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『未来を実装する』の「はじめに」を全文公開します。

1月24日発売の『未来を実装する――テクノロジーで社会を変革する4つの原則 』。電子署名、遠隔医療、市の見守りカメラ、マネーフォワード、Uber、Airbnbなど……世に広がるテクノロジーとそうでないものの違いを読み解き、テクノロジーで社会を変革する方法論を説いた本です。発売を前に、著者の馬田隆明さんによる「はじめに」を公開します。

「社会実装」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。AIの社会実装、ブロックチェーンの社会実装、IoTの社会実装、自動運転の社会実装、スマートシティの社会実装など、ニュースでも目にすることが増えました。社会実装とは、端的に言えば、新しい技術を社会に普及させることです。

非営利・独立系のシンクタンクである一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブでは、2019年4月から1年半にわたり、テクノロジーの社会実装について、特にこの数十年で大きく存在感を増したデジタル技術の社会実装についての調査・研究を行いました(著者は本プログラムの座長を務めました)。

国内外の成功・失敗例を分析するなかで見えてきたのは、今の日本に必要なのは、注目されがちな「テクノロジー」のイノベーションではなく、むしろ「社会の変え方」のイノベーションではないかということでした。いくら新しいテクノロジーが開発されても、それを受け取る社会のほうも変えていかなければ、新しいテクノロジーが活きることはありません。テクノロジーのイノベーションだけを見ていては、社会の中で新しいテクノロジーをどう包摂するかという視点が抜け落ちてしまいます。

たとえば、諸外国ではよく使われているのに、日本ではなかなか広まらないライドシェアのUber Taxi。テクノロジー自体は世界共通のはずなのに、なぜ日本では導入が進まないのでしょうか。シェアリングエコノミーという観点ではUber Taxi と同じ、民泊プラットフォームのAirbnb。Airbnb はUber に比べてなぜ日本でうまく受容が進んだのでしょう。そして2020年のコロナ禍において急速に普及が進んだ電子契約・電子署名。2020年に電子署名のテクノロジー自体に進展があったわけではないのに、なぜ急速に普及したのでしょうか。

こうした事例を調査してきた中で私たちが見つけたのは、テクノロジーの社会実装プロジェクトの成功者たちは、よりよい未来をつくることを目的として、社会の仕組みに目を向け、人々とともにプロジェクトを進めていたという点でした。言い換えれば、彼らはテクノロジーを社会に実装しようとしていたというより、テクノロジーが生み出す新しい社会、つまり「未来を実装」しようと努めていたのです。

本書ではそうした事例をもとに、テクノロジーの社会実装の方法論を提示します。その中でも特に重要なのが、未来の理想、言い換えれば「インパクト」を描き、道筋とともに提示することです。

理想を定めることで、理想と現状との差が課題や問い――「なぜ今はそうなっていないのだろう」「どうやればそこに辿り着けるのだろう」といった問い――となって見えてきます。つまり、インパクトを描く力は新たな問いを生み出す力でもあり、良い問いを生み出す力は論理的思考やデザイン思考などに加えて、これからのビジネスパーソンに必要とされる能力でもあると考えています。2010年代によく手に取られた『イシューからはじめよ』という書籍にあやかって言えば、これからのビジネスは「インパクトからはじめよ」というのが本書に通底するメッセージです。

この本が目指している成果は、デジタル技術を活用して大きな課題を解決しようとする起業家や企業の新規事業担当や技術者の皆さん、そして彼らと協働する行政関係者やソーシャルセクターの皆さんにとってのガイドブックとなり、より多くの社会実装を成功させることです。

本書が類書と異なる点は、いま世界で起こっている数々の社会実装の「What」ではなく、「How」を中心にまとめている点です。テクノロジーによって変わる社会の未来予測をするのではなく、そうした未来を作るための手法について解説しています。そして単なる経験談だけには基づかず、学術的な知の蓄積の活用も心がけながらまとめました

また、未来を作るヒントとして、ソーシャルセクターの知見やツールを取り入れているのも特徴です。SDGsをはじめとした社会的インパクトへの民間企業からの貢献が求められる中、民間企業が未来を実装していくうえで、これまでソーシャルセクターで発展してきた、社会的インパクトを出す方法、規制や政治との関わり方から学べることは多いはずです。

1章と2章では、社会実装の概要とこれまでの背景を説明しています。もし背景は知っているという方は、3章から読み進めてください。私たちが見出した、社会実装を成功させるための4つの原則と1つの前提を、事例とともにご紹介しています。4章から7章では、4つの原則(インパクト、リスク、ガバナンス、センスメイキング)をそれぞれ説明していきます。考え方ではなく、もっと具体的な方法論を知りたい場合は、章末に実践のためのツールを10個紹介しているので、そちらを読んでいただければと思います。

私はテクノロジーが好きです。人類の知の発展とその結晶であるテクノロジーが未来をより良いものにすると信じています。しかしテクノロジーの進歩だけですべての問題――たとえば気候変動や貧困、格差などの問題――を解決できるとも思っていません。人類の手によって生まれたテクノロジーを最大限活かすには、テクノロジーをうまく受け容れて活用できる社会が必要です。そのためには社会を理解し、ときには社会を変えていく必要があります。

テクノロジーに比べると、社会はゆっくりとしか変わりません。歯がゆいこともあると思います。失敗することも多くあるでしょう。むしろ社会を変えるすべての取り組みは、いくつかの面では失敗します。しかしある面で失敗したとしても、他の面では少しずつ前進していけるはずです。取り返しのつかない失敗でさえなければ、もう一度やり直せます。そうして少しずつでも社会を変えていき、テクノロジーが社会でより活用される環境を作り、すべての人々がテクノロジーによるイノベーションの恩恵を享受できる、そんな未来を作りだすための方法論が、いま語られるべきだと信じています。

本書が未来を実装する、挑戦者の皆さんの一助になれば幸いです。

(注)ウェブ掲載にあたり、可読性向上のため、改行を加えています。

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未来を実装する――テクノロジーで社会を変革する4つの原則
馬田隆明著

今の日本に必要なのは、「テクノロジー」のイノベーションよりも、「社会の変え方」のイノベーションだ。
電気の社会実装の歴史から、国のコンタクトトレーシングアプリ、電子署名、遠隔医療、加古川市の見守りカメラ、マネーフォワード、Uber、Airbnbまで。
世に広がるテクノロジーとそうでないものは、何が違うのか。数々の事例と、ソーシャルセクターの実践から見出した「社会実装」を成功させる方法。
ロジックモデル、因果ループ図、アウトカムの測定、パブリックアフェアーズ、ソフトローなど、実践のためのツールも多数収録。
デジタル時代の新規事業担当者、スタートアップ必読の1冊。

【目次】
はじめに
第1章 総論――テクノロジーで未来を実装する
第2章 社会実装とは何か
第3章 成功する社会実装の4つの共通項
第4章 インパクト――理想と道筋を示す
第5章 リスク――不確実性を飼いならす
第6章 ガバナンス――秩序を作る
第7章 センスメイキング――納得感を作る
社会実装のツールセット1~10
おわりに
画像1【著者】馬田隆明
東京大学産学協創推進本部 FoundX および本郷テックガレージ ディレクター University of Toronto 卒業後、日本マイクロソフトでの Visual Studio のプロダクトマネージャーを経て、テクニカルエバンジェリストとしてスタートアップ支援を行う。2016 年 6 月より現職。 スタートアップ向けのスライド、ブログなどの情報提供を行う。著書に『逆説のスタートアップ思考』『成功する起業家は居場所を選ぶ』。





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