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誰かの真似ではなく、夫婦でオリジナルな関係性を築きたい──(『デュアルキャリア・カップル』担当編集インタビュー)

人生100年時代、キャリア志向の2人に立ち塞がる3つの転換期と、その乗り越え方を説く『デュアルキャリア・カップル』。それぞれの転換期で陥りがちな罠と対話のヒントが満載で、読者からも「早く読みたかった!」という声が上がっています。

本書の編集を担当した安村は、本書発売後、パートナーの海外駐在が突然決定。まさに、デュアルキャリア・カップルの片割れとして、悩んだ末にパートナーの海外駐在に帯同しました。現在ベトナムで生活している安村に、帯同して約1年暮らしてみた感想や本書を企画したきっかけ、デュアルキャリア・カップルならではの葛藤など、等身大の話を聞きました。

安村:英治出版を一時退職し、夫の海外駐在に帯同するかたちで、今年の年始からベトナムで暮らしはじめました。職業欄に書くステータスは専業主婦です。大学を卒業してから、キャリアが途切れたことがほぼなかったので、入国審査の紙にはじめて書くときは、なんだか戸惑いました。

私の住むホーチミンは日本人駐在員がとても多い街で、私たちと同じ30代の夫婦にもよく会います。
他にも起業していたり、飲食店を経営していたり、現地採用で働いていたりと、いろんな日本の方がいます。


『デュアルキャリア・カップル』企画のきっかけ

もともと女性のキャリアとパートナーとの関係について関心があり、まだ日本で翻訳されていない良い本がないかを探していました。しかし大半は女性側がどう頑張るかだったり、社会的な問題提起だったり、役割分担のテクニカルなガイドのようなものだったりと、実際に自分が参考にしたい、身近な人に勧めたいと思える本が意外とありませんでした。日本で出版されている本は、ジェンダーロールに紐づいたものが多く、それも違和感がありました。

当時はパートナー(今の夫)と同棲していて、まわりにも結婚や出産をする同世代の友人が増えていく中で、あまり目指したい女性のロールモデルがいないという話をよく聞くようになりました。
女性の就業率や価値観が変わるなかで、キャリアアップを第一に考え、仕事ばかりを猛烈に頑張るというほどではないけれど、家庭のために自分のキャリアを捨てたくないと考える人が、私をふくめた同世代から下の世代には多いのではと感じています。

一方で当時、仕事でかかわっていた女性たちが、男性のほうが育児を主に担っていたり、多拠点生活をしていたり、退職したパートナーのまったく新たなキャリアを応援していたりと、従来の夫婦像に当てはまらないそれぞれのかたちで、パートナーと一緒によい関係を築いている印象をもっていました。ただ彼女たちは本の著者であったり翻訳者であったりと、個人の名前で仕事をしている人たちです。

そういう人たちだからこそ特別な関係性を築けているのではないかと思う気持ちもありつつ、自分たちのようなふつうの人でも、ロールモデルを求めるよりパートナーとオリジナルな関係を築けていけたらいいな、という思いがありました。

この本を知ったのは、なんとなくそういうことを考えていた頃です。
どのカップルにも当てはまるような単純なテクニックではなく、対話で自分たちの関係性を作り上げていくやり方まで書かれているところに惹かれました。
ちょうどハーバードビジネスレビュー誌でも「デュアルキャリア・カップルの幸福論」という特集が組まれていたのもこの企画の後押しになりました。

出版後すぐに、第一の転換期へ

夫は海外駐在を希望していて応援したいと思っていましたし、私も前職でトルコに駐在した経験があり、人生でもう一回は海外に住みたいという気持ちがあったので、ベトナムへの赴任が決まったと聞いた時は率直に嬉しかったです。『デュアルキャリア・カップル』を出版した3ヶ月後くらいに駐在が決まったので、「まさに第一の転換期だ!」と思いました。

ただ正直なところ、夫に帯同するのか、するなら自分のキャリアをどうするのかについては、具体的なことは考えられていませんでした。

駐在することになるかも、という話が出てから実際に出発するまでの猶予があまり無かったため、ひとまず帯同するにしても私は遅れていくことになるだろうということは考えていました。いつ行くのか、その間仕事をどうするのかということについては何も決めていなかったので、まずは夫婦で対話の機会を持ちたいと考え、デュアルキャリア・カップルに書いてあった手法を実践したいと思いました。

対話を通して、2人で共通の基盤をつくる

本書の中に、カップルのスタートの基盤となる二人の協定づくりというワークがあります。著者とパートナーが一緒にシチリア島に行った際、二人の関係や人生に求めるものや将来の不安について話し合ったエピソードが元になっていて、価値観・限界・不安という3つの分野について徹底的に話し合い、共通の基盤をつくるというもので、駐在に行く前にまずはこれを一緒にやろうと考えました。

著者のエピソードを真似て、旅行で与論島に行った時に対話の時間をつくりました。その時、価値観については話せたのですが、限界不安についてはあまり話せなかったんですよね。旅行中って楽しいことをしている最中なので、あまりネガティブなことについては話す気になれず、話しきらないまま切り上げてしまいました。私のほうしか、本を読んでいなくて、夫には私から要点を伝えるという形をとっていたから、というのもあるかもしれません。

その後も、はじめての駐在準備で何かとやることがあって忙しい夫と、行く前に早くデュアルキャリア・カップルを読んで対話をしたい私との間ですれ違いがあり、ベトナムに行く前の2週間前に喧嘩したすえに、夫が本を読んだうえで改めて対話の機会を持つことになりました。

限界については、どれくらいの期間離れていられるのかを話し合い、2人とも半年という答えで一致していたため、私は年末年始を区切りとしてベトナムに行くことを決めました。この時話し合ったおかげで、ベトナムに行くまでに自分のキャリアをどうするのか考え、具体的に行動するきっかけにできたと思っています。

不安についての話し合いの中で、これまで聞いたことがなかった話が出てきたのには驚きました。実際に相手はなんとも思わないようなことでも、なんとなく恐れがあって避けていたテーマが、お互いにあったようです。
普段から仕事のことも人生のこともよく話しているつもりだったのですが、知っているようで知らないこともたくさんあったのだな、とこの時に思えたのがのちのちにも助けになっているような気がしています。

無敵な時期にこそ、ネガティブなことについて話しておく

ベトナムに駐在が決まり、第一の転換期が来るまでは、私たちはある意味、無双状態でした。共働きということもあり、金銭面でも家事分担の面でも、2人でいる方が1人よりも楽という感覚を強くもっていたんです。
本のなかでは、この転換期の前を「ハネムーン期間」と呼んでいて、「制約は少なく、寛容さに溢れ、難題を考慮しなくていいので、2人は自由に必要なこと、やりたいことができ、実際に多くをこなす」と書かれているのですが、まさにそんなかんじです。
でも本書にある通り、次第にそういうわけにはいかなくなるんですよね。そしてそのタイミングは急に来たりする。

関係やキャリアがうまくいっている時には、なぜ今ネガティブな話をしなければならないんだという気持ちになりがちですが、そんな時にこそ話しておくべきことがあるのだと、身をもって実感しました。

本書の中には、一緒に選ぶための5つの問いというワークもあります。この先訪れるさまざまな選択のタイミングで納得のいく決断を得られるようにリストをつくっていくというものなのですが、これも先の協定づくりと同じタイミングでやりました。キャリアにおける目標など、5つの問いに対してお互いがそれぞれどう考えているか書き出すことで、決断の時に相手の考えを考慮できますし、2人の共通の基盤になっていると感じます。
夫はキャリア面談の時にこのリストを参照しているそうです。

ただ、今見るとだんだん考えも変わってきて、アップデートの必要を感じますね。本でも書かれているとおり、毎年、あるいは大きな転換期が巡ってくるごとに対話して変わったところ、そうでないところを確認できるとよいと思います。

「自分たちで決める」生き方の一歩目を踏み出した

最終的に私のキャリアについては、リモートワークで働くのか、休職するのか、かなりギリギリまで悩みました。結局一時退職することにしたのは、原田さん(※注:英治出版社長)に、せっかく行くなら家でPCを見て過ごすよりもベトナムを楽しんできたら、と背中を押してもらったことが一番の決め手です。

思い入れの強い仕事も多かったですし、手放したくなくてさんざん悩みましたし、一緒に仕事をしていた方々にはご迷惑もかけましたが、今はこの決断をしてよかったなと思っています。

ベトナムに来た最初の頃こそ自分が何者でもないような、アイデンティティ・クライシスのような感覚がありましたが、今は仕事を一旦離れて、目の前の日々を楽しめるようになりました。
一時退職はしたものの、英治出版のメンバーとは、ちょくちょく連絡をとりあっています。
本のなかに子育てでキャリアを3年間中断した女性の話がでてきます。彼女は「同僚と連絡を絶やさないようにし、仕事に関する最新情報を取りいれつつ、自分の時間の大部分を幼い家族と過ごすことにあてた」ことで、元の仕事に戻りやすかったということで、私もそんなふうにできたらいいなと、考えています。

私たちはこれまでやってきたことも、今の関係もとくに特別なことをしているわけではないと思いますが、自分たちで決めてきたよね、という感覚があることが安心感につながっている気がします。
これからまた第2、第3の転換期が来る時にも、自分たちで対話しながら決めていけるのではないかと。

それまでに、今度は夫に1年半か2年くらい、人生の夏休みだったり、自己研鑽したりして過ごせるような時間をつくれたらいいなと思います。

デュアルキャリア・カップル——仕事と人生の3つの転換期を対話で乗り越える
ジェニファー・ペトリリエリ著、高山真由美訳、 篠田真貴子日本語版序文

それぞれのキャリアも、二人で歩む人生も、諦めない。
INSEAD准教授が、26歳から63歳まで、日本を含む32ヵ国113組のカップル(同性カップル、事実婚、再婚含む)を調査。
子育て、転勤、キャリアチェンジ、介護、退職、子どもの自立……
人生100年時代、キャリア志向の二人に立ち塞がる3つの転換期と、その乗り越え方を説く。

「刺激的で示唆深い、デュアルキャリアの道を進むすべての人に向けた、会話のロードマップ」
——『LIFE SHIFT』著者 リンダ・グラットン

「長期的な視点でカップルの関係の変化をとらえた議論に初めて触れて、私は大いに感銘を受けた」
——『LISTEN』監訳 篠田真貴子(本書序文より)

〈目次〉
第1章 デュアルキャリア・カップルの3つの転換期
第一の転換期「どうしたらうまくいく?」
第2章 ハネムーンが終わるとき
第3章 すべてをこなそうという罠
第4章 お互いに相手を頼る関係へ
第二の転換期「ほんとうに望むものは何か?」
第5章 人生の壁にぶつかるとき
第6章 不安と対立がもたらす罠
第7章 新しい道への移行
第三の転換期「いまのわたしたちは何者なのか?」
第8章 喪失と限界が訪れるとき
第9章 広い地平を阻む罠
第10章 うまくいくカップル

<著者>ジェニファー・ペトリリエリ
INSEAD組織行動学・准教授。アイデンティティ、リーダーシップ、キャリアの発展に焦点を当てた研究をしており、身近な人間関係が人をどう形づくるか、不安や危機のときが人のありようにどう影響を与えるかに、とくに興味を持っている。3つの国で働いたあと、現在は夫と子供二人とともにフランスで暮らしており、自身もデュアルキャリア・カップルとしての人生に喜びを見いだしている。

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