最先端のテクノロジーとガバナンスのギャップを埋める(世界経済フォーラム第四次産業革命日本センター長 須賀千鶴さん)
2021年1月に発売した『未来を実装する──テクノロジーで社会を変革する4つの原則 』。世に広がるテクノロジーとそうでないものの違いを明らかにし、テクノロジーで社会を変革する方法論を説いた本です。
本書では、さまざまな立場で、テクノロジーの社会実装を実践する方々のインタビューを掲載しています。今回は、経済産業省を経て、世界経済フォーラム第四次産業革命日本センター長を務める須賀千鶴さんのインタビューを公開します。
テクノロジーが社会に大きく影響を与える今、規制や政策といったガバナンスのアップデートの最前線について、語っていただいています。
──世界経済フォーラム第四次産業革命センターについて教えてください。
AI、IoT、ビッグデータなどの第四次産業革命のテクノロジーが社会を大きく変えていく中で、ルールと最先端テクノロジーのギャップ、つまり「ガバナンス・ギャップ」を解消しなければいけないという問題意識のもと、創設された組織です。ギャップを埋めるにはどういった変化の方向が望ましいのか。官民を交えたマルチステークホルダーで議論して、グローバルにコンセンサスを形づくっていくためのプラットフォームとして、世界各国に拠点があります。
2017年3月にサンフランシスコに本部が設立され、日本のセンターはサンフランシスコに次いで世界で二番目にできた拠点です。世界経済フォーラム、日本政府、アジア・パシフィック・イニシアティブという独立系のシンクタンクの三者がジョイントベンチャーとして立ち上げました。
日本政府の窓口として経済産業省が創設メンバーになっているほか、厚生労働省、農林水産省、国土交通省、財務省からも若手官僚にフェローとして参画いただいています。また15社のパートナー企業からも、資金提供に加え、各分野の優秀な社員にフェローとして参画いただきながら、官民が入り交じって議論をしています。
──どのようなことが議論されているのでしょうか?
第四次産業革命にまつわる、様々なテクノロジー・ガバナンスについて議論が交わされています。その一つが、第四次産業革命における最重要課題であるデータ・ガバナンスです。日本政府として、Data Free Flow with Trust (DFFT:信頼性のある自由なデータ取引)を提唱し、データに関するルールやグローバルなコンセンサスを作っていこうとしています。
DFFTの論点にはいくつかありますが、その論点の中でもポイントとなるのが、自由で開かれたデータ流通と、データの安全・安心を両立させるために、第四次産業革命時代の信頼(Trust)をどう再設計していくかという点です。
信頼の仕組みを作るための道具として規制があります。規制は、その規制が作られた当時の社会構造や時代背景を前提として設計されているので、時代の変化に合わせてアップデートしなければなりません。特に第四次産業革命による変化は、非連続で大きなものです。規制のアップデートを的確かつ迅速にしていく方法が、今世界中で議論されています。
──世界での規制の議論は、どんな状況なのでしょうか?
世界を見渡してみると、データの流通基盤についてはインドやエストニアが先行していますが、データに関するガバナンスのイノベーションについては、日本とイギリスが先行しています。
私が規制にこそアップデートが必要だと気付いたのは、経済産業省でFinTechを担当していた2017年頃、「イノベーションと法」勉強会を開いていたことがきっかけです。そのときにFinTech企業の方々が、金融の法制度がおかしい、ビジネスの実態に合っていないと、様々な問題を指摘されていました。私も初めは規制当局がおかしいのかと思っていたのですが、勉強会を一年間行って議論した結論は、当局が必死で改正しても追いつけないほど、規制の時代背景が変わってしまったのだということでした。
この勉強会の結論を公表したのとほぼ同時期 、2018年4月に世界経済フォーラムも最初の「アジャイルガバナンス」に関する報告書を出しており、新しいガバナンスを必要とするテクノロジーにどう対処するかが、世界的にも大きなアジェンダになってきていました。
さらに世界経済フォーラムでは、各国で様々な問題に応じて編み出されているテクノロジーに対する政策について、情報共有と議論が始まっていました。第四次産業革命日本センターは、そうしたグローバルでの議論と同期しながら、日本からもグローバルに対して知的に貢献するために日々活動しています。
──第四次産業革命の時代における新しいガバナンスとは、どういうものでしょうか?
まずは、AI、IoT、ビッグデータなどのテクノロジーに対する新しいガバナンスを提案する必要があります。そして、それだけではなく、AIやIoTなどのテクノロジーをガバナンスに応用することができると思っています。
わかりやすいものとして、車の例を紹介させてください。
現行法のもとでは、「車は人を傷つけない」という社会の信頼を確保・維持するために、運転者に免許証を持たせ、更新する仕組みを作っています。さらに車は2年に一度車検を通すことを義務化して安全性を確保し、道ごとに速度制限を課しています。
しかし、第四次産業革命時代には、ソフトウェアアップデートで随時進化する自動運転車が登場します。それに合わせて信頼確保の仕組みもアップデートすることが必要です。
たとえば車検の代わりにデータを使うことができます。車をリアルタイムにモニタリングして、不具合があったらまずは製品側が自己診断をする。今すぐに車を止めたほうがいいのか、走り切った後に修理に出せばいいのか、そういったことを製品側が判断して対応するのです。そうすると従来の画一的な「2年に一度」という車検の仕組みをもっと柔軟にできるかもしれません。また、速度制限を課さなくても、特定の道では一定以上の速度が出ないようにすることで、歩行者がより安全に歩きやすい道を作ることも可能でしょう。
──実際にどのようにガバナンスをアップデートしていけばよいでしょうか?
二つの手法があると思っています。一つは、免許、目視、立入りなどの人間の存在を前提としている規定を見つけ出して、機械やコンピュータによる代替を検討していくことです。
二つ目は、定期検査や定期点検の義務づけなど、法律で手段を規定しているケースを抽出し、手段ではなく達成すべき性能だけを規定するよう変更することです。たとえば、先ほどの車の例にあったリアルタイムのモニタリングや自主点検、ソフトウェアの導入等によって企画・設計段階からコンプライアンスを確保するコンプライアンス・バイ・デザインなどが挙げられます。
こうしたことを行うためには、法律の立法趣旨に立ち戻る必要があります。生命や財産など、どのような法益を守り、どのようなリスクを回避したくてこの規制があるのかを遡ってよく考え、法システムを解きほぐします。そのうえで、法律の本来の趣旨に即しながら、第四次産業革命のテクノロジーを前提にしたときに、最適な規制の手段は何かを考えなおしていくのです。
私は規制の「リファクタリング(プログラムの外部から見た動作を変えずに、ソースコードの内部構造を整理するという意味のプログラミング用語)」と呼んでいますが、こうした作業を国全体として進めていくことで、今の時代に合わせた信頼を再設計できるのではないでしょうか。
(注)ウェブ掲載にあたり、可読性向上のため、改行を加えています。
須賀 千鶴
世界経済フォーラム第四次産業革命日本センター センター長。2003 年に経済産業省に⼊省し、途上国⽀援、気候変動、クールジャパン戦略、コーポレートガバナンス、FinTechなどを担当。2016年より「経産省次官・若⼿プロジェクト」に参画し、150万DL を記録した「不安な個⼈、⽴ちすくむ国家」を発表。2017 年より商務・サービスグループ政策企画委員として、提⾔にあわせて新設された部局にて教育改⾰等に携わる。2018 年 7⽉より世界経済フォーラム第四次産業革命日本センターの初代センター⻑に就任。2003年東京⼤学法学部卒、2009年ペンシルベニア⼤学ウォートン校MBA(医療経営専攻)修了。
未来を実装する──テクノロジーで社会を変革する4つの原則
馬田隆明著
今の日本に必要なのは、「テクノロジー」のイノベーションよりも、「社会の変え方」のイノベーションだ。
電気の社会実装の歴史から、国のコンタクトトレーシングアプリ、電子署名、遠隔医療、加古川市の見守りカメラ、マネーフォワード、Uber、Airbnbまで。
世に広がるテクノロジーとそうでないものは、何が違うのか。数々の事例と、ソーシャルセクターの実践から見出した「社会実装」を成功させる方法。
ロジックモデル、因果ループ図、アウトカムの測定、パブリックアフェアーズ、ソフトローなど、実践のためのツールも多数収録。
デジタル時代の新規事業担当者、スタートアップ必読の1冊。
【目次】
はじめに
第1章 総論──テクノロジーで未来を実装する
第2章 社会実装とは何か
第3章 成功する社会実装の4つの共通項
第4章 インパクト──理想と道筋を示す
第5章 リスク──不確実性を飼いならす
第6章 ガバナンス──秩序を作る
第7章 センスメイキング──納得感を作る
社会実装のツールセット1~10
おわりに
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