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「空気」をつくれるか(原田英治)

連載:離島から会社を経営する
創業20年目の節目に、生活の拠点を島根県・海士町に移した著者。地方創生の先進地として知られ、全国から大勢の人が訪れる海士町での暮らしは、経営者としての思考や価値観にどんな影響をもたらすのか。1年にわたる島暮らしでの気づきを綴る。

海士町に夏が訪れた。食卓には、近所からいただく美味しい夏野菜に、アワビやサザエがならぶ。子供たちは高石漁港の一番高い堤防から勇気試しに、思い思いのポーズで水面に飛び込んでいく。

宇受賀命神社の大祭では神輿を担いだ。伝統の中に溢れる熱気を「地元民」として体験させてもらった。

そんな夏真っ盛りな海士町で、7月14日、15日に音楽フェス「AMA FES」が3年ぶりに開催された。それは、海士町が蓄えてきた「目に見えない資産」が凝縮された祭り、と僕の目には映った。

場所は海士町の観光名所でもある隠岐神社の境内。上等とは言えないステージにプロのアーティストが何組も、本土からフェリーで3時間以上もかけて集う。何がアーティストを引き寄せたのか? 祀られている後鳥羽上皇も観光客も、さぞや驚いただろう。

地元の子供バンドや高校生バンドが前座を務め、保護者や近所のひとたちの声援とフラッシュを浴びる。ボランティアの高校生たちはお揃いのTシャツを着て投げ銭BOXを持って会場を回り、自分たちの畑で育てたジャガイモでコロッケ屋台を出店した。結局、僕はコロッケを二日間で5個も食べてしまった。

このフェスの仕掛人は、なかむら旅館の中村徹也さん。音楽が好きで、面白いことが好き。海士町にUターンし旅館を営み、世界中から海士町めがけて島にやってくるひとを受け入れている。

このひとのオープンさは、観光客、外国人、Uターン、Iターン、地元民、移住者など区別しない。とは言え、社交的なオープンさではない。自然体に近いのか。一見、飄々として、24時間いつ会っても寝起きのような表情。でも不機嫌じゃない。むしろ、どこかにご機嫌さを感じる。「気を遣わない、気を遣わせない」ことに気を遣っている。

彼は、この島にやってくるひとに一息つく「空気」を与えている。そして彼といると、この島との関係が醸成されていく空気を感じる。この島に何度来てもいい。この島にずっといてもいい。

この空気に、ひとが集まる。今日も彼は目に見える資産を貯めることなく、目に見えない資産ばかり世界中に貯蓄している。

海士町には、こういった「空気」をつくれるひとが何人もいる。海運の寄港地として栄えた隠岐は、よそ者を受け入れる風土や遺伝子が根付いているのかもしれない。

「空気」は目に見えないけど、感じることはできるし、世界中と繋がっている。山や海の自然が生み出す空気、島外から来たものにも使命を与える空気、自然体にゆっくりと交じる空気。海士町が生み出す種々の「空気」に触れると、海士町の「目に見えない資産」は、「醸成する空気」だと気付く。

都会にはひとが集まる。たくさんの新しい異文化が入り込んでくる。そのため、都会はどこか流動的で、たくさんの変化はあるが、醸成されるものより、新陳代謝されるものが多く感じる。

都会という機械の部品として、ひとも機能できてしまうのかもしれない。流動するひとたちは、新しい機能を身に付けるか、誰かに代替されてしまうか。自分の役割を醸成するまえに変化が求められる。

速く変化することで刺激を増殖した都会が、そのスピードを緩めるとき、何が起こるのだろうか?

回覧板で町の広報誌「海士」が届いた。平成30年度予算の自主財源率は12.8%。目に見える資産においては課題の多いこの町。しかし、海士町には課題と向き合うための「目に見えない資産」がある。

目に見えない資産は、海士町内にとどまらない。世界各地に貯蓄された目に見えない資産が、海士町にいずれ出現する。AMA FESは、そんなことを予感させるイベントだった。

一方で、最近浮かび上がってきた不安がある。近い未来に都市が、より集中を強めるのか、それともテクノロジーの進化と共に分散化へ進むのか。もし、東京が分散化へ進むとき、その未来を誰が描いているのだろうか?

どうも僕は、地域創生という言葉の中に、東京という地域を忘れていたようだ。

原田英治(はらだ・えいじ)
英治出版株式会社 代表取締役。1966年、埼玉県生まれ。慶應義塾大学卒業後、外資系コンサルティング会社を経て、1999年に英治出版を共同創業。創業時から「誰かの夢を応援すると、自分の夢が前進する」をモットーに、応援ビジネスとして出版業をおこなっている。企業や行政、自治体、NPOなどでの講演も多数。第一カッター興業社外取締役、AFS日本協会評議員、アショカ・ジャパン アドバイザー。(noteアカウント:原田英治
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