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『自分を解き放つセルフ・コンパッション』の「監訳者による序文」全文公開

「家族やパートナーをケアすることでいつの間にか疲れてしまう」
「女性であることを理由に職場で正当な評価を受けられていない気がする」
「焦りや怒り、モヤモヤをどうしたらいいかわからない」

女性が家庭や職場で持つ困難な感情と向き合い、問題の根源へ立ち向かうエネルギーに変えるプロセスを示した本書『自分を解き放つセルフ・コンパッション』(クリスティン・ネフ著、2023年7月15日発行)。構造的なジェンダー問題とともに生きる女性が、本当の自分の力を解放するためのガイドです。

木蔵(ぼくら)シャフェ君子さんによる「監訳者による序文」を全文公開します。自分を癒やすだけでない、行動志向のセルフ・コンパッションがなぜ今日本で必要とされるのかが語られます。


著者のクリスティン・ネフ博士は、前作“Self-Compassion”(邦題『セルフ・コンパッション[新訳版]』〔金剛出版〕)で自分に優しくすることの有効性について科学的根拠を持って力強く説き、世界的な反響を呼びました。

自分に厳しすぎる日本人の傾向や、自分のことは我慢して他者のニーズを満たすことを美徳とする文化に対して、セルフ・コンパッションという道筋を示してくれたことに、私は一読者として大きな感銘を受けたのでした。

その後、私は彼女とクリス・ガーマー博士が考案したМSC(マインドフル・セルフ・コンパッション)の10週間トレーニングも受講しました。自分に厳しくしなければ、私は甘えて成長しなくなってしまう、という恐れが以前よりも和らぎ、徐々に自分との優しい向き合い方ができるようになったと感じたのでした。

セルフ・コンパッションについてはこの一冊で十分なのでは、とさえ思っていたところ、同じくクリスティンによって新たに本書が書かれたのです。即購入し、引き込まれるように読みました。それは前作から大きく進化し、個人の生きづらさはもちろん組織や社会、文化さえも変容させるセルフ・コンパッションの2つの側面が解き明かされていたのです。

セルフ・コンパッションの陰と陽、すなわち優しさと強さのセルフ・コンパッションです。本書では特に、これまであまり明確にされていなかった強さのセルフ・コンパッションが、優しさのセルフ・コンパッションに加わることによって、前作で語られた以上のパワフルな変化をもたらすこと、そしてそれを実践するための具体的方法が説かれています(前作でセルフ・コンパッションに出会い再婚に至ったクリスティンのその後についても、本作で赤裸々に描かれているので乞うご期待です)。

私はぜひこの本を日本に届けたいと強く感じ、つてを辿って著者であるクリスティンに直接日本語版出版のお願いメールを送信。同時に“Standing at the Edge”(ジョアン・ハリファックス著)の日本語版『Compassion(コンパッション)』を出すために大変お世話になった英治出版さんに声をかけさせていただき、本書が実現したのでした。

原題“Fierce Self-Compassion”の“fierce”とは「激しい、勇猛な」と訳されますが、口語的には「何にも屈せず、向かうもの敵なし」という含みを持つ言葉です。

これまで、優しく自分をいたわり癒すイメージだったセルフ・コンパッションに、このような強い要素があるとは、矛盾すると思われるかもしれません。しかも日本人の特に女性にはあまり使われない形容詞です。しかし、コンパッションの本質を知れば、優しさと強さの両方が必要不可欠であることがわかります。

コンパッションとは、自分や相手が苦しみを乗り越えられるよう、苦しみの根源を理解し、何が一番役に立つかを模索し可能な限り実行していくことです。

ベトナムの名僧ティク・ナット・ハンが「コンパッションとは動詞である」と言ったのも、コンパッションは単なる感情や思考ではなく、困難を乗り越えるための行動につながる心のエネルギーだからです。

そしてセルフ・コンパッションとは、自らが面している困難を乗り越えるために、優しさと強さの両方を自分にもたらして、行動していくことなのです。

困難や生きづらさを感じている自分自身をいたわり癒すことでエネルギーを取り戻す「優しさのセルフ・コンパッション」と、そのエネルギーで困難の原因に向き合い変化を起こす「強さのセルフ・コンパッション」の両方によって、苦しみを根源から変容させ成長や自信をもたらすことができるのです。「強くなければ優しくなれない」とよく言われるのも、私たちが直感的にコンパッションの本質を感じ取っているからでしょう。

本書でも取り上げられている、禅僧・社会活動家でありコンパッションの世界的な権威であるジョアン・ハリファックス博士は、コンパッションを体現する状態を、「Strong back, soft front(背筋はしっかりと強く、体の前側は柔らかく)」と表現しています。自分にとって大切なことを貫くゆるぎなく強い軸を持つと同時に、心を開いてありのままを観る柔軟性と優しさを体現するものです。

読者の皆さんがなりたいと思う自分のあり方、あるいは尊敬する人のあり方を想像してください。そこにも、Strong back, soft frontな、強さと優しさの両方の資質があるのではないでしょうか。

屈することなく自分の価値を貫き、時にはそのために闘い、またときには柔らかく理解し受容して、自分の過ちも素直に認められる、きっとそのような共通点が浮かび上がってくるはずです。

「そんな自分にはなれない」と思われるかもしれません。しかし本書では心の訓練によって、誰もが強さと優しさを育成できることが多くの実例と科学的根拠を持って説かれています。

そして具体的な強さと優しさのセルフ・コンパッションの育成方法として27ものワークがちりばめられています。そのうちの8つのワークは日本語・英語で音声ガイドもご準備しています。英語音声ガイドはこちらから、日本語音声ガイドはこちらからアクセスできます。

そして何より、読者の皆様が困難にあるときや辛い状況に面したときに、本書のワークを実際に使ってみてください。単に理論や情報としてではなく、ご自身が何かを我慢し続けていたり、板挟みになって感情の行き場がなくなったりする状況で、本書でのワークや気づきが役立つことでしょう。

セルフ・コンパッションを高め自己の成長をもたらしてくれるのは、実は困難に面しているときであり、順風満帆なときではありません。落ち込んでいる、モヤモヤしている、腹が立っている、まさにそんなときにこそ、本書の内容とワークをご活用いただき、どんな変化があるか(あるいは変化がないか)、観察してみましょう。

そうすることによって徐々にご自身の生きづらさは行動への力に変わり、強さと優しさのセルフ・コンパッションが培われていくでしょう。本書はこのように実用的なワークブックとしてお使いいただくことも意図して構成されています。

また、本書を日本の読者にぜひお伝えしたかったもう一つの理由は、ジェンダーによる社会的な期待や誤った役割の認識を打破する力を、セルフ・コンパッションが持っているからです。

優しく感じの良い女性は社会的に受け入れられる一方、どんなに正当であっても、怒りを表現したり、意見を主張する女性は煙たがられてしまいます。ジェンダーによる社会の期待や縛りは、無意識のうちに私たちの行動や人格を狭め、本来の力や権利を奪ってしまっているのです。

それに気づかず、人に好かれ社会に受け入れてもらおうと努力するうちに、生きづらさを感じてしまう。それは、その大変な努力の下に覆い被されたありのままの伸びやかなあなた本来の姿が「ここに私はいるよ。私を解放して」と言っているからなのです。

社会や文化のジェンダー・バイアスが無くなるのを待っている時間はありませんし、その必要もありません。私たち個人が優しさと強さのセルフ・コンパッションを培って、心身を癒すことを自分に許し、力強く困難に立ち向かうとき、すでに社会と文化に一石を投じているのです。

真のコンパッションは3乗のポジティブな影響をもたらす、と言われています。コンパッションを受け取る人(自分自身)とコンパッションを与える人(これも自分自身)に心身の健康をもたらし、そしてそれを目撃する人にも勇気やポジティブな感覚を与えるのです。

セルフ・コンパッションとは、私たち一人ひとりが個人で培えるものですが、それを体現するとき、周りや社会は少しずつ影響されていくのです。

また、優しさと強さの両方を兼ね備えることは、周囲の支持を得てより生きやすくなるためにも賢明な戦略です。あなたが自分のために心身を休めることを許したうえで、自分の尊厳を守るために平静さと自信を持って立ち上がるとき、すなわち優しさと強さの両方を体現するとき、女性であってもその主張は受け入れられやすくなる、と本書では指摘しています。

また本書では、女性が置かれている困難な状況について多く触れられていますが、同じくジェンダー・バイアスによって優しさを抑圧されがちで、強くあらねばならないという性役割を課せられる男性や、さらに社会の偏見にさらされがちな多様なジェンダーの人々にも、セルフ・コンパッションの本質に共感していただけると思います。社会に受け入れられようと無意識にあるいは意識的にありのままの自分を抑圧するという問題は、どのようなジェンダーでも起こっているからです。

セルフ・コンパッションでありのままの自分を認め表現する人が増えれば、他の人も同じように自分らしくあることを受け入れられやすくなります。同時に、他者の生きづらさに共感する能力もそのコミュニティで底上げされていくでしょう。

逆に、セルフ・コンパッションが欠落して、むやみに自分に厳しく、自分のジェンダー・バイアスも気づかずほったらかしの状態では、他者にも厳しさを強要しパワハラを起こしても、「そんなことは当たり前。厳しさは相手のため」、セクハラも「このくらいで何の問題がある」といった認識で、周囲に被害をもたらしながらも自覚できなくなってしまうのです。また、それを目撃した人にとっても、パワハラ、セクハラがまかり通る状況が普通になってしまうのです。

セルフ・コンパッションは個人の問題であると同時に、その影響はポジティブであれネガティブであれ、組織やコミュニティ、ひいては社会や文化へ浸透していきます。その点において、優しさと強さのセルフ・コンパッションを培うことは、小さな、しかし着実な社会改革とも言えるのです。

ですから、監訳者として、また本書の日本語版出版の言い出しっぺとして、重ねての願いは、まずご自身の辛さや困難の克服に、本書で気づいたことやワークをお使いいただき、お一人お一人のセルフ・コンパッションを育んでいただくことです。

すると、これまでの生きづらさの意味がわかり、伸びやかなありのままの自分が徐々にこの世界で力を発揮することを許されるでしょう。そのとき、あなたは周りにもありのままで力を発揮することを許し勇気づけているのです。

最後に、日本語版を制作するにあたり、МSCの日本人講師として的確な訳語のアドバイスと、日本語版音声ガイドでコンパッションあふれる声の出演をしてくださった一般社団法人セルフ・コンパッション・サークルの海老原由佳さんに心より御礼申し上げます。

また、『Compassion(コンパッション)』(ジョアン・ハリファックス著)に続いて本作でも出版への道を切り開いてくださった英治出版の安村侑希子さん、そして女性のエンパワメントという志を持ってプロデュースしてくださった同じく英治出版の齋藤さくらさんにも感謝の念にたえません。

そして本書に時間が割けるようサポートしてくれた一般社団法人マインドフルリーダーシップインスティテュートの仲間には、マインドフルネスとコンパッションを実践し、日本でより多くの人にお伝えするというミッションに共に向かう喜びをありがとう、とここで伝えさせていただきます。

読者の皆様が、一度しかない人生をより深い理解と喜びを持って送れるよう、本書が一助となることを願ってやみません。

木蔵(ぼくら)シャフェ君子


(注)WEB掲載にあたり、書籍内容より一部を変更し、写真や図を挿入している箇所があります。

木蔵シャフェ君子
一般社団法人マインドフルリーダーシップインスティテュート理事
ICU卒。ボストン大学MBAを取得し、P&G、LVMHなどでブランドマネジャーとして活躍後、グーグル本社で開発された研修プログラム「Search Inside Yourself (SIY)」の日本人初の認定講師としてSIYを導入し、展開する。
日本の企業、組織、リーダーに向け、マインドフルネスとコンパッションの概念を取り入れた企業コンサルティング、トレーニングも実施。
東京工業大学学外アドバイザー。瞑想アプリCALMインストラクター。IMTA国際認定瞑想指導者。
著書に『シリコンバレー式頭と心を整えるレッスン』(講談社)、『心のモヤモヤを書いて消すマインドフルネス・ノートマインドフルネス・ノート』(日本能率協会出版)、監訳書に『Compassion(コンパッション)』 (ジョアン・ハリファックス著、英治出版)など多数。

自分を解き放つセルフ・コンパッション
クリスティン・ネフ著、木蔵シャフェ君子監訳、湊麻里訳

立ち上がる勇気をくれる私たちの怒りの本当の力──。
感情に飲み込まれず、苦しみの根源と向き合う勇気を持つにはどうすればいいのか。
セルフ・コンパッション研究の第一人者による、優しさと強さを兼ね備えた新しいセルフ・コンパッション! 

[もくじ]
第1部 強さのセルフ・コンパッションが女性に必要な理由
 はじめに 思いやりの力
 第1章 セルフ・コンパッションの基礎
 第2章 強さのセルフ・コンパッションとジェンダーとの関係
 第3章 怒れる女性
 第4章 #MeToo
第2部 セルフ・コンパッションツール
 第5章 自分を優しく受け入れる
 第6章 力強く立ち向かう
 第7章 ニーズを満たす
 第8章 最高の自分になる
第3部 社会における強さのセルフ・コンパッション
 第9章 職場でのバランスと平等
 第10章 自分を見失わずに他者を思いやる
 第11章 愛のためなら
 おわりに 散らかったままコンパッションあふれる存在となる
付録 日本と海外のデータ比較


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