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本当に相手のためになる支援とは?──『成長を支援するということ』監訳者序文全文公開

部下との面談、課題は理解しているのになかなか改善につながらない。やめれば健康になるとわかっている悪習慣なのに、家族がどうしてもやめてくれない──

成長してほしいと願う相手の助けになろうとしたとき、私たちは問題解決的なアプローチを取ってしまうものです。
しかし、人を何らかの目標に合わせて「修正」するやり方では、一時的にはうまくいっても、長期的にはストレスやその場しのぎの反応を引き出してしまい、持続的な変化にはつながりません。

本当に相手のためになる支援とはどんなものなのか。人を育てる立場の人が日々直面する問いに科学的なアプローチから答えを出した新刊『成長を支援するということ──深いつながりを築き、「ありたい姿」から変化を生むコーチングの原則』の発売を記念して、監訳者による序文を公開します。

人が心から願うありたい姿に向かって成長し続けるために、私たちはどう支援すればよいのでしょうか?
本書はその効果的な方法を解き明かした理論とそれに基づく実践的なコーチング手法について書かれた本です。

私たちは普段、日本企業の組織変革の支援をしています。社会やテクノロジーの変化が激しく正解が見えない時代において、私たち一人ひとりが、これまで以上に、自分の人生の目的を見つめ、自ら方向性を見いだし常に成長していく必要性が高まっています。

そして企業もまた、一人ひとりの成長を促し、組織としての持続的な変化や成長を実現することが求められています。しかし、人や組織がこれまでの考え方や行動を変えることは容易ではありません。

本書の主な著者であり、ダニエル・ゴールマンとの感情知性(EQ)に関する研究や共著者として知られるリチャード・ボヤツィス教授は、 50年にもわたり、人や組織がどうしたら自律的に成長できるかについて研究してきました。その問いに対する解として、脳科学の裏付けを得ながら生み出されたのが「意図的変革理論(Intentional Change Theory=ICT)」であり、それを実践する手法が「ICTコーチング」です。

本書はICTコーチングの理論に加え、私たちが日々の生活で直面するシチュエーションを通して、ICTコーチングがどのように役立つかが紹介されています。

例えば、仕事や家庭に注力する中で燃え尽きたり、自らの健康を損なってしまったりした医師や企業の幹部から大学進学を控える子どもとの関係に悩む親まで、さまざまな事例が取り上げられています。これらのエピソードを通して、ICTコーチングがどのようにして人々の情熱や夢を呼び覚まし、彼らの新たな成長や変化の支援となるかが具体的に示されています。
さらに、章末にはコーチする側に向けたエクササイズや対話ガイドも充実しており、すぐに実践に役立てることができます。

本書で扱うコーチングとはどんなものか?

本書で提唱される意図的変革理論に基づくICTコーチングには、大きく3つの特徴があります。

第1の特徴は、コーチの対象者との関わり方を「誘導型のコーチング」と「思いやりのコーチング」に区別し、「思いやりのコーチング」が人の持続的な成長に寄与することを、脳科学の実験結果から明らかにした点です。

「誘導型のコーチング」とは、昇進や年度目標の達成といった、外部から定められたものに向けて相手の行動変容を促すアプローチです。もちろん外部の目標を達成することは重要ではあるのですが、つい私たちは、そればかりに目が向きがちです。

一方、「思いやりのコーチング」とは、相手を心から気遣って関心をもって接し、サポートや励ましを差しだし、相手が自分のビジョンや情熱の対象を自覚、追求できるようにするコーチングです。それを通じて、相手は自らの内側から成長するモチベーションを高めていくため、いずれコーチがいなくなっても、生涯を通じて自ら学ぶ力を手に入れることができるのです。

本書では、さまざまな事例をもとに、どうすればコーチが「誘導型のコーチング」に陥らず、「思いやりのコーチング」の実践ができるかを詳しく説明しています。

誘導型のコーチングと思いやりのコーチングの違い

成長のエネルギーは「ありたい姿」から湧いてくる

第2に、これまではコーチ自身のEQの重要性が語られてきましたが、ICTコーチングでは相手のEQを高めることも重視しています。コーチが相手の「真にありたい姿」に耳を傾け、ポジティブな感情を呼び起こし、自己認識を深めるサポートをすることで、お互いのEQ向上に働きかけていくのです。

「真にありたい姿」というのは、自分のこれまで培ってきた価値観を体現するもの、あるいは制約が一切なかった場合でもやりたいことです。人はありたい姿を想像したときは、他者の規定に従おうとしているときよりも自分の内側からポジティブな感情が溢れてくるものです。

真にありたい姿の探求を支援するときは、コーチは「他者が規定した自分」と区別をつけられるよう手を貸します。そうすると相手の内面では自分自身に対する深い共感が生まれ、他者への共感や適切な働きかけといった、感情知性の様々な側面が開花していくのです。

残念ながら、世界160ヵ国で実施された感情知性に関する国際調査において、日本は調査対象の国のなかで最下位でした。これは、日本では、子どもの頃から親や社会の期待に応えようとし、外から規定された目標や評価軸に沿って努力し、本当の意味で自分がやりたいことを掘り下げて、内なる情熱を感じた経験を持つ人が少ないことを物語っています。だからこそ本書のアプローチを実践する人が増えて一人ひとりのEQが高まっていけば、活力あふれる社会につながるのではないかという希望を私たちは抱いています。

一人ひとり違うケースに対応する

第3に、ICTコーチングは誰でも実践できて一定の成果を生むことができます。コーチングというと感覚的で属人的なものであるととらえられやすく、いざ自分が実践するとなると、個別のケースに対してどう対処すればいいかわからないといった声をよく聞きます。その点ICTコーチングは、思いやりのコーチングを実現するための具体的なプロセスを明示しています。

ICTコーチングは、さまざまな企業で組織エンゲージメントの向上に役立てられています。アメリカ最大の自動車保険会社、プログレッシブ保険では、ICTコーチングの大規模な活用実験を行いました。社内の8名のコーチが、90名のマネジャー層に対して半年間のコーチングを行いました。その結果、多くのマネジャーにおいて感情知性が大幅に上昇しました。そして、そのマネジャー陣が管理する部門では、メンバーの職場に対するエンゲージメントも大幅に上昇したことがわかったのです。

AIにより多くの業務が代替されるこれからの時代、人生のビジョンと情熱を持つことが、一人ひとりの人生を切り開いていく鍵となります。周りの人の情熱を引きだし、ポジティブな感情を通じて持続的な成長を支える思いやりのコーチングはますます重要になるでしょう。そして、思いやりのコーチングを職場に導入し、組織全体で感情知性を高めることができれば、信頼と共感を通じて、一人ひとりの情熱と知恵が結集され、変化の時代においても持続的な成長を実現することができるでしょう。

本書を通じて、ICTコーチングを用いて自分や周りの人の人生をより実りあるものとしたい、自分の職場をより活性化したいという想いを持つ同志と出会うこと、その先にたくさんの方々の情熱と可能性が解き放たれることを願っています。

2024年4月
合同会社Unlock共同創業者
和田圭介・内山遼子

(注)ウェブ掲載にあたり、可読性向上のため、改行を加えています。

[書籍紹介]
成長を支援するということ──深いつながりを築き、「ありたい姿」から変化を生むコーチングの原則
リチャード・ボヤツィス、メルヴィン・L・スミス、エレン・ヴァン・オーステン(著)、和田圭介、内山遼子(監訳)、高山真由美(訳)

人が変化するとき必要なのは、ともに「夢」を見ることだ。

部下、同僚、子ども、生徒、患者……
成長を願う相手の情熱やビジョンを呼び起こし、人生を通じた変容を本気で支援するための、理論と実践の書。

「ついに出た。どうすれば他者を助けられるか?
という重要な問いに対する科学的根拠に基づいた答えが」
── ダニエル・ゴールマン(『EQ こころの知能指数』著者)

[目次]
監訳者序文
1 支援の本質── 他者が学び、成長するのを真に助けるには
2 インスピレーションを与える対話── 一番大事なことを発見する
3 思いやりのコーチング── 持続的な望ましい変化を呼び起こす
4 変化への渇望を呼び起こす── 喜び、感謝、好奇心に火をつける問いかけ
5 生存と繁栄── 脳内の戦い
6 パーソナルビジョンの力── 単なるゴールにとどまらない夢
7 共鳴する関係を育む── ただ聞くより、深く耳を傾ける
8 コーチングや助けあいの文化を築く──組織変革への道筋
9 コーチングに適した瞬間を感じとる──チャンスをつかめ
10 思いやりの呼びかけ──夢への招待状
謝辞
参考文献