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新刊『組織の壁を越える』の日本語版解説(加藤雅則さん)を全文公開します。(EIJI Books)

●EIJI Booksとは?
英治出版の本の著者や編集者へのインタビュー、本文公開、対談などを通して「いい本とのいい出合い」を増やすコーナーです。

●『組織の壁を越えるーー「バウンダリー・スパニング」6つの実践』とは?(2018年12月発売)
組織の壁を越えて活躍する「越境人材」への注目が高まっています。しかし、ある調査では86%の経営層が「組織の壁を越えて仕事をすることがとても重要」と答えたにもかかわらず、「効果的にそれが実践できている」と回答したのは、わずか7%

とても重要だと認識されているにもかかわらず、その方法論が明らかではないのが現状です。本書はその疑問に答え「実務家が組織の壁を越えていくために、どういう実践がありうるのか」を伝えてくれる一冊です。

2019/1/28(月)『組織の壁を越える』出版記念イベントを開催します。
組織コンサルタントであり本書の解説者でもある加藤雅則さんと、AGC株式会社の金井厚史さんをお招きし、出版記念イベントを開催いたします。

近年、AGC株式会社は収益構造の変革を行い、業績も好調。また、そうした「戦略」面だけではなく、縦割り組織にヨコ串を刺すなど、「組織」の改革にも積極的であることが知られています。本書を素材にしつつ、組織改革の最前線で活躍されているお二人の対話を通じて、「なぜ組織の壁は越えられないのか。どうすれば越えられるのか」を探究します。

イベントの詳細・申込はこちらから。

『組織の壁を越える』 日本語版解説
加藤雅則(アクション・デザイン代表)


組織の壁を越えることの必要性と本書の価値
現在、多くの日本企業は縦割り組織の弊害に悩んでいる。複雑化した環境に効率的に対応するため、組織の細分化と専門特化が進み、誰もが自分の領域以外で何が起きているかを知らず、また、知ろうともしなくなっている。

そのような状況に対して、組織を活性化させるために、縦割りを越える試みも行われているが、うまくいかない事例も多い。本書は、そのような課題を持つ人に向けて、「実務家が組織の壁を越えていくために、どういう実践がありうるのか」を伝えてくれる。

リーダーシップ教育で定評のあるCCL(Center for Creative Leadership)の研究がベースになっているだけあって、理論と実践のバランスが絶妙だ。本書が提唱する6つの実践の利点と弊害を両論併記している点にも信頼がおける。

しかし、主に日本企業で組織開発を実践している立場から、ここでは敢えて補助線として、一つの論点を強調したい。

壁を越える前にやることがある
その論点とは、「壁を越える前にやることがある」ということだ。巷には、越境するとこんなにいいことがあると、その成果について語る議論は数多くある。特にイノベーションの文脈では、異分野の異なる視点が意図せざる化学反応を起こすことが語られている。

しかし、本書は壁を越える前に、まず安全・安心を確保した上で(バッファリング)、他の集団への敬意を育む(リフレクティング)段階の重要性を説く。

まずは自分たちの集団と他の集団の間にある境界をマネジメントするのだ。つまり、自分たちの安全・安心を確保し、その上で相手集団への敬意を育んだ上で、相互の信頼を築き、共通のコミュニティ感覚を養い、徐々に相互依存を深めて、ようやく改革が可能になる、というストーリーだ。

言い換えると、異なる集団同士の「感情」が段階を追ってどのように変化していくのかに注目しているといえる。

なぜバッファリング・リフレクティングが重要なのか
あなたの組織のトップは、縦割り組織の弊害については十分認識しているだろう。だからこそ、縦割り組織に対して横串を刺そうと、様々な施策を展開しようとする。横串を刺すという行為はまさしくバウンダリー・スパニングだ。しかし、それがなかなか上手くいかない。なぜか?

縦割り組織の中で働いている人々のことを想像してみてほしい。自分の手元を見て、必死に仕事をこなしている姿が見えるのではないだろうか。「何とか納期までに、自分の仕事を終わらせなければいけない。自分のところで失敗はできない。失敗したら、他に迷惑をかけることになる。とても全体を見る余裕などない」。

読者の皆さんもきっとこのように感じたことがあるだろう。そうした状況にあって、他の部門から横串を刺す施策と言って越境されてきたら、どう感じるだろうか。「この忙しいのに、何しに来た?」と、違和感や反発が生まれるのは当然だ。

部分最適な効率を求めてPDCAが回っている組織では、基本的に新しい試みに対して反対・抵抗が生じやすい。そこは日常業務が高度かつ複雑にルーティン化された世界だからだ。新しい試みや、余計なことが許される余裕はない。

しかし、このルーティン化が曲者である。ルーティン化は確実に人のやる気を削ぐ、モチベーション低下の元凶だからだ。つまり、縦割り組織は確かに組織機能の効率を上げるには有効な面があるが、長期的には必ずどこかで組織の活性度が下がってくるという宿命を抱えているのである。

したがって、縦割り組織の弊害をバランスさせるためには、越境的な施策は不可欠となる。しかし、新しい施策を展開する前に、組織の抱える感情に注目して欲しい。ここで安全・安心を確保するバッファリング、相手への敬意を育むリフレクティングという姿勢が重要になってくる。

バッファリング・リフレクティングの可能性
私が組織開発の実践において、組織の抱える感情に着目しどのような実践を行っているのか、具体的なイメージをあげておこう。

組織開発では、会社組織全体の状況を大まかに把握した上で、組織を活性化するという観点から、問題を抱えている現場部門や組織階層に介入する。「観察-解釈-介入」という基本プロセスを取るのだ。

組織開発コンサルタント(ファシリテーター)は、経営企画部や人事部からの依頼を受けて、社内メンバーと共に事務局チームを編成し、現場に入っていく。直接、実際の現場に入る場合もあれば、間接的に研修の形式をとって、現場からキーマンたち(部課長)を集める場合もある。

いずれの形式をとるにしても、その際、事務局チームが経験するのは、現場の人たちからの反発だ。「この施策は何のためにやるんだ?」、「なぜ、今なんだ?(このクソ忙しい時期に)」、「そんなこと言われても、俺達にはできないよ」。こうした言動は外部からの介入に対する現場からの抵抗のサインに他ならない。

こうした状況において、対話型組織開発のアプローチでは、理屈やあるべき論で論理的に説得するのではなく、できる限り、納得感が得られる筋を探っていく。つまり、感情にフォーカスするのだ。

具体的な方法の一つとして、例えば、対話の場を設定する。一旦、忙しい業務の手を止め、PDCAのサイクルが抜け出てもらって、内省の機会を作る。「今、自分や自分のチームがどうなっているか」を振り返ってもらうのだ。

評価や判断を手離して、自分自身や自分たちがどうみえるのか、語り直してもらうことを通じて、安全・安心の場を確保していく。そして、お互いの語りを聞いた印象を語り合う。

さらに、その語りを聞いたコンサルタント(ファシリテーター)は、そうした語りが外部の視点からどう見えたかを本人たちに丁寧に返していく。「私にはこう見えた・聞こえた」と伝えながら、その場の感情にラベルを貼っていくようなイメージだ。また、事務局スタッフからも同じ会社ではありながら、違う部門の視点として感想を伝えていく。

そうすると、「担当している仕事は違っても、実は同じ問題に悩んでいるんだなぁ」というような共通感覚であったり、「自分たちの知らないところで、そんな役割を担ってくれている人がいるんだ」という眼差しが生まれてくる。このようにして、異なる立場への敬意が育まれていくのだ。こうした実践はまさしく本書が言うところの、バッファリングとリフレクティングだろう。

それでは、バッファリング・リフレクティングを行わず、相手側の感情を無視するとどうなるのか。当然、反発や抵抗が起こる。それを権威や何らかの力を使って押し込めれば、一時的に理屈やあるべき論が勝ることもあるだろう。しかし、抑え込まれた感情エネルギーは、必ずどこかで、何かをキッカケにして、より複雑な形となって浮上してくるものだ。面従腹背の状態は長くは続かない。急がば回れである。

「人間の基本的欲求」から組織を捉える
最後に本書から得られる実践への示唆を2つ、補足的に紹介しておきたい。

1つ目は、本書が人間の基本的で普遍的な欲求を押さえている点だ。著者は、「私たち」と「彼ら」を分ける境界や壁の正体が、実は集団のもつ「アイデンティティ」であり、そのアイデンティティは独自でありたいという欲求(差異化)と所属していたいという欲求(統合化)の相互作用から生まれると考えている。

わかりやすく言えば、遠心力と求心力ということになるだろう。せめぎあう二つの根本的な欲求から、集団のアイデンティティ(我々は何者か?、どこから来て、どこへいくのか?)を理解し、その欲求のどちらかを六つの実践の各段階に応じて活用していこうとするのが、バウンダリー・スパニングなのだ。

実際、組織開発の実践で対話を繰り返していると、必ず生まれてくる言葉がある。「そうか、私たちは〇〇だったということなんですよね」。自分で自分を物語るという行為は、最終的には自分の存在に関する語りとなる。対話の主語が、業務やお客様のこと(三人称)から、「わたし」(一人称)、さらに「私たち」へと変化していく。

つまり、私たちは何者なのか、どこから来て、どこへいくのか、という集団のアイデンティティに関する語りに変化していくのだ。語りによって生まれる自分の部門・組織のアイデンティに対する納得感は、自部門への誇りや自信を育むだけでなく、他の部門のアイデンティに対する敬意を育む土台ともなる。それは結果として、無謀な「上から目線の越境」とは異なる「謙虚な越境」を生み出すことになるだろう。

組織を語る語彙を豊かにする
2つ目の示唆は、本書を読むと組織を語る語彙が豊かになることだ。各章の最後に、その章のキーコンセプトが「定義-根拠-戦術-結果」と各レイヤーで見事に整理されている。感覚派の私としては、多面的な表現方法を学んだ。

組織の壁を越えるにあたって、組織を語る語彙の豊かさはとても重要だ。まず自分の組織の現状をどう伝えるのか、さらに相手の組織のことをどう語るのか。これによって他の部門からの信頼を得られるかどうかが決まってしまう。

多くの場合、抽象的な言葉や評価・判断を含んだ言葉を羅列する結果、越境しようとした真意が伝わらないことが多い。越境される側からしてみれば、越境という行為は基本的に大きなお世話なのだ。真意が誤解されてしまい、結果として反発や抵抗を生んでしまうと、とてもお互いが共通目的を語りあうところまで辿り着けない。

これまでの組織開発の現場では、「何を語るか(What)以上に誰が語るか(Who)が大切だ」と思ってきた。しかし本書を読んで振り返ってみると、語るキャラクターもさることながら、実は経験に裏打ちされた語彙をどれだけ持っているかが大切なのではないだろうかと考えるようになった。

本書の語彙の豊かさは、読者がこれまでの実務経験を振り返り、組織を語る表現力の筋トレをする上で、とてもよい壁打ちの相手となってくれるだろう。

おわりに
本書を読み終わったときに、数年前、某社の組織開発ワークショップで、ある事業部長に言われた言葉が鮮やかに蘇ってきた。縦割り組織の弊害をどう乗り越えるか、他部門の部長たちと対話するワークショップの最後に、その事業部長はこう述べた。

「これまでずっと組織の壁だと思ってきたけど、実はそれは隙間なんだよね」

本書には組織の隙間をまたぐ実践上の智慧が詰まっている。

2018年11月

加藤雅則[日本語版解説]
エグゼクティブ・コーチ、組織コンサルタント。慶應義塾大学経済学部卒業、カリフォルニア大学バークレー校経営学修士(MBA)。ハーバード大学ケネディスクールAPL修了。
日本興業銀行、環境教育NPO、金融庁検査官など様々な職を経て、コーチングに出会う。2000年から7年間、日本におけるコーアクティブ・コーチングの普及に取り組んだ。現在はアクション・デザイン代表。経営トップへのエグゼクティブ・コーチングを起点とした対話型組織開発に従事している。著書に『組織は変われるか――経営トップから始まる「組織開発」』(英治出版)、『自分を立てなおす対話』(日本経済新聞出版社)など。

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