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[最終回] NPOは「市場」を作らなければならない(松崎英吾)

日本ブラインドサッカー協会の事務局長として、国際公式大会の自国開催、事業収入2億円突破、国際視覚障がい者スポーツ連盟(IBSA)理事就任などを実現してきた著者。その実績とは裏腹にいま抱えている危機感とは? 10年間の葛藤と奮闘をもとに綴る、NPO経営者へのラストメッセージ。
連載:サッカーで混ざる――事業型非営利スポーツ組織を10年経営して学んだこと

今年4月から続けてきたこの連載も、いよいよ最終回を迎えました。

この連載では、NPO経営者としての歩みを振り返りながら、「ブラインドサッカーを通じて、視覚障がい者と健常者が当たり前に混ざり合う社会を築く」というビジョンをいかに実現するかについて考えてきました。

これから2020年パラリンピックを迎え、そしてその先を見据えたとき、このビジョンを更に推進してく要素はなにか?

それは、市場(マーケット)をつくり、拡張することです。「市場をつくり、広げること」なしに、ビジョンは実現できないのではないか。そう考えています。

そもそも市場がない?

「NPOが市場?」と違和感を覚えるかもしれません。実際、NPOやアマチュアスポーツの経営者と話をしていて、市場が話題に上がることはきわめて稀です。それは、そもそも「NPOには市場がない」からです。

NPOは多くの場合、市場原理では解決しにくい社会課題に対し、その改善や解消を目的に活動しています。企業では、なかなか利益を得ながら続けにくい領域、でも、社会にとってとても大切な領域において、NPOの存在と活動が求められています。

しかしそれは、NPOが資金確保に苦労する要因でもあります。「よいことをやっている」とは思われても、「お金を払いたい」とは思われない。これは私たち日本ブラインドサッカー協会も同じでした。

10年前に私が日本ブラインドサッカー協会の事務局長に就任した当時、営業に伺うと、担当者の方々は口を揃えてこう言いました。

「予算がない」と。

そう言われて私たちは文字通り、「彼らには予算がないんだ」と思っていました。しかし多くの場合、その真意は、「障がい者スポーツ」に協賛や投資をする予算がそもそもないということだったのです。

それからしばらく経って私たちは気づきました。
「障がい者スポーツ」という市場は、どこにもないんだと

市場がないデメリット、市場があるメリット

市場がなくても、例えば助成金や補助金を得ることで、NPOは活動を続けることが可能です。しかし、市場がないことのデメリットがあります。それは、ステークホルダーが増えず、活動のエンジンが大きくならないこと。

市場がないとは、個人や企業との取引がないということ。価値と金銭の交換が行われない。それはつまり、私たちが取り組む社会課題を知る、考える、共感する、関わる、という何らかのアクションを生む接点がほとんどないということです。

そうなると、私たちの活動の認知は広がらず、活動に関わる人は増えず、ビジョン実現のための「エンジン(推進力)」は一向に大きくなりません。

その裏返しで、市場があることのメリットは、「ステークホルダーが増え、活動のエンジンが大きくなること」です。

市場があれば、取引が発生する。その取引のために、売り手や買い手、商品やサービスの開発者や販売者、隣接する市場関係者などの多様なステークホルダーが集まる。そして、それらの活動量に応じてビジョン実現のエンジン(推進力)は大きくなっていきます。

では、どうやって市場をつくるか?

市場がないと、ステークホルダーが増えない、活動の推進力は大きくならない。この課題に直面した私たちは、まず既存市場に参入し、次いで新しい市場をつくる、という戦略をとりました。参入したのは、「企業研修」の市場です。

ブラインドサッカーは、5人のプレーヤーのうちキーパー以外はアイマスクをつけて、視覚が遮断された状態でプレーします。企業研修ではその状態を活用します。

例えば同じ部署のメンバーでチームを組むと、視覚情報がゼロになることで職場では存在していた上下関係や偏見が軽減される。すると、同じ部署のメンバーでありながらこれまで気づかなった「多様な人の強み・弱み」を感じることができます

「チームワークを高めたい」「メンバー一人ひとりの多様な力を活かしたい」と考える企業の研修担当者に対して、こうしたブラインドサッカーならではの価値を伝えることで、私たちは「企業研修」という既存市場に参入することに成功しました。

そして研修をきっかけに、企業が「障がい者スポーツ」を知る、考える、共感する、関わる機会を増やしていくことで、やがて「障がい者スポーツ」という新しい市場が生まれていきました。

ブラインドサッカー協会は現在、私たちのビジョンに共感し、ともに活動することを宣言した12社と「パートナーシップ」を結んでいます。また12社以外の企業とも、大会スポンサーやユニフォーム協賛、代表チームの強化支援など、さまざまな形で「取引」を行っています。

200件の電話営業をしても、アポはたった3件、成約ゼロ……そんな時代に比べて、ステークホルダーもビジョン実現の推進力も高まっている、確かな手ごたえがあります。

それでもビジョン実現は道半ば

これもできている、あれもやっている、と言うと自慢話のようになってしまいますが、現実はとてもシビアです。「当たり前に混ざり合う社会を築く」というビジョン実現には、まだまだ道半ばです。

手ごたえはあるし、パラリンピックの自国開催という追い風もある。しかし、障がい者スポーツやサッカー業界を離れていわゆるアウェーな環境に行くと、ブラインドサッカー自体がまだまだ世間に知られていないことを痛感します。

ではビジョン実現のために、これから何に取り組んでいくのか?
それは、「障がい者スポーツ」という市場を拡張することだと考えています。

障がい者スポーツのステークホルダーが拡大し、これまでになかった取引を生み出し、医療やテクノロジーといった異業界とのシナプスを増やしていく。その過程において重要なのは、他のNPOや組織を、本気で応援することだと思っています。

「本気で応援する」とは、極端に言えば、自分たちのクライアントが他団体に移ることを歓迎するということです。業界のためなら自分たちの知識もノウハウも全公開する。マーケットリーダーとなって市場価格を高くキープし、他団体が企業協賛を獲得できる余地を広げる。

ずいぶんお人好しに見えるかもしれません。でも、私たちがやりたいのは、利益をあげるのではなく、ビジョンを実現すること。市場が拡張し、ともにビジョンを実現する仲間が増える。これは、私たちにとっても、社会にとっても望ましいことだと思うのです。

連載ファイナル記念! ブラサカ体験会を開催します

「NPOが市場をつくり、広げる」ことについて考えてきましたが、市場をつくる目的は、「仲間を増やすため」とも言えます。ビジョンを実現するには、そのビジョンに共感し、賛同し、ともに行動する仲間が欠かせません。彼らの存在こそが、活動の推進力となるのです。

そういう意味で、最終回を迎えたこの連載は、私たちのビジョンに共感し、応援し合う仲間と出会うプロジェクトとも言えます。そこで、このたび連載完結を記念して、読者のみなさんと一緒にブラインドサッカーを体験するイベントを企画させていただきました。

NPOに携わっている人も、そうでない人も。
ブラインドサッカーを観たことがある人も、そうでない人も。

「ちょっとおもしろそう」「ちょっと気になっていた」くらいの気持ちで、ぜひ体験しに来てください。体験会後は懇親会もありますので、そこでみなさんと語り合えるのも楽しみにしています!

12/4(火)「ブラインドサッカー」体験会!
仕事帰りにパラリンピック種目をみんなで体験しよう
【日本ブラインドサッカー協会×英治出版オンライン】

※イベントの詳細・申し込みはこちら

松崎英吾(まつざき・えいご)
NPO法人日本ブラインドサッカー協会 事務局長。1979年生まれ、千葉県松戸市出身。国際基督教大学卒。学生時代に偶然出合ったブラインドサッカーに衝撃を受け、深く関わるようになる。大学卒業後、ダイヤモンド社等を経て、2007年から現職。2017年、国際視覚障がい者スポーツ連盟(IBSA)理事に就任。障がい者スポーツの普及活動、障がい者雇用の啓発活動に取り組んでいる。(noteアカウント:eigo.m