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筧裕介×太田直樹『持続可能な地域のつくり方』対談

筧裕介(かけい・ゆうすけ) ※写真左
1975年生まれ。一橋大学社会学部卒業。東京工業大学大学院修了。東京大学大学院工学系研究科修了(工学博士)。2008年ソーシャルデザインプロジェクト issue+designを設立 。以降 、社会課題解決のためのデザイン領域の研究 、実践に取り組む 。日本計画行政学会・学会奨励賞 、グッドデザイン賞 、竹尾デザイン賞、カンヌライオンズ(仏)、D&AD(英)、他受賞多数 。著書に『持続可能な地域な地域のつくり方』『ソーシャルデザイン実践ガイド』『人口減少×デザイン』(単著)、『地域を変えるデザイン』『震災のためにデザインは何が可能か』(共著・監修)など。
太田直樹(おおた・なおき) ※写真右
New Stories代表。地方都市を「生きたラボ」として、行政、企業、大学、ソーシャルビジネスが参加し、未来をプロトタイピングすることを企画・運営。 Code for Japan理事やコクリ!プロジェクトのディレクターなど、社会イノベーションに関わる。 2015年1月から約3年間、総務大臣補佐官として、国の成長戦略であるSociety5.0の策定に従事。その前は、ボストン コンサルティング グループでアジアのテクノロジーグループを統括。noteで「未来はつくるもの、という人に勧めたい本」(翻訳書ときどき洋書:タトル・モリエイジェンシー)を連載中。

:太田さんとちゃんと話すのはこれが初めてですよね。

太田:お会いするのは「SDGs de 地方創生ゲーム」以来ですね。

:そう、ゲームの体験会に来てもらいたくて。直接の面識はなかったけど、共通の知り合いはたくさんいて。で、なかば無理やり来てもらって、太田さんは予定があって1時間くらいしかいられなかったけど、「今度これを合宿に使いたい」と。

それで後日、太田さんのためだけに「SDGs de 地方創生ゲーム」のファシリテーター研修を。だから今日で会うのは3回目。でも、話は合うに違いないと勝手に思っていました。

太田:2年前から「風の谷」というプロジェクトをやっていて、そのメンバーが集まる合宿であのゲームをやりたかったんです。

:太田さんは昨年まで総務大臣補佐官をされていて、いまはどんなことをされているんでしたっけ?

太田:そうですね、補佐官時代は3年で100、9日に1つというペースで日本の地域を訪れて、首長や商工会の方々に会っていました。いまも色んな地域に行っていますが、力を入れているのは、広島の福山、福島の会津若松ですね。

福山は教育がテーマで、一緒にプロジェクトを動かしているのは教育関係の人が1/3、そのほかの人が2/3くらい。基本はハッカソンをやって実証実験をやって、仕組みや制度を変えていく。会津若松は、未来の暮らしについて企業・行政・大学が入りまじって実証をしています 。

「この本、だれ向けなんだろう?」

:太田さん、『持続可能な地域のつくり方』を献本したらすぐにFacebookで本の感想を書いてくれたじゃないですか。しかも、とてもポジティブに受け止めていただいて。あれで、ほっとしたんです。

(太田さんがFacebookに投稿した感想全文)
本書は、中山間や超人口減少地域を対象にしている。行政がリードする地方創生は、かれこれ30年やっていて、あまり成果がでていないのが現状だ。失望、あきらめ、批判の声をよく聞く。

でも、この本は、ぜひ手にとってほしい。そう、読んでみて思った。著者である筧裕介さんの「暖かな知恵」が、あなたを照らし、豊かな未来の可能性を示すだろう。

構成にセンスがある。まずSDGsと地方創生の関係について触れたあと、SDGsの17ゴールにおける55の課題について、数字と分析が第2章にコンパクトにまとまっている。地方創生に関心がなくても、手元に置いてときおりパラパラめくると、何かしらの(課題と)チャンスが見えてくると思う。

もうひとつ、本書を光らせるのは、各章の間にバランスよく配置された「技術」というコラム。10年間地域で活動してきた中で試された技術 ー <地図を描く技術>や<対話の場をつくる技術> などが、とても分かりやすい写真やイラストで説明されている。これらが、各章で説明されるアプローチを、とても手触り感のあるものにしている。

パート2には、持続可能な地域づくりを実践する4つのアプローチがある。
・つながり協働し高め合う「地域コミュニティ」
・道を照らしみんなを導く「未来ビジョン」
・一人ひとりの生きがいを創る「チャレンジ」
・未来を切り拓く力を育む「次世代教育」
ひとつひとつは、よく言われていることかもしれない。ただ、2つのことが、この本を際立たせている。

ひとつは、地域を機械的ではなく、生命的に捉えていること。機械的というのは、いくつかの課題に因数分解して、それぞれ<課題→ソリューション>と解く、というやり方だ。例えば、人口減少→移住促進、雇用減少→企業誘致、のようなやり方。このやり方の何が悪いのだろうか。生命的だと、どう変わるというのか。

このことが、元NHKキャスターの国谷祐子さんのインタビューにあるアフリカのチャド湖のエピソードと図を見ると、直感的に「なるほど!」となる。これまでの地方創生のやり方の問題点がわかるだけでなく、SDGsの本質もわかる。この「ループ図」は、本書を読みながら、自分で描いてみることをおすすめしたい。

実は、上の4つのアプローチは、生命体としての地域で課題が複雑にからみあっている中で、たくさんの課題が関連する「レバレッジ(テコ)ポイント」なのだ。本書の中ごろにある「地域の生態系の課題ループ図」をみると、よく分かる。

もうひとつは、地域の産業・雇用について、結果(産業振興と雇用拡大)ではなく、プロセスに、具体的には「チャレンジ人口」に振り切っているところ。これも生命的な考え方が背景にあるのだけれど、チャレンジは、仕事をつくるだけでなく、孤立や教育水準低下、生活困難など、様々な課題に関わっている。つまりテコが効くのだ。よって、一見回り道のように見えるが、限られたヒト・カネの投入に対して、結果として雇用を多く生み出す。

チャレンジを増やすと言われても、どこから始めるかイメージが湧かないかもしれない。それについては、6つのステップで、<問いをたてる技術><発想する技術>などを交えて、とても分かりやすく紐解かれている。

また、会議体や場のようなしくみではなく、個人の思い、そのぶつかり合いなどの「熱」をつくることに徹しろ、というのも大事なところだろう。熱があるから風(チャレンジ)が生じるというのは比喩ではなく、社会の力学としても実証されつつある。

本書の冒頭と最後に「サイエンス」という単語がある。”経験や事例を元にする曖昧な地域づくりではなく、知識と科学に基づく「サイエンスとしての地域づくり」を体系化することを目指し”とある。ただ、全編理屈っぽくはなく、すーっと入ってくる。

末尾に50冊くらいの参考文献が並んでいる。僕は半分くらい読んでいるけれど、結構、読むのに骨が折れる本がある。著者の筧さんは、おそらくここに書かれていない本も読み込んでいると思う。そして、それらの知恵を地域に入って実践し、また探求し、実践する。これを10年間繰り返してきたのだと思う。

そうして現場で磨かれた知恵は、「切れ味鋭い」というのではなく、なんだかとても「暖かい」のだ。そのことに、近い領域で仕事をしている自分は感動したし、ぜひ、たくさんの人がこの本の「暖かな知恵」に触れてほしいと思う。

:6年前に『ソーシャルデザイン実践ガイド』という本を書いて、『持続可能な地域のつくり方』は、その地方創生版という位置づけでした。でも書いているうちに、「あれ、これって、だれがやるんだろう? だれ向けなんだろう?」と思ってしまって。行政なのか、市民か、企業か、ローカルの起業家なのか。

結局、地域をつくる担い手は複雑に色んな人が関わる。だから、色んな人が色んな場面で色んな形で使える本に、という方針で一応落ち着きました。

太田:テーマは違うんですが、この本を読んでいて『パタン・ランゲージ』を思い出しました。やっていることは専門的だけど、建設の人だけでなく、色んな人が関わるという思想。

:ベスト5くらいに影響を受けた本ですね。

太田:この本も色んな人に開かれている。あと、本のなかでも度々書かれていますが、「サイエンス」にこだわっていますよね。再現可能な方法論として、僕が慣れ親しんできたのはロジックツリー。課題をA, B, C…と要素分解して、さらにAを分解して。

でも、地域に行って話を聞いたり、実際に手を動かしたりすると、地域の課題は分解できないものばかりで、要素同士が複雑に絡み合っている。だから、この本にはシステム思考やデザイン思考のエッセンスがふんだんに取り入れている。知らない間に両方の思考を体験できる。特に元NHKキャスターの国谷裕子さんのインタビューにある、アフリカのチャド湖のループ図は保存版。読んですぐに自分のノートに書き写しました。

「書いては壊し」を繰り返して、いちばん大切だと気づいたのが終章

:さっきも言いましたが、この本を書いているうちに、だれ向けなの?という迷いが出てきて。それと同時に、太田さんみたいな実践家の人に、つまらない本と思われたくなくて。だから、先端なもの、とがったものを提言したほうが受けはいいよな、とか思ったりして。

太田:わかる、わかる。

:一方で、市民に伝わる本、市民が使える本にしないと意味がない、という想いも。

太田:ああ、それはすごく感じましたね。同じ内容で、もっとかっこよく書けただろうなと。でも、あえてそうしなかったんだなと。ナントカ思考、とかね。そうすれば、その分野の専門家と見なされるし、講演とかも増えそうだし。

:誘惑に負けなくてよかった。本を書く時、最初の原稿の時点で、基本的にもうほとんど完成に近いものを編集者さんに渡しています。だから、本になるのが早い。でも今回はもう何度も壊れて。途中で壊れた時に、いちばん大切だと気づいたのが終章。終章だけでもいいかなと思ったくらいで。

太田:へー、そうだったんだ!

:地域に行くとよく思うのは、実は誰も、そんなに困っていない。暮らしは豊かで、幸せで、いまの状態で機能はしている。でもそれが持続可能か、という問題は孕んでいる。わかりやすくいうと、極度の貧困にあえいでいるというわけではない。

喫緊の課題というより、いま魅力的な姿があり、それが日本の未来の豊かさのひとつであり、でもそれがいまのままでは続かないだろうという現実がある。そして、このままいくと食文化とか伝統がなくなり、日本の地域が均一化してしまうという危機感が僕の中で募っていった。そういう、いろんな思いや現実のバランスをとりながら書いたんですよね。

太田:終章だけ、あれって感じですよね。それまでは、方法論を地に足つけて語る。でも終章を読むと、あれ、この本なんだっけ?って。でも、これが大事で。課題を解決しようと思って創れる未来には限度がある。そうみんなきっと思っている。

この本を読んで力を出せる人がひっかかるのが、たぶん終章。課題はたくさんあるけど、一個一個解決するんじゃなくて、課題があるからこそ、見たことのない未来をつくりましょう、と。そういう意志を感じる。

:僕は最初、英治出版の高野さん(本書の担当プロデューサー)に出したとき、だめって言われるかと思って。

太田:終章だけ、もっかい読みましたもん。そうそう。この章は、ある意味、課題を手放した感じがする。いい余韻、いい読後感になっている。

高野:僕がいいなと思ったのは、終章は筧さん自身が出ている、筧さんの背中が見える。かつ、大野さんとか地域の人も登場する。だから、ここまで読んで頭で理解した人が、終章を読むと、自分たちや地域にあるものを感じながら、思い起こしながら、「よし、やるか」という気持ちになる。通しで読んだ時に、ここは力を与えると思いました。

太田:僕も最後にこれがあるから、アクションにつながる本だなあと思った。行動する人のモチベーションをつくる。終章は、自分の思い入れのある所に行って読むとよさそう。自分がある一定期間コミットする源はなんだろう?と終章を読みながら考えると、よさそうですよね。

日本の地域、課題はたぶん同じ

太田:話は変わっちゃうんですが、地域に行って大学生や高校生と話していると、海外と地域が等距離になりつつあるように感じるんです。チャレンジする場所といえば、これまでは海外だった。でもいまは、アフリカか海士町か、みたいに捉える若者が増えている。

一方で、これはある友人から聞いた話なんですが、彼は日本や海外で親向けに講演するとき、「自分の子供の可能性に自信があるか?」と決まって聞くんだと。それで、海外はほぼ100%が手を挙げて、インドなんて両手。

:それはすごい……。

太田:インドは半分冗談だと思いますが、日本の親に聞くと、ほとんど手が挙がらない。この話、たしかに残念なんですが、僕も娘がいま美大に通っていて、「これからどうするんだろう?」ってやっぱり思っちゃうんですよね。子供の変化に、大人が戸惑っている。子供の可能性をどう引き出すか、自信がない。親が子供の可能性や自己肯定感にキャップをかけてしまっているのかも。

:ちょっと似ていることが、地域や行政の中でも起きているかもしれません。

太田:まわりが無理解や無関心で、孤立無援の人は役場にも学校にもいますね。そういう人たちが少しずつ、つながり始めているのはいいことだと思いますが。

:日本の地域の課題は結局、共通しているんじゃないかと思う時があります。誰がいるか、いないか。海士町は、それが山内元町長と役場の課長たちから始まって増殖していった。でもそれが首長である必要はない。

太田:わかりやすいのはヒーロー物語。でもコンサルティング会社に長く務めていた実感としては、ビジネスも地域も、変えるのは一人のリーダーではない。むしろダメにするのがリーダー。組織は上から腐る。でも変わるのは、上からとは限らない。

:自分がやらなくても、変化を受け入れられる度量は、首長に必要ですよね。でも、変える人が首長である必要はない、というのは大賛成。変化を起こせる人材は、どんな地域にもどんな立場でもいるはず。

太田:だからこそ、色んな人にひらかれていることが、地域づくりには大切なんですよね。行政が「やってあげて」、市民は「やってもらって」ではなく、もうみんなが寄ってたかって変える。

:この10年間、色々な地域の活動に関わらせていただいた。でも、自分がやってきたことのソーシャルインパクトはとても小さい。そして、自分自身が毎月遠方の地域を訪れ、活動するやり方は再現性が低い。これではだめだと。

太田:ああ、この本のリアリティは、そこから来ているんだなあ。

:太田さんのような実務家、役場の人、市民、そして都市に住んでいるけど思い入れのある地域がある人とか、いろんな人に読んでもらえたらうれしいです。

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