『集まる場所が必要だ』の序章「社会的インフラが命を救う」(冒頭一部)を公開します。
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『集まる場所が必要だ』の序章「社会的インフラが命を救う」(冒頭一部)を公開します。

英治出版オンライン

図書館、学校、公園、運動場……。性別や年齢に関係なく、あらゆる人々が歓迎される場所「社会的インフラ」の役割と価値を、社会学者が明らかにした本書『集まる場所が必要だ──孤立を防ぎ、暮らしを守る「開かれた場」の社会学』(エリック・クリネンバーグ著、藤原朝子訳、2021年12月発行)。
出版以来注目が集まる本書より、序章「社会的インフラが命を救う」(冒頭一部)を公開いたします。
著者はシカゴ熱波について調べていく中で、隣り合った地区でも死亡率が異なるエリアがあることに気づきました。高齢者の割合や貧困、失業、暴力犯罪の発生率が同じように高い2つの地区で、何が生死を分けたのでしょうか?

1995年7月12日、高温多湿の熱帯気団がシカゴに居座り、まるでジャカルタかクアラルンプールのような蒸し暑さになった。翌13日の気温は41度。暑さ指数(体感温度)は52度に達した。地元の新聞やテレビ局は、熱波の危険性を報じたが、ことの重大性はわかっていなかった。

基本的な注意喚起と気象情報のすぐあとで、「湿気で服がヨレヨレになったり、メイクが崩れたりするのを防ぐ方法」とか、「賢いエアコンの選び方」など、のんきな情報を流していた。「願ってもない天気だ」と、ある家電品店の広報担当者は喜んだ。シカゴ・トリビューン紙は、生活の「ペースを落とし」て、「クールなことを考えよう」と提案した[1]。

その日、シカゴの電力使用量は過去最大となり、送電網はパンクし、20万世帯以上が停電した。それが数日続いた地区もあった。停電でポンプが動かなくなり、建物の上階では水が出なくなった。シカゴじゅうの建物がオーブンで焼いたように焼け上がり、道路や線路は熱でゆがんだ。サマーキャンプに向かう子どもたちを乗せたスクールバスは、大渋滞で身動きがとれなくなり、緊急通報をして車体に水をかけてもらった。

そうでもしなければ、車内の子どもたちが熱中症になってしまうからだ。さまざまなトラブルの通報があったのに、市は非常事態宣言を出さなかった。市長も、主要部局の責任者も、休暇をとってシカゴにいなかった。数百万人の市民は猛烈な暑さの中に放置された。

多くの都市と同じように、シカゴもヒートアイランド現象が起こりやすい。舗装道路とコンクリートのビルが太陽熱を集め、そこに汚染された大気がフタをする。このため、夜になると、緑が多い郊外は涼しくなったが、街の中心部は蒸し暑いままだった。救急車を呼ぶ電話が殺到し、救急隊員は全てに対応することができなくなった。市内の病院には熱中症の人がつぎつぎと運びこまれ、半分ちかくが満床となり、新規患者の受け入れを拒否せざるをえなかった。

シカゴがあるクック郡の検視局には、遺体を運びこむ車の行列ができた。検視局には222人分の遺体を安置するスペースがあったが、すぐにいっぱいになってしまい、食肉加工会社のオーナーが冷凍トラックの提供を申し出た。全長14メートルのトラックもすぐいっぱいになり、もう1台、あと1台と増やして、最終的に9台の冷凍トラックに数百体が安置された。「こんな光景は見たことがない」と、ある監察医が言った。「我々の対応能力を大きく上回っている[2]」

7月14日から20日までの1週間に、シカゴでは平年より739人も多くの死者が出た。2012年のハリケーン・サンディの死者の約7倍、1871年のシカゴ大火の犠牲者の2倍以上だ。これほどの大惨事になった理由を探るため、遺体の埋葬も始まらない時期から調査が始まった。

米疾病対策予防センター(CDC)は、アトランタの研究チームを派遣したほか、シカゴでも数十人のスタッフを確保してパターン調査を実施した。戸別訪問により700人以上の話を聞き、犠牲者と条件が似ている隣人の「マッチドペア」や、人口統計に基づく比較がなされた。

その結果わかったことの一部は、さほど驚きではなかった。自宅にエアコンがあると、死亡リスクは80%下がる。一方、社会的孤立は死亡リスクを高める。ひとり暮らしの人は、体調不良や熱中症に気づかないことも多く、とくに危険だった。誰か(ペットでもいい)と密接なつながりがあると、生存率は大幅に高まった。

その一方で、驚きのパターンも明らかになった。女性は男性よりもはるかに生存率が高かった。女性のほうが、友達や家族とのつながりが強いからだ。また、中南米系住民は、ほかの人種よりも犠牲者が少なかった。多くは貧しく、人口密度の高い地区のアパートに集団で住んでいたため、そもそも「ひとりで死ぬ」ことが不可能に近かったのだ。

熱波による致死率は、人種分離や格差と強い相関関係があることもわかった。致死率がもっとも高かった10地区のうちの8つでは、事実上すべて、アフリカ系アメリカ人の住民が大多数を占め、貧困と暴力犯罪が蔓延していた。こうした地区では、老人や病人は自宅に閉じこもりがちで、熱波のとき孤独死するリスクが高い。

ところが、熱波による死亡率がもっとも低かった10地区のうち3つでも、アフリカ系アメリカ人の住民が大多数を占め、貧しく、暴力が頻発していた。また、別の1地区は、中南米系住民が圧倒的に多く、やはり貧困と暴力が蔓延していた。この4地区は、理論的には、熱波によって大量の犠牲者が出てもおかしくなかったが、実際には、シカゴでもトップクラスの高級住宅街と同じくらい死亡率が低かった。いったいなぜなのか。

シカゴの街並み

私はシカゴで育った。そしてこの熱波の年、カリフォルニアの大学院に進もうとしていた。シカゴに帰ってくる予定はなかったし、それまで地域社会や自然災害や気候問題について考えたことも、あまりなかった。だが、この熱波と、なぜ大きな被害を受けると思われた人や地区の一部が、それを回避できたのかという疑問が頭を離れなくなってしまった。

このため、予定通りカリフォルニアの大学院に進学したものの、麻薬産業について研究する計画はお払い箱にして、この大災害について調べはじめた。できるだけ頻繁にシカゴに戻り、ついにはフィールドワークのために引っ越し、実家の地下室をオペレーションセンターにして、この熱波をテーマとする学位論文に取り組んだ。

CDCと同じように、私もマッチドペア分析をしてみた。ただし、個人間ではなく、地区間の比較分析だ。まず、熱中症による死者の分布図を見つけてきて、それを貧困や暴力犯罪、人種、高齢者の分布図と重ねあわせてみた。すると、隣りあっていて、人口動態が同じ地区でも、熱波による死亡率がはっきり異なるエリアがあることに気がついた。あれこれ統計を調べ、社会学者が通常使う地域データを分析してみたが、一般的な変数では、その違いは説明できなかった。そこで私はコンピューターを閉じて、現地に足を運んでみることにした。

すると、数字ではわからない地域の実態が見えてきた。統計上は、同じように貧しいマイノリティーの居住地区でも、空き家や、ひび割れた歩道や、シャッターが閉まった店ばかりの地区と、多くの人が歩道を行き交い、活発な商業活動が存在し、手入れの行き届いた公園があって、地域団体の強力な支えがある地区があった。さまざまな地区の生活リズムを知るにしたがい、こうしたローカルな条件が、日常生活でも災害時も、重要な違いをもたらすことがわかってきた。

たとえば、イングルウッド地区とオーバーングレシャム地区は、シカゴのサウスサイドに隣りあう地区だ。1995年当時、どちらの地区も住民の99%はアフリカ系アメリカ人で、高齢者の割合も同じくらいだった。どちらも貧困率、失業率、暴力犯罪の発生率が高かった。

ところが熱波のとき、イングルウッドの死者数は住民10万人あたり33人だったのに対して、オーバーングレシャムは3人で、高級住宅街のリンカーンパークやニアノースサイドよりも少なく、シカゴでもっともレジリエントな(耐性の強い)地区の1つとなった。

研究を終えるときまでに、オーバーングレシャムのように耐性の強い地区と、人口動態は似ているが被害が大きかった地区の運命をわけたのは、私が社会的インフラと呼ぶ、人々の交流を生む物理的な場や組織であることが明らかになった。

社会的インフラは、「社会関係資本(ソーシャルキャピタル)」(人間関係や人的ネットワークを測定するときに使われる概念)とは異なるけれど、社会関係資本が育つかどうかを決定づける物理的条件だ。強力な社会的インフラが存在すると、友達や近隣住民の接触や助けあいや協力が増える。ぎゃくに、社会的インフラが衰えると、社会活動が妨げられ、家族や個人は自助努力を余儀なくされる。

社会的インフラは決定的に重要なものだ。ローカルな対面交流(学校やプレイグラウンドや地元のレストランで)は、社会的な生活の基本になる。健全な社会的インフラがある場所では、人間どうしの絆が生まれる。それは当事者たちがコミュニティをつくろうと思うからではなく、継続的かつ反復的に交流すると(とくに自分が楽しいと思う活動のために)、自然に人間関係が育つからだ。

熱波がシカゴを襲ったとき、イングルウッドの人々が被害を受けやすかったのは、黒人で貧しかったからだけでなく、その地区が荒廃していたからだ。家屋は「爆撃された」ようにぼろぼろで、雰囲気もすさんでいた。かつて集団生活を支えた社会的インフラは衰えていた。1960年からの30年間で住民が半減し、商店も社会的な結びつきも失われていた。

「昔はもっとお互いが親しくて、固い絆で結ばれていた」と、イングルウッドに52年間住み、暴力追放キャンペーンのリーダーを務めるハル・バスキンは言う。「今は、お向かいさんや、通りの角に誰が住んでいるか知らない。老人は外出するのを恐れている」

ある人の社会との結びつきと、健康や寿命との間に相関関係があることは、疫学的に証明されている。ここ数十年、保健関連の主要学術誌には、社会とのつながりが心身にプラスになることを示す研究論文が多数掲載されてきた[3]。だが、まだ徹底的に研究されていない先行する問題がある。住民が強力な人間関係を築いたり、助けあったりする可能性を高めるのは、住む場所のどのような条件なのか。ぎゃくに、人々が孤立したり、孤独になったりする可能性を高めるのは、どのような条件なのか。

熱波のあと、シカゴ市上層部は、社会的に孤立して死亡した人は、事実上自ら死を招いたのであり、さらに、住んでいるコミュニティがそれを決定づけたのだと公然と言い放った。リチャード・M・デーリー市長は、近隣住民の助けあいが足りないと批判し、ダニエル・アルバレス市福祉局長は、メディアに対して、「死んだのは自分をネグレクトしていたからだ」と語った。

だが、私がシカゴの最弱者地区で見たものは違った。住民は、レジリエントな地区の住民と同じ価値観を持ち、平時も困難なときも、お互いに助けあう努力をしていた。違っていたのは、文化でも、人々が近隣住民や自分のコミュニティをどれだけ気にかけていたかでもなかった。イングルウッドのような地区が抱えていた問題は、ぼろぼろの社会的インフラが、住民の交流意欲を低下させ、助けあいを妨げていたことだ。オーバーングレシャムなど犠牲者が少なかった地区には、しっかりした社会的インフラがあった。

イングルウッドから約半分の住民が流出した30年間に、もっともレジリエントな地区では人口の流出がほとんど、またはまったく起こらなかった。1995年、オーバーングレシャムの住民は、歩いてレストランや公園や理髪店や食料雑貨店に通い、町内会や教会の活動に参加していた。近隣住民はみんな知りあいだった。それは特別な努力をしたからではなく、気軽な交流が日常生活の一部になっている場所に住んでいたからだ。こうした日常生活のおかげで、熱波のとき、人々はお互いの様子を聞いたり、高齢者や弱者の家を訪ねたりしやすかった。

「ここでは、とても暑い日や寒い日はいつもそうしている」と、オーバーングレシャムに50年ちかく住むベティ・スワンソンは言った。それは天気に関係なく、住民がいつもしていることだったのだ。熱波がもっと頻繁に、もっと激しいレベルで到来するようになった今、オーバーングレシャムのような社会的インフラのある地区に住んでいることは、エアコンがあるのと同じくらい命を守る効果があるのだ。

私は、このシカゴ熱波で社会的インフラが果たした重要性を修士論文に書き、のちに『熱波』(原題)という本にまとめた。それが一段落したとき、特別な災害時でなく、平時に、図書館や理髪店や地域団体が住民に与える影響を調べたいと思いはじめた。そこで、シカゴ熱波のときレジリエントだった地区をあらためて調べたところ、並外れたことに気がついた。これらの地区は、災害時だけでなく、平時でも、同じような人口動態の地区より大幅に安全かつ健康的だったのだ。

ニューヨーク公共図書館

たとえば、熱波の5年前の時点で、オーバーングレシャムの住民の平均寿命は、イングルウッドの平均寿命よりも5年も長かった。別のマッチドペアであるサウスローンデール地区(別名リトルビレッジ)とノースローンデール地区では、平均寿命の差は10年にも達した。

この違いがあまりにも大きく、あまりにも広範に見られたため、ひょっとすると社会的インフラは、当初思ったよりもずっと重要な役割を果たすのかもしれないと、私は考えるようになった。あらゆるタイプの集団生活を支える(あるいはダメージを与える)目に見えないネットワークや、当たり前のものと受け止められているシステムを探る必要があった。

ばらばらになる社会

そこで私は、ついにシカゴを離れた。故郷の街の荒廃地区は、社会的分断に苦しんでいる唯一の場所ではないし、社会的インフラが影響を与える問題は、熱波と健康だけではない。私はニューヨークに引っ越し、ニューヨーク大学で教鞭をとりはじめた。その後、スタンフォード大学でも計2年間を過ごした。さらに、アメリカの多くの都市と、アルゼンチン、イギリス、フランス、オランダ、日本、そしてシンガポールでも研究活動をした。

それぞれの場所には、独自のエコロジー上の課題と政治システム、そして文化的な傾向があるが、住民は似たような懸念を抱いていた。それは、社会をまとめあげていた接着剤が失われてしまって、人々がバラバラに分断し、対立していることだった。

カナダの報道局グローバルニュースによると、「私たちはバブルの中に生きている」。BBCは、イギリスで「階級分離」が「拡大している」と警告した。シンガポールのオンラインメディアのトゥデイは、「インドが幸福度ランキングで後退している最大の理由は、劣悪な社会関係資本と人間どうしの信頼関係の欠如だ」と報じた。

中南米諸国では、極端な貧富の差により人々の間で不信感と不安が高まり、ゲーテッド・コミュニティ(訳注:出入り口にゲートを設け周囲を塀などで囲った住宅地)と武装警備員が急増している。AP通信によると、ブラジルでは「ボディーガードの数が警察官の数を」4倍、グアテマラでは5倍、ホンジュラスでは7倍ちかく上回るという。

フォーリンポリシー誌によると、中国では、「これまで階級……という概念を撲滅しようとしてきた社会で、階級が生まれている。社会的な階級はじょじょに固定的になり、地位上昇の機会は限定的になりつつある」という。これまでにない文化的多様性と民主的なコミュニケーションをもたらすはずだったインターネットでさえ、自分が信じることを強化するエコーチェンバー(反響室)になってきた[4]。

アメリカでは、2016年大統領選が政治的二極化のきわめて憂慮すべき例となった。長期にわたる選挙期間中に、社会の亀裂が予想以上に深刻であることが明らかになった。「レッド・ステート」(共和党支持州)と「ブルー・ステート」(民主党支持州)という言葉では表現しきれないほど、文化面および政治面における地理的分断は深刻になっている。

直近4回の大統領選で共和党候補者を支持した州と、民主党候補者を指示した州を色で表した地図
Angr, CC BY-SA 3.0 <http://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0/>, via Wikimedia Commons

対立軸はイデオロギーだけでないし、分断はトランプ対クリントン、ブラック・ライブズ・マター(訳注:警察の黒人に対する不当な暴力の是正を求める運動)対ブルー・ライブズ・マター(訳注:警察に対する暴力の是正を求める運動)、セーブ・ザ・プラネット(訳注:環境保護)対ドリル・ベイビー・ドリル(訳注:石油などの化石燃料の採掘継続支持)よりも深い。

アメリカじゅうで、「コミュニティが弱くなったと感じる」とか「スマホやゲームに費やす時間が増えて、人間どうしで費やす時間が減った」とか「学校もスポーツクラブも職場も耐えがたいほど競争的になった」とか「どこもかしこも安心できない」とか「未来が不透明で、一部の地域はお先真っ暗だ」といった不満が聞かれる。

コミュニティの衰退を心配することは、現代社会の特徴になり、知識人の決まり文句になった。私も社会的な孤立について多くの記事や論文を書いてきたが、かつての輝かしかった(とされる)時代と比べて、現代人が孤独で孤立しているという主張には懐疑的だ。

しかし、そんな私でさえ、現在のアメリカの社会秩序は心もとないと認めざるをえない。権威主義国のリーダーたちは、伝統的な民主主義システムを解体すると息巻いている。政治同盟から離脱する国が相次いでいる。ケーブルテレビ局は、視聴者が見聞きしたいことだけを報じる。

こうした亀裂の拡大は、タイミングの悪いときに起こった。ほとんどの先進国と同じように、アメリカは、気候変動や人口の高齢化、格差の著しい拡大、そして爆発寸前の人種的分断など、大きな課題に直面している。どれも、私たちがお互いの絆を強化して、一定の利益を共有しなければ太刀打ちできない課題だ。

深く分断した社会では、誰もが自分の属するグループを優先しようとする。金持ちは慈善的な寄付をするかもしれないが、一番重要なのは自分たちの利益だ。若者は高齢者の面倒を見ず、工場は風下や川下のことなど考えずに環境を汚染する。

こうした分断を喜んでいる人はほとんどいないようだ。奇妙なことに、いわゆる勝ち組も、そうらしい。20世紀のほとんどの間、企業リーダーや裕福な一族は、ブルーカラーの労働者や中間層と社会契約を結ぶことが、自分たちにとってプラスになると考えていた。だから大恐慌後は、貧困層向け住宅や失業保険制度の確立を支持した。

アメリカが構築したシステムは完璧とは程遠かったし、「大衆」に恩恵をもたらすとされた社会政策(とりわけ住宅、医療、教育など)は、実のところ、アフリカ系アメリカ人と中南米系を排除し、別の社会に追いやった。それでも富を共有し、重要インフラに投資し、公益というビジョンをいちだんと拡大することによって、アメリカは過去に例のないレベルの社会的安定と安全を実現した。

だが今、この集団的プロジェクトは最悪の状態にある。ここ数十年は、所得上位1%の人々が、国全体の経済的利益の大部分を手にする一方で、所得下位80%の労働者の賃金は、頭打ち状態か、減少の憂き目にあってきた。住宅ローン危機で多くの人が家を失うなか、最富裕層は、高騰する都市部の高層マンションを購入して「空の安全な預金箱」にし、自分たちの戦利品にカギをかけている[5]。

さらに余裕がある人は、文明の終わりに備えて、ニュージーランドや緑豊かなアメリカの太平洋岸北西部に、サバイバリスト・リトリート(人里離れた隠遁場所)をつくっている[6]。行政サービスや重要インフラの質が著しく低下する一方で、一握りのとてつもなくリッチな人々は、空の旅を楽しみ、ボディガードをつけ、さらには電力さえもプライベートな供給システムを構築している。そこまでいかずとも懐に余裕がある人たちは、空港で、有料道路で、そして遊園地の行列でさえ「ファストトラック」を購入する。

アメリカの地下鉄

その結果は、あらゆる場所に見て取れる。大多数の人は、使い古されたおんぼろのシステムに耐えている。公共交通機関はガタガタで、異常に混みあっている。公園と遊び場は、メンテナンスがされていない。公立学校は十分な機能を果たせていない。図書館の分室は開館時間を短縮し、閉鎖されたところもある。かつては熱波や豪雨や火事や暴風に耐えられた場所が、今は耐えられずに壊れている。不安定な空気が社会に充満している。

そのどれ1つとして持続可能ではない。

アメリカの有権者は2016年、そのシステムを吹き飛ばすと約束した人物を大統領に選んだ(選挙人を通じてであって、総得票数においてではなかったが)。だが、アメリカの分断は、トランプ大統領が就任して以来、深まる一方だ。現在、全米の都市とコミュニティと大学キャンパスには、社会騒乱が起こる不安が漂っている。私たちは互いに怯え、誰もが「向こう側」から自分を守ってくれる存在を求めている。

私は社会学者として、こうした社会の断層線による強力な揺れに深い懸念を抱いている。また、市民として、多様な民主主義国家の基礎となる市民社会を、どうすれば再建できるのかと問わずにいられない。さらに、歴史を学ぶ者として、敵と思われる相手に暴力で応じるのではなく、正義と良識への信頼に基づき、共通の目的意識を育てるにはどうすればいいのかと思う。そして小さな子どもを持つ親として、子どもたちが私たちが残した問題の尻拭いではなく、豊かな人生を送れるようにしたいと思う。

でも、どうやって? 経済成長は1つの方法だが、それが社会のまとまりにつながるのは、万人がその恩恵を共有できたときだ。ほかにも2つの方法が、これまでの議論では有力な社会の再建方法とされてきた。1つは技術的な方法で、物理的なシステムを構築してセキュリティーを高め、人とモノの循環を円滑化するというもの。

もう1つは市民的な方法で、フリーメーソンや全米黒人地位向上協会(NAACP)、町内会、市民農園クラブ、ボウリングクラブなどの自発的に公益活動に取り組む団体活動を奨励することで、人々をコミュニティに結びつけるものだ。どちらも重要なアイデアだが、どちらも問題の部分的な解決策にすぎない。

社会的インフラは、そのパズルの欠けたピースだ。あらゆる人が集まれる場所をつくることは、ばらばらに砕けた社会を修復する最善の方法だ。

(注)ウェブ掲載にあたり、可読性向上のため、改行とイメージ画像を加えています。

[著者]
エリック・クリネンバーグ Eric Klinenberg
ニューヨーク大学の社会学教授、パブリック・ナレッジ研究所所長。最初の本「Heat Wave:シカゴでの社会の剖検災害」は、6つの学術賞を受賞。2冊目の著書「空中戦:アメリカのメディアをコントロールするための戦い」は、「良心ある市民のための本」と称賛される(Kirkus)。同書で示した調査結果について米国議会にも報告した。本や学術記事に加えて、ニューヨーカー、ニューヨークタイムズマガジン、フォーチュン、ワシントンポストなどに寄稿多数。

[1] Eric Klinenberg, Heat Wave: A Social Autopsy of Disaster in Chicago (Chicago: University of Chicago Press, 2002)からの引用。
[2] Dirk Johnson, “Heat Wave: The Nation; In Chicago, Week of Swelter Leaves an Overflowing Morgue,” New York Times, July 17, 1995からの引用。
[3] James House, Karl Landis, and Debra Umberson, “Social Relationships and Health,” Science 241, no. 4865 (1988): 540–45.
[4] 以下からの引用:Emanuela Campanella, “We All Live in a Bubble. Here’s Why You Step Out of It, According to Experts,” Global News, February 4, 2017, https://globalnews.ca/news/3225274/we-all- in- why - you- experts/; Sreeram Chaulia, “Why India Is So Unhappy, and How It Can Change,” TODAYonline, April 3, 2017, https://www.todayonline.com/commentary/why-india-so-unhappy-and-how-it-can-change; “Class Segregation ‘on the Rise,’” BBC News, September 8, 2007, http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/6984707.stm; Rachel Lu, “China’s New Class Hierarchy: A Guide,” Foreign Policy, April 25, 2014, https://foreignpolicy.com/2014/04/25/chinas- guide/; “Private Firms Filling Latin America’s Security Gap,” Associated Press Mail Online, November 24, 2014, http://www.dailymail.co.uk/wires/ap/article- 2847721/ Americas -security-gap.htm.
[5] Martin Filler, “New York: Conspicuous Construction,” New York Review of Books, April 2, 2015.
[6] Evan Osnos, “Doomsday Prep for the Super-Rich,” New Yorker, January 30, 2017.

集まる場所が必要だ──孤立を防ぎ、暮らしを守る「開かれた場」の社会学
エリック・クリネンバーグ著、藤原朝子訳

ここでは、誰にも居場所がある。
シニアがゲームに熱狂する図書館、
親どうしのつながりを育む学校、
子どもがスポーツを楽しむ警察署…
あらゆる人が受け入れられる「社会的インフラ」では
何が行われ、何が生まれているのか。

1995年のシカゴ熱波で生死を分けた要因に社会的孤立があることを突き止めた著者。
つながりを育み、私たちの暮らしと命を守るには何が必要なのか?
研究を通して見えてきたのは、当たり前にあるものとして見過ごされがちな場、
「社会的インフラ」の絶大な影響力だった──。
コロナ禍を経験した今こそ、私たちには集まる場所が必要だ。

[もくじ]
序章 社会的インフラが命を救う
第1章 図書館という宮殿
第2章 犯罪を減らすインフラ
第3章 学びを促すデザイン
第4章 健康なコミュニティ
第5章 違いを忘れられる場所
第6章 次の嵐が来る前に
終章 宮殿を守る

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