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ラオスの魔法の言葉「ボーペンニャン」(岩佐文夫)

連載:ベトナム、ラオス、ときどき東京
「海外に住んでみたい」という願望を50歳を過ぎて実現させた著者。日本と異なる文化に身をおくことで、何を感じ、どんなことを考えるようになるのか。会社員を辞め編集者という仕事も辞めてキャリアのモデルチェンジを図ろうとする著者が、ベトナムやラオスでの生活から、働き方や市場経済のあり方を考える。

我が家を襲ったラオスの洗礼

僕の住んでいるアパートメントは、静かなところが気にいっている。ラオスの首都ビエンチャンの中心地なのだが、メイン通りを一歩下がったところにあり、家に入るととても落ち着く。そんな我が家だが先日、騒音に悩まされることになった。

その日は平日にもかかわらず夕方から、近くの家から大音量で音楽が鳴り響いていた。ラオス人はカラオケが好きで、どうやらどこかの家でカラオケが始まったようだ。最初はあまり気にしていなかったが、カラオケが止む様子はまったくない。結局、夜の12時まで延々と大音量に悩まされる。しかも翌朝は7時からまたカラオケが始まったので、「これから毎日続いたらどうしよう」と不安がよぎった。

そういえば、周囲の家から出る音が煩く、何度か引っ越ししている人の話しを聞いたことがあった。その人も近所のカラオケの音に悩まされていた。こういう場合、ラオスでは直接相手に苦情を伝えることはしないという。その代わり、村の村長さんに事情を話し、村長さんが相手に伝えるなりして問題解決をする。とはいえ、音を出している家が村長さんの親戚だったりすることもあり、村長さんに相談してもらちの明かないこともあるという。

僕らの場合、さてどうするか。幸いにもアパートメントの大家さんは、話しのわかる人だ。イギリスと日本への留学経験もあり、いまでは自前のアパートメントの貸し出しのみならず、ネット事業なども手掛けている。部屋の不具合を相談してもすぐに解決してくれる実行力があり、僕ら日本人の事情もよく分かってくれる信頼できる人である。この大家さんに相談するのが一番と思い、早速事情を話してみたが、反応がもう一つであった。

僕らの困っている様子は理解してくれたのだが、カラオケをやっている人に言いに行ってくれる雰囲気ではない。大家さん自身やや困った様子で「少し様子を見てみましょう」という、いつもの切れ味がない返事となった。このやり手の大家さんにとっても、ご近所のラオス人に「静かにしてほしい」というのが難しいのか。

この話しを、ラオス在住が長い日本人に話してみた。すると、彼も学生時代に同じような経験をしたという。当時、寮のようなところに住んでいたのだが、隣の音があまりにもうるさくイライラが募り、一緒にいたラオス人に「あれはひどいよ」と愚痴を言った。

すると共感されるどころか、ラオス人の友達から「気にするなよ。お互いさまじゃないか」と一蹴されたという。このラオス人の友達にすれば、人が集まって大騒ぎしたくなることは誰だってある。だからお互いさまなので、文句を言ったりするもんじゃない、という論理らしい。

コミュニティの秩序を保つ仕組み

ラオス語に「ボーペンニャン」という言葉がある。直訳しにくいが、「大丈夫だよ!」「気にしなくてもいいよ」「問題ないよ」というニュアンスで、何かして相手に謝ると「ボーペンニャン」(いいよ、いいよ)と返してくれる。何ごとにも寛容で、辛抱強いラオス人を象徴するような言葉である。

ちょっと大変な事態でも「ボーペンニャン」。
誰かが1時間遅刻しても「ボーペンニャン」。
一日中、雨が降って外に出歩けなくても「ボーペンニャン」。

こちらで働く日本人に聞くと、ラオス人に「ボーペンニャン」と言われると敵わないという。仕事をお願いしても、依頼した通りにやってくれないことがある。するとラオス人に、「ちゃんとこうやってほしい」と注意するという。しかもラオス人は怒られると萎縮する人が多いので、こちらも怒るのではなく、優しく丁寧に諭すように「こうしてね」と注意するそうだ。

そうやって、かみ砕いて注意しても、「ボーペンニャン」と返されると、もうなす術がない。こちらが腹を立てても唖然としてもしょうがなく、もう相手の「ボーペンニャン」を受け入れるしかないという。

短気な僕などはこの国で仕事をすると、「ボーペンニャン」に相当苦労するかもしれない。一方で、ラオス人が日本で仕事をしたら、「ボーペンニャン」が通用せず、相当ストレスを抱えるかもしれない。

僕も先日、レストランで豚肉入りの麺料理を注文したはずが、鶏肉入りのものが運ばれてきた。ラオス語がうまく通じなかったからだとは思うのだが、「これは違うんだけど」と言ってみたら、「ボーペンニャン」が返ってきた。そして、お皿に豚肉を持ってきてくれて「これ食べて」と。

話しを戻すと、ラオスでは、周囲の騒音が煩くても我慢するようだ。であれば、ずっと我慢していたら相手はよかれと思って騒音は鳴りやまないのではないか。苦情を言わないと「ただ乗り」する人が絶えないのではないか。

そんな不安を先の日本人に聞くと、そういうことにはならないという。苦情を言わないラオス人もそれぞれ「困ったものだ」とは思っているようで、それでも、お互いに「しょうがない」と容認し合う。かといって問題が続いたり大きくなったりする心配はあまりないという。

一人ひとりの辛抱強さは求められるが、争いごとになりそうなことを避け、皆が少しずつ我慢することで、コミュニティの秩序が保たれているのか。こちらの不都合や権利を主張せず、相手に義務や規律も求めたい。それでも社会がゆるやかに回る仕組みになっているようである。

幸いにも、僕らを悩ました騒音は続くことなく、あの日は親戚の集まりか何かの特別な夜だったのかもしれず、一件落着した。その後、たまにうるさいこともあるにはあるが、ご愛嬌。ボーペンニャンで乗り切ることが得策のようだ。

岩佐文夫(いわさ・ふみお)
1964年大阪府出身。1986年自由学園最高学部卒業後、財団法人日本生産性本部入職(出版部勤務)。2000年ダイヤモンド社入社。2012年4月から2017年3月までDIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー編集長を務めた。現在はフリーランスの立場で、人を幸せにする経済社会、地方活性化、働き方の未来などの分野に取り組んでいる。ソニーコンピュータサイエンス研究所総合プロデューサー、英治出版フェローを兼任。
(noteアカウント:岩佐文夫