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ラオスであらためて日本の生産性向上を考える(岩佐文夫)

連載:ベトナム、ラオス、ときどき東京
「海外に住んでみたい」という願望を50歳を過ぎて実現させた著者。日本と異なる文化に身をおくことで、何を感じ、どんなことを考えるようになるのか。会社員を辞め編集者という仕事も辞めてキャリアのモデルチェンジを図ろうとする著者が、ベトナムやラオスでの生活から、働き方や市場経済のあり方を考える。

ゆっくり歩くラオス人は、待つことも平気

東京からベトナムのハノイにやってきた頃、「ここではみんな歩く速度が遅いな」と思ったものだ。それから3か月後、ハノイからラオスの首都ビエンチャンにやってきて同じようなことを思った。

「ビエンチャンの人はハノイの人より歩く速度が遅いな」と。

若い人も、街を見ながら歩くというより、そもそも標準的にゆっくり、ゆったりと歩いている。レストランの店員さんに声をかけてもゆっくり歩いてくる。東京だと、イラッとしたり、やる気がないと思うかもしれないが、このスピードが町の速度だと理解できると、慣れるものだ。

一事が万事、ゆっくりしている。空港の入国審査も時間がかかるし、レストランで注文して運ばれて来るまでの時間も長い。

同時にラオス人は待つことを厭わないようだ。買い物をして会計をする際、ラオスのお札に慣れていないので手間取るが、店員さんがいらいらしている様子を感じたことがない。こちらがお札を出すまで黙って待っていてくれる。

先日の夕方、カフェで仕事をしていたら店員さんが伝票を持ってやってきた。気がつくと店内は僕だけ。閉店時間を確認すると、すでに30分以上過ぎていた。それでもラオスの人たちは「閉店時間ですので」とは言ってこなかったのだ。

道を歩いても、クラクションを鳴らすクルマやバイクは皆無である。信号はほとんどないが、交差点に人がいるとスピードを落として、人が通り過ぎるまでフツーに待っている。道路を横断する人も、クルマの往来がなくなるまで、ずっと待っている。

ゆったりしているということは、仕事の面では生産性が低いということでもある。東京のコンビニやファストフード店のレジ処理と会話のスピードは、「1時間に何人のお客をさばくか」を競うかのようである。その指標を持ち出すと、ラオスのサービス業の生産性は圧倒的に低い。

しかも、どのお店も店員さんが多い。日本なら2~3人で回せそうなお店も、7~8人の店員さんがいる。しかもどの人も忙しくなく、携帯電話をいじったり、店員さん同士でおしゃべりしていたりする。サービス業での一人当たりの生産性は劇的に低いだろう。

社会主義国のラオスが市場原理を導入したのはいまから30年前。その後、タイや中国といった隣国が成長路線に乗ったことから、ラオスの経済成長も本格化してきた。

近年は海外からの資金も流入し、いままさにインフラから整えようとしつつある。道路の建設しかり、鉄道の敷設しかり。地価も物価も上昇するなか、多くの需要が顕在化しつつある。

日本と比べると生産性は圧倒的に低いが、恐らく人件費も比べものにならないくらい低いであろうし、何より需要が顕在化してきたいま、生産性以前に供給体制を整えていくことが優先されるのであろう。日本のオペレーションを導入するだけで利益が上がる余地が散見される。言い換えれば、成長の潜在能力は計り知れないのである。

生産性から見えてくる、ラオスと日本の皮肉な現象

ラオスはこれだけ生産性が低いのにもかかわらず、この10年、年7~8%の経済成長を続けていて、この間GDPは2倍以上になった。一方の日本はこの10年でGDPは5%しか成長していない。

時間に追われて忙しいのに成長していない日本と、ゆったりしているのに成長しているラオス。この皮肉な現象は何なんだろう。

僕自身、東京で仕事しているときは時間に追われまくっていた。会議や打ち合わせが多く、仕事は増えるばかりで平日は仕事で一日が終わってしまうのが当たり前だと思っていた。とにかく忙しい。だからと言って、事業の大きな成長を実現できるわけではない。

もっと時間の使い方をうまくして、つまり時間あたりの生産性を高めることで、何とか成果を高められないかと必死になっていた。しかし、そのような個人の生産性を上げるだけでは根本的な「せわしなさ」の解消につながらないことが、いまさらわかる。

ラオスと日本の生産性の違いを目の当たりにして、あらためて思ったのが、日本の生産性を向上させる方向性についてである。経済状況は異なれど、生産性を向上させる意義は、ラオスも日本も同じである。一人当たりの労働投下における生産量を増やすことは、人を経済活動から自由にさせ人生の選択肢が増える。さらに言えば少子高齢化が進み、膨大な累積財政赤字を抱える日本にとって、生産性向上による成長は次世代に向けて必須である。

日本の場合、もはやオペレーションを磨き込むだけ生産性の向上を図る段階ではなくなっている。必要なモノやサービスが溢れた成熟経済に突入している。同業者が多く、競争は極まりない。

このような経済では、現場でのオペレーションの磨き込みに力を注いだり、わずかな時間差を見つけて競争したりしても、イタチごっこに過ぎなくなってしまう。お客をさばくスピードを向上させたり、1時間の会議を40分で終わるようしたりする改善だけでは、「せわしなさ」が増していく一方である。

インフラを整備し必要なものを揃える経済段階から、いまは完全にそのフェーズが移行している。忙しさの真相は、経済フェーズにそぐわない努力を続けているからではないか。

今日の「働き方改革」では、働く時間の柔軟性が増えていて、それ自体はとてもいいことだと思うが、そのような小手先の改革では、この忙しさは構造的に解消できそうにない。仕事の仕方ではなく、仕事そのものの価値の見直しやビジネスモデルの再構築をしていかないと生産性の向上は見込めない。イノベーションという言葉を安易に使いたくないが、仕組みであろうと、技術であろうと、新しいモデルを作り出さないといけないことは間違いない。

既存のことを続けるより新しいモデルを作ることは、言うは易し。そんなこと言われなくたってわかっているし、ラオスで優雅に暮らしている(と思われる)人に言われたくないとも思うだろう。

しかし、移行に取組んでいる点ではラオスも同じである。農業で生計を立てていた国民が不慣れな市場経済の中で試行錯誤している。なので、チグハグな行動も多いし、空回りしてすることも多い。僕らが簡単に「こうすればいいのに」と思うことも、ラオス固有の事情で簡単ではないのかもしれない。ラオスはラオスなりに、自分たちの新しい課題に取組んでいるのだ。

日本は、従来のモデルにさらに磨きをかけるのがいまの課題ではないはずだ。それだけでは価値の創造がままならない状況であり、新しいモデルにシフトするための試行錯誤をしないと、いつまで経っても「せわしなさ」の競争になってしまう。

もちろん、築いた経済基盤が豊かだからこそ、新しいことへの取り組みが余計にハードルが高くなってしまう日本の事情もわかる。だが、移行は避けて通れない道である。そこには、チグハグさや空回りが付きものだが、これらをお互いに容認し合えることができれば、移行は着実に進むのではないか。

――トークイベント開催のお知らせ――
「好きな場所で好きな時間に、 好きな仕事をするには」
7/22(日):岩佐文夫×スペシャルゲスト

岩佐文夫(いわさ・ふみお)
1964年大阪府出身。1986年自由学園最高学部卒業後、財団法人日本生産性本部入職(出版部勤務)。2000年ダイヤモンド社入社。2012年4月から2017年3月までDIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー編集長を務めた。現在はフリーランスの立場で、人を幸せにする経済社会、地方活性化、働き方の未来などの分野に取り組んでいる。ソニーコンピュータサイエンス研究所総合プロデューサー、英治出版フェローを兼任。
(noteアカウント:岩佐文夫
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