技術的な「安全」と、社会の「安心」をつなぐ(東京大学大学院工学系研究科教授 川原圭博さん)
2021年1月に発売した『未来を実装する──テクノロジーで社会を変革する4つの原則 』。世に広がるテクノロジーとそうでないものの違いを明らかにし、テクノロジーで社会を変革する方法論を説いた本です。
本書では、さまざまな立場で、テクノロジーの社会実装を実践する方々のインタビューを掲載しています。今回は、アカデミックな研究の分野から社会実装に取り組む、東京大学大学院工学系研究科教授 川原圭博さんのインタビューを公開します。
カバンで持ち運べるパーソナルモビリティから、無線給電まで、最先端のテクノロジーの話とともに、研究と社会実装の関係について語っていただきました。
──RIISEについて教えてください。
東京大学インクルーシブ工学連携研究機構(RIISE)のビジョンは「誰もが技術革新の恩恵を受けられる包摂的な社会の実現」です。そのビジョンを実現するために、コアとなる技術を東京大学の複数の部局から持ち寄って、教育・研究に取り組むための機構として立ち上げました。
RIISEの活動範囲は教育・研究だけではありません。大きく社会を変えるような解決策に取り組む社会連携を促進する機構でもあります。様々な分野の研究者たちと、民間企業が一緒になって未来のビジョンを実現するために、東京大学の中での「ワンストップ組織」として設計されています。
──RIISEや川原先生の研究室で行われている研究について教えてください。
RIISEではメルカリと「価値交換工学」の社会連携研究を始めています。その研究の一つとして、風船構造のパーソナルモビリティpoimo(ポイモ)というものを開発しました。
車体や車輪が風船構造で作られているため、空気を抜いて折りたたむことができます。折りたたむとカバンの中にも入るぐらいの大きさになり、かつ軽くて柔らかいので持ち運びも簡単です。
最近では、レンタル式の電動キックボードという選択肢もあります。しかし乗り捨てられたものが邪魔になったり、回収して充電するコストが大きくなったりしがちです。ポイモは持ち運べるので邪魔になりませんし、回収する必要もありません。また、柔らかいので、事故が起きても人がケガをする可能性も低くなると考えています。風船型のボディはカスタマイズ性が高いので、運転者の体型や好みの運転姿勢に合わせた設計が可能です。
こうした研究が社会実装されることで、移動や輸送の自由度が高まれば、多様な人たちが文化活動や経済活動に参画できるようになり、包摂的な社会に一歩近づけます。
また無線給電の研究もしています。IoTをはじめ、私たちの身の回りには電子機器が増えつつありますが、機器が増えるにつれて給電のための配線や電池交換や充電の煩雑さも増えています。すでに私たちの身の回りでは、Qi(チー)のように置くだけで充電できる仕組みも使われ始めていますが、今の規格では1センチ離れると充電できません。
そこで私たちの無線給電システムでは、部屋に入るだけで充電が始まるような伝送距離を実現しています。私たちを給電や充電から解放するシステムです。IoT機器が増えても充電の煩雑さが増えることはありませんし、もしかするとバッテリーレスな端末も生まれるかもしれません。電源コードがなくなって部屋の中がすっきりすると、部屋の使い方もどんどん変わってくるでしょう。
実はポイモにも無線給電の技術を応用しています。将来的に、都市全体に無線給電インフラが設置されれば、バッテリーなしでの走行も可能になるかもしれません。
──こうした研究の社会実装を行う上での課題は何でしょうか?
研究には新規性が求められる一方で、新規性があるがゆえに法がまだ整備されていなかったり、新しいものは怖いものとして認識されて、リスクを過大に見積もられて怖がられたりする点でしょうか。
たとえば無線給電の場合、電波という公共資源を利用するため、法制度を整えていく必要があります。また国際標準化などにも取り組んでいかなければなりません。利用者に安全性や安心面について理解をいただくことも課題です。
私たちの無線給電の実験も、国際非電離放射線防護委員会(ICNIRP)のガイドラインの範囲内で実験を行っており、理論的には安全性は担保しているのですが、とはいえそれで安心してもらえるわけではないと思っています。そこで私たちは実験部屋を公開して、実際に一般の方々に体験してもらうことで、安全性や便利さを実感してもらう取り組みを行っています。
ポイモも東京都のロボット実証事業に採択され、実証実験を行っています。法的な側面で言えば、ポイモの場合、道路交通法上、ナンバープレートやバックミラーがなければ公道は走れません。しかし、そうしたものを付けてしまうと、折りたためるメリットなどが失われてしまうかもしれません。最初は空港の中やキャンパス内で使われるイメージですが、もし公道で走れるようにするとなると、そうした法制度と折り合いをつけていくことは今後必要になってくると思います。
──研究の社会実装は今後どういう流れになるでしょうか?
工学系や情報系特有かもしれませんが、プロトタイピングのコストが下がってきたため、研究と実用化の境目がなくなってきており、社会実装の事例は増えてくるのではないかと考えています。
そうした具体的な活用事例から新たな発見や研究が生まれることもあります。社会からも大学が社会実装に貢献することも求められているので、今後は自らの手で社会実装を行う研究者は増えてくるのではないでしょうか。一方で、研究者の役割というのは次のブームの種になるよう技術を開発していくことでもあり、バランスが難しいところですね。
ただ、足元の状況として、大学の公的な研究費がどんどん減っています。それを補うために、特に工学系の研究では、民間企業との共同研究や社会実装を行うなど、資金の供給源もこれまでと異なるところに作らなければならない、という面もあると思います。
今後はステークホルダーを実験に巻き込みながら、その社会実装は意味のあることなのか、ニーズがあるのかを探ることも必要だと思っています。テクノロジーを適切に活用すれば、経済的な格差、地理的な格差を解消することもできると思います。RIISEでの産学連携を通して、より公平で、より住みやすい、すべての人が活躍できるような、インクルーシブな社会を創っていければと思っています。
(注)ウェブ掲載にあたり、可読性向上のため、改行を加えています。
川原 圭博
東京大学 大学院工学系研究科 教授。2000年東京大学工学部電子情報工学科卒業、2002年に大学院工学系研究科修士課程、2005年に大学院情報理工学系研究科博士課程修了、博士(情報理工学)。2005年大学院情報理工学系研究科助手、助教を経て、2010年同講師、2013年同准教授、2019年より東京大学大学院工学系研究科教授。同年、東京大学インクルーシブ工学連携研究機構(RIISE)の初代機構長に就任。2011年から2013年にジョージア工科大学客員研究員およびMITメディアラボ客員教員を兼任。
未来を実装する──テクノロジーで社会を変革する4つの原則
馬田隆明著
今の日本に必要なのは、「テクノロジー」のイノベーションよりも、「社会の変え方」のイノベーションだ。
電気の社会実装の歴史から、国のコンタクトトレーシングアプリ、電子署名、遠隔医療、加古川市の見守りカメラ、マネーフォワード、Uber、Airbnbまで。
世に広がるテクノロジーとそうでないものは、何が違うのか。数々の事例と、ソーシャルセクターの実践から見出した「社会実装」を成功させる方法。
ロジックモデル、因果ループ図、アウトカムの測定、パブリックアフェアーズ、ソフトローなど、実践のためのツールも多数収録。
デジタル時代の新規事業担当者、スタートアップ必読の1冊。
【目次】
はじめに
第1章 総論──テクノロジーで未来を実装する
第2章 社会実装とは何か
第3章 成功する社会実装の4つの共通項
第4章 インパクト──理想と道筋を示す
第5章 リスク──不確実性を飼いならす
第6章 ガバナンス──秩序を作る
第7章 センスメイキング──納得感を作る
社会実装のツールセット1~10
おわりに
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