人を巻き込めるリーダーの「頼りなさ」(松崎英吾)
連載:サッカーで混ざる――事業型非営利スポーツ組織を10年経営して学んだこと
視覚障がい者と健常者が当たり前に混ざり合う社会の実現に向けて、体験授業から企業研修、国際大会主催、代表チーム強化、企業や行政とのパートナーシップ締結まで幅広く活動する著者。本連載では、10年にわたる試行錯誤を通じて学んだ、スポーツ組織やNPO経営の醍醐味と可能性を考える。
全国初! Jクラブと同じ名称のブラサカクラブが誕生
先日、ブラインドサッカーの大会会場で、あるクラブチーム関係者が笑顔で私のところにやって来ました。名刺を受け取ると、そこには「Jリーグ」のマークとJ2クラブの「ツエーゲン金沢」のロゴが。
実は2018年、ブラインドサッカーのクラブチームで初めて、Jリーグクラブと名称を同じくする「ツエーゲン金沢ブラインドフットボールクラブ」が誕生しました。これまでもJリーグクラブのアビスパ福岡が「ラッキーストライカーズ福岡」というブラインドサッカークラブに指導者の派遣や遠征支援を行い、ユニフォームをアビスパ福岡と同種にするなど密に連携してきた例はあります。しかし、「クラブ名称を冠する」のは初です。
現在、日本ブラインドサッカー協会(JBFA)に登録するクラブチームは21。視覚障がい者の人数が全国約31万人とけっして多くないなかで、試行錯誤を重ね、クラブチームは年々少しずつ増えています。ブラインドサッカーだけでなく、NPOやアマチュアスポーツ組織も、狭い領域を突き詰めていくと、それを汎用化したり、賛同者を増やしていくために他地域や全国に展開しようとするフェーズが訪れると思います。
そのようなときに、私たちの事例がなにかの発見になればと思い、今回はJBFAがどのように全国にブラインドサッカーを普及させ、クラブチームを増やしてきたかをお話したいと思います。
2人のリーダーが気づかせてくれた「仮説」
ブラインドサッカーが日本で始まったばかりの2001年から2006年頃まで、私たちは普及活動として視覚特別支援学校での講習会を積極的に実施していました。いまでも活動を続けている新潟フェニックスファイヤーズや、埼玉T.Wings(の前身のチーム)などは、この講習会をきっかけに立ち上がったクラブチームです。
しかし一方で、多くの講習会は単発に終わり、継続性がありませんでした。面白そうと思っても続けられる環境が用意できない、地域によっては視覚障がい者の移動の自由が担保されない等々、課題はさまざまでした。
そのなかで、ブラインドサッカー普及のために私たちが立てた仮説が「リーダーの育成」でした。地域ごとの複雑な事情を乗り越えていく熱意あるリーダーを応援することが何より重要ではないかと。その仮説のきっかけとなったのは、私たちの常識外で活動を展開している2つのクラブチームのリーダーとの出会いでした。
F.C. 長野 RAINBOWの中沢さん
「ブラインドサッカークラブは、都市部以外では成り立ちにくい」というのが私たちの見識でした。現実として、視覚障がい者の人口割合は全人口の約0.25%です。しかし、F.C. 長野 RAINBOWの拠点は長野県坂城町。町の人口は1万5千人程度。もちろん視覚特別支援学校はありません。私自身、「この町でブラインドサッカーのクラブチームができるわけがない」と思った一人です。
そういう環境下でもブラインドサッカーを広げようと旗を振ったのが、F.C. 長野 RAINBOW代表の中沢さんでした。発足間もなく、当時はまだまだ珍しかったブラインドサッカーの専用フェンスを町や県といった行政の力を借りて購入したり(とても高額です)、毎年他地域のクラブチームを公式戦とは別に招待してイベントを実施したりと、目を見張る活躍をされています。
Mix Sense名古屋の土屋さん
大都市であり、JBFAでも長年講習会を実施していたにもかかわらず、名古屋にはなかなかクラブチームが生まれませんでした。そんななか唐突に生まれたのがMix Sense名古屋。代表の土屋さんが同チームを立ち上げたのは弱冠22歳、専門学校を卒業されたばかりでした。
近隣の他チームから指導者を招き、立ち上げて2年目には日本選手権と地域リーグに参加。ブラインドサッカー不毛地帯だった名古屋に少しずつブラサカが根付いているのは、土屋さん率いるMix Sense名古屋があるからです。
世間一般の物差しでは当てはまらない魅力
リーダーシップを発揮して地域にブラサカを根付かせた中沢さんと土屋さん。ふたりに共通するのは、「周囲を巻き込む力」ではないかと私たちは考えました。親しみを込めて言うと、ふたりともけっしてマネジメント能力やプロジェクトを遂行していくことに長けているわけではないようでした。
代わりに持っていたのが、ブラインドサッカーをやりたい、この地域に根付かせたいという圧倒的な熱意。しかし、彼らは周囲を力強く引っ張るカリスマタイプではありませんでした。「ちょっと心配だから手伝わないと」と思わせる、いわば「頼りなさ」によって周囲が巻き込まれていったのです。
「頼りなさ」とは、世間一般の物差しでは当てはまられない魅力かもしれません。
・他の人に出番を与えやすい
・組織への貢献感を強めやすい
・結果として、その組織への愛着や存在意義を高める
そんな効果が考えられます。
多くの金銭的な報酬は見込みづらいNPOだからこそ、彼らのような巻き込むリーダーシップが大切なのではないか。そうした気づきを経て、2017年からアクサ社のスポンサードのもと「アクサ 地域リーダープログラム with ブラサカ」を始めました。
このプログラムは、F.C. 長野 RAINBOWやMix Sense名古屋などの事例を、リーダー育成を通して再現しようという試みです。具体的には、新規のクラブチーム立ち上げと、既存のクラブチームの運営支援が目的です。一般的な支援プログラムのようなスキルやフレームワークのインプットにとどまらず、「人」としてのリーダーを応援することで、複雑な利害関係がある地域での活躍を後押ししようとしています。
「非常識」から学び、「常識」を問い直す
プログラムの中で大切にしているのは、まさに中沢さんや土屋さんから学んだ「周囲を巻き込む力」、そして「巻き込まれる力」を育むことです。リーダー以外の参加者が必須。そして8か月間の長期プログラムを通して参加者一人ひとりが、他のメンバーや地域のステイクホルダーと協働・共創できるようデザインしました。二人のように一見「頼りない」リーダーであっても、複雑な利害と課題を乗り越えていけるようプログラムで支援しています。
実際、冒頭に紹介したツエーゲン金沢ブラインドフットボールクラブは、2017年の同プログラムをきっかけにクラブ立ち上げにチャレンジし、地域の重要なステイクホルダーであるツエーゲン金沢との良縁をいただき、Jクラブと同名称のブラサカクラブ誕生につながりました。
当初私たちは、講習会を全国で開催するような、直接的な普及活動が重要だと考えていました。しかし、二人のリーダーとの出会いをきっかけに、ブラインドサッカーの普及を突き詰めて考えていった結果、「リーダー育成」という中間支援的な役割も大切だと気づくことができたのです。
長野と名古屋の事例は私たちに、業界の「常識」にとらわれない視点を教えてくれました。汎用化や地域展開のフェーズになってきている今だからこそ、「非常識」から学び、「常識」を問い直すことに挑み続けたいと思います。
8/7(火)英治出版オンライン勉強会のご案内
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松崎英吾(まつざき・えいご)
NPO法人日本ブラインドサッカー協会 事務局長。1979年生まれ、千葉県松戸市出身。国際基督教大学卒。学生時代に偶然出合ったブラインドサッカーに衝撃を受け、深く関わるようになる。大学卒業後、ダイヤモンド社等を経て、2007年から現職。2017年、国際視覚障がい者スポーツ連盟(IBSA)理事に就任。障がい者スポーツの普及活動、障がい者雇用の啓発活動に取り組んでいる。(noteアカウント:eigo.m)