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「価値の言語化」を通して、自分たちの活動を再定義する

小中学校向けの体験授業、企業研修、国際大会主催、代表チーム強化などに取り組む日本ブラインドサッカー協会。その根底にあるビジョンはどう生まれ、それぞれの活動にどんな影響をもたらしているか。著者が事務局長就任時に行った200件の電話営業と、115名参加のビジョンづくりワークショップで気づいた、「価値の言語化」の大切さを考える。

自分の力で立てるようになるまでの長い道のり

NPO法人日本ブラインドサッカー協会のビジョン。それは、ブラインドサッカーを通じて、視覚障がい者と健常者が当たり前に混ざり合う社会を築くこと。目が見える人も見えない人も、誰もが自然体で、肌感覚で接し合える社会を目指しています。

しかしそれを実現するには、障がい者スポーツ団体として継続的に活動する必要があります。協力者を募り、資金を調達し、事業を続ける。それはまさに、経営力を身につけること。特に重要なのは、事業を支える収入基盤をつくることだと考えています。

2007年に私が事務局長に就任した当時、日本ブラインドサッカー協会の収入は約600万円。そのうち補助金・助成金の比率は約60%を占め、収入基盤は脆弱そのもの。近年では補助金・助成金の比率は20%弱を推移し、自立的に経営ができるようになってきましたが、ここに至るまでは長い道のりでした。

いかに財源を開拓し、経営を安定させるか。多くの失敗を通して私たちが学んだ最大の教訓は、事業の価値を言語化・可視化することの大切さでした。

障がい者スポーツの競技団体がお金を稼ぐ必要があるのか?

私が11年前に日本ブラインドサッカー協会で働きはじめたとき、「お金を稼ぐ必要があるの?」と友人から真面目に聞かれたことを覚えています。

障がい者スポーツは福祉の政策に位置付けられており、日本代表を組織するような団体は、国からの補助金や助成金で成り立っている。友人はそう思っていたそうです。つまり、みずから稼ぐ必要はない、と。

一方で私自身は、稼がなければいけない、むしろ稼げる可能性があると感じ、起業する気持ちでこの組織に参画しました。ところが、いざ組織に入ってみると、障がい者スポーツと関わりが深い人ほど、障がい者スポーツで稼ぐのは無理だと考えていることを知りました。かと言って、補助金や助成金は基本的に人件費や管理費に充てることはできず、障がい者スポーツに関わる人たちの大半はボランティアだったのです。

このままでは明るい未来はない。どうすれば自立経営できるようになるか。そこで最初に力を入れたのが、企業協賛でした。

200件の営業電話で気づいたこと

まず200件の企業リストを作り、ひたすら営業電話。しかしアポイントがとれたのは3件。成約はゼロ。その散々な結果に対して私は、「やっぱり世間は冷たいな」、「ブラインドサッカーの素晴らしさをわかってくれないなんて!」などと嫌味を言っていました。

でも、ある人から「ブラインドサッカーを応援して社会のなにが良くなるの?」「ブラインドサッカー日本代表もがんばっているのでしょうが、それは私も同じよね」と言われて、はっとしたことを覚えています。

がんばっているだけでは、お金は得られない。
障がい者がスポーツをする意味や意義が多くの人に伝わっていない。
(私自身もよくわかっていない)

そのことに気づきました。

実際、当時の私は、ただひらすら「ブラインドサッカーってすごいんです」と言うばかりで、ブラインドサッカーが社会にどんな価値をもたらすかについて、まったく伝えることができていませんでした。

価値をわかりやすく表現し、その価値を求める人に提供する。それによって事業は成立する。200件の電話でアポイントすら取れなかったのは、社会のせいでも担当者の無理解でもない。単純に、私たち自身の問題だったのです。

ビジョンに体現されたブラインドサッカーの価値

では、ブライドサッカーの提供価値とはなにか。
私たちは、それを「ビジョンづくり」を通して考えていきました。

「なぜブラインドサッカーに関わっているんですか?」という問いを5回繰り返す、「ファイブ・ホワイズ」を行いました。プレーする選手、それを支えるチームスタッフ、当時から共感してくれていたメディア関係者、大会運営のボランティア、支援企業スタッフなどの多様なステイクホルダーを集めて、対話形式のワークショップを何度も実施。当時のメモによると、ワークショップには視覚障がい者70名、健常者45名が参加。

そしてワークショップを通して、ブラインドサッカーに関わる人たちの、5つの動機づけ(価値)が見えてきました。

①自由系「NO BORDER」
ふだんは行動に不自由さや制限のある視覚障がい者。ピッチの中では自分で自由に考え、自由に判断し、自由に動き回ることができること。「ピッチの中が障がいを忘れられるとき」

②サッカー系「より難しいサッカー」
障がい者による特殊なスポーツではなく、サッカー同様のスピード、スペクタクルがある。むしろサッカーにさらに目隠しをして、「より難しいサッカー」をプレーしていること。

③コミュニティ系「仲間づくり」
見えない人同士、あるいは、見える人と見えない人が協力し合わなくてはいけないスポーツ。そのため、プレーを通してチームメイトとの関係が第三の居場所、コミュニティとなる。孤立しがちな視覚障がい者にとって仲間づくりの環境であること。

④成長系「自己とチームの成長」
だれもが最初は上手くできない難しいスポーツ。だからこそ、仲間を支える必要があったり、成長を喜び合ったりできる。個人の成長と組織の成長が相乗効果として起こること。

⑤感動系「見えないのにどうして?」
転がるとわずかに音の出るボールを使い、ドリブルをする、パスをする、ゴールを決める。8割の情報を得ていると言われる視覚に頼らないプレーの数々に驚き、心が動かされること。

「なぜ」を問いた後の一度目、二度目の回答では、「大会で勝つこと」といったスポーツならではの魅力が出てきます。しかし掘り下げていくにつれて、視覚障がい者も健常者も「仲間の輪が広がっていくこと」や「その仲間と一緒に成長できること」を価値と捉えていることがわかってきました。

そして、その状態が、なんだかフラットで居心地がいいことを。ブラインドサッカー以外での障がい者と健常者の関係性と、なにかが違うことを。

こうした言語化のプロセスで生み出された「ビジョン」が、冒頭に述べた「ブラインドサッカーを通じて、視覚障がい者と健常者が当たり前に混ざり合う社会を実現すること」だったのです。

価値の言語化とは、自分たちの活動を再定義すること

ビジョンが定まったことによる分かりやすい変化として、企業協賛の獲得率が上がっていきました。私たちが活動することで、社会がどうなっていくのか? 他のサッカーや障がい者団体の活動となにが違うのか? それらの問いに答えられるようになり、そして企業の方々の深い共感を得られるようになったのです。

さらにこれを契機に、一つひとつのサービスの価値を掘り下げていくことも、私たちのDNAに刻まれていきました。私たちは何者なのか、そして私たちは社会にどんな変化をもたらしたいのか。——いま思うと、価値の言語化とは、自分たちの活動を再定義することだったのだと思います。

まず支援をお願いするのではなく、自分たちが社会になにができるのかを問う。すなわち、「先義後利」。そこから、いまの日本ブラインドサッカー協会は始まったのです。

価値の言語化という経験を通して伸びていった事業の代表例が、「スポ育」という小・中学校向けの体験学習プログラムです。ここ数年、年間約500件を実施しているこのプログラムが、いかにビジョンとつながり、どのように実施件数を伸ばしてきたかについて、ぜひ次回にお話したいと思います。

松崎英吾(まつざき・えいご)
NPO法人日本ブラインドサッカー協会事務局長。1979年生まれ、千葉県松戸市出身。国際基督教大学卒。学生時代に偶然出合ったブラインドサッカーに衝撃を受け、深く関わるようになる。大学卒業後、ダイヤモンド社等を経て、2007年から現職。2017年、国際視覚障がい者スポーツ連盟(IBSA)理事に就任。障がい者スポーツの普及活動、障がい者雇用の啓発活動に取り組んでいる。(noteアカウント:eigo.m
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