小さな実践の積み重ねが、組織を変える――『組織の壁を越える』出版記念イベント:加藤雅則さん、AGC株式会社 金井厚史さん対談レポート(平野貴裕)
昨年の12月に『組織の壁を越える』という書籍を出版いたしました。世界有数のリーダーシップ教育機関「CCL(Center for Creative Leadership)」の研究をもとにした、階層間の壁、部署ごとの壁、働く場所の違いによる壁などを乗り越えていく実践的な方法論がまとめられています。
世界中の事例を分析して導かれた本書の方法論は普遍的ではあるものの、扱う事例が宗教や人種など、日本の文脈だとまだまだイメージしづらいものも多く、日本の事例を紹介することで、本書の内容をより立体的に理解し、読者の皆さんの実践への示唆に繋げたいと考えていました。
そこで今年の3月末に、AGC株式会社(旧・旭硝子株式会社)を事例に取り上げた対談イベントを行いました。近年、AGC株式会社は収益構造の変革を行い、業績も好調。また、そのような「戦略」面だけではなく、縦割り組織にヨコ串を刺すなど、「組織」の改革にも積極的であることが知られています。
AGC株式会社の金井厚史さんと本書の解説者の加藤雅則さんの対談イベントではどのようなことが語られたのか。本書の編集者として、この本には出てこなかった論点、参加者の一人としての気づきを紹介したいと思います。
はじめに登場人物をご紹介します。まず、AGCの組織改革の旗振り役となった島村CEO。2015年の就任以降、様々な改革を実行されています。そして、島村CEOからの依頼でその改革をサポートされたのが組織コンサルタントの加藤さん。そして、その改革のキーマンであり、事務局のメンバーとして実務を担われたのがAGC経営企画本部SDGs推進部の金井さんです。
対談では大きく分けて、変革に臨む際に「組織の壁をどのように捉えるか」そして「組織の壁を越える方法論」が語られました。
金井厚史(写真右)
1992年、AGC株式会社入社。マーケティング、国内・海外営業、グローバル人事等を経て、現在は経営企画部門でサステナビリティ経営の推進に従事。30代には人財公募制度を活用して2度の異動を経験。
加藤雅則(写真左)
エグゼクティブ・コーチ、組織コンサルタント。慶應義塾大学経済学部卒業、カリフォルニア大学バークレー校経営学修士(MBA)。ハーバード大学ケネディスクールAPL修了。経営トップへのエグゼクティブ・コーチングを起点とした対話型組織開発に従事している。現在はアクション・デザイン代表。著書に『組織は変われるか』(英治出版)、『自分を立てなおす対話』(日本経済新聞出版社)など。
「組織の壁」をどのように捉えるか、それが改革の成否を決める
まずは「組織の壁」をどう捉えるかについて。
金井:島村がよく壁はできてあたりまえだと言っていました。真面目にやれば、やるほど壁はできるって。
だからこそ、壁に小さな穴を見つけるのがリーダーの役割だと。必ず組織には穴がどこかに開いてると。穴を見つけて、そこに穴があるよって教えてあげるとか。その穴を見つけたら、何かおもしろいことあった? って聞いてあげて。島村はすごく平たくわかりやすい言葉で話をするので……なるほどなって感じなんですよね。
加藤:わかりやすい言葉で話されますよね。語りかけるような。
金井:その語りかけに反応する人も多いんですよ。あ、そうなんだ! と思って、人が動き出すいろんなきっかけを作る。それをまたうまく動かす。そういった動きが次につながっていくっていうところがあったと思いますね。
この「真面目にやれば、やるほど壁はできる」という部分に私は、ハッとしました。組織の縦割りを問題と捉える考え方は、ともすると、その振る舞いを悪しきものと認識することに繋がります。
しかし、各部門で働いている人からすれば、その部門における目的のために一生懸命に働いているというのが実感かもしれません。いわば、それぞれに正義がある。そこを認識せずに、「壁を越える」ことだけを強調すると、反発が高まってしまい、組織の改革はうまくいかない。
それぞれが頑張った結果、壁が生じてしまっている。そこをスタート地点とし、より大きな目的のために協力関係を築こうよ、という考え方がまずもって重要なんだということを実感しました。「組織の壁」という現象をどのように捉えるかによって、その改革の成否は左右されるのだろうと思います。
続いては、組織改革にあたり、どのような時間軸で実践するかについてです。
加藤:島村さんは、「全員変わるなんてことはないから、少し変わってくれたらいいんだよね」って常に言われていますよね。10年かかるよって。一日二日でなんかせえとか、そういう話じゃないからいいんだよって。
こういう10年かけてやるという構えだからこそ、4年目にして、やっと手ごたえが出てきたと言われたんだと思います。
ここはもしかすると、AGCという大企業特有の問題もあるのかもしれません。しかし、規模の大小は違えど、組織文化を変えるためには、時間軸を長めにとる必要があるという指摘には大きな示唆があるように感じました。戦略を変更するようなことはすぐにできるのかもしれません。ですが、組織文化は、「文化」という言葉からも分かるように、人の価値観や感情を含みこむものであるがゆえに、そんなに簡単に変わることはない。
その代わり、対談のなかでも「漢方」という表現が出てきたのですが、時間をかけた抜本的な体質改善は、大きなインパクトを生み出す、そういうことなのかもしれません。組織によって状況は千差万別ですが、変革のための時間軸をどのようにとるか、というのは大きな論点なのだろうと感じました。
改革の旗振り役が「自分の言葉」で語ること
ここまでは、組織文化の改革の前提となる捉え方に注目してきましたが、方法論についても興味深い話が展開されました。
金井:まず、島村がCEO就任前の14年11月に、全社員5万人宛のメッセージを出しました。これは異例なことです。就任前でしたから。内容も、自分の心情、リーダーはどうあるべきかということ、自分が大切にしたい考え方、それを自ら書いたわけです。これもまたイレギュラーなことです。だいたい、こういうものは経営企画が作るんですよね。しかも、非常に平たい言葉で書かれたメッセージで、「人の心に火を灯すのが重要だ!」と、今も言い続けているリーダーシップの持論が書かれていました。人が動きやすい環境を作ることを非常に大事にしているんですね。
組織文化の改革の旗振り役として、まず何をなすべきか、ということがここでは語られています。それはメッセージを伝えること。それも自分の言葉で。大きな組織になればなるほど、このようにメッセージを自分で書く、ということはしなくなるのかもしれませんが、だからこそ、自分の言葉で書くことで、本気度が伝わるのかもしれません。
さらに重要だと感じるのは、「今も言い続けている」という部分です。「組織の変革には10年かかる」という話を紹介しましたが、長期戦になるということは、進むべき方向性を常に意識し続ける必要があるということです。トップなどの旗振り役が言うことをころころと変えていては、周りの人々が進むべき道を見失ってしまいます。自分の言葉で、同じメッセージを示し続けるということには、想像以上のインパクトがあるのではないかと想像します。
私たちは「見ているもの」が違う
さらに、方法論としての対話の重要性も語られていました。
加藤:経営者で自分から対話って言葉を使う人って初めてだと思うんですよね。対話が大事だっていうのは。AGCって110年ですよね、歴史が。対話はどこから始まったんだろう? 島村さんが言いだしたんですよね?
金井:そうですね。島村が言いだしたんだと思います。
加藤:どこからきたんだと、いつも思うんですよね。
金井:なんでも対話ってつけるようになったんですよね。幹部も対話だし。株主総会の翌日に集まったときも幹部対話集会とかね。
加藤:対話って何かと考えると、これはぼくの定義なんですが、自分を一回横に置いて、相手の話を聞き、自分との違いに直面するっていうんですかね。
まず、お互いの違いを認めるっていう作業だと思います。違いを認めたところから共通認識を作っていくっていう作業で。当然、共通目的とかっていうんだけど、いきなりそんなことできないんですよね。
トレーニングかなんかで、外部のワークショップで集まってやるなら別ですけど。当事者同士でやったら、利害関係があるんで。そこで対話をやる意味って、認識のちがいを認めるっていうプロセスだなとぼくは思ってるんで、いきなり目的からはやらないんですよ。
何をどう見てるのかをはっきりさせると。何をどう見ているかは二つにずれている可能性があるんです。「何を」「どう」見ているかという2つの側面です。
同じ部屋にいたって見ているものはちがうんですよ。同じ事業をやっていたって。だから、何を見ているのか、さらにはそれをどう解釈しているのか。立場によって全然ちがうんだよね、実は。だけど、「おい、あれですよね? はいはい」みたいな、皆わかってるつもりになってるだけだと思うんです。
何を見ているのかっていう認識を揃えるっていうのが、ほんとの入り口で、それがあってのビジョンであったり、目的であったりってことだと思うんです。
じゃあ、対話することには何かいいことあんのかよ? って質問もあるんですけど。短期的には効かないけど、やっぱり、漢方じゃないけど、長期的には効いてくると思います。
今の若い人は働く意味とか働きがいっていうのを求めてるから。そういう要素は必要になるんじゃないかなとは思うんです。
近年、対話の重要性は様々なところで語られています。しかし、対話とは何か、どのようにすれば対話を行うことができるのか、ということにも様々な立場があります。
今回の対談において、加藤さんは対話を「自分を一回横に置いて、相手の話を聞き、自分との違いに直面する」行為と定義しています。さらに、「何をどう見ているかは二つにずれている可能性がある」という指摘も新鮮でした。
対話は、お互いの違いに自覚的になるところからスタートするということは理解していましたが、それは「解釈」の相違であると私は考えていました。しかし、加藤さんはもう少し踏み込んで、解釈の前提となる「見ているもの」がそもそも違うということを強調されています。これは『組織の壁を越える』の中でも第一ステップとして紹介されていた「バッファリング(違いをしっかりと認識すること)」にも繋がる重要な指摘だと感じました。
ここまで、対談で語られた印象的な発言をピックアップし、それに対する気づきを整理してきました。そこで感じるのは、それぞれの実践は小さなものであったとしても、それを一つ一つ丁寧に実践していくことが長期的には大きなインパクトを生み出すということです。そのようなスタンスが組織の変化には必要なんだということを改めて認識する大切な機会となりました。
最後は『組織の壁を越える』からの引用で締めたいと思います。
「われわれがいま直面する重要課題は相互依存関係にあり、各集団が一致協力することでしか解決できない。企業や政府、組織、コミュニティが現状の問題を解決し、新たな機会を実現するためには、リーダーは集団の境界やアイデンティティを越えて考え、行動しなければならない」(14頁)
執筆者プロフィール
平野貴裕
英治出版プロデューサー。『組織の壁を越える』編集担当。その他の担当書籍:『Learn Better』『チャイナ・ウェイ』『insight』など。