なぜ「スポ育」はスケールできたか?
2020年の東京パラリンピック開催を控え、注目高まるブラインドサッカー。その統括団体である日本ブラインドサッカー協会の各事業の源泉となっているのが、小中学生向けの体験型ダイバーシティ教育「スポ育」だ。サービス開始から10年。「スポ育」が人気プログラムになるまでの試行錯誤を語る。
提供価値の明確化で飛躍した「スポ育」
「ブラインドサッカーってすごいんです!」と言うばかりで、会う人会う人に「で、なにがすごいの?」と言われていたのが、ちょうど10年前の2009年。日本ブラインドサッカー協会の事務局長になったばかりの私は、自分たちがどんな価値を提供できるのかを、まったく伝えられていませんでした。
営業電話をかけてもアポがとれない。運よく取れても、箸にも棒にも掛からない。そんな苦い経験がきっかけとなり、「自分たちは何者で、どんな社会を創りたいか?」とゼロから考え、これまで曖昧だった提供価値が明確になりました。
その結果、大きく飛躍した事業が「スポ育」です。スポ育とは、ブラインドサッカー体験を通じて、一人ひとりの違いや個性に気づき、生かし合うことを考える「ダイバーシティ教育プログラム」。現在では年間約500件、約2万人の小中学生が体験しています。
スポ育が伸びていったことの相乗効果として、企業研修をはじめとする様々な事業が花開いていきました。その結果、10年前は補助金や助成金頼りだった日本ブラインドサッカー協会は、着実に収益を生みだせるようになっていったのです。そこで今回は、日本ブラインドサッカー協会の事業全体に波及効果をもたらしている「スポ育」が、なぜスケールできたか?について考えてみたいと思います。
私たちはどんな価値を提供できるのだろう?
自分たちの提供価値を言語化する以前は、「スポ育」ではなく「ブラインドサッカー体験会」という名称でした。その目的は、ブラインドサッカーを広く知ってもらうこと。しかし、年間の実施件数はわずか20件。実施先のある公立小学校の先生から、こう言われてしまったことを覚えています。
「ブラインドサッカーを子どもたちにやらせて、教育の役に立つの?」
ブラインドサッカーには社会を変える可能性がある。そう信じていた私にとって、この言葉は衝撃でした。子どもたちが体験すれば、きっといろいろなことを感じてくれるはず……でも、その「いろいろ」が不明確で、冒頭の「ブラインドサッカーってすごいんです!」と言っているのと同じだったのです。
それから私たちが着手したのが、まさしく提供価値の言語化でした。具体的には、ブラインドサッカーを通して子どもたちは何を学べるかを、次の「6つの学び」として整理しました。
1.チームワークが向上する
アイマスクをつけた見えない状態で、いかにチームで協力し、積極的にコミュニケーションをとるかを学ぶ。
2.コミュニケーションの重要性を認識する
視覚がふさがれると不安や孤独な気持ちに。しかし上手にコミュニケーションがとれると不安感や孤独感がなくなり、その状態が不便でないと気づく。
3.個性の尊重について考える
アイマスクをして様々なワークをすることで、「視覚障害=特別」ではなく、それを個性の一つと捉え、目が見えない相手に対して自分が何ができるかを考えるようになる。
4.障がい者理解が促進される
視覚障がいの選手と一緒にプレーしたり、休み時間に遊ぶことで、障がい者のことをより身近に感じられるようになる。
5.ボランティア精神が生まれる
アイマスクをした慣れない状態でプレーすることで、相手にどう声かけをし、いかに助け合うかを一人ひとりが考えるようになる。その中で思いやり(ボランティア精神)が育まれる。
6.チャレンジ精神を育む
仲間に頼り、支えてもらいながら、勇気を出して自分自身で課題を乗り越えるようになる。
提供価値の言語化によって、私たちは大きな気づきを得ました。それは、ブラインドサッカーを体験することはあくまで「手段」。一人ひとりの違いや個性に気づき、その違いを生かし合うことを考えることが「目的」なのだと。
その気づきから、「スポーツ」と「教育」の掛詞として「スポ育」という言葉が生まれ、2010年9月からダイバーシティ教育プログラムとして、スポ育が正式スタートしたのでした。
どうすれば一定の品質で、継続的に価値を提供できるだろう?
自分たちの提供価値の言語化。そしてもう一つ私たちが取り組んだのが、「ビジネスモデルの構築」でした。提供価値を一定の品質で、継続的に提供できる仕組みとは何か。次の7つの項目別にプログラムのありかたを根本から見直していきました。
1.年間実施件数
他のプログラム:3~50件程度
スポ育:最低300件
それまでの実施件数が20件だったにもかかわらず、あえて300件に目標設定。それはスポ育をスケール化することで、企業協賛プログラムを実現することが狙いでした。実施件数は年々増えていき、現在では500件に。
2.プログラム内容
他のプログラム:学校と都度調整(オーダーメイドとパッケージを併用)
スポ育:パッケージ化することで運営コストを最小化(「6つの学び」から選択)
実施件数を担保するには運営を効率化する必要があります。実施のたびに2回打合せをするだけで、打合せは年間600回に。しかしプログラムをパッケージ化し、学校側が「6つの学び・気づき」から選択できるようにすることで、コミュニケーションコストが大幅に圧縮されました。
3.アスリートの派遣
他のプログラム:パラリンピアンなどのトップ選手を派遣
スポ育:「すごい人」だけに頼らない(誰が行っても一定の品質を担保)
学校によってはトップアスリートの派遣を望む声も強くあります。一方で、彼ら彼女らは遠征や合宿があり、安定的に派遣をすることは難しい。私たちは提供価値を明らかにし、パッケージ化を進めたことで、「トップ」アスリートではなくても、学校のニーズを満たせるようになりました。
4.実施対象者
他のプログラム:幅広く実施
スポ育:年代を絞る
提供価値を明らかにしたことで、プログラムを提供できる学齢も明確になりました。私たちのプログラムは、アイマスクを着けた子と、着けていない子がお互いの立場を考えて協力する必要があります。小学校3年生以下は、この「相手の立場で考える」よりも自我を発達させる年代。そのためスポ育の約75%は小学校4年生・5年生を対象に。学齢を絞ったことで、プログラムの品質のブレを抑えられるようになりました。
5.実施地域
他のプログラム:申し出があればどこへでも(コミュニティ型NPOを除く)
スポ育:実施地域を絞り、徐々に拡大
スポ育以前は、私たちも全国、申し出があればどこででも実施。しかし全国津々浦々にスタッフを派遣すると、移動コストも時間もかかる。そこで少ないリソースで品質の高いサービスを提供するために、当初は実施地域を東京都23区内に限定。なお現在では首都圏に加え、宮城県、兵庫県、大阪府の一部で提供し、他地域での展開も順次拡大中です。
6.受益者費用
他のプログラム:有償
スポ育:無償か5万円
年間300件という目標を掲げた時点で、運用の効率化は不可欠。一方で先生たちの意見を聞くと、みずから担当する子どもたちはやはり大切でいろいろなリクエストが都度発生。申込者である先生の納得度を高めるために、無償か5万円かを選択できるようにしました。私たちの準備している流れや教材等をそのまま利用して実施する場合は無償、オーダーメイドは5万円。その結果、多くの学校は無償での実施を希望することになり、私たちの運営コストはコントロール可能になりました。実施件数を順調に伸ばすことができた要因の一つに、無償化による効率化もあるのです。
スケール化の核心は何だったのか?
仕組みが機能し、スケール化したことで、企業が当協会にプログラム協賛し、学校で実施するというモデルが生まれました。現在は、スポ育パートナーとして9社と契約を締結するに至りました。
くわえて、スポ育を実施してく上で培われたファシリテーターのスキルや経験は、企業研修やイベントなどの展開につながり、体験者を増やしていくことは「混ざり合う社会」という私たちのビジョンのエヴァンジェリストを育んだりと、様々な波及効果を生んでいくことになります。
私たちの事業全体の源泉となっている「スポ育」。サービス開始から10年が経ったいま振り返ると、スポ育のスケール化の核心は、ひょっとすると「先生から本音を聞くこと」かもしれません。
それは言い換えれば、隠れたニーズを探るということ。例えば、プログラム実施校の先生たちによる座談会を行うと、対面で意見を聞いているときと違い、「もっとこうして欲しい」「子どもたちのこんな気持ちにより添えないか」などの本音が自然と語られていきます。必ずしも、一対一だと本音が聞けないということではないと思いますが、スポ育のプログラム開発では、グループインタビューによる「語り」が、私たちに大きな気づき・発見をもたらしてくれました。
その気づきの一つが、意思決定者である先生たちはプログラムそのもの以外でも、私たちを評価しているということでした。美味しい料理をいただくだけでなく、サーブしてくれるスタッフの印象でお店の評価が変わるのと同じ。その気づきによって、申し込みから当日の実施まで、スタッフのサービスに関しても先生たちから本音を聞き出すことを心がけるようになりました。
スポ育の実施件数が年間500件まで伸びたのは素晴らしいこと。しかし、それに甘んじることなく、外部からのフィードバックを受けながら「自分たちらしさ」を超えていけるか。これが、「混ざり合う社会」というビジョンの実現」において重要なことなのかもしれません。
松崎英吾(まつざき・えいご)
NPO法人日本ブラインドサッカー協会事務局長。1979年生まれ、千葉県松戸市出身。国際基督教大学卒。学生時代に偶然出合ったブラインドサッカーに衝撃を受け、深く関わるようになる。大学卒業後、ダイヤモンド社等を経て、2007年から現職。2017年、国際視覚障がい者スポーツ連盟(IBSA)理事に就任。障がい者スポーツの普及活動、障がい者雇用の啓発活動に取り組んでいる。(noteアカウント:eigo.m)