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複雑な市場にコミットする起業家には何が必要か?(株式会社エス・エム・エス、Reapraグループ創業者 諸藤周平さん)

2021年1月に発売した『未来を実装する──テクノロジーで社会を変革する4つの原則』。世に広がるテクノロジーとそうでないものの違いを明らかにし、テクノロジーで社会を変革する方法論を説いた本です。
本書では、さまざまな立場で、テクノロジーの社会実装を実践する方々のインタビューを掲載しています。今回は、起業家として、高齢社会に適した情報インフラを構築する株式会社エス・エム・エス、東南アジア及び日本で活動するベンチャービルダーReapraグループ(以下Reapra)を創業し、社会実装に取り組む諸藤周平さんのインタビューを公開します。
介護業界をはじめ、規制や政治、消費者のリテラシーなどが複雑に絡み合う市場で、事業を進めてきた経験から語っていただいています。

──諸藤さんの創業されたエス・エム・エスでは、20を超える新規事業を立ち上げられてきていますが、どのようにその社会実装を行われてきたのでしょうか? ほかの企業と何が違ったのでしょうか?

長期的な時間軸を意識していました。50年や100年続いている企業は、時代の流れに乗っています。私が会社を始めた当時、東アジアが急速に老いていくという問題は予想されていて、その時代の流れに乗ることを考えて介護業界に入るのを決めました。50年や100年の時間軸で見たほうが、相対的に事業の最大利益は大きくなりますし、社会に出せるインパクトも大きくなります。

マクロではそうした市場の変化を見たうえで、足元では短期的に市場で利益が出せる事業を行いました。短期の視点で言えば、リサーチするよりも実際のビジネスをしたほうが洞察が得られやすいからです。そして利益が出れば事業を長く続けることができます。なので、短期的に利益が上がりうるところで事業を始めて、事業をしながら業界に対する洞察を得て、徐々にあるべき社会やインパクトの解像度を上げていきました。

当時、同じ介護領域のスタートアップでは、ベンチャーキャピタルから資金調達をして大がかりなシステムを最初から作ろうとしていた会社もありました。でもそうした会社はうまくいきませんでした。介護業界は規制や政治の動きや、実際の介護業者の動き、さらにはユーザーのリテラシーなどが複雑に絡み合います。それを最初からシステム化しようとするとなかなかうまくいかなかったのでしょう。テクノロジーの凄さで資金を調達して事業を進めようとして、その結果、システムは完成するものの顧客が使わないものを作ってしまったようです。

一方で私たちは顕在化しそうなニーズに対してビジネスを行い、その中で必要に応じてテクノロジーを取り込んでいくという動きをしていました。そして、ボトムアップでステークホルダーやルールなどに対して影響力を上げて、次第にその市場構造を作る、といった動きをしていたように思います。
もちろん、介護領域ではそうしたやり方が比較的有効だったというだけであって、すべての領域でこのやり方が当てはまるわけではないと思います。

──現在はReapraで、研究と実践をしながら日本と東南アジアで90以上の会社を立ち上げようとされています。「複雑性の高い市場」に挑んで新しい産業を作ることを目指しているということですが、どのような進め方をされていますか?

ステークホルダーが多かったり、事前予測が難しかったり、変化のタイムスパンが長いような市場のことを、私たちは「複雑性の高い市場」と呼んでいます。たとえば行政の方針が変われば事業の方向性も変わる可能性があるとか、消費者のリテラシーが関わるような領域です。私がエス・エム・エスで取り組んだ介護業界はまさにそうした領域でした。

こうした市場は、普通の会社がやろうとすると、短期ではなかなか大きな市場にならないので、合理的に考えると参入対象から外れてしまいます。また既存の金融機関も、ファンドの回収期間との問題で投資が難しい領域で、投資対象になりません。私たちはそうした領域に対して、長期間にわたって関わることを前提に取り組もうとしています。投資の用語でいえば、ロングに時間を取るとインセンティブがつくような市場に投資する、と言い換えられるかもしれません。

ただ、あまりにも複雑性が高すぎると、偶然に頼ることになってしまいます。なので、複雑すぎる領域は狙いません。私たちReapraが狙う領域は、「今は有意に市場が複雑だけれど、意図を持って長い時間をかければ、その複雑性をマネージできるような領域」と言えるでしょう。つまり、十分に複雑な領域であっても、きちんとスイートスポットがある市場を探して、そこに適した起業家に対して投資をします。

こうした市場においては、マクロでの情報収集をして最終形を描きながら、実際には市場や顧客から情報や洞察を得ていく必要があります。事業という実践の中で、情報や洞察を得ながら学んでいくことが優位性につながるんですね。

エス・エム・エスでやっていた介護領域を例にすると、介護保険の規制の変化というマクロな情報を取りながら、ミクロで介護の事業をやって生の情報や洞察を得ていくことで、徐々に変わっていく複雑な市場に対応することができます。そのためには、最終形を描きながらも、まずはキャッシュフローが回る事業をするといいと思っています。必ずそうした事業領域はあるはずなので。そうして徐々に事業の塊を大きくしていって、最終形に辿り着く、というストーリーですね。こうして、あえて長期で考えることで、より大きな利益が得られます。

これまでは、法や規制、政治家には触らないほうがいいと思っていました。そうしたところは変わらないという前提で、ビジネスのインパクトを徐々に大きくしていって、最終的に変えればいいと思っていたんですね。しかし長期で考えるからこそ、最初から法や規制などに小さくアプローチして、最終的に市場の構造自体を変えていくという手段もあるかもしれない、とも思い始めています。

たとえば政治に関わる人たちとの勉強会をしたり、最初から少しだけ幅広いステークホルダーと対話したりしていくなどです。法や規制などのアプローチは取りうる一つの手段でしかないとはいえ、市場を静的に観察して構造を把握するだけではなく、市場の構造を動的に変えていくという手段もあるかもしれません。

──複雑性の高い市場に挑むためには、起業家の個人にどのような資質が求められるでしょうか?

まずは物事を単純化して捉えず、複雑なものを複雑なままに見ることだと思います。そうすることで、本質的な課題を俯瞰的に捉えられるようになると思います。そしてこうした複雑性の高い市場は、事前にはどうなるかが読めないので、やりながら経験学習するような事業だと思っています。なので、経験から学べる起業家というのは重要だと思っています。

あとは長期的にその領域で学習したいと思っているかどうかですね。取り組みが長期になるため、起業家は独自の価値観をベースに、その領域に強い内発的動機を持つことが求められます。そのためには自己理解や、なぜその領域をやり続けるのか、自分なりのストーリーを持っている必要があります。

これらをまとめて、Reapraでは「社会と共創するマスタリー(熟達)」というテーマを掲げながらやっています。起業家自身が強い信念を持って長期的に事業にコミットすることで、ビジネスのみならず起業家自身も成長でき、そして社会に貢献していくことができるはずです。

(注)ウェブ掲載にあたり、可読性向上のため、改行を加えています。

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諸藤 周平
株式会社エス・エム・エスの創業者であり、11年間にわたり代表取締役社長として同社の東証一部上場・海外展開など成長を牽引。同社退任後2014年より、シンガポールにてReapraグループを創業。アジアを中心に産業規模のマーケットリーダーを創出することを目的に、ベンチャー企業への投資や共同での立ち上げ、長期視点で成長を伴走支援する活動等に取り組んでいる。1977年生まれ。九州大学経済学部卒業。
未来を実装する──テクノロジーで社会を変革する4つの原則
馬田隆明著

今の日本に必要なのは、「テクノロジー」のイノベーションよりも、「社会の変え方」のイノベーションだ。
電気の社会実装の歴史から、国のコンタクトトレーシングアプリ、電子署名、遠隔医療、加古川市の見守りカメラ、マネーフォワード、Uber、Airbnbまで。
世に広がるテクノロジーとそうでないものは、何が違うのか。数々の事例と、ソーシャルセクターの実践から見出した「社会実装」を成功させる方法。
ロジックモデル、因果ループ図、アウトカムの測定、パブリックアフェアーズ、ソフトローなど、実践のためのツールも多数収録。
デジタル時代の新規事業担当者、スタートアップ必読の1冊。

【目次】

はじめに
第1章 総論──テクノロジーで未来を実装する
第2章 社会実装とは何か
第3章 成功する社会実装の4つの共通項
第4章 インパクト──理想と道筋を示す
第5章 リスク──不確実性を飼いならす
第6章 ガバナンス──秩序を作る
第7章 センスメイキング──納得感を作る
社会実装のツールセット1~10
おわりに

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