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「この国では、○○だから」という善意の教えが、ときに海外ビジネスを窮地に陥れる。(『海外で結果を出す人は、「異文化」を言い訳にしない』の第1章を全文公開します)

海外で働くうえで必要なことといえば、言語の習得や、その国独自の文化を理解することを、イメージする方は多いのではないでしょうか。一方で、何か問題にぶつかったときに、その国の文化や慣習に原因があるのだと考えてしまうと、本当の問題を見落としてしまうかもしれません。では、どうすればいいのか。自身も中東や欧州での駐在を経験し、グロービスで2万人のビジネスパーソンに研修をしてきた著者による『海外で結果を出す人は、「異文化」を言い訳にしない』(グロービス著、高橋亨執筆)は、それに応える1冊。2021年3月発売の本書の第1章をお届けします。

イランで気づかされたこと

私がはじめて海外へ赴任したのは、イランだった。大学を卒業して総合商社に入り、入社5年目にして、イランの首都テヘランへの赴任を命じられた。日本にとってイランは、きわめて関係の深い国だ。原油の輸入先として、さまざまな工業製品やインフラ設備の輸出先として、当時も密接なつながりを持っていた。だが、多くの日本人にとって、イランは、遠くて馴染みの薄い国だといえよう。

ほとんどの日本人は、イスラム世界の暮らしがいかなるものか、すぐには想像できないだろう。なかでもイランは、イスラム圏のまさに中央に位置し、イスラム教の戒律が比較的きびしく守られている国だ。私が勤務していた総合商社でも、ほとんどの社員にとって、積極的に行きたいと思うような駐在先ではなかった。当時、駐在先で人気があったのは、ニューヨークやロンドン、シドニー、シンガポールといった都市だ。私自身も、正直なところ、どこか先進国の洒落た都市に勤務したいと願っていた。

だが、今になって振り返れば、初めての海外赴任先がイランだったことは、私にとって幸運だったと思う。日本とは生活も仕事の環境も、かなり異なる国……好むと好まざるとにかかわらず、異文化にどっぷり浸からざるを得なかった日々……その経験が、貴重な気づきを私に与えてくれたのである。

[執筆者]高橋亨
グロービス・コーポレート・エデュケーション マネジング・ディレクター、グロービス経営大学院専任教員。上智大学経済学部卒、スタンフォード経営大学院SEP修了。丸紅株式会社にて8年間の駐在を含む海外事業に従事したのち、グロービスの企業研修部門にてクライアント企業の人材育成に携わる。日系企業のグローバル化に伴い、グロービス・アジアパシフィック、グロービス・タイランドを設立し、自ら現地でクライアントの組織変革、グローバル人材の育成に携わる。共著に、『グロービスMBAマネジメント・ブックⅡ』(ダイヤモンド社)がある。

思えば入社してすぐ、〈機械 第二部門 建設機械 第一部 中近東課〉という名称の部署に配属されたときに抱いた感想も、「中近東かよ……勘弁してほしいな」だった。同期入社した仲間からも、憐れみのこもった目で見られた。

中近東といえば、戦争やテロで危険といったイメージが強い。また、日常生活では、お酒は自由に飲めないし、娯楽や遊ぶところもほとんどないといった制約もある。さらに、ビジネスでも、レバシリ(レバノンやシリアあたりにいる手強い商人)と並んでペルシャ(イラン)商人は、非常に手強い相手として名を馳せていた。社内でも、痛い目にあったプロジェクトや商談の話は、まさに「神話」のように語られていたのである。

そんななか、入社5年目で20代後半の駆け出しだった私に、イランへの駐在が命ぜられた。そのときの私は、多少、苛酷な生活環境の国への赴任であっても、一人前の商社マンになるには、豊富な海外経験こそが必須だと考えていた。だから、比較的若くして回ってきた海外駐在のチャンスを前にして、モチベーションは高かった。

日本を発つ日に、多くの仲間や先輩に励まされ、成田空港からイランエアーに搭乗して首都テヘランに向かったときのことは、今でもありありと目に浮かぶ。これから自分は、イランで身体を張って情報を収集し、ビジネスのアイデアを数多く作り、多くの事業を実現させていくのだ。そうすることで、イランにおける自社のプレゼンスも増大する。そしてなにより、イランの社会に貢献でき、その国の発展に寄与できる。そんなふうに仕事に燃えていたのである。

赴任すると、駐在員として初心者の私に対して、先輩社員たちは親身に面倒を見てくれた。先輩たちのなかには、中近東全般のビジネスに精通したプロもいたし、イラン駐在が2度目で通算8年といった強者もいた。

商社では、ベテラン社員が長年の経験から培った現場のノウハウを、後輩が引き継いでいく。特に、一筋縄ではいかないイランのようなマーケットでは、若手駐在員が致命的なミスを犯さないよう、さまざまなインプットやシミュレーションがなされる。現地のパートナー企業との打ち合わせの前には、判断ミスを未然に防ぐために、陥りがちな罠の説明などを行う。たとえば、次のようなものだ。

「イランでは、真の情報が簡単に手に入るとは思わないほうがいい」
「イランでは、相手の言うことを鵜呑みにしてはいけない」
「相手の話を真に受けるのではなく、まずは裏を取らねばならない。簡単に信用してはだめだ」

また、現地での案件やプロジェクトが遅々として進まないと、日本の本社や取引先から大きなプレッシャーがかかるので、結果が出ないと落ち込むことになる。そんなとき、先輩社員が晩飯に誘ってくれて、教訓や慰めを与えてくれる。たとえば、こんなふうに。

「イランでは、何事にも時間がかかるものだ。あせらずに頑張れ」
「イランでは、契約が簡単に覆されることがよくある。肝に銘じておけ」
「イランで仕事が成功したら、世界中どこへ行っても、やっていけるよ」

単身で長年イランに滞在していた先輩社員のなかにも、イランでのビジネスのやりにくさに辟易している人は少なからずいたように思う。私自身も、覚悟はしてきたものの、いざ現地にどっぷり浸かってみると、改めて大変な国に来たんだなと思い知らされた。

当時の私は、イランという特殊な国の環境や慣習にどう適応して仕事をすればいいかをつねに考え、それに慣れることこそが大事だと思っていた。先輩社員のアドバイスを積極的に取り入れ、異文化理解を深め、社内外で接するイラン人といかに仕事をうまく進めるかに腐心していた。イラン人は誇り高い民族なので、決して侮辱したり、人前で恥をかかせたりしてはいけないという教訓を守った。現地の部下に対しては、直接的な物言いを避けたり、婉曲な言い回しを工夫したりしたものだった。

また、顧客に対しては、多少のビジネス上の齟齬をきたしても、単刀直入に指摘したり、クレームをつけたりせず、自分たちでかぶれるものはかぶり、事なきを得るほうが得策と考えるようになっていた。

だが、こうしてイランの文化や慣習をどれほど勉強し、研究しても、結果に結びつかないように感じていた。むしろ相手に、好きなように振り回されているとさえ思えてきた。もちろん、初めての海外駐在である。最初から、すべてがうまくいくとは思っていなかったし、学ぶべきことは、まだまだ山のようにあったのは事実だ。ただ次第に、このままでいいのだろうかと疑問を持つようになった。

たとえば、「イランでは、真の情報は簡単には手に入らない」と先輩は言う。確かに一面ではそうかもしれない。だが実際のところ、単に適切なキーパーソンに会えていないだけではないか、という疑問が芽生えてきた。「真の情報が手に入らない」のではなく、「真の情報を持っている人に会っていないだけではないか?」と。

日本で仕事をしていても、適切な人に会っていなければ、求めている重要な情報や正しい情報を得ることはできない。もちろん、異国でキーパーソンを特定して、面会にまで漕ぎつけるのは容易ではない。そもそも、いったい誰がキーパーソンなのかさえ見当がつかない。しかし、その困難に真っ向からぶつからないまま、「イランでは、真の情報は簡単には手に入らないから」と、自分で勝手に見切りをつけているのではないか?

同様に、「イランでは、相手の言うことを信用してはいけない」という教訓にも疑問を抱くようになった。そもそも、一介の外国人に、最初から信頼を寄せて情報を開示し、仕事を任せるものだろうか? その考え自体が甘いのではないか?

逆の立場で考えてみれば分かるだろう。日本人だって、見知らぬ外国人がいきなりやってきて、「いっしょに仕事をさせてくれ、いっしょに仕事をしたいから情報がほしい」と言われたら、どうするか? 適当にあしらって終わりにするのが落ちだろう。一見さんの外国人を信頼して、最初から確かな情報を渡すことなどあり得ない。

そう考えるなら、「イランでは、人の言うことを信用してはいけない」と嘆く前に、まずやるべきことは、徹底的に信頼関係を構築することのはずだ。そういった当たり前の努力が徹底されていないのではないか?

先輩社員の言う「イランに関する教え」は、なにもイスラム色の強いイランだから特別に起こっている困難ではなく、どの国でも起こりうる、ふつうのビジネス上の課題と捉えるべきではないか? そのほうが、むしろ自然なのではないか? 私は次第にそう考えるようになった。つまり、
「異文化が、海外で仕事がうまくいかないことの〈言い訳〉に使われていないか?」
という疑問を持つようになったのだ。

当時の私は、この疑問をうまく言語化できていなかった。しかし、その後ヨーロッパやアフリカでのビジネスに携わり、さらにグロービスで、海外で活躍するビジネスパーソンたちと交流するなかで、1つの持論に至った。

海外ビジネスの真の難所は、異文化に囚われすぎて、問題の本質を見失ってしまうことだ。

つまり、「海外での仕事は、通常とは違う何か特別なものである。その特殊性は、異なる文化的背景から来ている」という思い込みによって、日本にいたら自然に受け入れられる問題や状況に惑わされてしまう。特に、日本と文化が大きく違う国であるほど、すべての困難が、その文化が持つ特殊性からもたらされると錯覚してしまう。その結果、本質的な問題に向き合えずに、成果に直結するアクションが取れなくなるというわけだ。

「ではの守」に注意!

異文化に囚われすぎると、問題の本質を見失う。厄介なことに、この難所のきっかけは、経験豊富な上司や先輩社員の言葉であることが多い。もちろん、役立つアドバイスも多い。ただし、仕事上で起こった問題の原因などを話す際には、注意が必要だ。

「イランでは……」
「中国では……」
「アメリカでは……」
「タイでは……」

というように、「では」が頻繁に出てきたら要注意だ。

話の内容をじっくり聞いてみると、きわめて個人的な経験の話に終始し、ビジネスとの直接的な関係が曖昧だったりする。その国の人のステレオタイプ的な性格の話や、海外事情を伝えるTV番組に出てくる蘊蓄に近い、生活上のびっくりネタなどが語られる。ビジネスがうまくいかない理由を、その国の特殊性(=異文化)にあると結論づけているわけだ。

「海外ではこうだから日本もこうすべき」といった語り方をする人を、「〇〇では」という口癖から「ではの守(出羽守)」と言うが、「イランではこうだから仕方がない」などと決めつける人もまた海外勤務者にありがちな「ではの守」だ。話を聞いていて、「ではの守」かもしれないと思ったら、その内容を鵜呑みにしないように警戒しよう。

ちなみに、「ではの守」は、海外勤務に慣れてきた頃から頻発しやすい。当人は必ずしも悪気があってやっているのではなく、むしろ、善意でやっていることも多いのだ。「〇〇では」という話は、現地を知らない人からのウケがいい。また、「日本だったら、こんな苦労はしなくてすんだのに」という思いから、つい言いたくなってしまいがちだ。海外へ行ったら、自分も「ではの守」になっていないか注意したい。

さらにこの「ではの守」の厄介なところは、長年同じ地域や国に携わっていて、社内でも専門家と言われているような人でも陥りがちなことだ。日本では馴染みのない国の特殊性の高いマーケットの場合、周囲も無批判にその意見を受け入れてしまうことが多くなる。経営陣のなかでも、そのマーケット環境についての十分な知見がないために、こうした専門家の意見をそのまま全社の意思決定に採用してしまいがちだ。

例として、ふたたびイランの話を紹介したい。私が勤めた商社にも、世界各地の情報収集を行い、全社的な海外戦略、地域戦略を専門に取り扱う部署があった。戦略立案のほかにも、各営業部門の事業遂行に対するアドバイスも行う。

当時は、全社的にイラン市場を重視していたため、イランや中近東の専門家も数多くいた。その頃、イラン・イラク戦争が終結したあとの復興需要で、イランでは、インフラ整備プロジェクトやそのための機材の買い付け案件が目白押しだった。そのため、徐々にイラン向けの債権は膨れ上がっていき、やがて、突出するようになっていた。

当時のイランのように発展途上で、かつ、国際社会からの支援も十分受けられない状況の国に、こんなに多額の貸し付けをしていいのか? そんな議論も社内では起こっていた。そのとき、社内のイラン専門家が口を揃えて言ったのが、次のような「神話」だった。

イランは中近東のなかでもペルシャ人の国で、民族に対する誇りと、高い文化を持つ人々である。借りたお金は絶対に返す国だ。事実、過去に一度も返済がなされなかったことはないので、イランは信頼できる

こうした「専門家」のアドバイスに従って、むしろ、ここがチャンスとばかりにビジネスの拡大は続いた。これは、他の商社でも似たような状況だったらしい。その後、何が起こったかは、中東のビジネスに関わったことのある人なら記憶に残っているかもしれない。

当時の専門家たちのアドバイスとは裏腹に、イランからの返済に遅延が目立ちはじめた。それでも、専門家や現地のトップは「ペルシャ人は、いずれ必ずお金を返す」と言い、それに対して強硬に異を唱える人も少なかったように思う。結果は、どれほど時間が経っても債権への返済は実行されず、イランに展開していた各商社の遅延債権は膨れあがる一方だった。

そんな状況を前にして、さすがに呑気なことを言っていられず、債権回収を本格化させたが、各社が個別で行う債権回収策は効果を発揮しなかった。最終的には、オイルスキームと言って、商社連合で、原油の買い付け枠を担保にした延滞債権の返済期限延長を余儀なくされた。ところが、そんな事態に陥ってもなお、「絶対にお金を払うイランが、今回は特例で……」という言い方をする「専門家」がいたことを、今でも思い出す。

結局のところ、私が勤務していた商社だけでなく、各社とも「ペルシャ人はお金を返す」という神話のもとに、同国の返済能力以上の債権を積み上げていた。冷静に考えれば、当時のイランの収入源は、ほぼ原油関連である。毎期に返済すべき金額がそれを上回ってしまえば、借金を返せなくなるのは当たり前だ。ところが「イランでは、金が払われなかったことなどない」という専門家の意見に従って、各商社ともビジネスを続けていたことになる。当時の私自身も、イラン神話に疑いを持たず、ひたすらビジネス拡大に奔走していた。

イランの債権問題の事例は、悪気のない「〇〇では」が、思考停止をもたらした一例である。周囲も、その国の専門家が言っているのだからと、その言葉を結果として鵜呑みにしてしまい、意思決定や戦略を見誤ったのだ。こうした「ではの守」の言動に影響されつづけているかぎり、組織としての学習は阻害され、海外で活躍する次世代の人材育成も阻まれることになりかねない。

海外で結果を出す人は、「異文化」を言い訳にしない

私自身、商社時代、さまざまなリーダーのもとで仕事をしてきた。まだイランに駐在する前、日本の本社で働いていたときのことだ。留学や駐在など中近東での経験が豊富で、中近東ビジネスに関するさまざまな知識を持ち合わせていたリーダーがいた。今振り返ると、「中近東のこの国はこうである」「中近東のあの国はああだ」といったような決めつけの言葉が多い人だった。上司に対しても、取引先や他部門の人に対しても、よくこんな物言いをしていた。

「そんなことを言われても、中近東では簡単にはいかない。中近東を知らない人に、そこまで言われたくない」

結局、そのリーダーの下では残念ながら、チームとしての成果目標を達成することはできなかった。もちろん、外的な要因もあったとは思うが……。自分は中近東の文化を深く理解しているというリーダーの自負が、一回一回のビジネスに新鮮な目で向き合い、個別のビジネスの本質を摑み取ることを困難にさせてしまっていたように感じる。

そのあとを継いでチームにやってきたリーダーは、中近東での経験がまったくない人だった。頭の回転が速く、仕事の実績もあったが、中近東の複雑なビジネスをマネジメントできるかどうか定かではなかった。正直なところ周囲では、お手並み拝見といった空気があったように思う。そのリーダーは、自分よりも中近東での経験が豊富な部下や、中近東の最前線で業務をこなしている駐在員に対して、こんな〈問い〉を投げつづけた。

「なぜ、そのような見方をして、そのような判断になったのか?」
「なぜ、君はそのような展開になると判断しているのか

「なぜ、無理だとあきらめるのか

部下や最前線にいる仲間とのこうしたやり取りを通して、それぞれの国でのビジネスのカラクリを少しずつ把握していったのだ。その結果、それまでは組織として見えていなかった事実が見出されたり、それまでは最初から無理だと諦めていた案件に新しいアプローチが取られたりするようになった。

このリーダーは、ビジネスの場所が「中近東であるから」ということを、「できない」理由にすることを絶対にしなかったし、他者にも認めなかった。もちろん、中近東でビジネスをやるからには、現地のことを熟知しているほうが有利に決まっている。中近東のやり方に精通しなければ、相手の懐に入って仕事をやりとげることは困難だ。

一方で、豊富な知識や経験が「バイアス」になると、かえってビジネスの判断を誤らせる。そのことを、後任のリーダーは知っていたのだ。これは、中近東に限らず、アジアや欧米、アフリカ諸国でも同じだろう。当時から現在に至るまで、海外で活躍しているビジネスパーソンを見ていると、結果を出している人ほど、「異文化」を言い訳にしない。

実際に海外でビジネスを推進しようとすると、さまざまな困難に遭遇する。タフな交渉も多いし、実際には「何でこうなってしまうのか」と首をひねることの連続だ。そんな場面や状況が続くと、心が折れ、ついつい逃げ出したくなったり、弱音を吐きたくなったりする。

「ここは中近東だからな」
「ここはイランなんだから」

そうした厳しい環境のなかで、現実から逃げることなく向き合うには、自分で自分の背中をつねに押しつづけなくてはいけない。そんなとき、今でも思い出す言葉がある。イラン時代の先輩からもらった言葉だ。

「いい仕事をしようと思っているなら、一番会いたくない人に、一番会いたくないときに、会いに行け!」

顧客から、とても対応できないような無茶な要望が来たときなど、今このタイミングで相手に会いに行くのは、できるかぎり避けたいものだ。特に、顧客のなかでも、かなり付き合いづらい相手に対しては、勘弁してほしいと思うことも多かった。今このタイミングで会いに行っても、状況を打破することは、まずできそうにない。このまま喉元を過ぎるまでじっとしていたいと弱気になるのが人間の自然な感情だ。異文化を言い訳に使いたくなる気持ちも湧き上がってくる。

そんな心が折れそうなときに、なんとか自分を奮い立たせ、顧客やビジネスそのものに向き合わせてくれたのが、この言葉だった。そうして腹をくくって会いに行くと、意外な事実を発見できたり、顧客の本音が聞けたり、問題の真因が見えてきたりするものだ。今でも私の座右の銘になっている。

冷静に考えてみれば、日本でのビジネスなら、それほど苦労もせずに対処できる問題も、こと海外の話になると、急にハードルが上がってしまう。というのも、多くの日本人ビジネスパーソンは、海外は特別であるという「バイアス」を持っているからだ。そのために、自分で自分の状況を難しく考えてしまっているように見える。

海外ビジネスだからといって、何か特別なことをやる必要はまったくない。そのマインドセットを持つことができれば、一般に言われているほど、海外ビジネスのハードルは高くはない。むしろ、海外だからこそ、基本に忠実に従って仕事を遂行することが最も近道だと、私は考えている。では、どうすれば、その「バイアス」をはずすことができるのか? そのコツを、次の章で見ていこう。

なお、本文中には、「海外では」「日本では」という表現がでてくる。私自身が「ではの守」ではないかと思われるかもしれないが、ここでは「特定の文化圏を指す」のではなく、「普遍的な傾向について語る」ために、やむをえず使用していることをご了承いただきたい。

また、このあとの章では、実感を持って読み進めていただくために、さまざまな事例を紹介する。海外の現場で働いたことのある人であれば、身に覚えのあるものも多いと思う。どれも私自身やこれまで出会ったビジネスパーソンたちが直面した実際のエピソードをもとにしているが、プライバシーの観点から、人名や業界、国、具体的な問題については適宜変えていることを付記しておきたい。

(注)ウェブ掲載にあたり、可読性向上のため、改行を加えています。


(編集部より)
いかがだったでしょうか。本書『海外で結果を出す人は、「異文化」を言い訳にしない』では、現地で陥りやすいさまざまな失敗を描いたケースが登場します。

●  ベトナムの新人駐在員・内田は現地パートナー企業のいい加減さにうんざりしていた…。こちらの研修どおりに進めてくれず、計画を練らずにどんどん営業に行ってしまう。これが東南アジア特有の文化なのか…?

●  ドバイに出張した若手の営業のエース・中山は、有力なパートナー候補の幹部クラスとの面談にこぎつける。現地のマーケット情報・文化・宗教・商習慣を念入りに調査してプレゼンテーションに臨んだが、そこで問われたのはこれまで経験したことのない質問ばかりだった…。

●  アメリカのシカゴ支社のリーダーである浜田は、日本人ばかりで固まることはせず、積極的に部下にも声をかけ、本社からのメッセージも発信していた。しかしあるとき言われたのは「なぜ事業の目的や、浜田さんなりのビジョンをもっと共有してくれないんですか?」という辛辣な意見だった…。

このような失敗を避け、成果を出すためにはどうすればいいのか? これが本書のテーマです。「海外で結果を出す」ために奮闘されている方、ぜひお読みください。
『海外で結果を出す人は、「異文化」を言い訳にしない』
グロービス著、高橋亨執筆、英治出版、2021年3月発売

「もっと早くこの本に出会っていたかった!」
海外駐在員、絶賛! 2万人が学んだ実践的フレームワークと、自己成長への道標。
「この国では○○だから」
つい陥ってしまうその思考が、真の問題からあなたを遠ざける―。
海外勤務で誰もがぶつかる「4つの壁」を提示し、それを乗り越えるための技術とリーダーシップを説いた、これからの海外赴任者の教科書。

1章 最大の難所は、異文化ではなく自分のバイアス
イランで気づかされたこと/「ではの守」に注意!/海外で結果を出す人は、「異文化」を言い訳にしない
 
2章 「異文化だから」で、見落としてしまう4つの壁

そのトラブル、本当に文化の違いが理由ですか?/1 発展段階の違いによる壁/ベトナムの新人駐在員・内田の見当違いな施策/2 ビジネス領域の違いによる壁/オランダ駐在員・久保が気づかなかったビジネスの違い/3 組織での役割の違いによる壁/タイ駐在員・井口の愚痴ばかりの日々/4 文化の違いによる壁/4つの壁を乗り越えるには
 
3章 世界で活躍する人ほど、「自己理解」を大切にしている

自社のこと、説明できますか?/ドバイ出張で、若手のエース・中山は、なぜ失敗したのか?/国内では意外と見ていない自社のこと/「自分自身」を理解することの重要性
 
4章 本質を見極めるために、これだけは押さえておきたいビジネススキル

海外で陥りやすい罠とは?/ベルギー欧州本社で大島が、仕事の波のなかで見誤ったもの/クリティカル・シンキングで違いを読み解く/「鳥の目」と「虫の目」で情報を集める/CEO目線で事業を捉える
 
5章 違いを乗り越えて、成果を生み出すリーダーシップ

「良かれと思って」が裏目に/アメリカ支社の現地スタッフが見た、2人の日本人リーダー/ギブ&テイクではなくギブ&ギブ/コミュニケーションの基本となる3E/言葉が伝わる度合いは36%!?/異文化理解を超えて、自社独自の文化を創るには
 
6章 異国の地でどんな自分でいるのか

最後に求められるのは、主観的な判断力/インドネシアの新規案件で、決断を迫られるリーダー・宮田の苦悩/主観的な判断とは何か/自身の価値観と社会的価値を重ね合わせる/自分のモチベーションの源泉を追求し、意味づける/志をみがく
 
7章 本社とあなたへのメッセージ

本社へのメッセージ/個人へのメッセージ/地球に境界はな

読者モニターからの声

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駐在員の必読書! 私自身も東南アジアで駐在8年目、これまで3ヵ国を渡り歩き、この本で書かれている同様の壁にぶち当たりました。
「もっと早くこの本に出会っていたかった」と思えるほど、実践向きで、目から鱗が落ちる内容が満載です。
(飲料メーカー、ベトナム・タイ・シンガポール駐在)
なぜうまくいかないのだろうと悩んだとき、うまくいきはじめて調子に乗ってしまったとき、折を見て読み返そうと思います。
海外で働く喜びを持ち続けるために、反省と勇気と自信を与えてくれる本です。
(スポーツ用品メーカー、アメリカ駐在)
筆者の駐在経験とグロービス講師として裏打ちされた知識、そして海外で働く多くの日本人の働き方や悩みを一緒に解決してきた体験が凝縮されている一冊。
駐在員のストーリーは多様でエキサイティングです。
本書の事例もリアルな話が満載で共感を誘い、同時に勇気をもらえる納得の教科書です。
(日系航空会社、タイ・シンガポール駐在)