日本の「社会の変え方」をどう変えていくか(入山章栄×篠田真貴子)──『これからの「社会の変え方」を、探しにいこう。』一部公開
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日本の「社会の変え方」をどう変えていくか(入山章栄×篠田真貴子)──『これからの「社会の変え方」を、探しにいこう。』一部公開

2003年にスタンフォード大学のビジネススクール内で創刊された、「ソーシャルイノベーション」専門のメディア、『スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー』(SSIR)。それを日本にも広げようと、一般社団法人ソーシャル・インベストメント・パートナーズ(SIP)が母体となり、Webメディアと出版事業を行う「スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー 日本版(SSIR Japan)」がスタートします。英治出版も、編集協力・販売元として書籍の出版を応援していくことになりました。

SSIR日本版の創刊に先立ち、これまでSSIRで発表された論文から10本を厳選したベスト版『これからの「社会の変え方」を、探しにいこう。──スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー ベストセレクション10』がこのたび出版されます。

本書には、さまざまな「社会を変える」ための方法論や概念を語る論文が収録されています。デザイン思考、システムリーダーシップ、Bコーポレーション、インパクト投資、そしてコレクティブ・インパクト……世界中で見出されてきたこれらの知見を生かし、これからの日本においてはどのようにソーシャルイノベーションを実践していけるでしょうか。

イノベーション研究に精通する経営学者の入山章栄氏(早稲田大学ビジネススクール教授)と、さまざまなビジネス現場での豊富な知見を持ちNPOの理事も務める篠田真貴子氏(エール株式会社取締役)を招き、本書の各論文のテーマと紐付けながら語り合ってもらった巻末収録対談を、特別公開いたします。

語られた数々の国内事例から見える、日本におけるソーシャルイノベーションの課題と可能性とは──。

※聞き手:井上英之(SSIR Japan) / 文:やつづかえり / 写真:和田剛
※本書「はじめに(井上英之)」はこちら


「1人のための解決策」が「みんなの利益」になる

入山:この本に収録された論文を通して学べるのは、「ソーシャルイノベーションで大事なのは社会的インパクト」だということですよね。営利企業にとってのインパクトが「売上」だと考えると、会社の大きさとインパクトの大きさがほぼ比例します。でも、ソーシャルイノベーションに関しては、「自分たちが単体で大きな成果を出すべき」というものではない。同じ方向に向かう動きが色々なところで起きて、最終的に世の中全体に対するインパクトが大きくなればよいわけです。

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入山章栄(いりやま・あきえ)

早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所で主に自動車メーカー・国内外政府機関への調査・コンサルティング業務に従事した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクール助教授。2013年より早稲田大学ビジネススクール准教授。2019年から現職。近著に『世界標準の経営理論』(ダイヤモンド社)。

── 今回、SSIRの過去の記事の中から10本を厳選して掲載しました。その総まとめとして最後を飾るのが「10 コレクティブ・インパクト──個別の努力を越えて、今こそ新しい未来をつくり出す」という論文です。各個人や組織が個別(アイソレーテッド)にではなく、いかに集合的(コレクティブ)にインパクトを生み出すかという内容で、まさに入山さんがおっしゃった内容に通じます。

集合的なインパクトの大きさをどうやって高めるか、その1つの解答が「07 社会を動かすカーブカット効果──マイノリティへの小さな解決策から生まれる大きな変化」という論文に示されています。この論文は、ある夜にこっそり、歩道の縁石(カーブ)にある段差に市民がゲリラ的にセメントを流し込んで、車椅子ユーザーが通れるように傾斜をつくってしまったエピソードから始まります。するとこの取り組みは、車椅子ユーザーだけではなく誰にとっても使いやすいことがわかり、全国に広がっていきました。このことを、この論文は「カーブカット効果」と呼んでいます。

篠田:これを読んで思い出したのが、ある大手企業の労働組合の方に伺ったお話です。コロナ禍で学校が休校になって「家で子どもを見ながら働くのが大変」という社員の声を受け、勤務時間中に仕事から離れて子育てに専念できる、「中抜け」タイムを持てる制度を会社に提案したそうです。

そのとき、「子どものいる社員だけが中抜けを許されるのはフェアじゃない」という話が出て、「だったら全員オッケーにしよう」ということになったんですね。在宅勤務の全社員にこのルールを適用したら、とても働きやすくなって子育て中の社員以外にも大変喜ばれた、というのです。これがまさにカーブカット効果ですよね。最初はマイノリティのために問題提起がなされるのだけれど、その課題解決が実はマジョリティのためにもなるという。

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篠田真貴子(しのだ・まきこ)

エール株式会社取締役。慶應義塾大学経済学部卒業、米ペンシルバニア大ウォートン校MBA、ジョンズ・ホプキンス大国際関係論修士。日本長期信用銀行、マッキンゼー、ノバルティス、ネスレを経て、2008年10月にほぼ日(旧・東京糸井重里事務所)に入社。同年12月から2018年11月まで同社取締役CFO。1年間のジョブレス期間を経て、エール株式会社の取締役に就任。監訳書に、『LISTEN──知性豊かで創造力がある人になれる』(日経BP)、『ALLIANCE アライアンス──人と企業が信頼で結ばれる新しい雇用』(ダイヤモンド社)。

── そうです。この論文では、「特定のマイノリティにフォーカスした政策は不公平だ」というゼロサムゲームの見方は思い込みで、実際はみんなのためになるし、経済的な効果も大きいのだと書かれています。これは、富裕層がより豊かになれば社会全体に富が広がっていくという「トリクルダウン説」とは逆の主張です。マイノリティや貧しい人を助けないで、どうやって社会全体が豊かになるのか、と問いかけています。トリクルダウン説を唱える政治家や、特定のマイノリティの困りごとをなんとかしたいという想いからスタートしているNPOの人たちにも、ぜひ読んでいただきたいですね。

入山:同性婚をめぐる問題もそうですね。同性婚と夫婦別姓は別々に議論されていますが、同性婚には「夫婦の姓をどうするのか」という課題も含まれています。同性婚をめぐる問題を解決することで、制度疲労を起こしている結婚制度全体へのインパクトも生まれるはずです。

── そうですね。現状、世界が行き詰まっている感覚があるのは、選択肢がないように見えるからだと思います。いま、カーブカット効果の話をもとに、おふたりからいくつかの具体例が出てきました。このように「ある場所ではこんなことが起きている」「別の産業ではこういうアイデアがある」という議論が盛んになると、選択肢が増えたり新しい選択肢をつくるヒントが得られたりしますよね。


売上減少なのに出店?

── 新しい選択肢といえば、「06 グローバル企業に広がるBコーポレーション──資本主義を再構築する新たなツール」という論文で、企業の選択肢として世界で広がっている「ベネフィット・コーポレーション(Bコーポレーション)」が紹介されています。これは、株主だけではなくすべてのステークホルダーの利益に貢献する企業を認証する制度です。

入山:日本にはBコーポレーション的な組織がすでにあると思っています。たとえばいま私が理事として関わっている「生活協同組合コープさっぽろ」は、ほぼBコーポレーションですよ。

生協は地域の組合員(利用者)が出資して運営します。つまり、地域に暮らす生協利用者は株主でもあるので、組織による地域社会に対するコミットメントが自然に生まれるんですよね。理事会に上がってくる出店計画を見ると、やがて売上が減少していく予測が書かれていることすらあります。そんな計画は一般企業では見たことがありません。「どういうことですか?」と聞くと、「ここは限界集落だから、他の大手小売チェーンは進出しない。我々が生命線だから店を出すんです」と。投資回収期間もものすごく長期視点です。

篠田:それは胆力が必要ですね。

入山:そうです。覚悟をもって取り組んでいます。ただ、コープさっぽろには店舗だけでなく宅配事業があります。北海道は人口減少が進んで独居老人も多い。そうなると、宅配の流通網をつくり上げてきた生協は非常に強いですよ。デジタル化もすごく進んでいて、お客様の声が全部データで報告されますし、財務情報の透明性も高い。理事長の大見英明さんは、「SDGsが出てくる前から、私たちはそういうことをやってきている」とおっしゃっていましたが、たしかにそうなんですよ。

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── 「グローバル企業に広がるBコーポレーション」という論文は、Bコーポレーションの重要性は認証そのものよりも、企業が認証を目指してさまざまな取り組みをする過程で社内が進化し、それが取引先や資金提供者など周囲のステークホルダーにもよい影響を生み出し、彼らの意識が変わることで市場も変化し、ついには社会が変わることにある、というメッセージになっています。入山さんはいま、Bコーポレーションという概念について考えることをきっかけに、日本の生協を違った視点で見ることができるのだ、と示されました。SSIR日本版を読んだ方たちの中で、まさにこういう会話が始まってほしいと思います。


「日本ならでは」の文脈に目を向ける

篠田:SSIRをきっかけに対話や議論が起こり、自分たちの選択肢を見出していくのは素晴らしいことです。ただ、これらの論文が書かれた国と日本とのコンテクストの違いには、気をつけなければいけないと感じます。たとえば「08 投資の可能性を拓く──社会的インパクトと利益のトレードオフからどう脱却するか」を日本企業の人が読んだとき、勘違いしてしまうことがあるかもしれません。

── この論文は、投資において社会的インパクトと経済的リターンは「トレードオフで両立しない」「そんなことはない、両立するものだ!」という議論に一石を投じるものです。つまり、投資から得られる社会的インパクトと経済的リターンにはグラデーションのように連続するさまざまなパターンがあり、それらを丁寧に検討することで多様な選択肢を見つけることが可能になると提案しています。

篠田:アメリカは骨の髄まで株主資本主義が浸透しているように思えます。一般的な営利企業は、この論文にある「リターンの連続体」のフレームワーク(下図参照)で言うところのA1のレベル(市場で実証済みのビジネスモデルを持つ企業への、営利目的の投資)にあることを前提に議論が始まっているんです。ですが日本では、株式会社でありながら実態はB1(市場に生み出すインパクトを重視して、低利益であっても絶対収益を期待する投資)やB2(市場に生み出すインパクトを重視して、元本割れさえしなければよしとする投資)である場合が少なくありません。

スクリーンショット 2021-08-15 22.00.55(本書収録論文「08 投資の可能性を拓く」に掲載されている「リターンの連続体」の図。同論文の著者たちが所属するオミディア・ネットワークが編み出したフレームワーク。)

入山:そのような企業がこの論文を読んで、成果を追求せずに「自社はこれでいいんだ」と勘違いしてしまう懸念はありますね。

篠田:そうなんです。本気で社会的インパクトを出そうとすれば、それはそれでとても厳しいことが要求されるはずなんですよ。でも最近は、営利を追求するはずの企業がESGやSDGsを掲げることで、きちんと利益を出せていないことの隠れ蓑にしている雰囲気を感じます。

── この論文でも、「低利益許容型の投資が実質的には補助金として機能し、市場を歪める可能性」が言及されています。

篠田:日本の場合、国内産業や企業を守るための規制が市場を歪めている例がたくさんあります。

入山:政府のやっていることが、既得権益層を甘やかしてプラスの結果を生んでいないということですか。

篠田:アメリカには、政府が何もしないからソーシャルセクターが発展してきたという歴史があります。日本は逆で、この70年来ずっと、政府の規制によって社会課題を解決しようとしてきているんですよね。だから民間からのソーシャルイノベーションが生まれづらいのだと感じます。

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入山:「みやじ豚[※]」の例を考えてみると、農産物の流通が制度疲労を起こしているのに政府に守られていて変わらない、という現状があったからこそのイノベーションなんですよね。そう考えると、日本特有の文脈におけるソーシャルイノベーションの形がありそうです。

※ 株式会社みやじ豚(神奈川県藤沢市):一般的な養豚農家が一次問屋に豚を買い取ってもらいその後の流通にはタッチしないのに対し、自社生産のブランド豚「みやじ豚」をレストランなどに産地直送で販売するビジネスモデルを確立した。代表取締役社長 宮治勇輔氏はDIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー「未来をつくるU‒40経営者20人」に選出


「困っているに違いない」という思い込みから脱しよう

篠田:政府による規制も、最初はその時代の社会にとっては正しいことを実現しようとして行われてきたわけですよね。問題は、時代が変わったいま、それが社会的インパクトを生み出していないものも少なくないことなんです。

── 本書の最初の論文である「01 ソーシャルイノベーションの再発見──誰が未来をつくるのか」は、ソーシャルイノベーションとはアウトカム(成果)だけを指すのではなく、そのアウトカムをどんなやり方で生み出すのかという「プロセス」のことでもあると伝えています。

そして、そのプロセスにおいては「クロスセクター」を重視しています。つまり、政府と民間や、企業セクターと非営利セクターが互いに役割を再定義してやり方を学び合うことで、大きな社会的インパクトが実現する、というメッセージです。ただ単にプロセスを重視するだけでは「いいことをやってるんだから、いいでしょ」と成果を追求しなくなってしまう危険もあります。ですが、アウトカムを意識して生まれたよいプロセスは、やはり結果としてシステム変化を伴うアウトカムを生み出すものなんです。

篠田:再現性ですよね。たまたま運が良くてインパクトが出たということではなく、10年も20年もインパクトを出し続けることができているのだとしたら、その背景にはこれこれこういうよいプロセスがある──そういう論理的一貫性が大事ですね。

入山:みやじ豚という事業が生まれた後には、他社からも、生産者と飲食店を直接つなぐ「SEND」や、消費者が生産者から直接購入できる「食べチョク」などのプラットフォームが生まれてきました。みやじ豚が始めた「既存の流通システムから脱する」というプロセスに、再現性があったということですよね。

── そのようなプロセスを考えるうえで有効なのが、デザイン思考です。「09 デザイン思考×ソーシャルイノベーション──善意を空回りさせず、成果を生み出す方法」は、SSIRの中でも非常に反響の大きかった論文です。

篠田:デザイン思考は、ビジネスの現場で大いに注目されましたね。私もワークショップに参加したことがあります。

── この論文の冒頭では、住民に清潔な水を提供するために浄水施設をつくったものの、実際に水を持ち運ぶ人たちの目線を反映できていないデザインをしてしまったために、結局は不衛生な井戸水が使われ続けてしまったというインドの事例が語られています。このエピソードは、デザイン思考とソーシャルイノベーションは非常に相性がいいことを、鮮明に示しています。ソーシャルセクターでは、「人間中心」を掲げていても、実際にはそれを手法レベルまで落とし込めておらず、一生懸命やっているけれど細かなところまで手が届いていないことがあります。その点をデザイン思考によって具体的に改善できるのではないか、というのがこの論文の趣旨です。

篠田:たしかにデザイン思考のようなプロセスがないと、せっかく想いを持って始めたことも、ただの身勝手になりかねませんね。「かわいそう」とか「困っているんでしょう?」と勝手に考えているだけであったり、目についたところだけをなんとかしようとして他に不具合が発生したり。

熱い心はとても大事ですが、それと同時に、冷静に相手の話を聞いて丁寧に観察することも必要です。一生懸命やっていれば誰かが見てくれているわけではなくて、インパクトを出して初めて気づいてもらえるものですよね。だから「どうやってやるのか」がとても大事だと感じます。

入山:「利用者視点のデザインをする」というプロセスがないと、成果につながらないということですよね。

篠田:「困っているに違いない問題」は根深いですよ。相手に話を聞かないと、「困っているのはそこじゃない」ということになりがちです。

入山:「意外と困っていなかった」「よいものを作ったつもりなのに使ってもらえなかった」ということが、往々にしてありますよね。


「支援者自身」が変わる準備はできているか

── 「困っているに違いない問題」というのは、支援する側の思い込みに終始して、問題の一面しか捉えていないという「視点」の問題ですね。それはシステムリーダーシップの話にもつながります。「02 システムリーダーシップの夜明け──変化を起こすのではなく、変化が生まれるように導く」という論文は、貧困で苦しんでいるように見える人たちのことを、自分がどんなフィルターを通して見ているのか、それを知ることなしには成果を出せないと説いています。自分自身のものの見方も含めた「システム全体」を見ることができるリーダーが必要だということです。

篠田:そこに、ソーシャルセクターにおけるガバナンスの難しさがあると思います。営利企業の場合は自己利益に走りすぎることが問題になりますが、ソーシャルセクターの場合は自分が「いい人」になろうとしすぎることが問題になるわけです。その結果、相手にいつまでも「かわいそうな人」であることを求めてしまうパラドックスが生まれる可能性もあります。

入山:うまくいっているNPOは、そこに自覚的なのでしょう。

篠田:支援をしようとしている対象から学び、支援をする自分自身が変わることにオープンである場合に、うまくいくのだと思うのです。

そのことを強烈に感じたのは、メリンダ・ゲイツさんの本『いま、翔び立つとき──女性をエンパワーすれば世界が変わる』(光文社)を読んだときです。彼女は世界有数のフィランソロピストで、ビル&メリンダ・ゲイツ財団を通じて開発途上国の女性の地位向上のためにさまざまな活動をしています。夫[※]のビルさんがロジカルにものごとを決めてどんどん進めていくのに対し、カトリックのメリンダさんは現場でホームステイをし、一緒に水汲みなどを手伝いながら、ものすごくたくさんの人々の話を聴いているんです。

本当につらい状況の中にいる女性たちが、ゲイツ財団の支援を通じて人間としての尊厳を取り戻し、立ち上がっていく──そんな姿をたくさん見てきたメリンダさんは、自分も彼女たちと同じように自己変容しないと、本当の意味で手を差し伸べることはできないと感じ始めたそうです。「彼女たちと比べて、自分はなんて人間として安楽なんだろう」と思い至り、それがビルさんとの関係の見直しにつながっていくんです。

かつて、財団の年次報告書の巻頭言はビルさんが執筆していたのですが、メリンダさんが「途上国の女性の問題は私のイシューだ」と主張し、2人が大喧嘩した末に、夫妻が共同で執筆する形に変わりました。妻として従っていたメリンダさんが夫に立ち向かい、何年も粘って関係性を変えたわけです。

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入山:そうだったんですか。

篠田:システム思考という表現だと抽象度が高いですが、要は「自分もシステムの一部として影響を受ける」ということなんですよね。そのことに対してオープンでいないと、既存のシステムに囚われたままで、それを変えることはできないでしょう。それによって、効果的な支援から遠ざかってしまう可能性もあります。

── 自分もシステムの一部であると自覚することに加えて、システムリーダーシップにはもう1つのポイントがあります。それは、「周囲の人に働きかけ、相手がシステム全体を見渡せ、自身もシステムの一部であることを自覚できるようにすること」です。篠田さんのお話で言うと、メリンダさんの働きかけによってビルさんの視点を変化させたことも重要だと感じます。

※ビル&メリンダ・ゲイツ夫妻:この対談は、2021年5月の離婚報道の前に行われている


異質な人との困難な対話を、どう乗り越えるのか

── 10本の論文の締めくくりが「コレクティブ・インパクト」です。最初に入山さんがおっしゃった、「ソーシャルイノベーションは単体ではなく集合的(コレクティブ)なアプローチで結果を出すものである」というお話です。

入山:ここまでお話をしていて感じたのが、コレクティブ・インパクトの鍵は「対話」だということです。世の中には、同じゴールを目指しているのに別々に動いているケースがたくさんありますよね。インパクトを大きくするには協働が欠かせないですし、それを可能にするのが対話と理解です。

たとえば霞が関を見ると、経産省、金融庁、文科省、環境省、国交省がそれぞれ個別にSDGsに取り組んでいます。大きなインパクトを生み出すには、これまで以上に省庁の枠を越えた対話が必要だと感じます。

篠田:霞が関だからとか日本だからということではなく、人間の性質なんでしょうね。人は「私が考えたこと」を大事にしたくなってしまうものじゃないでしょうか。他の人が似たようなことをやっていても「一緒にやりましょう」というよりは、つい違いに注目して「ここが私のやり方と違う」と捉えてしまいがちです。

入山:それで、流派のようなものができていくんですよね。

篠田:本当は同じ方向を向いているかもしれないのに、組織や役割が違うと文脈がずれ、視点がずれるので、そのことに気づけないのかもしれません。コーポレート・ガバナンスがご専門の伊藤邦雄さんがおっしゃっていてとても印象に残っているのが、「対話と会話は違う」ということです。「会話」は価値観が共通する者どうしで行うもの、「対話」は価値観がずれているかもしれない相手と行うものなんだと。経営者と社員は文脈が違うし、会社と株主も文脈が違う。この文脈の違う者どうしの対話が、日本の企業経営者は得意でないことが多いというお話をされていたのを思い出しました。

入山:それはダイバーシティの話にも通じますね。僕がダイバーシティについての講演でよく言うのは、「ダイバーシティがあると会議が揉めます」ということです。多様な人がいるんだから、当然です。たとえば、いままでは同質的な男性たちが集まってすぐに全会一致で決まっていた会議も、多様な人が入ってくることで「ちょっと違うかも」と言い出す人が出てきますから。

篠田:海外の大手機関投資家の方が講演の中でおっしゃっていたのも、そういうことでした。ただメンバーの属性が多様であるだけでは意味がなくて、多様な人たちをちゃんとインクルージョンできているかどうかを見なければいけない。それを測るKPIの1 つが「取締役会の長さ」で、以前よりも長くなっていればインクルージョンの観点から意味がある、ということでした。

入山:よくわかります。多様な人が集まった取締役会が1時間で終わるなんてあり得ないですから。僕が入っているところなんて4時間はかかりますよ。そのときに重要なのが「心理的安全性」ですよね。違う価値観を持つ人どうしが相互に理解し合うためには、安心してなんでも言える場が必要です。

いま、日本の企業で一番変わらなきゃいけないのは管理職だと思います。「管理する仕事」は、今後AIが全部担うようになるでしょう。その代わりに、管理職は「ファシリテーター」にならなければいけません。ファシリテーターの役割で重要だと思うのは「自分がしゃべらないこと」です。

僕もファシリテーターをすることはしょっちゅうあるのですが、他の人が話しているのを聞いていると、正直僕の価値観には合わないと感じる意見も出てきます。でも、「それは違う」と言いたい気持ちをグッと抑えて「なるほど!」って言うんですよ(笑)。

この「なるほど」というのは素晴らしい日本語で、僕の賛否にかかわらず、相手は嬉しくなってどんどんしゃべってくれます。僕のファシリテーションは「なるほど!何々さんはどう思う?」と聞いて、その答えにまた「なるほど!」って返してるだけなんですけど、それだけですごくいい感じになるんですよ。

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篠田:それはいいですね。これはあくまで私が知っている範囲での話ですが、大企業の部長になられた方に「何がつらいか」と聞くと、かなりの確率で「部下の目線が低くて困る」とおっしゃるんです。これは、部長という役職になったときに頭ひとつ抜けることで、周囲との差をより強く感じるようになるからではないでしょうか。

管理職になる方が多様な人たちとの対話に慣れていない場合、視座の違う相手と理解し合うことにも難しさを感じるでしょう。このような違いは社外から見ればささいな異質性に思えますが、その小さな違いにもうまく対応できないという状況が生まれているのかもしれません。

── 視座の違いもダイバーシティの1つであり、役職が上がるとその違いに直面しやすいのかもしれませんね。先ほど、日本の経営層は異質な者どうしの「対話」が苦手だという話がありました。「部下の目線が低くて困る」という悩みを持つということは、異なる目線を認めるのではなく、相手に自分と同じ目線の高さを求めている、つまり異質性よりも同質性に価値を置きすぎているということなのでしょうか。

入山:同質性を尊重しようとすればするほど、ささいな違いが許容できなくなるのでしょう。

篠田:そうですね。これは、たとえば同じ学歴や似たようなバックグラウンドを持つ人たちとの交流が長い人ほど陥りやすい罠だと感じています。

コレクティブ・インパクトを実現するためには価値観や文脈が違う人と「対話」して、理解していかなければならないわけです。そのときに、意識の高い人どうしでわかり合える「会話」に慣れてしまっていると、実はその意識の高さは、視座の違いを許容できなくさせる弊害になってしまうかもしれませんね。

入山:これは大きな課題ですね。


ムーブメントは「自分が楽しむこと」から

── 最後に、読者にはSSIRをどのように使ってもらいたいか、おふたりの期待をお伺いします。

入山:最も重要なのは、「やっている自分たちが一番楽しい」という状態になることだと思うんです。ムーブメントというのは、そこから始まります。最初は1人しか踊っておらず、そこに2人目が加わった瞬間に、周りの人たちがワッと寄ってきてみんなが踊り出す、という有名な動画があるでしょう。あれと同じで、何人かで楽しんでいると「何か面白いことをやってるな」とみんなが気づいて集まり出すんです。

SSIRも、まずはこのメディアのつくり手が「この本を作っていて、本当に楽しいよね。幸せだよね」という状態であることが大事だと思います。「世の中が変わってほしい」というところから入るんじゃなくて、「この誌面をつくるのが本当に楽しい」と、そう思えるコンテンツを提供していくことがすごく重要なんじゃないでしょうか。

── 最初のお客さんは自分で、自分が面白くてついニヤニヤしちゃうようなことをやろうよ、ということですね?

篠田:本当にそう思いますね。間違いなくそれが出発点です。そうすると「何ニヤニヤしてるの?」と話しかけてくる人が出てきます。「面白そうだから、一緒にやりたいです」みたいな話もあるかもしれない。そのときに、まずはお互いに話を聞き合うことが大事ですよね。お互いの「なんでニヤニヤしちゃうの?」というところを確かめ合うことが先で、どうやるかは二の次です。

入山:そうそう。まずはお互い何を考えているかの共有が大事ですよね。

篠田:話してみると、面白さを感じていたのは違うところだったと分かって「別々にやりましょう」となるかもしれないし、逆に「どうしてこの人が話しかけてきたんだろう」と思うような人と、すごく重なる部分が見つかるかもしれません。ここでお互いの話を聞き合えていると、その後がとてもやりやすいはずですよ。

入山:よい営業さんが何をしているかというと、ほとんど雑談なんですよ。いきなり「これ買ってください」と言っても買ってくれないじゃないですか。でも雑談をしていると、その人のことが分かってくるんです。そうしているうちに悩みや困りごとが見えてきて、「だったら、これがありますよ」と商品やサービスを差し出すことができますから。

篠田:そうそう。対話といっても堅苦しいものではなくて、雑談でいいんです。ただ、SSIRのような題材があると本気の雑談がしやすいですよね。なにも材料がないところでいきなり自分の価値観を話せと言われても、なかなか言葉にしづらいものです。そういうときに、「これを一緒に読んで、感じることを自由に話してみよう」みたいなことができると、対話が始まります。そこで意見が違っても、「私とは全然違う読み解き方をしていて興味深い。もうちょっと教えて」みたいな形で深めていくことができます。

入山:「対話のきっかけにする」というのは面白いですね。ここに載っている論文を正解として学ぶのではなく、「反対意見でもいい。それぞれの考えを話してみよう」というのがいいですね。

篠田:これを読むことで自分の考えや想いを言葉にするきっかけが得られる、そんなメディアになるといいですね。

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※ウェブ掲載にあたり、図の挿入など一部変更を加えています。
※本書「はじめに(井上英之)」の公開記事はこちら

SSIR Japanの公式ページはこちら。『これからの「社会の変え方」を、探しにいこう。』の掲載論文3本が、8月25日から期間限定で公開されます。本書の出版記念イベントのご案内など、SSIR-Jに関する最新情報が詰まったニュースレターもこちらからお申込みいただけます(プレ会員にご登録ください)。


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これからの「社会の変え方」を、探しにいこう。──スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー ベストセレクション10
SSIR Japan 編集・出版、2021年8月発売

私たちの背中を押してくれる、10の英知

今、どんなに行き詰まっているように見える状況でも社会をよくする解決策は、世界中でまだまだ生まれている。ビジネス・非営利・行政の枠を越えて活躍する第一人者たちがこれからのリーダーシップ、コラボレーション、事業創造、資本主義のあり方を示す、珠玉の傑作選。

1つの組織や1つのアイデアでは解決できないほど、現代の社会課題はますます複雑になっています。だからこそ、多くの人が組織やセクターの壁を越えてつながり、小さなアクションをともに積み重ねることで、大きなインパクトを生み出そうと挑戦しています。より幅広いコラボレーションに求められるのが、「共通言語」となるコンセプトと実践的な知見です。

『スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー』(SSIR)は、2003年にスタンフォード大学のビジネススクール内で創刊された、「ソーシャルイノベーション」専門のメディア。社会の新しいビジョンの実現に向けて活動する人々が集い、それぞれの知見と学びを共有するコミュニティとして世界各地に広がっています。

日本版創刊に先立つ本書は、SSIRでこれまで発表された論文から、セクターや分断を越えて人々が協働して、よりよい社会をつくるときに求められるアイデアや方法論を厳選した一冊です。 さらに巻末にはスペシャル対談「日本の『社会の変え方』をどう変えていくか」(入山章栄×篠田真貴子)を収録。日本でのソーシャルイノベーションの実践に役立つ事例や知恵を紹介します。

- 掲載論文一覧 -

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