟内の友達とゲームをしたりおやつを食べたり、喧嘩もします。院内学級での勉強も一生懸命、病室ではきちんと宿題をします。

さらに私は、院内学級で子どもたちと時間をともにするなかで、あることを発見しました。

日々治療に向き合う彼らは、不安そうな表情をしていることが多いのですが、そんな表情が消えて、心の底から楽しそうに笑っているときがあるのです。なにかをつくっているとき、歌っているとき、自分から進んでなにかに夢中で取り組んでいるとき。そんなときは、我慢しなければならない今の状況や未来への不安からも解放されて、好きなことで自分をいっぱいにしているように見えました。「夢中になれる時間」が長期入院する子どもたちにとって大切な時間であると気づかされたのです。

その気づきがきっかけとなり、アーティストと一緒に定期的に病院を訪問してアートを届ける、NPO法人スマイリングホスピタルジャパン(SHJ)という団体を設立することになりました。「アート」と聞くと美術館や劇場にある作品を想像するかもしれませんが、私たちはアートを主体的、創造的に自分の手でつくり上げていくものと捉えています。

活動では、子どもとアーティストが一緒に楽器を演奏したり、お話をつくったり、大道芸の技に挑戦したりします。感性を呼び覚ますような驚きやワクワク、「やりたい!」という気持ちを子どもたちが持てるようにして、さらに実際にやってみること。そうすることで、「夢中になれる時間」を生み出しているのです。

活動では、こんな風景を目にすることができます。

病棟のプレイルームで、新聞紙で被り物や衣装をつくる活動をしていたときのこと。

夕方に手術を控える5歳の女の子が、看護師さんに「終わるころに迎えにいくから楽しんでおいで!」と促され、お母さんと一緒にやってきました。
先に来ていた男の子たちは、武器をつくりマントをひるがえして、ヒーローになりきり大騒ぎしています。

女の子は手術への不安からか、しばらくぐずっていましたが、周りの楽しそうな様子を見るうち、やがて「お姫様になりたい」と小さな声で伝えてくれました。

アーティストは、すかさずふわっと広がるドレスをつくりました。背中には大きなリボンを添えて。そしてお花のベルトにお花の腕輪。

女の子も見よう見まねでお花の飾りをたくさんつくって、ドレスにあしらいます。ティアラや大きなリボン付きのベールも一緒につくり、ドレスやお花とともに身にまといました。

その姿を鏡に映してもらうと、うっとりと誇らしげ。
もっともっとつくりたくなって、お花をさらに増やします。
いつの間にか泣きやみ、少し笑顔になっていました。

そこへちょうど看護師さんがお迎えに。ドレスを着たまま、ぐずることなく手術室へ行く女の子を、プレイルームで見送りました。

お気に入りのドレス姿でキリッと決意を秘めた表情で手術に向かう少女。
その姿は凛としていて、とても綺麗でした。

女の子は、ドレスづくりに夢中になることで、治療への不安を少しの間忘れ、手術室に行く勇気も持つことができたようです。活動のなかでは、こうした場面が日々生まれています。

この本では、活動がどのように始まり、小児病棟や子どもたちにどのような変化が起きたのかを紹介していきます。1章、2章では活動が生まれる前の私の個人的な経験、3章以降では実際に活動がはじまり変化が起こっていった様子を書いています。どの変化もさまざまな立場の人の思いが重なって生まれたもので、私が予期していなかったことも多くあります。章の間のコラムでは、そんな変化に関わったアーティストや病院関係者、団体スタッフ、家族などの声もご紹介します。

この本を読んでいただくことで、病いや障がいと闘っていても、子どもは自分らしく豊かに過ごせることを知っていただけたら嬉しいです。そしてそれが小児医療現場のさらなる変革へと繋がることを願ってやみません。

団体設立から9年経った今、地域の拠点病院や県立の小児病院、小児がん拠点病院を含む、病院及び施設での活動回数は、北海道から沖縄まで14都道府県で年間500回以上。参加者は年間延べ1万人を超えます。登録アーティストは約160人になりました。

しかし、そこへ行き着くまでに、私にとってどん底と言っていい数年間と、大きな出会いがありました。まずは、子どもとアーティストが出会う前、私に気づきを与えてくれた日々について、お話しさせてください。

(注)ウェブ掲載にあたり、可読性向上のため、改行を加えています。
バナーイラスト:イスナデザイン

※新型コロナウイルスの感染が広がり、病院に訪問できない状況が続いています。そんな中、著者の松本さんが改めて感じる活動の意義と想いをインタビューしました。以下リンクからお読みいただけます。
夢中になれる小児病棟――子どもとアーティストが出会ったら
松本惠里著、英治出版、2021年6月発売

「今」に没頭する時間が、子どもを、親を、病院を変えた――
病気や障がいがある子どもに、アートを届けるNPO。
孤独や未来への不安、治療の緊張感のなかで、「患者ではない時間」が生み出したものとは?

〈目次〉
第1章 患者になってわかったこと
第2章 院内学級という原点
第3章 子どもとアートが出会うために
第4章 子どもが変わる、家族が変わる、現場が変わる
第5章 支援されるだけじゃない!
第6章 その先の支援へ
おわりに――笑顔のサイクル

〈著者〉
著者近影
松本惠里(まつもと・えり)
認定NPO法人スマイリングホスピタルジャパン代表理事。外資系銀行勤務ののち、子育て中に教員免許取得。2005年東京大学医学部附属病院内、都立北特別支援学校院内学級英語教員に、09年国立成育医療研究センター内、都立光明特別支援学校院内学級同教員に着任。病院の子どもたちと過ごした経験をもとに、12年、病いや障がいと闘う子どもたちをアートで支援する団体、NPO法人スマイリングホスピタルジャパンを設立。