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一時帰国の東京では超過密スケジュール。それでも僕が疲れなかった理由。

初の海外生活としてベトナムとラオスを選んだ著者。一時帰国の日本では過密日程にもかかわらず疲れなかったという不思議な体験を。東京は整備された街だからか? その理由を著者なりに分析すると、他のある存在の大きさが浮上する。

一日アポ7件、なぜ僕は疲れないのか?

早いもので3か月のベトナム生活はもう終わろうとしている。この間、2度一時帰国した。期間は大体1週間。

ベトナムにいる時間と日本での時間は、その過ごし方がまったく違う。ベトナムでは、日本とのビデオ会議の時間以外は、自分で好きなようにスケジュールを組むことができる。仕事をする時間は早朝でも夜中でもいいし、土曜日でも日曜日でもいい。

そして何をするにも、まとまった時間がたっぷり取れる。一つの企画を考えるのに、3時間も没頭できる環境は日本ではそうそうなかった。

一時帰国した際の日本での時間は一転する。朝から夜まで都内を移動。ある日は午前中から、二子玉川→原宿→大手町(ランチ)→大手町→渋谷→表参道→渋谷(会食)と7つものアポが入っていた。これは極端な例だが、だいたい朝から晩まで人と会い打ち合わせをし、夜遅くに自宅に帰るという日々が続く。

「分単位」は言い過ぎだが、次から次へと別の場所に行き、別の人に会い、別の議題について話す。こういうことは会社員時代は珍しくなかったが、いまでは自分でも、よくこれだけのアポをこなせるものだと感心する。

その一方で不思議に感じたのは、このような過密なスケジュールでも意外と疲れないということだ。ベトナムのゆったりした生活に慣れ切っていないのか。あるいは東京が整備された街だからなのか。

それらの可能性もあるのだが、別のことが要因ではないかと考えた。この「疲れない」のは、勝手知ったる東京だからではないか、と。いろんな場所と言っても、所詮、東京である。地下鉄など考えずに乗れるし、改札を出てどちらの方向に歩けばいいか、どの信号で渡るのがいいかもわかっている。

いろんな人に会うと言っても、所詮ビジネスであり、その前提は共有しているし、相手は日本人である。日本語が普通に通じれば、仮に初めてお会いする人でも共通の知人がいて、お互いにまったく知らない相手ではない。

レストランやカフェに入るにしても、お店を見れば料理を想像できるし、メニューの中から瞬時に選ぶことができる。すべてが慣れている。

ベトナムの生活にも慣れてきたが、ここまでオートマティックには行動できていない。いつも通る道でも、毎日のように何か不思議な光景を目にするし、初めて会う人には、まず何語ができるかを確認し合うことから始める。

レストランに入っても、メニューを見たり、店員さんを呼んだり、お会計をしたりという一連の行動を、一つひとつ意識的にやっているのだ。

もうこちらの生活にだいぶ慣れて来たと思っていたが、日本に戻って無意識に行動できることに気づいて、逆に僕はまだベトナムでいちいち意識しながら行動していたことに気がついたのだ。

無意識でいられることの「ありがたさ」と「危うさ」

当たり前のことだが、この「慣れている」ということはなんと偉大なことだろうか。生活のために使う神経のコストが大幅に減っているのだ。

一つひとつはちょっとしたことである。お会計でお札を間違えないように出すなど、些細なことだが、生活すべてにおいて、この小さな神経を使わなくて済むことで、僕らにとってここ東京は、相当疲れないのだ。

別にベトナムの生活が大変だと言いたいわけではない。慣れている場所で生活するか、不慣れな地で生活するかの違いを言いたいのだ。

「慣れている」ことで無意識的になれるので、他のことに注意を注ぐことができる。相手のちょっとした動作に敏感になったり、ちょっとした言い方から言葉にならない想いを把握できたりと、それによる恩恵は数知れない。

一方で、無意識的になれることで失われているものもあるのではないか。

ひとつは、僕の東京での生活は、ほとんどすべてのことが想定内に進んでいたということである。言い換えると、想定外のことには滅多に遭遇しない生活をしていたことになる。

システムや慣習に慣れればなれるほど、想定外なことは少なくなっていく。この「想定内」に慣れてしまうと、逆に「想定外が有りうる」ことを経験するハードルが高くなり、人を臆病にさせてしまうのではないか。

もう一つは、当たり前のことを当たり前だと思ってしまうことである。電車を乗るのにいちいち改札を通ることに疑問を感じないし、レストランでの会計が食後であることも当たり前だと思っている。お互いの自己紹介は簡単に済むので、相手を知ろうとする努力や自分が何者であるかを伝える努力を怠る。

つまり僕のアタマは、当たり前のことが常識だという認識に支配されているのだ。新しいことを考えようとしていたとしても、物凄く大きなバイアスがかかった前提のもとで知らず知らずのうちに限定された範囲で考えていたのではないか。

ベトナムで日々目にする光景にはまだまだ驚きがある。軽トラック並に荷物を積むバイク、湖で釣った魚をその場で売る人、店の商品の上で昼寝をしている人などなど。

こういう光景を日々目にすることで、自分の何を変えてくれるのかが、日本に帰ったことでようやく認識できた気がした。慣れない世界はやっかいだが、人をより自由にさせてくれる、と。

P. S. この原稿が掲載された頃は、3か月のハノイ生活を終え、ラオスに移動します。

岩佐文夫(いわさ・ふみお)
1964年大阪府出身。1986年自由学園最高学部卒業後、財団法人日本生産性本部入職(出版部勤務)。2000年ダイヤモンド社入社。2012年4月から2017年3月までDIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー編集長を務めた。現在はフリーランスの立場で、人を幸せにする経済社会、地方活性化、働き方の未来などの分野に取り組んでいる。(noteアカウント:岩佐文夫
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岩佐文夫「ベトナム、ラオス、ときどき東京」

「海外に住んでみたい」という願望を50歳を過ぎて実現させた著者。日本と異なる文化に身をおくことで、何を感じ、どんなことを考えるようになるのか。会社員を辞め雑誌編集者という仕事も辞め、人生100年時代に向けてキャリアのモデルチェンジを図ろうとする著者が、ベトナムやラオスでの生...
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