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第1回:「むずかしい」ことを「おもしろい」にする挑戦

ビジネスの力で課題解決をめざす途上国の起業家と、彼らの活動に深く共感する人々をつなぐ「社会的投資プラットフォーム」構築に挑む著者。連載初回は、これまで出会った数々の起業家の中で特に印象深い、「Google of IoT」をめざすランジスさんを取り上げる。

インドの小規模農家×IoT

「将来の夢はIoT分野のグーグルになること」
インドのIT先進都市、バンガロールで起業したランジスさんは、おだやかにそう語りました。その口調と目の輝きは、強く印象に残っています。今日の主役は彼、世界最大の酪農国であるインドで、酪農セクターの大改革に取り組むベンチャー企業、ステラップス社の社長です。

インドが酪農国と聞くと少し意外な感じがしませんか? 酪農といえば、まずオランダ、デンマークなどヨーロッパの国々を想像しがちですが、実はインドの生乳の年間の生産量は1億5000万トン(日本の約20倍)。年々増え続けています。人口増加に加えて、最近は健康意識の高まりから、生乳から作るインドの伝統的なバターオイル「ギー」の消費が増えており、生乳の消費量はさらに増えると見られています。

インドでは大規模な酪農家はごく少数で、生産者の大半は2、3頭の牛を庭先で飼っている小さな農家。農業をしながら牛を飼い、稲藁や雑草など身近にあるものをえさとして与え、朝晩ミルクを絞ります。農家は、その絞った生乳を仲買人や集乳業者に販売して家計の足しにするのです。

副収入とはいえ、酪農収入と農家の自殺率には相関関係があると言われるほど、農家にとっては重要な収入源。しかし、仲買人を通すと料金がごまかされたり、きちんと代金が払われなかったりなどの問題がありました。一方、業者は、ミルクの中に水が混ざっているなどの品質管理の問題に頭を抱えていました。

そこで、ランジスさんたち は、生乳の量の計測と品質検査を行う機器を開発し、農村にある集乳所に設置。この機器のおかげで、農家はその場で自分の持って来た生乳の質量を確認できるようになり、その質量に応じて支払いが行われるようになりました。

業者はクラウドを通じて送信されるデータをリアルタイムに取得、生乳の質量を管理できるようになりました。欧米で普及している畜産管理の仕組みは、大規模な設備投資が必要で、小規模農家にはサイズ的にもコスト的にもあわないため、安価で小規模な農家に対応できるランジスさんたちの製品は画期的です。

彼らの道のりは、顧客のニーズを開拓するところから始まりました。インドでは、生乳の多くは業者を通さずに取引されている状態で、IT化どころか、組織化もされていなかったからです。ランジスさんによれば、農家から流通業者を通して乳業事業者に流通している生乳は、インド全体の生産量の24%。その中でランジスさんたちのステラップス社がカバーしているのはわずか2~3%だそうです。

国内でも生産量の多いインド北部はほとんど手つかずの状態です(ステラップス社のあるバンガロールはインド南部の都市)。これから彼らのビジネスが大きくなれば、さらに多くの農民が、生乳を販売して正当な対価を得ることができるようになる。それにより生乳の品質があがり、さらに良い循環が生まれていくでしょう。

プレッシャーを笑い飛ばすメンタリティ

ステラップス社には5人の創業メンバーがいます。 彼らは超名門のインド工科大学を卒業したエンジニアで、とあるIT企業の入社同期。新規事業立ち上げプログラムに取り組んでいるうちに、自分たちの技術を生かして起業したいという思いが芽生えたそうです。

創業から7年たった今、従業員は100人近くまで増えましたが、今も同じ創業メンバーで、事業の課題やビジョンについて、いつも早口で熱くディスカッションしています。

彼らは本当によく働きます。ランジスさんの起床時間は朝4時。農家の朝の搾乳時間に合わせて早起きしているそう。インド国内各地からヨーロッパまで飛び回る忙しさですが、Whatsapp(インドで普及しているSNS)でメッセージを送れば、早朝でも深夜でも即座に返事が返ってくるのには驚かされます。いつ寝ているのかと思うほどです。

そんなハードワークでも、研究開発に力を入れていたので、長く赤字だった、とランジスさんは語ります。きっと相当のプレッシャーがあったでしょう。でもそれを笑い飛ばすくらいの彼らの働きぶりをみて、「むずかしかったら、たのしくやろう」と思わされました。紆余曲折を経て酪農セクターに的をしぼり、「Google of IoT」を目指すと本気で語る姿は、かっこいいなと思います。

社会的投資は、未来づくりの一票

社会的投資という言葉を聞かれたことはありますか? 金銭的リターンだけを求める投資でもなく、社会を良くすることだけを求める寄付でもなく、それらを両立させた新しい仕組み、それが社会的投資です。

貧困や紛争など、この世の中には問題が山積み。これらの問題解決を政府だけにまかせたり、寄付だけでまかなうのには限界があります。社会的投資は、このような問題をビジネスの力で解決していこうという起業家や企業に、投資という方法で応援をする仕組みなのです。

社会的投資というと、ビジネスに成功したお金持ちが始めるものと思われる方もいるかもしれません(実際、そういう人もたくさんいます)。もし、私が最初に出会った社会的投資家が、ビル・ゲイツや、マーク・ザッカーバーグだったら、日本で社会的投資を始めようなんてクレイジーなアイディアは持たなかったかもしれません。

しかし、私が出会った社会的投資家は、どこか私たちとも共通点を持つ親しみやすい人物でした。

例えば、アフリカのルワンダで国際協力の仕事をしていた女性、ジャクリーンさんが始めた社会的投資ファンド「アキュメン」。彼女が、貧しい人たちに一方的に慈善を施すのではなく、人々に自信と責任をもって取り組んでもらう事業を起こし、それを応援することが大切だ、と考えて「アキュメン」を創設したことに、とても共感しました。私もカンボジアで国際協力の仕事をしていたときに、「本当に世界を良くするには何が必要なのか」を考え、悩んだ経験があったからです。

インドの社会的投資ファンド「アビシュカール」を創設したのは、金融とは無縁のフォレスター(森林監督官)だった人物です。彼は、伝統的な投資家のイメージからはかけ離れていますが、今ではアジアを代表する社会的投資家のひとりです。二人とも、既存の仕組みに満足せず、金融業界に飛び込んで社会的投資という新たな事業をゼロからはじめた、その姿は、投資家というより、むしろ起業家のようです。

私は彼らの物語を通して、社会的投資とは、未来をつくる試みに具体的に参加する、一票を投じるようなものだと感じました。単なるお金ではない、私たちの意志や思いをのせたお金が循環していくことで、世界を良くしていくことができたら。そんな思いで私たちは、日本からも志のある起業家を応援する仕組みとしてARUNを立ち上げました。

しかし、「社会的投資は難しい」と思われやすい、という壁にもぶつかってきました。何より共感が必要な事業なのに、はじめから難しいもの、と思われてしまっては失格です。 この連載では、「むずかしいことを、たのしくやっている」起業家たちを取り上げて、彼らを通して社会的投資の魅力をお届けしたいと思います。

ARUNは、カンボジア語で「夜明け」という意味です。新しい社会をつくろうという希望やエネルギーを表しています。私は、カンボジアで国際協力の仕事をしているときに社会的投資について知り、大学院で出会った仲間と一緒に構想を練り、2009年にARUNを設立しました。

カンボジアから活動を始め、今では100人を超える仲間と共にアジアの起業家を応援しています。この連載を通して、自分の仕事を再定義し、皆さんと共に新しい社会をつくる希望とエネルギーを持つコミュニティをつくっていけたらと思っています。どうぞ、よろしくお願いします。

功能聡子(こうの・さとこ)
認定NPO法人ARUN Seed代表理事、ARUN 合同会社代表
国際基督教大学、ロンドン政治経済大学院卒。1995年よりNGO、JICA、世界銀行などでの業務を通して、カンボジアの復興・開発支援に携わる。2009年にARUNを設立、日本発のグローバルな社会的投資プラットフォーム構築を目指して活動している。第3回日経ソーシャルイニシアチブ大賞国際部門賞受賞。2016年「Forbes Japan 世界で闘う日本の女性55」に選出。(noteアカウント:konosatoko