1年間の「親子島留学」で期待していること
地域活性のモデルケースとして注目を集める海士町での暮らしは、経営者としての思考や価値観にどんな影響をもたらすのか。連載初回は、「離島から会社を経営する」ことへの期待を語る。
創業20年目、アクセルかブレーキか
島根県隠岐郡海士町。日本海に浮かぶ隠岐諸島のひとつ、中ノ島にある人口2300人足らずの町。英治出版が経営第20期に突入した今年3月から1年間、ここで「親子島留学」に挑戦する。
家族で島に住み、小学生の息子は現地の学校に通う。自分は島で活動しつつ、月1回は東京に戻るという生活だ。ビジネス人生で身に付けてきた実践知が島で通用するのか、それとも打ちのめされるのか。ある種の緊張感を持ちつつも、気負うことなく自然体で、海士町ときどき東京の生活を楽しみたいと思う。
「社長が1年間も会社を離れて大丈夫なの?」
「なんのために?」
「なぜ海士町? 海士町にはなにがあるの?」
新生活を始めることへの応援と同じくらい、多くの質問をいただく。親子島留学に、離島から会社を経営することに、自分は何を期待しているのか。
働き方の未来を考えたい、さまざまな取り組みで注目される海士町で新たなビジネス機会を探したい、家族や子育てについての考えなど、たくさんの理由はある。しかし、これから海士町で挑戦したい、具体的なことがあるわけではない。ではなぜ行くのか。具体的にやりたいことはないが、留学の成果として期待していることは明確にある。
衰退期の出版業界でマイペースに成長してきた英治出版は、出版業を「応援ビジネス」と捉えて、本を売ることよりも著者の夢を応援することを自分たちの役割だと考えてきた。しかし決算書を見ると、売上高のほとんどは「出版物売上高」の会社だ。
すばらしい著者に恵まれ、読者にも恵まれ、もうすぐ創業20年。出版社としての個性も少しずつ育ち、自分たちの得意分野もわかってきた。それはそれで素晴らしい成果であり、今後も突き詰めていくものだけれど、変化が激しく不確実性の高い時代に自分たちのあり方を「出版社」に固定していいのか。そのことへの恐怖が身体のどこかにあった。
数年前から「新規事業」という言葉をたびたび口にしていた。仕事柄いろいろな業種の方と交流があり、やってみたいなと思うアイデアもしばしば生まれる。でも実現性はもちろん、既存事業との関連性も考えたい。どのように英治出版を自分たちらしく成長させるのか、心の中のアクセルとブレーキに悩んでいた。
そこに転機が訪れた。1年ほど前、コ・クリエーション(共創)プロセスを使い地域や社会に大転換を起こそうとする取り組み「コクリ!プロジェクト」主催の「コクリ!2.0@増上寺」に参加したときのことだ。そこではじめて体験した身体ワークで「バランス」に関する新しい気づきを得たのだ。
球体としてのバランス感覚
経営者にはバランス感覚が必要と言われる。自分もよく、経営を飛行機の操縦や、趣味である囲碁の全体観に例えて語っている。「バランス」は自分にとってキーワードのひとつだ。
過去にも、バランスに関する気づきを得たことはある。なぜそう思ったのかは定かでないが、あるとき、球体はバランスがいいと思った。球の中心はどの表面からも等距離にあり、バランスしている。経営になぞらえれば、「利益か社会貢献か」というような二項対立のバランスではなく、もっと多くの価値の軸が全方位的に伸びていて球体をなし、その中心でバランスをとる。そんなイメージを得たのだ。
もっとも、バランスに関する概念が変化したからといって、いきなり世界が変わるわけではない。ふと気が付くと、再び二項対立のバランスを語っている自分がいたりもする。
概念の変化が身体に染みこむには、相当の時間がかかる。新しい世界観の形成は、脳内だけでは完結しない。日々の実践の中で、概念変化によってもたらされた成功体験、または失敗体験を得ることで、実践知として身体に定着していくのだろう。
最近、さらに新しい気づきを得た。自分のバランス感覚の球体は、よく見るとずいぶんと隙間の多い球体のようなのだ。20年近く経営をしていても、バランス感覚を欠いた意思決定や行動をしてしまうことがいまだに多い。そういうときを振り返ると、少ない価値基準で判断しようとしたからバランスが崩れたのではないかと感じる。球体の隙間に心が引っかかるイメージだ。隙間がある球体は、歪んだり、でこぼこになったりしてしまう。
さまざまな刺激に出会い、それまでの自分にはなかった視点が加わるとき、球体のバランス感覚に新たな価値軸が加わり、隙間が少しずつ埋まっていく。そんな成長イメージを得た。いずれ、完全に隙間が埋まり(それは生涯ないかもしれないが)、表面が磨かれて珠のようなイメージに近づくとき、究極の知性となるゴールイメージが生まれた。
まるで体中に繊毛のセンサーが生えるように
さて、ずいぶんと話が飛んでしまったが、増上寺での身体ワークに話を戻す。それは「頭ではなく身体の声を聴いて身体を動かす」という趣旨のワークだった。床の上で四つん這いの状態になったとき、ファシリテーターが「いったん止まってみると、身体の声が聴こえやすくなります」というようなことを言った。
実際、静止してみると、だんだんと指先が、次第に脛が、いろいろなところがムズムズしてきた。遠目にみれば四つん這いで静止しているように見えるのだろうけど、自分の感覚では手のひらや足に繊毛が生えてきて、それがセンサーとなり絶妙にバランスをとっているような感覚となった。
いつか見た、リオ五輪カヌーのメダリスト、羽根田卓也さんを特集したテレビ番組を思い出す。流れの速い川で、カヌーを川上に向けた状態でパドルも漕がずに留まっている映像があった。波の跳ね返りにカヌーをぶつけていくことで留まれる。そんな説明だったと記憶している。
止まって見えるものは、実は絶妙なバランスをとるために、動いているのではないか。そもそも社会は動的なものだ。そのなかで安定して留まるためには、常にバランスするように動いていないといけない。動的な世界を常に感じ取り、世界とつながるためには、自分のセンサーをもっと豊かにしないといけない。まるで体中に繊毛のセンサーが生えるように。
「動的な世界」を全身で感じたい
そんな気づきを得た頃に、海士町の親子島留学プログラムの存在を知ったのだ。海士町には以前にも訪問したことがあった。地方創生の先進地として知られる離島。小さな島に全国から大勢の人が訪れ、島の人々と一緒に未来づくりに取り組んでいる。まさに「動的な世界」を、全体観をもってとらえられる場所ではないか。そんな期待が湧いた。
島暮らしには、身体感覚を伴う経験がたくさんあり、さまざまな価値観を持つ人々と交流する機会も多くあるだろう。また反対に、ときどき戻るからこそ東京で、新しい価値基準の軸を見つけられるかもしれない。自分のバランス感覚に新たな軸が加わり、島の日々の中でそれを身体的な知として磨き、より滑らかな球体に近づいていけたらいい。そうしたら、英治出版の未来をより上手に探究していけるだろうし、メンバーの挑戦をより高いレベルで支援できるようにもなるだろう。
社会を動的に捉えることを身につけるには、相当な時間を要するかもしれない。動的なものを言葉にした時点で、それはスナップショットのように静的なものになってしまう可能性も高い。何をもって社会を動的にとらえたと言えるのか、説明するのも難題だろう。それでも、自分のセンサーが感じ取ったものを、この連載でお伝えできればと思う。表現するのに限界を感じたら、あっさり諦めるかもしれない。連載方針が変わってしまってもご愛嬌ということでお願いしたい。
海士町での生活はまだ始まったばかり。ワカメやタラの芽を採ったり、旬の岩牡蠣を食べたり、稲の種まきをお手伝いしたり、まずは豊かな自然の豊かな生活を楽しみながら、自分のセンサーの感度を上げていきたい。
原田英治(はらだ・えいじ)
英治出版株式会社 代表取締役。1966年、埼玉県生まれ。慶應義塾大学卒業後、外資系コンサルティング会社を経て、1999年に英治出版を共同創業。創業時から「誰かの夢を応援すると、自分の夢が前進する」をモットーに、応援ビジネスとして出版業をおこなっている。企業や行政、自治体、NPOなどでの講演も多数。第一カッター興業社外取締役、AFS日本協会評議員、アショカ・ジャパン アドバイザー。(noteアカウント:原田英治)