筧裕介×藤野英人『持続可能な地域のつくり方』対談
長期的かつ住民主体の地域づくりはどうすれば可能なのか? 持続可能な地域づくりを実現するための経済のあり方とは? 『持続可能な地域のつくり方』著者の筧裕介さん、投資家の藤野英人さん、モデレーターの公益財団法人日本デザイン振興会の矢島進二さんによるトークセッションの模様をお届けします。
※トークセッションは、2019年7月8日に東京ミッドタウン・デザインハブで開催されました。
筧裕介(かけい・ゆうすけ) ※写真右
1975年生まれ。一橋大学社会学部卒業。東京工業大学大学院修了。東京大学大学院工学系研究科修了(工学博士)。2008年ソーシャルデザインプロジェクト issue+designを設立 。以降 、社会課題解決のためのデザイン領域の研究 、実践に取り組む 。日本計画行政学会・学会奨励賞 、グッドデザイン賞 、竹尾デザイン賞、カンヌライオンズ(仏)、D&AD(英)、他受賞多数 。著書に『持続可能な地域な地域のつくり方』『ソーシャルデザイン実践ガイド』『人口減少×デザイン』(単著)、『地域を変えるデザイン』『震災のためにデザインは何が可能か』(共著・監修)など。
藤野英人(ふじの・ひでと) ※写真中央
1966年富山県生まれ。投資家、ファンドマネジャー。レオス・キャピタルワークス代表取締役社長・最高投資責任者(CIO)。国内・外資大手投資運用会社でファンドマネジャーを歴任。2003年レオス・キャピタルワークス株式会社を創業。主に日本の成長企業に投資する株式投資信託「ひふみ」シリーズを運用。一般社団法人投資信託協会理事。投資教育にも注力しており、JPXアカデミー・フェロー、明治大学商学部兼任講師も務める。
矢島進二(やじま・しんじ) ※写真左
1962年生まれ、東京都出身。公益財団法人日本デザイン振興会。大学卒業後、食品・雑貨関連企業を経て、1991年に現職に転職。グッドデザイン賞を中心にさまざまなデザインプロモーション業務を担当。東海大学、首都大学東京大学院、九州大学芸術工学府非常勤講師。
縁もゆかりもない町。出合いは人、突然、強引。
矢島 筧さん、対談のゲストに藤野さんをお迎えしたのはなぜでしょうか?
筧 まちづくりの仕事をしていると、意外に金融の世界の方との接点が少ないんですよね。でも持続可能な地域において「お金の流れをどうつくるか」はとても重要です。そのお話をしたかったのがひとつ。それと藤野さんが富山の朝日町に行かれていると聞いていて。なので、純粋に藤野さんに会いたいと思って今日はお越しいただきました。
矢島 藤野さんはあるインタビューで、「能書きを垂れる前に、まず自分でやってみる。実際にどこかの地域に行ってコミットするべきだ」と話されていましたよね。朝日町に行くようになったきっかけを教えてください。
藤野 そうですね、私たちの投資対象となる上場企業は日本中にありますから、地方には20年くらい前から、年100日以上、北海道から沖縄まで行っています。なので、日本の地域における課題の全体観は把握しているつもりでした。でも、どこかにちゃんと腰をおろして、その土地の人と話してつながり、コミットしないと、地域のことについて総論は言えても各論は話せないと思ったんです。
藤野 朝日町との出合いは、ちょっと長くなるんですが、ある日突然Facebookで知らない人からメッセージが来まして。「朝日町がおもしろい」と。でも私は「ふーん」って感じで。私は富山出身ですが、朝日町に縁もゆかりもなく、どこにあるかもよくわからない。僕にとっては空白地でした。
藤野 それからしばらく経ち、富山で講演する機会があり、名刺交換をしていたらメッセージを送った彼がいて。やっぱり「朝日町がおもしろい」と。まだ私は「ふーん」です。その後もしつこくメッセージが来る。また富山に講演に行くと、やはり彼は来ていて、最前列でニヤッと笑っている。そんなことが続いたので私は折れて、「そこまで言うのなら一度行くよ」ということになって行くと、海の幸や山の幸で大歓待をしてくれました。
藤野 その彼は、坂東さんという方なのですが、そこで初めて坂東さんの取り組みを聞きました。全国的にも課題になっていますが、朝日町も空き家が多く、年々増えている。そこで建築会社を経営している坂東さんは、空き家を一つ一つリノベーションして、東京・大阪・名古屋などの都心で働いて疲れてしまった人たちの「癒しのスペース」として活用しているというんです。
藤野 空気がきれいで、水がおいしくて、のんびりしていて、そこにいるとみんな元気になっちゃうそうで。朝日町が好きになって移住する人も出てきて、そこで仕事を始めたりもする。そして彼が活動を始めて3~4年で、朝日町は少なくとも空き家が増えない状況にまで改善しました。
藤野 で、その坂東さんが私にぜひ協力してほしいと。僕は富山市生まれなので朝日町とは関係ないんだけど、富山県という単位で見れば、まあ縁はある。さらに坂東さんは私のために古民家を用意していたんです。「あなたにふさわしい古民家がある」と。それで、2019年に朝日町の古民家を買いました。その話をしたら、妻にかなり驚かれました。
矢島 筧さんもいろんな地域を訪れ、実際にローカルに根ざした暮らしをされていますが、いまの藤野さんのお話を聞いてどう思われましたか?
筧 かなり親近感を覚えました。一緒だなあと思うことがいっぱい。僕は高知県の佐川町に6年行っていますけど、最初はそれこそ名前も知らなくて、高知は縁もゆかりもない。あと僕はお酒が弱いので、高知の人との付き合いはしんどいんですよ。もう、あんな呑み方をする人たちはいないと思うくらい。
筧 僕と佐川町の出会いは、町長からの突然の連絡でした。忘れもしない12月23日。もうすぐクリスマスという時期に、よく知らない町の町長とまる一日話をして。そこで町長から「一回来てくれ」と言われ、そこから長いお付き合いが始まりました。
筧 先ほどの藤野さんの話もそうですが、ひとつの町に深くコミットするきっかけは、思いがけない出会いや縁だったりしますよね。でも町づくりを支援するという僕のような立場で仕事をしていると、いろいろな地域に幅広く関わろうとしがちです。どこか特定の地域に深く入り込み、アクセルを踏めるようになるには、引っ張ってもらう存在が必要で。朝日町の坂東さんのような人は、とても大切だなあと思いました。
藤野 もう一つポイントだなあと思うのが、町長や市長のコミットです。地域のために何かやりたいと思うプレーヤーが現れても、町のトップがしらけていたら何もできない。進まない。広がらない。トップが新しい試みをしたいと思うマインドかどうか。これが、僕らのような人、その土地のやる気のある人が力を発揮できる条件なんじゃないかと思います。
地方にお金の流れをつくる「ヤンキーの虎」
矢島 2016年に藤野さんが書かれた『ヤンキーの虎』についてもお話を聞かせてください。
藤野 この本は、私が書いた中でいちばん売れなかった本なんです。ほんとうに。でも、読んで感動したという手紙がいちばん多かった本でもあります。100通くらい来ました。「俺のことが書かれていた」「自分のことを書いてくれた人は初めてだ」「涙が出てきた」と。タイトルにある「ヤンキーの虎」とは、地方でリスクをとって挑戦している、でもあまり認められていない人たちのことです。携帯ショップとかラーメン屋とかを複数経営していたりする。いろいろやっていて、何業なのかがよくわからない。そういう人が地方にはいっぱいいます。
藤野 そしてヤンキーの虎は二種類います。一つは、もともとガソリンスタンドを経営していたり、土建屋だったりで、でも食えなくなったから、必死で事業の多角化でいろいろなことをやってきた人。もう一つは、暴走族とかやんちゃをしていた人が、高校を卒業し、例えば携帯ショップで働いていたら、持ち前の愛嬌とリーダーシップでめきめき頭角を現し、あっという間に何店舗も経営。そういう元ヤンキーの人。
藤野 一方で、地方のエリートというのは地方の名門校を出て、東京や大阪の一流大学を出て、リスクをとりたくないから地方に戻ってきて公務員になる、あるいは電力会社、新聞社、地銀に入る。
藤野 そういう人たちってヤンキーの虎をどこか馬鹿にしがちなんです。でも実は、地方の雇用を支えているのは、ヤンキーの虎です。税金もかなり払っている。がんがんリスクをとっている。だから、こういうヤンキーの虎の存在を顕在化させて、もっとリスペクトしようよ、応援しようよ、そういう思いでこの本を書きました。
希望最大化戦略、失望最小化戦略
筧 同じようにガソリンスタンドを経営されていて、真剣に未来のことを考えていて、ここを福祉の拠点にするんだとチャレンジしている方に、僕も会ったことがあります。でも、挑戦する土壌や機会はある一方で、挑戦する人材が減っているのではないか、あるいはいまの教育はそういう人材を輩出できていないんじゃないかと思うことがあります。
筧 いまの教育の仕組みは問題を抱えているのか、あるいは世論がネガティブなのか、藤野さんはどう思いますか?
藤野 私は、現代には二種類の日本人がいると思っています。一つは、「希望最大化戦略」の人。希望や努力の先によい未来があるという、ぼんやりとした確信を持っている。もう一つが、「失望最小化戦略」の人。どれだけ失望を少なくするかを判断軸にしている人です。失望を最小化するにはどうすればいいか、これはつまり挑戦しないことです。チャンレジしたら、将来なにかうまくいかなくなるかもしれない、という予測をしている。彼らは、未知のことはやらない。貯蓄はする。でも消費や投資はしない。
藤野 そして私は、後者の「失望最小化戦略」の人たちが増えていると感じます。じゃあどうするか。教育による再生産、親の影響はもちろんあると思います。でも私の持論は、前者の「希望最大化戦略」の人たちに目を向けることです。彼らの熱量をさらに高めること。そして、未来は明るい、未来は選択できる、未来はつくれる、そう思える人を増やすことにリソースを投下すべきです。
筧 僕の感覚では、ローカルでは、希望最大化戦略の人は減っていないと思う。人口減はあるけど、割合は同じという感覚がある。一方で、東京は失望最小化戦略の人が増えている印象があります。その大部分が大企業の人。
藤野 そうなんです。ただ、この状況は長くは続かないと思っています。これから起きるのは、大企業のカーブアウトです。令和時代が終わるまでに、日本の時価総額の上位50社のうち、ざっくり言うと1/3が中国系、1/3がアメリカ系、1/3が日本系という資本構造なると私は思っています。
藤野 つまり、東芝やオリンパスやシャープのような会社が増えてくる。自己革新する会社、外部の力で変わる会社、本業ではない事業を切り離してそれが伸びていく会社、そういう風に大企業は変わっていかなければならないでしょう。
東京のビジョン、地方のビジョン
矢島 最後に参加者からの質問をひとつだけ。「地域づくりのグランドデザインをどう描けばいいか?」
藤野 筧さんたちがつくられた「佐川総合計画」はすばらしいと思うんですが、これの何が重要かというと、結局みんなでやらないとダメなんです。みんなを巻き込むのが大事。あと、東京から来る人は、絶対に焦らないこと。東京と地方はペースが違う。ぱっとやって、ぱぱっと成功した、というケースは見たことがない。ちょっとやってうまくいくわけがない。最初の立ち上がりは遅くても、結果はあとでついてくる。
筧 僕も最初の頃はすぐに成果を出したくて、おもしろいものを早く作ってみんなを驚かせようと思っては失敗ばかりしていました。ようやく4~5年経ってから、上り坂になってきた感覚です。
筧 僕は、グランドデザインをつくるときの考え方が、東京と地方では違うと思っています。東京での支配的な考え方は、ビジョンというものは選択と集中で、尖ったもの、特徴的なものをつくろうとする。でも地方のビジョンはそうである必要はまったくないと思います。みんながゆるやかに同じ方向を向いていて、それぞれがやりたいことやって、やりたいことがちょっと重なっているくらいがちょうどいい。あなたのやっていることはビジョンと違うからだめ、みたいなことを言う必要はない。
筧 同じ地域の人たちが、ちょっとずつつながって、進んでいく、そういう緩いグランドデザインが地方には大事。これは街づくりにおいて大切なポイントだと思います。
※公益財団法人日本デザイン振興会によるセミナー開催レポート記事もぜひご一読ください。
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