新刊『成功に奇策はいらない』の「はじめに」を全文公開します。(EIJI Books)
●EIJI Booksとは?
英治出版の本の著者や編集者へのインタビュー、本文公開、対談などを通して「いい本とのいい出合い」を増やすコーナーです。
●『成功に奇策はいらない――アパレルビジネス最前線で僕が学んだこと』(2019年2月発売)
「斜陽産業」で6年で売上10倍の高成長はどのように実現されたのか? セールの乱発、企画の丸投げ、商品の画一化、若者を低賃金で使い捨てにする経営……アパレル業界の悪しき慣習を厳しく批判し、人・現場・ブランドにこだわって大成功。
「人を幸せにする産業」アパレルの可能性を信じ、愚直にビジネスに向き合う中で見出したものとは? 日本と中国、両国で厳しい事業環境を乗り越え、Dickies(ディッキーズ)の爆発的成長を導いた経営プロフェッショナルの仕事論。
●著者プロフィール:平山真也(ひらやま・しんや)
グローバル・コマース・イノベーション・リミテッド マネージングディレクター
1978年、大阪府生まれ。ベイン・アンド・カンパニー、リクルートを経て、2002年よりカートサーモンアソシエイツにて大手小売や消費財企業に対するコンサルティングを手がける。2006年、中国の大手アパレルブランドMetersbonweの戦略担当役員に就任し、同社の経営再建に従事。
2008年、アメリカのアパレルブランド、ディッキーズの中国法人の立ち上げに副社長として参画。2011年にディッキーズ日本法人を立ち上げ、社長に就任。1 年目より黒字化を実現し、その後も大幅な増収増益へと導く。2013年3月に北アジア社長、北アジアプレジデントに就任。日中両国で飛躍的な成長を実現し、売上高は2017年まで平均45%の成長、6年間でほぼ10倍となった。
2018年4月に退任し、グローバル・コマース・イノベーション・リミテッドを設立、アパレル・小売企業向けの経営コンサルティングおよび経営戦略実行支援・代行を行っている。
はじめに――低成長マインドを打ち破れ
「こんな環境の中で、どうして業績を伸ばし続けられるのですか?」
ワークカジュアルブランド「ディッキーズ(Dickies)」の経営に携わった10年間、業界紙や同業他社の方から、たびたびそう聞かれてきました。
近年、深刻なアパレル不況が叫ばれています。大手アパレル企業が次々に閉店やリストラを行い、一時は訪日外国人の「爆買い」の恩恵を享受した百貨店も再び低迷。2017年には苦境にあえぐ業界の実状を伝える『誰がアパレルを殺すのか』(杉原淳一・染原睦美著、日経BP社)という本がベストセラーになりました。
そんな中、僕が立ち上げを担って経営してきたディッキーズ・ジャパンは2011年の設立から一貫して成長を続け、2013年から社長を兼務した中国法人も大赤字の状態から追加投資を必要とせず2年半で黒字化、以後も右肩上がりで業績を伸ばしました。2011年からの6年間、売上高は年平均45%で成長し続け、ほぼ10倍に。2017年の小売総額は約275億円(日本175億円、中国100億円)に達しました。日中両国でディッキーズの服を支持してくれる人が急速に増えたのです。
不況の中で快進撃を続けるディッキーズに多くの業界関係者が驚き、その理由を知りたがりました。僕が最初にする答えはこうでした。
「成長をあきらめていないからです」
単純ですが、本心です。アパレルビジネスは成長できる。やるべきことをやれば、必ず伸びる。にもかかわらず、成長をあきらめている人(経営者層)があまりにも多い。それがアパレル不況の元凶と思えてならないのです。
業績不振を仕方ないと受け入れ、ろくに手も打たずに「環境が厳しいですなあ」などと呑気に語る経営者を見ると、僕は呆れるのを通り越して、その無責任さに怒りがわいてきます。自分の無能を環境のせいにして、社員や取引先の方々の生活と将来を危険にさらし、顧客と社会への貢献を怠っているのですから。
僕はそんな人たちがのさばるアパレル業界を変えたいと思っています。
アパレル業界に限りません。今の日本には、あきらめやネガティブな空気、悲観的な見方が蔓延していると感じます。
環境変化に対して本質的な手を打たず、その場しのぎで目先の利を追い、社員の疲弊を放置している経営者がいます。
本来やるべきことをせず、変化を妨げて既得権にしがみつく中高年層もいます。
一方では、低賃金で酷使され将来を描けない若者や、変わらない会社に不満を抱えたビジネスパーソンも大勢います。
日本は人口が減るから衰退するしかないとか、もはや経済成長は不要だといった、「反経済」「反成長」的な論調も見られます。貧困が増加していることは気にならないのか、あきらめているのか。経済成長なしに、増え続ける医療費をどう賄うのか。東京オリンピックや大阪万博についても、無駄や開催後を心配する声が多い割には、チャンスを活かそうという視点の話が少ないと感じます。
後ろ向きの話をする前に、やるべきことがあるのではないでしょうか。
アパレル業界の状況は、悲観的な見方が漂う日本社会のわかりやすい縮図です。だから僕は、この本をアパレル関係者だけでなく、広く一般の方向けに書くことにしました。
「環境が厳しい」と言うばかりの経営者や、「経済成長は要らない」と語る無責任な評論家にかまっている暇はありません。実際に社会を支えている、ごく普通の良識あるビジネスパーソンの方々に、あきらめる必要はないのだ、成長できるのだと伝えたくて、僕はこの本を書いています。
では、あきらめずに何をすればいいのでしょうか。
必ずしも特別なことではありません。僕がディッキーズの経営者として行ったことは、いわば「当たり前」のことばかりでした。本当です。
たとえば、戦略を十分に納得できるまで考え抜くこと。
ディッキーズがどんなブランドであるべきなのかを明確にし、それを守ること。
社員の貢献にしっかりと報いること。
お客様の目線に立って魅力的な店舗をつくること。……
しかし実際は、このような一見当たり前のことができていない会社がとても多いのです。実行できない、続けられない、徹底できない。そのため成果につながらない。そんな会社は無数にあります。
その一方で、特に必要のないことに人工知能(AI)を使おうとして失敗したり、わけのわからない無意味な慣習や行動をしていたりします。
アパレル企業が50%セールなどを乱発するのは、おかしな慣行の一例です。過剰な安売りによってブランドの価値をわざわざ損なっていますし、あまりにセールが多いと、元の値段で買った消費者はだまされたような気になるでしょう。実際、セールすることを前提にして商品をつくるような傾向も見られます。
消費者のことを顧みず、目先の売り上げに飛びついて経営していたら、消費者に見放されるのは無理もありません。歪んだ経営がアパレル不況を生んでいるのです。
逆にいえば、当たり前のことを実行できる、続けられる、徹底できるようになれば、多くの会社は劇的に良くなるはずです。そのヒントを本書でお伝えします。
本題に入る前に、もう少し自己紹介をしておきたいと思います。
僕は大学卒業後、戦略コンサルティングファームのベイン・アンド・カンパニーを4ヶ月で辞め、リクルートで1年ほど営業の仕事をした後、再びコンサルティング会社のカート・サーモン・アソシエイツ(現・アクセンチュア・ストラテジー)にて小売・消費財業界を担当。そこでアパレル業界と関わるようになりました。
2006年、28歳のときに上司の誘いで中国の大手アパレル企業、メーターズボンウェイ(Metersbonwe)の戦略担当役員に就任。経済成長に沸き立つ上海に移り住みます。僕以外に日本人はいないという環境の中、業績が悪化していた同社の事業改革に取り組みました。いくつかの変革を行って成果も出始めていた矢先、コスト削減のため役員用の社用車を廃止するという施策が他の役員たちの猛反発を招き、それをきっかけに生じた頑強な「抵抗勢力」によって改革は頓挫。こんなこともあるのかと驚きましたが、いろいろな意味で学びの多い経験でした。
その後に担ったのがディッキーズの中国事業の立ち上げです。ディッキーズ・チャイナの副社長となり、4人のメンバーで事業を立ち上げました。激務に追われる日々を経て店舗がオープン。軌道に乗り始めるのですが、そんな中でリーマン・ショックに始まる世界同時不況が発生。一気に厳しい状況に陥ります。
業績が上向くきっかけになったのは、現場の改善でした。全店舗を一つずつ回り、顧客目線に徹して陳列方法を細かく改善していったのです。
それが着実に効果を生んだことで、僕はひとつの確信を得ました。
「成功に奇策は要らない」ということです。
業績が苦しいときは、一気に挽回しようと奇策に頼るのではなく、基本的なことを徹底すること。
普段の経営も同じです。当たり前にやるべきことを、おろそかにせずやり抜けば、きちんと結果はついてきます。
2008年の参入当時は中国で認知度がほとんどゼロだったディッキーズは、今では200店舗以上を展開するブランドになりました。
2011年には日本法人の立ち上げを任され、社長に就任。急速な円安に苦しむ局面もありましたが、一貫して成長を達成してきました。
2013年には業績悪化していた中国法人の経営を引き継ぎ、日中両方の経営を兼務することに(北アジア社長に就任)。日本と中国を行き来する生活となります。引き継いだ年には売上高よりも多額の赤字を出していたディッキーズ・チャイナでしたが、追加投資なく2年半で黒字回復、成長軌道に乗せることができました。
もちろん大変なこともたくさんありましたが、僕のしてきたことは「当たり前」の連続です。成長をあきらめず、当たり前のことを徹底してやり続けていたら、成果が出て、道が開けたのです。
こうした経験のなかで、僕はこの「当たり前のことを徹底する力」は他社にも活かせると考えるようになりました。それは基本的なことができていないため業績が悪いアパレルブランドをたくさん見てきたからでもあります。
業界にはびこる低成長マインドを打ち破り、アパレルを夢のある産業にしたい――。
2018年4月にディッキーズの社長を退任した後、僕はアパレルに特化した「事業改革請負人」のような仕事を始めました。大手企業などをクライアントに、戦略立案から人事、調達、オペレーションまで全方位的に関わり、コンサルティングにとどまらず、実行までお手伝いしています。
アパレルは本来、人を幸せにする産業です。衣料品は人生のあらゆる場面に関わり、暮らしを豊かにしてくれます。ビジネスが適切に行われ、成長すれば、人々の生活はもっと楽しくなり、作り手や売り手の充実感も収入も増え、みんながもっと自由に、もっと自分らしく生きられる世の中になる。僕はそう思っています。
アパレルには夢があります。成長をあきらめる理由など、まったくありません。経営層でも、店舗のスタッフでも、アパレルに関わるすべての人に、僕はそう伝えたいと思っています。
またこの本は、アパレル業界以外の方にも参考にしていただけるのではと期待しています。低迷したまま変われない業界、変われない会社はいくらでもあります。ご自身の業界や会社、仕事と重ね合わせて読んでいただけるところも少なからずあるでしょう。「成長なんて無理だ」と思っている人に、決して無理ではないこと、可能であることを知ってほしいと思います。
本書は5つの章で構成されています。
第1章「アパレルは成長産業だ」では、アパレル業界の現状と課題をご紹介します。そこにさまざまな業界に共通する問題があること、また課題の一方で成長の可能性もあることをお伝えできればと思います。
第2章「僕のアパレルビジネス奮闘記」では、僕がアパレルビジネスとどのように関わり、どんな仕事をしてきたかをお話しします。直面した苦境や波乱についても可能な範囲で正直に記しました。
第3章「アート&サイエンスが成功の鍵」では、企業経営に携わる中で見えてきた成功要因、大切にするべき視点や考え方について実際のエピソードを交えてご紹介します。
第4章「ほんとうに人を尊重する経営とは」は、あらゆるビジネスの根幹となる「人」について。僕が経営者としてこだわってきた人事の考え方や施策をご紹介します。
第5章「なりたいものになる勇気を持て」では、ビジネスの環境も組織のあり方も変化しつつある今、一人ひとりのビジネスパーソンが自分の道を切り開くために何が必要か、僕の考えと思いを書きました。
経営者が、一人ひとりのビジネスパーソンが、良い仕事をして業績を上げること。その一歩一歩が、人々の暮らしを豊かにし、人生の選択肢を広げ、社会の諸課題を乗り越える力を生み、よりよい未来を創ることにつながっていきます。
前を向いて進みましょう。本書がみなさんのご参考になれば幸いです。
『成功に奇策はいらない――アパレルビジネス最前線で僕が学んだこと』の「はじめに」をお読みくださり、ありがとうございます。英治出版オンラインでは、よりよい社会づくりに取り組む著者の連載コンテンツを定期配信しています。また著者と読者が深く交流し、学び合うイベントも開催。連載やイベントの新着情報は、英治出版オンラインのnote、Facebookで発信していますので、ぜひフォローしていただければと思います。(編集部より)