『問題解決』まえがき 全文公開
問題解決とは
世の中は問題であふれている。人生は煎じつめれば「目のまえにある問題をどう解決するか」に尽きるだろう。誰もが問題を解決しようと頭を悩ませているが、なかなかうまくいかない。
それもそのはず。多くの人が、自分で正しいと思っているやり方で、あるいはその場の思いつきで対処しているからだ。
だから、あるときは運よく解決できるかもしれないが、いつも解決できるわけではない。また、一つの問題を解決しても、さらに多くの問題が次々と現れてくるのだ。「問題解決」というと、難しい分析や特殊な考え方など、専門的な内容を想像されるかもしれない。
しかし、本当にそうなのだろうか。実は「問題解決」とは、すべてのビジネスの現場で日々必要とされる普遍的な「仕事の進め方」である。
たとえば、トヨタ自動車では、過去40年以上にわたり、部門を問わずすべての社員にTBP(トヨタ・ビジネス・プラクティス)というトヨタ流の問題解決手法を実践させているという。
しかもトヨタに限った話でもなければ、メーカーに限った話でもない。私たちは現在、金融・商社・製造・流通・通信・サービスなどあらゆる業種で100 社を超える企業に対し研修をおこなっているが、多くのリーディングカンパニーでは「問題解決」が社員全員にとって必須のスキルであると認識しはじめている。
ビジネスは日々、問題解決の連続である。
にもかかわらず、その考え方を知らないがゆえに、どれほど多くの人々が「目先のモグラ叩き」を繰り返していることか。
本書は、ビジネスの現場からこうした無駄をなくし、すべてのビジネスパーソンが効率的・効果的に仕事を進めるための「手順」を明らかにしたものである。内容は、ビジネスパーソンが価値の高い仕事を遂行していくうえで必須となる「仕事の進め方」、すなわち問題解決の手順と、そこで求められる思考スキルのすべてを整理している。
とはいえ、「問題解決の書籍なんて、他にもたくさんある」と言う人がいるかもしれない。だが、ビジネスの現場で真に実用にたえる「問題解決の教科書」など、ほとんどないのが実状だ。
事実、私の会社で研修をおこなう際、問題解決のテキストに使える本は一冊もない。どの本も、ある著者の限られた経験から語るならばそのとおりなのだが、あらゆる業種にあてはまるほどの普遍性を意識しながら、ビジネスの現場で実践することを意識してまでは書かれていない。
多くの人が「問題解決は特殊なスキルだ」「自分の会社にはあてはまらない」と考えてしまう理由がここにある。そこで、デファクトスタンダードではないが「定番教科書」として使える本を自前でつくることにした。私たちの講師陣が100 社を超える企業での登壇経験を活かし、議論に議論を重ねて書き下ろした本、それが本書だ。
内容には、大きな特長が2つある。1つは、「わかる」ではなく、「できる」を目指していること。もう1つは、「課題設定型」まで言及したことである。すなわち、「あたりまえの状態」を目指すのではなく、高い問題意識に基づき「よりよい〈あるべき姿〉」を描き、自ら課題設定するための方法論を紹介していることである。
図0-1を見ていただきたい。これはビジネスパーソンに求められるスキルをマッピングしたものだ。前著『ロジカル・プレゼンテーション』では、このなかの1~4を書き下ろしたが、本書は5~7、すなわち「分析力」「問題解決」「戦略立案」といったスキルについて10年間、煮詰めて書き下ろした。
本書が目指すのは、単なる知識の付与ではない。読者の方が一連のスキルを身につけることで問題や課題を正しく認識し、その解決策を考え実行することで、人が動き、企業が動き、ビジネスが円滑に進むことを目指している。そして最終的に、企業が、社会が、世界がよくなっていくことを私たちは願ってやまない。
本書の構成
次に本書の全体構成を説明しよう。
本書は、図0-2のように、第1〜7章までの合計7つの章で構成されている。問題解決の手順はPDCAサイクルで整理されるが、第1〜5章までが「P(計画)」の部分、第6章が「D(実行)」、第7章が「C、A(評価と定着化)」に対応している。また「P」の部分については、第1〜3章が基本的な問題解決である「問題発生型」の内容を、第4章が応用的な問題解決である「課題設定型」の内容を、第5章が双方に共通する内容を説明している。
また、各章は、「ストーリー」「解説」「まとめ(ポイント)」という構成になっている。「ストーリー」は、架空のビジネスストーリーで、現場のリアルなイメージをつかみ、問題解決の手順を実感していただくために配した。
主人公の戸崎(とざき)は、京都にある上賀茂(かみがも)製作所というメーカーの経営企画部に勤務している。前著の『ロジカル・プレゼンテーション』にも登場した戸崎が、コンサルティング会社時代のクライアント企業であった上賀茂製作所に転職し、社長から業績が低迷している事業部の立て直しを命じられるところから物語は始まる。
「解説」は、ストーリーのなかで起こる出来事なども題材にしながら、問題解決の手順を詳しく解説している。「まとめ(ポイント)」は、解説のなかで最も重要なポイントを要約したものである。
次に、各章について概略を解説しよう。
第1章 問題解決の手順.......問題に直面したとき、どう考えるべきかを解説
第2章 問題の特定..............どこに問題があるのかを絞り込む方法を解説
第3章 原因の追究..............なぜ問題が発生するのか、広く深く検討する方法を解説
第4章 課題の設定..............高い問題意識をもって〈あるべき姿〉を構築する方法を解説
第5章 対策の立案..............発生した問題、設定した課題について、対策の立て方を解説
第6章 対策の実行..............着実に立案した対策を推進するうえでのポイントを解説
第7章 評価と定着化..........対策実行後に結果を評価し定着させる方法を解説
「問題解決」は誰に、どう役立つのか
さて、実際に本書は「誰に対して」「どのような局面で」役に立つのだろうか。本書の特徴を整理してみよう。
1 若手ビジネスパーソン
上司からさまざまな仕事を与えられ、現場で遂行しなければならない若手ビジネスパーソンにまず役立つのは、第6章の「対策の実行」である。ただ、指示された対策をこなしているだけでは成長は望めない。与えられた問題に対して自ら深く原因を考え、よりよい対策を生み出すには第3章の「原因の追究」、第5章の「対策の立案」も重要になってくる。
2 中堅ビジネスパーソン
ビジネスの最前線で最も多くの「問題」を抱え、日々奮闘しているのが中堅ビジネスパーソンである。ほぼ全章が役に立つが、第2章の「問題の特定」が最も参考になるだろう。中堅の方々は、若手に比べると格段に「大きな問題」に立ち向かうことが多い。その際、どこに問題があるのかきちんと特定できないと、無駄な原因を考え、無駄な対策を立案し、疲弊してしまう可能性が高い。
第1章の「問題解決の手順」をしっかり理解したうえで、効率的・効果的に仕事をこなしていく方法を身につけてほしい。
3 管理職層、経営者層
この層の方々で最も重要なのは、第4章の「課題の設定」、および第7章の「評価と定着化」である。目のまえで起こっている問題を特定し、原因を考え、対策をおこなうといった能力はすでに備えた階層といえよう。重要なのは「誰が見てもわかる」という次元の問題ではなく、「高いレベルの〈あるべき姿〉に基づいて自ら設定する」というレベルの課題を解決していくことだ。
また一度かぎりの対策実行では、組織の永続的発展は望めない。実行された対策をいかに振り返り、結果を評価し、再現性のある形で組織に落とし込んでいくかが求められている。
この層の方々は「わかって当然、できて当然」であるがゆえに、部下にも同じレベルを求める。その結果、問題の所在や原因の究明を頭のなかで即座におこない、「対策だけ」を部下に指示しがちである。そうなると部下が、言われたことしか「できなくなる」「やらなくなる」のは時間の問題だ。問題解決をスムーズに実践する組織をいかにつくりあげるかが、この層には求められている。
4 新入社員、就職活動学生
企業に勤めるビジネスパーソンだけでなく、就職活動中の学生の方々や、入社早々の新入社員の方々にもぜひ本書を読んでいただきたい。この方々は「頭ではわかるが、感覚的にわからない」という状況に陥ることが多い。問題解決の手順は、頭では理解できる。しかし、実際に企業内で働き、問題に突きあたり、悩み、苦労した経験がないので「実際の仕事ではどうなのか」がつかめない場合が多い。
本書は、私の実体験を元にした「ストーリー」を読むことで、ビジネス現場のイメージが膨らむように工夫されている。ぜひ「ビジネスの現場」を想像しながら、実務感を持って読み進めてもらいたい。
そもそも、就職活動中の学生あるいは新入社員といえども、「問題がない」ことなどありえない。身近な問題、自分の問題に対しても、問題解決の手順は適用できるので、学んだ成果を実践して、役立てていただきたい。
以上のように、本書は幅広い読者層の方に役立つと考えている。また、読者の方の立場によって、それにふさわしい内容を読み取っていただけるものと確信している。
なぜ「問題解決」というテーマを取り上げたか
以上、本書の全体を概観した。ここで、私が2作目として、また弊社が初作として、なぜ「問題解決」というテーマを取り上げたのか、その想いを述べてみたい。
私は、そもそも「問題解決」という学問ジャンルが存在していることさえ知らなかった。大学でも習わなかったし、MBAの科目でも目にしなかった言葉である。
しかしコンサルティングファームや事業会社でさまざまな仕事を経験していくうちに、ある想いが芽生えてきた。それは「どんな仕事であっても、仕事の仕方は、実は共通なのではないか」ということである。私はこれまでの仕事のなかで、「頑張っているが成果が出ていない人」を多数目にしてきた。本人は汗水流して必死でやっている。だが成果がまったく出ない。もちろん周囲からも評価されない。無駄な努力をつづけ、疲弊し、やがて、やる気をなくしてしまう……そんな状況に、あなたも遭遇したことはないだろうか。
こうした状況を何とかしたい、何とかしなければならないと考えていくうちに、本書の内容の原形となる「WHERE・WHY・HOW」という概念にたどりついた。
そもそも、どこに問題があるのか。
それは、なぜなのか。
だから、どうするのか。
この手順を追って考えないことには、思いつきの対策をいくら連打しても、成果が得られる可能性は低い。これを私は「HOW 思考の落とし穴」と名づけ、日本中の多くの企業でビジネスパーソンが陥っている大きな落とし穴だと考えた。私は今でも研修の場で必ず「〈HOW 思考の落とし穴〉という言葉は死ぬまで覚えていてください。そのくらい重要です」と力説している。無駄なHOWをおこなって疲弊している人が、どれほど多いことか。
現在の会社を設立して2年目に、幸運にもトヨタ自動車と「問題解決」に関する社員育成教材の共同開発と社内トレーナーの育成をおこなうという機会に恵まれた。そこでの議論を経て、私の思いは「確信」に変わった。米国系コンサルティングファーム出身の私が熟考のすえにたどりついた「問題解決」の方法論と、まったくルーツが異なる、日本を代表する優良企業のトヨタ自動車の考える「問題解決」の方法論が、実にそっくりだったのである。
たとえば、トヨタ自動車にも「〈闇夜の鉄砲〉をしていないか?」という、いましめの言葉があるようだ。暗闇で標的を見定めずに鉄砲を撃っても、なかなかあたらない。「そういう無駄な仕事の仕方をするな」という意味なのだが、その言葉の根底には「財閥企業でも国策企業でもない、体力のない小さな三河の工場が、自分たちの手で自動車をつくるためには、一つしかない的をしっかりと見定めて着実に打ち抜いていく必要がある」という創業以来つづく思想があるらしい。まさに私がビジネスのなかで感じていた「HOW 思考の落とし穴に陥るな」と同じ考え方であった。
時代も国も業種も、関係ない。
「問題解決の方法は一つしかない」と私は確信した。
もちろん、枝葉の部分では業種業態による特徴や、階層別に求められる違いなど、細かな差が出てくる。弊社の研修では、そうした細部の違いにも配慮している。しかし「問題解決の手順」の根幹は、日本中、世界中のビジネスパーソンに求められる「共通手順」であると考え、これをより多くの人たちに知っていただくことが重要であると痛感した。
考え方の手順が違えばコミュニケーションは成り立たない。「これは私の経験上、こういうものなんです」と言われたら、「そうですか」と納得するしかなく、議論が成り立たない。
しかし考え方の手順が同じなら、
「問題は本当にそこなのですか?」
「原因の掘り下げが不足していませんか?」
「他の対策は考えられないのですか?」
というふうに、詳しい内容がわからなくても、お互いに議論ができるのだ。つまり、コミュニケーションの効率も向上するし、それによって質も格段に高まる。これほどすばらしいことはない。
すべてのビジネスパーソンが問題解決の仕方を身につけ、効率的・効果的に仕事をおこない、その成果が組織に定着化していけば、日本や世界の発展にどれほど貢献できることだろう。本書がその一助となれば幸いである。
(注)ウェブ掲載にあたり、可読性向上のため改行等の調整をしています。
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