人の力を解き放つ組織のあり方を考える──官僚主義に陥らないために何ができるか(嘉村賢州×佐宗邦威×細野佳代)
(以下、敬称略)
官僚主義ってなに?──秩序とカオスの間のバランス
細野:今回の登壇にあたって改めて本を読み、「官僚主義ってなんだろう? 官僚主義が抑圧することってなんだろう?」という問いが強く浮かんできました。
自社の話ですが、私が会社を引き継いだときは、まさにヒエラルキーとして組織図を書くことができました。しかし、いろいろなことを考えて組織を変えていくうちに、固定的な構造が崩れて、組織図がうまく書けなくなっていったんですね。
具体的には、DDO(※)などを学んで、組織に何が起こっているのかを見ると、上司部下という関係性の弊害を感じたんです。そのときに一度、中間管理職をすべてなくしてみました。でもそれだけではうまくいったこともいかなかったこともあり、現在も日々試行錯誤しています。
嘉村:秩序とカオスの間でちょうどいい匙加減をどう取るかが難しいですよね。官僚的すぎて本来の人のよさを引き出せていない組織もあるし、自由すぎてまとまらず何も生み出せなくなっている組織もあります。
「官僚主義」って壮大なものに聞こえて難しく感じますが、ひらたくいえば「リスクもミスもゼロにするために、いろんなことを標準化してマニュアル化する」ということ。しかしそれが行き過ぎると、「実は変化に対する想像力を失っているかもしれない」などの負の側面が生じていることはイメージしやすいのではないでしょうか。
佐宗:まず従来の官僚主義というのは、「情報を上の人がコントロールして、それを下に伝えていくことがいちばん効率がいい」という前提でつくられたんですよね。
これに対するアンチテーゼとしては、最近だとDAO(※)とかが典型例ですね。そこでは、「情報は全部公開されてみんなフラットな立場だから、組織構造なんて要らないじゃん」という極論もあるわけです。
ただし、「公開された情報に対する責任は誰が取るのか」という問題は残ります。責任を明確にする意味では官僚主義を使う理由にもなりえるんです。特に、ゴールが明確な組織だと官僚主義と相性がいいのかなと思っています。
逆に、答えがないものを生み出そうとしている組織は、そもそもKPIのような明確な数値目標は立てづらいものです。そのため、権限も不明確で組織構造は曖昧ではあるけれど、そのリスク以上のリターンを得られるかもしれないという期待の元に、自由度の高い組織を運営していくことが合理的になってくる場合がありますね。
IT企業や、伝統的なメーカーであっても、ある程度のルールは設定しつつ、自由度の高い運用を実現しようとする組織もあります。うまくバランスをとっている組織に共通するパターンは、OKRのような目標管理ツールを使って必ず何らかの数値目標を立てる一方で、個別面談や対話を通じて多様な意見を取り入れながら価値観を醸成し、自由度を高めようとしていると思います。
ただそうすると、ミドルマネジメント(中間管理職)がすごく頑張らないといけなくて、それが難しいという状況が多くの企業のリアリティなのかなとは感じています。
語る経営者、語らない経営者──リーダーシップとはなにか
下田:経営者と中間管理職では、リーダーシップのあり方や役割は異なるのでしょうか?
嘉村:ティール組織の誤解の1つが「経営者はビジョンを語ってはいけない」というものです。でも実際には、進化型組織に限らずどんな組織であっても経営者がビジョンを語るべき状況や場面があります。そこで重要となるのが、ソースとしての役割(※)です。
中間管理職、あるいはマネジャーの役割としては、今までは数値管理が得意ないわゆる秀才型人間が出世して、ミスをなくすなどの側面で一定の役割を果たしていたと思います。
そういう人も必要ではあるんですが、これからの時代はそれだけでは不十分で、かなり捉え方を変えていかないとダメだなと感じています。たとえば、視野の広いアドバイスをできる人がより活躍できて、高圧的で人の話を聞かないマネジャーはあまり活躍できないというふうにゲームチェンジが起こる仕組みがあればいいなと思うんですけどね。
細野:なるほど。私自身が、以前は語らない経営者だったんです。今は、やりたいことができると「これがやりたいんだけど」と結構はっきり言えるようになりました。そのほうがみんなも自分のリーダーシップを発揮するようになるんです。
仕事の範囲はみんなそれぞれ違うけど、どんな人でも自分のいる会社にコミットしているし、その人なりのリーダーシップが絶対あると思っています。経営者としてのリーダーシップを発揮できているほうが、みんなもリーダーシップを取れるという体感覚がありました。
佐宗:確かに、トップが自分の意見をあえて言わない時期って一度は通る道ですよね。トップがファシリテーション側に回ると、最初はメンバーが色々と発言はするようになるんですが、ずっと続けているとソースとしてのエネルギーが減っていくんですよ。
それが組織にとってもよくないので、一周回って自分の好きなことをやり出すほうがいいということに気づくんです。多分それは、一度「エネルギーがない状態」を経験しないと、自分の奥底にあるエネルギーの芽が強くならない、みたいな感じです。そういう意味で、時間軸で考えるとリーダーシップの形もいくつかのフェーズがありそうだなと思いました。
組織を「四季のサイクル」で捉えてみる──よりよい組織にするために
佐宗:昔P&Gにいたころ、次のような経営方針をとっていると聞いたことがあります。新規事業にトライしまくる時期と、それを徹底的に整理して優先順位をつける時期を、7年〜10年単位で切り替えて、それに合わせてリーダーシップのあり方も変えていくと。
嘉村:面白いですね。仮説ですが、人間も自然物なのでその営みにおいても四季のようなサイクルがあって当然ではないかと思うんです。種を巻いて芽が出て、果実を収穫すると枯れて、土の中でまた芽が生えて……というサイクルです。
旧来のマネジメントは、なんとか果実をつけ続けるためにいろいろな栄養を注入することが多くて、不自然に感じます。佐宗さんの話を聞いて、事業や組織においても、枯れることも許容できるようになっていくとよさそうだなと思います。
佐宗:なるほど。農業のメタファーで見ると、土壌の栄養がどんどん細っていくのではなく、土を豊かにするためにどうするか、という話ですよね。
下田:参加者の中には、自身の組織をよりよいものにしたいと思っているが、どこから始めればいいのかがわからないという方もいると思います。最初の一歩としてはどんなものが考えられますか?
細野:私は、「私ともう1人、この2人の関係をよくする」というところからスタートしていきました。あるとき、「2人いたら組織だと考えてもいいのかな。だとすると2人から始めるのが近道では?」と気づいたんです。
嘉村:それも面白いですね。僕は、組織内にどれだけ「実験の余白」をつくれるかが、土壌の栄養がなくなって取り返しがつかなくなる事態を防ぐ一手になると思っています。あらゆることを標準化しすぎると、指示通りにこなすことに慣れすぎて、いざ社会が変わったときに「自分で考えて動け」と言われてもできなくなっちゃうので。
佐宗:そうですね……いろんな組織の話を聞いていて、比較的バランスがいいなと思ってるのが星野リゾートさんです。
代表の星野佳路さんは、ビジョンや戦略を示すのがトップの仕事で、組織文化づくりは社員のやる仕事だと言っています。つまり、土壌についてはボトムアップに委ねてるんです。ビジョンを決めるのがトップとはいえ独裁的に決めるのではなく、社員と徹底的に対等な立場で議論をすることを重視しています。フラットに対話することで、社員が星野さんのことを社長という権威を持った人ではなく「ふつうの人」と感じるようになる。
つまり、すごく頑張ってよい関係性をつくろうとしていて、議論に参加できるということが嘉村さんが言った実験の余白に通じるところがあるのかなと。
パワー(力)とラブ(愛)──1%のラブで組織は変わる?
嘉村:『ティール組織』で示された組織の各モデルは、パワーとラブの視点で整理することができると考えています。レッドからオレンジまではパワーの価値観で、グリーンはラブの価値観で運営されている。それがティールになると、パワーとラブの二項対立ではなく、どう融合させていくかという段階に入ってきている。それが「50:50」のような比率の問題なのか、それとも両者が相乗効果をもたらすような掛け算なのかはわかりませんが。
佐宗:パワーとラブの関係性、すごく大事ですよね。1パーセントでもラブがあると組織は大きく変わるんですが、そのバランスをどう取るかがいろんな組織の課題なのではないかと僕も思います。
私の会社も、創業時はルールをつくるのはやめようとしていたんです。でも実際は人って自由すぎてもつらいと感じる生き物らしく、組織が崩壊しそうになりました(笑)。自由な組織には、ある程度のパワーが必要なんですよね。
細野:パワーとラブについては、組織でも個人でも、両方あると思うんです。どちらかに偏ってしまうときはあるかもしれないけれど、その両方にきちんと目を向けていきたいですね。
たとえばパワーに焦点が当たりすぎている人は、何かへの恐れからそうなってしまう場合があります。でもその恐れって、実は愛があるから生まれている場合もあるのではないか、と感じます。
嘉村:そうですね、どっちに偏っているかという単純な話でもないと思っています。
最近流行りの両立思考で捉えると、パワー好きな人とラブ好きな人、両方が組織にいるはずなんですよ。たとえば、秩序やルールが好きな人がいた場合でも、「あの人がいるからやりにくい」という関係性よりも、「あの人がいるから秩序やルールについて自分は考えなくてすむ」という関係性のほうが理想ですよね。
あと、ティールを組織ブランディングに使ってはいけないと、よく助言しています。「うちはティールだ、ということを掲げて採用したら絶対ダメですよ」って(笑)。
佐宗:そうですね(笑)。組織ブランディングにしてはダメというのは、本当にそうだなと思います。組織づくりが経営者の目的になってはダメだなと思っているので。
経営者の意識が組織に向くと、メンバーの意識もそっちに向いてしまうので、本来やるべきことから離れてしまうんです。
組織の個性を全面に出す──ソースが物語と境界線を伝える
佐宗:一方で、組織文化に関わるテーマへの注目は今後高まっていくのではないかなと思っています。組織文化のように理屈のないものこそが、自分たちがそこに所属している理由になるのでは、と。
英治出版さんが儀式の本(※)を出しましたが、儀式のように「理屈としてはいらないかもしれないが、あえて自分たちが時間とエネルギーを注ぐ何か」みたいなものをきちんとやっていくことが、組織文化をつくるうえですごく重要だと思います。
細野:同業の老舗で、いろんな儀式っぽいことをやっている会社があります。たとえば「代替わりをするときに、今の人と次の人しか入っちゃいけない部屋がある」とか。しかも、その中で何が行われているかは誰も知らない、という話を聞いたことがあります。
嘉村:面白い! そこでもソースとしての役割が重要になると思います。多くの組織が、グリーンの罠(※)にはまりがちですが、それは避けてほしい。ソースが創意工夫を凝らしながら、「自分たちの組織をこんな風にしたい」という個性や価値観を全開に押し出してほしいです。
変な儀式をどんどん取り入れる組織が増えたほうが、面白いですよね。
佐宗:グリーンの罠は、「今いるメンバーの価値観に合わせよう」とすると結局どこにも行けなくなってしまうということなんです。
自分たちらしさを獲得していくプロセスの中で、人が辞めていくことは絶対起こるので、それは痛みとしてちゃんと受け止めるのがすごく重要だと思っています。そして、それを乗り越えるためにこそ、自分たちのこだわりや価値観を明確にするのが今の時代は大事ではないかと思うんです。
嘉村:うんうん。離職率ゼロが優秀な経営者っていう時代はもう旧パラダイムの話ですよね。「他にやりたいことができたら、それを全力で応援するので出ていってもらってかまいません」というスタンス、つまり退職者が「辞めた組織は自分のことを応援してくれた古巣なんだ」と思えるような健全な関係を生み出すことが重要だと思います。
そうすると退職しても自社製品を勧めてくれたり、「私は違う道を行ったけど、すっごくいい組織だからあなたは絶対入った方がいいよ」と提案してくれるようになります。
つまり、外部に営業と採用の担当者がいるようなものです。そのためにも「この組織はこういうことを目指し、こういう物語を歩んでる組織なんだ」を明確にしていくことが重要ですね。
「離職すること自体は悲しいことではない」と捉えて離職に対する恐れを乗り越えたほうが豊かな世界になるんだ、という流れができていくといいなと思います。
佐宗:ミッション・ビジョン・バリューについても、自分たちらしさをどこまで突き詰められるかが重要かなと思っています。
よく組織のパーパスとして「ウェルビーイングを最大化する」のような抽象的な表現がありますが、まだ個性や自分たちらしさが足りないと思います。そこをもう少し掘り下げて、「反対意見もあるかもしれないけど、これをやろうよ」ということを議論できるような組織になると、離職の恐れを乗り越える第一歩になるのかなと思います。
嘉村:ホームページに掲げられたパーパスには、他組織の表現にすげ替えてもまったく問題ないように見えるものもあります。
その文章からエネルギーをもらえないようなパーパスを掲げても何の意味もないですよ。そこは結構しっかりと修正していかないともったいないです。
そういった表現になってしまうのも、グリーンの罠にはまった結果ではないかと思っています。対話などボトムアップのアプローチが流行ったときに、「自由に意見を出してください」とただ上から促すような、いわば「ボトムアップの押しつけ」がよく起こりました。
でも、その対話の場が「進捗会議」なのか、あるいは「ホームパーティー」や「合コン」なのかという設定がないと、自由な意見なんて出ませんよね。
そういった意味でも、「組織の物語はどういうものなのか」をソースがしっかり伝えないといけないですよね。そういう形でのトップダウンのアプローチは必要です。ただし「やるべきこと」を細かく計画して押しつけてしまうと、官僚主義に陥ってしまいます。ティールでは、大まかな物語はソースが語りながら、そこから何をするかを見出していくかについては、自己組織化に委ねていくような感じです。
もう1つ大事なのが、境界線の話です。自己組織化に委ねつつも、誰かが新しいアイデアを出したときに、「それをしたら自分たちらしさが消えてしまう」とソースが感じるところは、断固として「それはちょっと違うんだ」と境界線を引くことが重要です。
それは、アイデアを出した人を否定するわけじゃなくて、「本当にやりたいんだったら独立してやったらどうですか、応援します」あるいは「フルタイムの10割のうち3割ぐらいはそれをやってもいいですよ」みたいな線引きをするということです。ティール組織は「完全に自由で何やってもいい」っていうわけではないということは知ってほしいです。
きちっと物語を語るということと、境界線に関してはちゃんと伝えることが、ソースがトップダウンで果たすべき役割なんです。それらをどのレベルまでやるかについていろんなタイプがあると思っていて、これから探究を深めていきたいです。
『ヒューマノクラシー』と『フリーダム・インク』は、いずれも官僚主義を乗り越え、人の力を解放する組織のあり方に示唆を与えてくれます。ぜひ書籍もお手に取ってみてください。
〈登壇者プロフィール〉
嘉村賢州(かむら けんしゅう)
場づくりの専⾨集団NPO法⼈場とつながりラボhome's vi代表理事。
「未来の当たり前を今ここに」を合⾔葉に個⼈・集団・組織の可能性をひらく⽅法の研究開発・実践をおこなっている。解説書に『ティール組織』、共訳書に『すべては1⼈から始まる』『⾃主経営組織のはじめ⽅』(以上、英治出版)、共著書に『はじめてのファシリテーション』(昭和堂)などがある。
佐宗邦威(さそう くにたけ)
株式会社BIOTOPE代表/チーフ・ストラテジック・デザイナー
東京大学法学部卒。イリノイ工科大学デザイン学科(Master of Design Methods)修士課程修了。P&Gにて、ファブリーズ、レノアなどのヒット商品のマーケティングを手がけたのち、ジレットのブランドマネージャーを務めた。ヒューマンバリュー社を経て、ソニークリエイティブセンター全社の新規事業創出プログラム(Sony Seed Acceleration Program)の立ち上げなどに携わったのち、独立。B to C消費財のブランドデザインや、ハイテクR&Dのコンセプトデザインやサービスデザインプロジェクトを得意としている。『直感と論理をつなぐ思考法』『理念経営2.0』(ダイヤモンド社)、『21世紀のビジネスにデザイン思考が必要な理由』(クロスメディア・パブリッシング)、『ひとりの妄想で未来は変わる VISION DRIVEN INNOVATION』(日経BP)著者。多摩美術大学特任准教授。
細野佳代(ほその かよ)
株式会社「曙」代表取締役社⻑
1964年⽣まれ。⼤学卒業後、祖⽗が創業した「曙」に⼊社。⼯場勤務を経て、89年に直営店舗である「銀座あけぼの たまプラーザ」店の店⻑となる。94年、企画室⻑兼営業部⻑に。2000年、商品部⻑(企画室⻑兼務)を経て、04年、代表取締役社長に就任。